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第2話 キブシ 〜出逢い〜

 二人の間に静かな時間が生まれる。

 透き通った白い肌は、まるで降っている雪の様。これぞまさしく雪化粧。

 美しく清楚な彼女には、今日はぴったりの季節だとつくづく思う。

 何時までもこうやって一緒に居たいと心より願った。

 そんな事を考えていると。


「花、好き?」


 無音をかき消すように彼女が言い放った。


「え? す、好きだよ!」


 君が、と心の中で付け加えてみる。

 本当は花に興味など微塵たりとも無かったが、咄嗟に都合の良い様に言い返してしまった。


「本当!?」


 彼女は目を輝かせながら、お互いの鼻が当たる位の距離まで近づいて来た。

 一切の曇りの無い瞳からは、彼女の花に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

 その喜びに満ち溢れた表情を見て、少し罪悪感を抱いた。


 彼女は時に嬉しそうに、時に誇らしげに花について語り始めた。

 まるで、誰かに話したくて堪らなかったかの様だった。


 そんな彼女の満面の笑顔を見て思う。

 彼女の笑顔を見ていたい。彼女と出会ってばかりなのに、彼女の全て事を知りたい。ただ、そう思った。


 何と言おう。何と言えば伝わるのか。君の笑顔は素敵だ、何て。

 言える筈の無い台詞を妄想してみたり。

 恥ずかしさの余り、悶絶するのは少し後の話。


 彼女の密着しているこの状況に緊張してしまい、顔が火照っていくのを感じながら、一定の距離を保つ。

 赤いチューリップが目に入る。僕の顔もこんな風になっているのだろうか。


 話に花が咲き、気が付けば夕暮れ。

 烏の囀りは、時間を運んで来てくれる。

 これ程まで時間が過ぎるのが早く、そして憎く感じた事は無かった。

 それ程までに、楽しい時間だったんだ。


 彼女の花の話しはまるで、花の研究をしている博士の様。

 好きとはいえ、ここまでとは思っていなかったもので、驚いた。

 僕も少し花に詳しくなった気がする。


「名前、何て言うの?」

「蓮。柊木 蓮」

「良い名前ね」


 彼女にそう言って貰える事が、こんなにも嬉しいなんて。

 お父さん、お母さん。良い名前付けてくれてありがとう。

 そう心の底から感謝した。


「君は?」


 私は……と、彼女は少し返事に躊躇う。


「いいの……」


 その時の彼女は、長く綺麗な髪を掻き上げて、大人びた表情を見せた。

 それは、何処か寂しく、悲しかった。僕と同じ位の歳の少女が見せる顔では無かった。

 彼女のその曇った表情の意味が見抜けなくて、それ以上は聞けなかった。


「じゃあ……」


 その場から去ろうとする彼女。

 僕は自然と、彼女のほのかに温かい手を取った。

 彼女は突然の事で、少し驚いている。それ以上に自分自身が一番驚いている。

 どうしても聞かないと。彼女の口から。

 このままだと会えなくなる。そんな気がした。


「また、会えるよね?」

「……ありがとう」


 そんな返事は求めていない。その言葉の意味が分からなかった。

 彼女は僕に背を向け、ここから立ち去ろうとする。


「ちょっと待って……!」


 僕は慌てながらも、彼女が大好きな花をプレゼントしよう、そう思いついた。


 すると、不気味な花屋の店内の奥で座っている人が手招きしている。

 高級そうな白い手袋をはめて、グレーのコートは大人のダンディズムも感じさせる。ハットを深くかぶっていて、顔は良く見えない。

 何処か不気味な人だと思い、恐る恐るその男性に近づく。


 彼は何も言わず、僕に花を手渡した。

 その花は先程、彼女から教えて貰ったキブシという花だ。

 キブシはとても綺麗で、彼女の喜ぶ顔が浮かぶ。

 僕はお小遣いの入った小銭入れを、ポケットから出そうとすると、彼はただ手を此方に向けて首を振った。


「いいんですか?」


 お金を払おうとしたが、彼は断固として受け取ろうとはしなかった。

 僕は、感謝をすると共に急いで彼女の元へ向かった。

 しかし、そこには彼女の姿は無かった。

 此処に彼女が居ないだけで、何故かこの場所は寂しくなる。


 夕陽が沈み、夢の様な時間の終わりを告げた。

 そして始まりを告げる花。

 ーーーキブシ


『出逢い』


 手に持ったキブシが冷たくも、どこか温かい風で揺らいでいた。

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