第28話 モミジ 〜大切な思い出〜
好きな人の行く場所ぐらい、把握出来てないで何が「好き」だ。
自分の無知さに腹が立つ。だが、今はそんな事を考えている暇は無い。
これから知るから、こんな俺を許してくれ。
俺は辺りを走り回って捜した。焦る想いに急かされる。
早くしないと、百合が何処かへ行ってしまう。そんな気がする。
もう嫌だ。誰かが離れていくのを、何も出来ずにいるのは。
「おーい! れーん!」
遠くから馬鹿みたいに大きな声で、手をぶんぶん振り回しているのは、まっさー。そしてあの二人は雨宮姉妹。瑛里華もいる。
瑛里華はあれから変わった。あの三人とも友達になれた様で嬉しく思う。まるで親みたいだな。
「蓮! これから遊びに行かない!?」
「何も言わず帰るなんて、つれへんなぁ」
まっさーと霞の馬鹿コンビはいつも通り。
こいつらに迷惑をかける訳にはいかない。
「ごめん、ちょっと今忙しくて……」
そう言うと、馬鹿コンビはブーブーと分かりやすくテンションを下げている。
すると、菫が聞いて欲しくない所に踏み込んできた。
「今日、百合さん休んでましたよね……何かあったんじゃないですか?」
言うべきか、言わざるべきか。
「何黙っとんねん! 早よ言え、友達やろ!?」
「そうだよ。友達……でしょ?」
いつも馬鹿みたいにはしゃいでるまっさーが、その時は心底格好良かった。
俺が瑛里華にそう言ったのに、言い返されるとは思わなかった。
俺が、間違っていた様だ。
「百合を捜すのを手伝ってくれ! 頼む!」
「任しとけ~! お前ら行くぞ!」
まっさー達は分散して、効率良く捜す作戦に出た。
中学生の時、友達何ていなかったけど、友達って最高だな。
俺は電話を掛けた。
相手は百合では無い。何度も掛けて出ないのは検証済みだ。
「俺だ」
「珍しいね、どうしたの?」
俺の様子が違うのに気付いたのか、葵は心配そうに聞いてくれた。
今は人手が欲しい。だが、何て説明すれば良いのか考えていなかった。
百合と言っても分からないし、言うしかないか。
「花子を捜すのを手伝ってくれ!」
数秒の間、返事は無かった。
信じて貰えないか、馬鹿にしているのかと思われたか。それとも、とうとう頭がおかしくなったと思われたか?
返事は意外なものだった。
「分かった。任せて!」
そう言って葵との通信は遮断された。
まだ何も情報が無いのに、葵は自信満々だったので、俺は期待する事にした。
もう一人。
気付いたとしても無視されると思うが、今は一刻も争う。
俺の予想は外れ、繋いだ相手は出てくれた。
「何の冗談だ? 俺に掛けてくるなんて……」
「椿、一生のお願いだ!」
こいつにこんな事を言うと、絶対キレる。俺が言ったら喧嘩を売っているとしか思えない。
それでも、言うんだ。
「花子を捜すのを手伝ってくれ!」
「はぁ!? お前とうとう頭おかしくなったんじゃねーか!?」
まあ、そうくると思ったよ。
「頼むよ!」
数秒の間、無言が続く。そして、椿は大きなため息を吐いた。
俺の事とうとう見損なったか?
「分かったよ。お前今何処いるんだよ?」
「え? いい、のか……?」
まさかの返事に驚きを隠せない。
「急いでんだろ? 早くしろ!」
「あ、ああ! じゃあ俺の家前に来てくれ!」
待つ事5分。椿はやって来た。
正直、来てくれるとは思っていなかったものだから、俺は嬉しかった。
「で、どうする」
「まだ一つだけ、心当たりがある」
その心当たりについて、椿は知りたがっている様だったが、見た方が早いと思って、説明もせずにそのまま向かった。
「此処は……」
椿は懐かしそうにそれを見つめる。
それは、元花子の家。今は誰も住んでいない。
昔、此処で約束を交わした。思い出の場所。
此処が唯一の希望だったのに、いないとなると手も足も出ない。
「もう、俺に会いたくないのかもな……」
力が抜けた。歩きたくない程の脱力感。
花子が、百合が苦しむくらいなら。
俺がいなくなればーーー
バシッ!!
頬に激痛が走る。よろめいてふらつく。
何より、胸が痛かった。
「お前が諦めて……どうすんだよ!!」
そのビンタには、想いが乗っていた。
そこにいるのは卒業式の日の椿ではない。真剣な表情で、その言葉は心にグッときた。
「俺、ずっと羨ましかったんだ。お前と花子が仲良くて、俺も好きだったから」
「椿……」
「花子が死んで、もう忘れようとした。なのにお前は、ずっと忘れずに辛そうにしていた! それを見て腹が立ったよ。お前にも、自分にも……」
俺だけじゃない。花子が死んで、形は違えど椿も苦しかったんだ。それを知れて、俺は少し安心した。
花子はちゃんも愛されていたんだな。
「でも、やっと分かったよ。花子が何でお前が好きなのか。お前、やっぱり凄いよ」
「何言ってんだ急に……恥ずい」
謝罪なんかより、その言葉は何よりも嬉しい。
流石は昔からの付き合いだけあって、俺の考えている事を分かっている。
椿は自分の発言に恥じらい、頬をポリポリとかきながら目線を逸らした。お前のその癖、変わってないんだな。
俺はそれを見て、思わず笑った。
椿も「何笑ってんだよ」と言いつつも一緒に笑っている。
「さて……これからどうするか」
ガチャ。
誰もいないはずの家の扉が開き、女の人が出てきた。
「あの、もしかして……蓮君と椿君?」
俺達の名を知っているその人は、ある人の面影があった。
「もしかして、花子のお母さん……ですか?」
「高嶺 紅葉と言います」
黒く長い髪、綺麗な顔立ち、花の様な可憐さ。間違いなく花子の母親だと分かる。
昔花子が言っていた。自分の母親は身体が弱くて、引越しする際に一人で病院に残ったと。
「上っていって? あの娘も喜ぶわ」
一人生き残った紅葉さんは、どれ程辛い思いをしているのか、それは想像を遥かに超えるものだろう。
ただ、まだ希望はある。
だって花子は生きているのだから。
「後で行きます。花子も連れて」
紅葉さんはキョトンとしている。
冗談で言ったとしたら、紅葉さんは我に返り怒り狂うだろう。しかし、俺は冗談でも喧嘩を売っている訳でもない。
それを察したのか、紅葉さんは微笑んだ。
頬を伝う涙が、花子への愛を物語っている。
花子、百合。
待ってろよ、今行くからな。




