第29話 ヒヤシンス 〜嫉妬〜
蓮の連絡を受けて、私は直ぐにある場所へ向かった。
階段を登り扉を開けると、隙間風が私の髪を靡かせる。
屋上に出ると、そこには絶世の美女がいた。
手すりに掴まり空を眺めるその女性は、とても寂しそうだった。
あれ程の人並み外れた美しさを誇る女性は、私の知る限り一人しかいない。どうやら予想は的中したようだ。
この相沢病院の屋上から見る景色は、綺麗で街全体を見渡せる。辛くなった時とかに、この場所にはお世話になっている。
蓮の事が忘れられない時とかは特に。
「隣、いいかな?」
「ど、どうぞ……」
何故か死んだと思われていた人間が、目の前にこうして生きているというのに、私はそこまで驚かなかった。
ずっと嫉妬して、考えていたからだろうか。私の中では死んだという認識はあまりなかった。
「高嶺さん、今まで何処にいたの? 生きていたなら連絡の一つぐらい!」
見れば見る程、つくづく思い知らされる。
こんなの反則だよ。
(本当に可愛いなぁ……)
それに優しそうで何の汚れのない純粋無垢な瞳。
これは敵いそうにない。私は何て無謀な戦いをしていたんだろう。
そんな事、彼女にしたら知った事じゃないか。
「高嶺さん……か……」
何か雰囲気が違う。それは成長したからではない。彼女の独特な雰囲気が感じられないからだ。
私は貴方に憧れて、影からずっと見てきたから分かる。 そう簡単に間違えはしない。
「貴方は花子さんの友達ですか?」
何かの冗談かと思ったが、彼女の目は嘘を付いていない。そこにいるのは、私の知っている高嶺 花子ではない。
「貴方は……誰……?」
「私は……」
その深刻な表情は、何かに思い詰めている事を物語っている。
顔が曇っていて、可愛いのに勿体無い。何が貴方をそこまで暗くさせるのか。
「誰でもないです」
「どういう事?」
その言葉の意味は分からなかった。
何者でもない、存在する価値がないという事?
彼女は私に問い掛ける。
「花子さんって、どんな人でしたか?」
「もしかして、記憶が無いの……?」
彼女はコクリと頷く。
目の前にいるのは、花子ではない誰か。
私は教える事にした。私情を少し混ぜて。
「綺麗で、可愛くて、優しくて。完璧な女の子。私の好きな人も虜よ、笑っちゃうでしょ?」
暗いムードは嫌いなので、面白おかしく話した。何か高嶺さんに話している様で、変な気持ちになる。
「何で、笑っていられるんですか……? 好きなんでしょ!?」
彼女の瞳が潤っていく。握った拳が震えている。
何故か私は悔しかった。その気持ちは私だけのはずだから。
「そりゃ……好きだよ! ずっと前から好きだったんだよ! 何で私じゃないの、何で私を見てくれないのって、ずっと悔しかった……!」
何年間も心に溜めたものが、今になって溢れ出るとは。ずっと我慢してきたのに、どうしよう。
「私も! 花子さんじゃなくて、私を見て欲しい! 私も彼が好きだから……!」
彼女と私は一緒で、蓮が好きなだけ。
ただ、同じではない。蓮が必死に貴方を捜している。
私なら、そこまでしてくれないかもしれない。
いつからだろう。こんな風に考える様になったのは。
蓮は誰にだって優しかったのに、私はこんなに意地悪になってしまった。
「けど、蓮には花子さんがいる……」
うわ。同じだ。
「私何か……いなくなればいいのに」
私と同じ事言ってる。
自分を見ている様で、何だか歯痒いな。
こんな時、蓮なら何て言うんだろう。私には到底分からない事だ。こういうの得意じゃない。
蓮って、高嶺さんって凄いなと心底思う。
私は携帯を取り出して電話を繋げる。
「百合は無事か? 無事なのか!?」
「相沢病院の屋上来て。じゃ」
用件だけ言って通信を切る。
彼女は下を向いて、これ以上無い程に暗い顔をしている。
「そんな顔してちゃ、可愛い顔が台無しだよ?」
柔らかい両頬を摘んで、口角を上げる。
彼女は目は泣いて、口は笑って、変な事になっていた。
「止めて……下さい……」
「あはは、変なの!」
私達は屋上だから何の心配もせず、大声で笑った。
本当に良い人だ。
「あ~ああ! もう無し無し、何か疲れちゃった!」
「そうですね。疲れました」
私の負けだよ。
勝手に一人で戦って、勝手に負けた私は「ダサい」そのものだ。
「蓮、必死な声で「百合は無事か!?」だって。大丈夫、ちゃんと愛されてるよ」
羨ましい限りだよ、まったく。
「それなのに私、蓮に酷い事言っちゃった……」
立ち直ればいい。何度だって、想いをぶつければいい。
貴方にはそれが出来るんだから。
「後は白馬の王子様……まではいかないけど、それに慰めてもらうんだね~」
私が言うより、本人が言った方が早い。言われたい事を蓮は言うつもりだろうから。
「あの、葵さんも愛されていると思いますよ。蓮から話を聞いた事があるので分かります!」
心配されてる。
私は彼女を安心させる為、笑顔を見せた。
そして何も言わず、扉に向かって歩く。
後一つ、言っておこう。
「高嶺の花。その言葉は高嶺さんに似合っていた」
「勿論、貴方にもね」
どうしようもない馬鹿だな、私は。
さて、これからは蓮の出番だ。私はさっさと退散させて貰うとしよう。
何でだろう。久し振りに清々しい気持ちになった。
涙って少し塩っぱいんだね。
私の恋みたい。




