第33話 キキョウ 〜永遠の愛〜
朝日がゆっくりと顔を出す。
朝の4時。人が全く見受けられない。
こんな事、昔にもあったなと思い出す。始めてあの花屋に行った日もこんな朝早くだったと。
思い出に浸っていると、花屋が見えた。
そこには一人の女性が佇んでいる。その女性は美しく、空に溶け込む様な透明感を持ち、花の様な凛々しさを感じさせる。
「花子……」
待っていたのは百合ではなく、花子だった。
花子は俺の顔を見ると、今まで我慢していたかの様に、どっと涙を流した。
「百合と話したの。夢の中で……」
「何て言ってた……?」
そんな事が可能なのか。今更疑問など抱きはしない。色々な奇跡や不思議を見てきた俺は、大抵の事は信じられる。
花子は話してくれた。百合の最後の決意を。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「初めまして、花子さん」
彼女は私そっくりだけど、全然違って見えた。全くの別の人間なんだなと分かった。
「百合。貴方に会いたかった」
「私も貴方に会いたくて、伝えたくて来ました」
これは夢の中。心の中とも言える。
真っ白な世界に私と彼女の二人。お互いの想っている事が、手に取るように全て分かる。
「蓮の事を好きな気持ちは、同じだという事は分かっています」
「私はもう泣き言は言わないし、馬鹿な事も考えません。だから私は一人の女性として、橘 百合としてお願いがあります」
彼女の本物の覚悟を、私は聞き届ける事にした。
「花子さんは蓮さんと生きてください」
私がいくら言っても、彼女の決意が揺らがない事は分かっている。何せ私と同じなのだから。
だけど、それなら何故そんな事を言えるのか。
私なんかほっておいて、好きに生きたら良いのに、彼女は私の事を救おうとしている。
それは私が作り上げた人格だからではない。同じ人が好きだから。好きな人に会えない辛さを知っているからだ。
「本当に……良いのね?」
「貴方に気付いた時から決めていた事ですから」
彼女には私の分まで生きて貰って、私の分まで苦しんでいる蓮を愛してくれたらそれで良いと思っていた。私は忘れられていれば、誰も苦しまずに済むと、そう思っていた。
だけど、それは私の勝手な考えだったと教えてくれた。
それが百合、貴方なんだよ。
でも一つ、貴方に教えなければいけない事がある。
「貴方の存在は消えない。恋は消えない。何も消えず、残っているから……!」
「ありがとうございます。優しいんですね」
「貴方もね?」
名残惜しいけど、時間が迫っている様だ。
これで良かったのか、それは誰にも分からない。だけど、彼女の決めたこれからを口出しなんてできやしない。
「最後にもう一つ、お願いしても良いですか?」
その言葉を私が伝える時、貴方はいつもみたいに会えなくなっている。それでも良いから、その言葉を選んだんだ。
貴方に出会えて、本当に良かった。心からそう思っている。
今更、蓮をありがとう。
そして、これからもよろしくね。
『二人で一人』
手を繋いだ時、百合が私の中に溶け込んでいく感覚に襲われた。
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「これを渡してって」
花子の手には一輪の花がある。その花は白いカーネーションだった。
花言葉はーーー
「私の愛は生きている」
生きているよ。そこに確かにいる。俺には分かる。
百合は消えてなんかいない。花子と一つになって生き続ける。花子から百合を感じるのはそういう事だ。
俺達は泣いた。
胸に刻み込もう。百合という女性がいた事を。百合という女性を愛した事を。
そして、これからも一緒に歩んで行こう。ずっと永遠に君を愛する事を誓おう。
「花子、百合」
泣くのはもう止めだ。これでは花子が、百合が安心出来ない。
二人で一人となった今なら伝えられる。
俺は花屋の男に花を受け取った。
その花の名はキキョウ
花言葉はーーー
「永遠の愛」
この花に誓って、俺の全力の愛を注ぐ。
「結婚して下さい」
差し出した花は受け取られる。
そして、花子はこう言った。
「よろしく……お願いします……!」
その時の表情は花子と百合、二人が混ざって最高の花となった。
これ以上の花は二輪も咲かないだろうと昔にそう思っていたが、どつやら違った様だ。
高嶺の花が二輪、目の前で咲き誇っている。




