第27話 スターチス 〜変わらぬ心〜
病院の屋上で瑛里華と会話した後、俺は暗くなってきたので帰路を辿っている。
すると、ポケットの中に入っている携帯がブルブルと振動した。
鳴り止む前に取り出して、相手を確認する。
案の定、百合からだった。
(こんな時間にどうしたんだろう?)
耳に当てて、電話に出る。
「蓮……こんな時間にごめんね」
元気の無い、思い詰めた様な声。
梅子おばさんの事を気にしているのだろうか。それとも他に何かあったのか。
「いいよ。どうした?」
「今から、花屋に来て欲しいの」
「え? もう夜遅いし明日に……」
「今じゃないと駄目なの。お願い」
「待ってる」と言って、プツリと通話は途切れた。何度か呼び掛けても返事は無い。
何か様子がおかしい。何だっていうんだ?
その答えはあの花屋で待っている。
花屋がやはり開いている。その前には百合が立っていた。
俺は走るのを止めて歩いて近づく。
百合の雰囲気が、何時もとは違う。少し怖さを纏っている。
「蓮、来てくれたんだね」
「ああ、それよりどうしたんだ? こんな時間に」
百合は手や口が震えている。それは寒さのせいはなくて、何かを我慢していて、そして恐れている様だった。
「もう、我慢出来そうにないから……言うね?」
何を言うのか、想像する間も無くそれは耳に入ってきた。
「何で私を見てくれないの? 何で私は私じゃないの? こんなにも蓮が好きなのに、蓮が見ているのは私じゃない。それが凄く辛くて、苦しくて、悲しいの!」
俺が言い返す間を、百合は与えてくれなかった。
驚きのあまり、言葉も見つからない。
「いつも花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子、花子!!」
違う。違うんだ百合。
「私は百合なの! 橘 百合なのに……」
いつからだ。
「こんなんじゃ……私……!」
いつから、こんなに追い込まれていたんだ。
「偽物みたいだね……」
百合は涙を流す。
俺が百合を悲しませているのか。
それは違うと教えてあげないと、百合は壊れてしまう。
なのに震えて声が出なかった。
百合が何処かへ行ってしまう。
俺は遠ざかる高嶺の花に手を伸ばした。それは届きはしない。
片方の花が散っていく。
俺は何も百合の事を分かっていなかった。百合がそんな気持ちで、俺と今までいたんだと思うと胸が痛くて苦しくなった。
俺は何て非力で、馬鹿なんだろう。
どうすれば、花子と百合。二人を救えるのだろう。
どうすればーーー
次の日、学校に百合の姿は無かった。
俺は梅子おばさんの所にいると思って、学校が終わったら直ぐに相沢病院へ向かった。
しかし、梅子おばさんの病室を覗いても百合の姿はなかった。
梅子おばさんに聞いてみる。
「おばさん。百合来ました?」
「あんた……! 百合に何したんだい!?」
突然の質問に理解が追いつかない。思い当たる節は昨日の事だけ。
「あの娘、あたしに何て言ったと思う!?」
「本物じゃなくてごめん、だってさ! 」
昨日言っていた「偽物」
本物じゃ無いって、どういう事なんだ。
百合は自分が花子だって事に気付いたのか。
「あの娘、まさかーーー」
最悪なイメージが浮かんでゾッとすると、身体はもう病室から飛び出していた。
「蓮……? どうしたの?」
目の前に、心配そうに俺を見る瑛里華がいる。
「瑛里華! 百合を捜すの手伝ってくれ! 頼む!」
「え? わ、分かった!」
二人で手分けして探す事にした。思い当たる場所という場所を全て。
百合の家、いない。
謎の花屋、いない。
前行った海遊館、いない。
約束したのに、任されたのに、俺は何をしているんだ!
百合。俺なんかより、よっぽど辛かったんだな。
君に何て言われようとも、君に嫌われても。それでも、俺の心は変わらないよ。
会ったら何て言おう。
取り敢えず、一つは決まっている。
百合、好きだ。




