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第23話 キンカンセ 〜別れの悲しみ〜

 俺にしか分からないもの、俺にしか知り得ないもの。

 この瞳、この表情、この感じ。

 ずっと追い求めていた存在。

 事故で死んだと聞かされ、絶望の淵に落とされ、涙した。

 それでも願い続けてた。

 それが今、目の前にいる。


「花子……なのか……?」

「……うん」


 だよな。間違えるはずが無い。


 俺は花子を抱き締めた。

 そうしていないと、また何処かへ逃げてしまいそうで、この花が散ってしまいそうで怖かった。

 お前に逢える日をどれ程待ち望んだ事か。


「花子! 絶対にもう離さない!!」


 花子の目の前で格好悪いかもしれないけど、俺は馬鹿みたいに泣いた。枯れるまで泣いた。

 もう泣かないと決めていたけど、これは悲しみの涙じゃないから、こんな時ぐらいはいいだろう。

 花子は俺が泣き止むまで、まるで母の様に背中を摩りながら慰め、待っていてくれる。

 そんな時間は俺を幸福感に包んでくれた。

 そんな中で思い出が蘇ってくる。


 この二年間、色んな事があった。

 色んなものを失って、得て、多くの事を学んだ。

 もうあの頃の子供な俺じゃない。今ならきっとあの時の言葉だって伝えられる。


「そうだ! 俺、お前に言いたい事が……」

「蓮……聞いて?」


 いくらでも聞くさ。だってこれからはずっとーーー


「蓮とはもう会えない」


 え? 何でなんだ、花子。こんなにも思っていたのに。


「そ、それって……どういう事だよ!」


 花子の肩を掴み問い質す。違う言葉が欲しいから。

 だが、花子からは最悪の言葉が返ってきた。



「私はもう……死んでいるの」



 頭にクエスチョンマークが大量に湧き出てくる。その言葉の意味が理解出来ない。

 だっておかしいだろ? 目の前に、花子がいるんだから。

 俺は苦笑いした。


「花子? 何言って……」

「百合」


 食い気味に放った言葉は、俺を戸惑わせる。


「この子は橘 百合よ。花子じゃない」

「でも……お前は花子だろ?」


 そんな風に言うのは止めて欲しかった。

 だって、それじゃあ花子はーーー


「言ったでしょう? 私は死んだの」

「止めろよ! それ以上言うな!」


 何で、何でそんな悲しい事を言うんだ。

 花子の肩を掴んで問い質す。

 花子の顔を見ると、目から涙が流れていた。

 その涙を見てやっと理解した。理解してしまったんだ。


 事故が原因で生じた二人の人格。花子と百合。

 だけどその身体は一つしかない。

 それを分かって、花子は百合に譲ろうとしている。


 ーーー花子は消えようとしている。


 花子、お前は全部見てたんだな。見ていてくれていたんだな。俺や百合の事を。

 知ってたんだな。百合の気持ちを。


「俺さ? 百合と花屋の前で出会った時、お前だ! と思ってさ」

「うん」

「けど違って。寂しさのあまり百合にお前を重ねてたんだ。けど、違った。花子じゃないんだ」

「うん」


「でも俺、百合の事をいつの間にか……」

「好きになってた。だよね?」

「うん……」

「知ってたよ。見てたもん」


 そう言うと、花子は涙を拭って笑顔に変わった。


「ごめん」

「何の事?」


 百合を好きになってしまった事、何て言えない。

 俺はどっちの事も好きだから。最低な贅沢だ。


「花屋の前で待ってるって約束、一回破った」

「あ~大雨の日ね。百合ちゃんずっと待ってたんだよ? どうせ私がふらつくから会いたくない! とかそんな所でしょ?」


 何でもお見通しって訳か。流石は花子。

 俺はふふっと笑った。何だか身体から力が抜けていく。

 お前には敵わないな。


「百合ちゃんを愛してあげて?」


 その言葉は俺にとって、多分花子にとっても悲し過ぎる言葉だった。

 私の事は忘れて。そう言う風に聞こえる。


「覚えてるか? 花子が何処かへ行ってしまった時、花を交換したよな」

「忘れる訳ないじゃない! だってあれは……」


 花子は何かに気付いた様な表情で、話すのを止めて俺を見る。


「ワスレナグサ」

「シオン」


 花言葉はーーー


「私を『忘れない』で」

「貴方を『忘れない』」


 二人して微笑んだ。

 俺達は花でちゃんと繋がってると分かって、とにかく嬉しくて。

 これを知っているのはお前だけなんだと知る事が出来て。


「俺、分かんねーよ。花子も百合も、好きなんだよ。二人で一人なんだよ……!」


 ああ、駄目だ。言いたい事が纏まらない。


「私は逃げたの。目が覚めた時、何もかも失ってるんじゃないかって、そうやって百合が生まれたの」


 俺だけじゃない。花子だって失った恐怖と戦っていたんだ。

 そして要約出て来れたのに、それでお終いで良いのか?

 良い訳がない!

 俺が、花子が、ちゃんと此処にいるんだよ。


「一つ言える事がある」


 花子は真剣な眼差しで俺を一直線に見つめる。

 花子、今からお前に言ってはいけない言葉を言うよ。


「お前がいないと……寂しいよ……!」


 俺がそう言うと、花子は目を閉じて俺に寄り掛かる。直に温もりを感じる。

 花子のふんわりとした表情は、安心している様に見えた。


「蓮……?」

「何だ?」



「大好き」



 そして、眠りについた。その寝顔は永遠に目覚めそうにない様に見えた。

 嬉しいよ。お前に初めてこうやって好きって言って貰えた。本当に嬉しいんだ。


 嬉しいのに、何でーーー


「あれ? 私、一体何して……」


 百合だ。百合になっている。

 まだ一杯言いたい事があったのに、もう逢えないのかな?


「蓮……? 何で、泣いてるの?」



 寂しいよ、花子。

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