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第30話 アケビ 〜唯一の花〜

 俺は今、全力で走っている。百合の姿を想像して。

 泣いているだろうか、怒っているだろうか。

 早く会いたい。会って俺の全てを伝えたい。


 椿は背中を押してくれた。

「行ってこい」

 その言葉が、俺の覚悟を強くする。


 途中で会った葵はこう言った。

「しっかりやりなさい。男でしょ?」

 いつも迷惑掛けてごめん。ありがとう。


 高校の奴らにも電話で伝えた。

「蓮! 一発かませよ!」

「ガンバッ!」

「百合さん元気にしてあげて下さい!」

「また明日、学校で……」

 こんな良い奴らに出逢えて、本当に良かった。


 階段を登り扉を開ける。

 そこには何度も思い描いた、百合がいた。


「百合!!」


 此方に振り向く。泣いている。

 俺はそれを見て、胸が辛くなる。


「ごめんなさい。あんな事言って……」

「謝るのは俺の方だよ。ごめんな」


 百合は涙を拭い、顔を横に振る。


「気付いたの。私は存在したら駄目な人間なんだって。偽者なんだって……」

「存在したら駄目……? 偽者……? 何言ってんだ!!」


 声を荒げたせいで、百合は驚いている。

 胸が苦しい。それでも言わなくちゃいけない。

 こんな気持ちにさせた俺は、伝えなくちゃならない。


「お前は橘 百合だろ! 此処にちゃんといる! 花子とは違う! 存在したら駄目な訳ないだろ!!」


 二人で一人なんかじゃなかった。花子と百合は別々の人間なんだ。

 花子には花子の良さ、百合には百合の良さがある。比べる事なんて出来ない。

 でも、という事はどちらかがーーー

 今は考えるのは止めよう。


「少なくとも高校の皆や、俺はお前を必要としている。だから絶対そんな事言うな!」

「ごめんなさい……ごめんなさい!」


 また泣き始めた百合を、抱き寄せて頭を撫でる。

 百合は何も悪くない。悪いのは俺だ。

 ごめんな、こんな辛い思いさせて。


「百合、聞いてくれ」


 心の中で何回も言ったから、あまり初めてな気がしないけど、実際に言うのは初めてなんだよな。

 俺は今まで、何で伝えてなかったんだろう。一番大切な言葉を。


「好きだ」


 百合は顔を真っ赤にして、バレたくないのか、俺の胸に飛び込んだ。

 今は緊張しているので、鼓動の速さがバレてしまう。


「私も……好き」


 これを幸せと呼ぶのだろうか。そんな気持ちに包まれた俺は、ずっとこうしていたくて、抱き締めるのを止めなかった。

 直接温もりを感じていたい。百合とも、花子ともずっと一緒にいたい。

 その想いは、叶う日はくるのかな。


「そうだ、梅子おばさんのお見舞いに行こう」

「うん。そうだね」


 手を繋いで、屋上から出た。温もり、百合という存在を直に感じる。お互いの目と目が合って、恥ずかしそうに微笑んだ。

 俺は久し振りに、幸せというものを噛み締めている。


 階段を降りて、三階に辿り着く。

 梅子おばさんは元気だろうか。前に言っていた寿命について、あれは嘘なんかじゃない。尽きる日がいつ来てもおかしくないんだ。

 今の内に、百合には側にいて欲しい。そう思った。


「急げ! 緊急事態だ!」


 大きな声が病院に響き渡る。

 何やら騒がしい様子で、誰かが危険な状態みたいだ。

 それは、303号室で起きていた。


「嘘……!」


 恐れていた事が起こるのは、今日だった。

 嘘なんかじゃない。考えたくないが、現実だ。

 俺達は急いで病室に入った。目の前に広がる光景は、俺達を絶望に陥れるものだった。


 ピーーーーーー。


 高い音だけが、病室に流れる。

 心臓の鼓動のグラフが一直線に描かれており、数字は「0」と表示されている。

 多くの医療器具は使われた後で、医者達は下を向いている。


「梅子お婆ちゃん……?」


 百合は梅子おばさんの手を握った。


「起きて……起きてよ、ねぇ!!」


 梅子おばさんの手に百合の涙が溢れ落ちる。

 百合の必死の呼び掛けに、梅子おばさんはピクリともしない。

 神様がいるとしたら、これは酷過ぎるんじゃないか。恨まれても当然だ。


「残念ですが……もう……」


 一人の医者が百合を止めてそう言った。

 百合はそれでも呼ぶのを止めない。


「梅子お婆ちゃん!!」


 ピーーーーーー。

 ピーーーー。

 ピーー。


 もう駄目だ。音はずっと鳴り続けている。

 それでも百合は、梅子おばさんの手を握って呼び掛けるのを止めない。


「もう息を吹き返す事は……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


 医者達は驚愕している。まるで、有り得ない光景を見ているかの様に。

 これは奇跡だ。そう言っても過言ではないものが、目の前で起こっている。これは紛れもなく百合と梅子おばさんが起こしたものだ。百合の声が、心が通じたんだ。

 俺は今、愛を目の当たりにしている。神様はチャンスをくれた様だ。


「百合……百合……」


 弱々しい声で呼んで、百合を見つめる。


「梅子お婆ちゃん! 生きて……!」


 梅子おばさんは百合の頬をゆっくりと撫でた。そのまま、百合の涙を拭う。

 百合は嬉しそうに笑顔を見せる。


「言って、なかった……ね。あたしは、本当の……お婆ちゃん……じゃない」

「知ってたよ……?」


 今度は百合が、梅子おばさんの涙を拭った。

 そして、こう言った。


「私のお婆ちゃんは、梅子お婆ちゃんだけだから」


 それを聞くと、まるでその言葉をずっと聞きたかったかの様に、梅子おばさんは笑顔になった。

 その時の笑顔は、頑固で笑顔を見せない人とは思えない。綺麗な花の様な笑顔で、見事に咲き誇っていた。



 そして、そのまま息を引き取った。

 そこに残っているのは、幸せだけだった。

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