第22話 フジバカマ 〜あの日の事を忘れない〜
「では、気を付けて帰る様にね?」
小野寺先生は生徒達に笑顔を振りまく。通称「小野寺スマイル」
それは男子達を癒し、幸せな顔で帰らせる魔法の技である。
そんな小野寺スマイルを見て、笑顔で帰るという恒例行事と化していた。
だが俺達は忘れない。彼氏がいるかと聞かれた時の小野寺先生の恐ろしさを。
「百合、行こうか」
「う、うん……」
百合は顔を下に向けて、コクリと頷く。
百合も恥ずかしがっている様だが、俺もこれ以上無い程に恥ずかしい。
何せ、これから初めてのーーー
「デートか?」
「うわぁ!?」
耳元にまっさーの顔があった。
急に話し掛けてくるものだから、変な裏声が出てしまった。一瞬、心臓が止まったと思う。
そのボソッと囁かれたその言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。
「な、何で分かった?」
俺はバレバレの反応をしてしまった事に気付き、口を手で閉じる。その反応を見て、まっさーはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「やっぱりな~今日のお前、めっちゃソワソワしてたで!」
「それ! 百合ちゃんも分かりやすくて面白かった~」
俺はカマをかけられた様だ。してやられた。
霞にさえバレていたとは、そこまで様子が変だったのか。
「羨ましいぜ! こんちくしょう!」
「そんなんじゃ無いよ! なあ、百合?」
百合に問い掛けると、少し悲しげな顔をしてこう言った。
「違うの……?」
「いや、違う事は無いんだけど……その……」
待てよ。まっさーと霞にバレていると言う事は、他の皆にもバレてるんじゃないか!?
「頑張れよ!」
「蓮には勿体無いぜ!」
「百合ちゃん泣かせたら容赦しないぞ!」
ヒューヒューと周りのガヤが、盛大に俺と百合を祝福している。殆ど俺への嫉妬だったが。
俺は恥ずかしさのあまり、顔が熱くなった。
「百合ちゃ~ん。そこの野獣に襲われへん様にな!」
「うるせ!」
まっさーはいやらしく笑いながら、クラスの皆を帰らせた。
そして帰り際、俺の方を向いてグッと親指を立て突き出した。
俺はコクリと頷いた。心の中でありがとうと呟く。
俺は百合を連れて学校を出た。
今から俺達はデートをする。
デートしようと言ったわけでは無いんだが、暗黙の了解というか、お互いはこれがデートだと分かっている。そんな感じなんだ。
こういうのには疎い俺だが、今日の行く場所は決まっている。
「わぁ! 綺麗……」
「おお、凄え……」
筒状の道は360度ガラス張りになっており、彩り緑な魚群が華麗に泳いでいる。クジラやマンボウなどの大きな魚はインパクトがあって、全てがとても綺麗だった。
遊園地や動物園、お洒落なカフェ。色々あるけれど、この水族館を選んだ。
百合がどうしても行きたいと言ったので、俺は喜んで連れて来たという訳だ。
百合がそこまで魚が好きだとは。
「久し振りだな~此処の水族館。小学生の頃、遠足で行ったんだ~」
此処は昔と何も変わってはいない。
四年生の時、クラスの皆で行ったっけ。その時、花子もいたよな。
花子はあの時、百合の様に目をキラキラさせて綺麗だと言っていたんだ。
「ある……」
「え?」
「私……此処に、来た事……ある」
百合は喜んでいた先程までから一変、深刻な表情へと変貌を遂げた。そして、苦しそうに頭を抱え、悶え始めた。
すっかり忘れていた。百合には記憶が無い。
もしや、昔の記憶が水族館に来た事で掘り返されたのか。
「百合!? 大丈夫か?」
まただ。以前にもこういう事があった。
あの日、初めて俺達が会った日も、こうやって突然に頭痛が起きて倒れた。
何かを思い出す様に。
まずいと思い、俺が手を貸そうとすると、それを百合は拒んだ。
「もう、少しで……思い、出せる……」
俺は見届ける事にした。何かを思い出そうとしている。それは百合にとって、そして俺にとっても大事なものだと思ったからだ。
「私は……昔、此処に、誰かと……来た……?」
「誰だ? 誰と来たんだ!?」
俺は焦った。知りたくて仕方がない。
教えてくれ。それは誰なんだ?
俺は一つ、確かな疑問を抱いている。
相沢院長の言葉。
「二年前、寝たきりの状態で入院していた」
そう、確かにあの時『二年前』と言ったんだ。
二年前。それは、花子が消えた日。
この二つが重なったのは偶然か、もしかすると。
もし、あの事故で花子が死んでいないとしたら?
その花子が事故のショックで記憶を失っていたとしたら?
それが目の前にいる百合だとしたら?
これはただのいきすぎた予測、妄想に過ぎない。だけど、そう疑わざるおえないんだ。
俺の予感がそう言っている。
「思い……出せ、ない……」
百合は息が荒れ、汗が噴き出している。今にも倒れそうな勢い。
「俺、だろ……?」
それが俺ならば、百合は。
彼女はーーー
ぐらつき始め、遂に倒れた。それを俺は受け止めて支える。
「大丈夫か!? 百合……」
百合の顔を見る。
気絶したと思ったら、しっかりと目を開いている。俺はその目をしっかりと見つめる。
違う。
百合じゃない。
この瞳、この感じ。
これを見るのを夢みたんだ。
「嘘……だろ……?」
俺が今迄ずっと追い求めていたものは、直ぐそこにあった。
「久し振りね、蓮」
彼女は天使の様な笑顔を見せる。
そこに、確かにいる。
花子がいる。




