第21話 エリカ 〜孤独〜
学校が始まって一週間。
緊張感は薄れ、この環境にも慣れてきた頃。
百合は案の定、クラスの人気者になっていた。
いや、もう学校中を虜にしている。
「1ーAに高嶺の花の様な女子がいる」
この話題で持ちきりで、他のクラスの男女問わず、ずらずらと百合の元へやって来る様になった。
「ねえ、橘さん。お昼一緒に食べよ!」
「ああ~ずるい! 私も!」
女子達が百合を誘う為、周りを囲む様にして連れて行く。まるで犯人を連行するかの様だ。
それを周りの男達は羨ましそうに見つめている。
「あ~ええなぁ……俺も百合ちゃんと飯食いたいで……」
「悪かったな。俺なんかとで!」
俺の目の前で渋々と弁当の用意を始めたのは、同じクラスで初めて出来た友達である菊地 紋将。
キリッとした顔とスポーツ刈りの短髪から、爽やかな野球少年って感じだ。
そんな彼の第一印象は「うるさい」「馬鹿」「エロい」の三つだった。
しかし、大阪出身なだけあって面白い。つまらない授業も彼によって賑やかとなる。
「付き合ってる人おんの?」と言って、小野寺先生の可愛い顔が鬼の形相となった時は、思わずヒヤッとした事もあったが。
そんなムードメーカーな彼は「まっさー」という愛称で呼ばれている。しかし、自ら付けたあだ名である。
明るい性格と馴れ馴れしい態度のお陰で、打ち解けるのには然程、時間が掛からなかった。
まっさーは話し掛けてくれたが、友達のいない俺に気を利かせてくれたのか、はたまた何も考えていない馬鹿なだけなのか分からない。多分、後者だと思う。
まあ、要するに良い奴だ。
「いやいや! 蓮と食う飯も美味いでぇ~?」
「はいはい。お上手な事で」
「ほんまやって! 蓮ちゃ~ん」
「や、やめろ!」
まっさーは俺にべったりと抱きついてきた。
脳裏で柚樹さんが浮かぶ。少し悪寒がしてゾッとする。
「男子って本当にバカよね~」
「姉さん、聞こえますよ……」
「バカね~聞こえる様に言ってんの!」
二人の女子の笑い声が聞こえる。
背の低いベージュ色の髪をした方が、雨宮 霞。
背の高いクリーミーな色の髪をした方が、雨宮 菫。
二人は姉妹なのだが、これ程まで正反対な姉妹がいるだろうかと言えるぐらい、似ていない。
菫は上品で物静かな女子で、クラスでも密かに人気がある。
姉の霞より背が高い事が悩みらしいが、大人っぽくて羨ましいと憎まれている。
霞はうるさい奴で女子のリーダー格的存在。
高校生とは思えない容姿、八重歯がチャームポイントらしい。
性格は偉そうで、でも直ぐに照れる。所謂ツンデレという奴だ。
ただ、チャラチャラした見た目とは裏腹に、良い奴だったりする。
「うるさいわチビ助! これが男の友情っつうもんや!」
「チビって言うな!」
そう言って霞は牛乳パックを取り出し、ストローを刺すと一気に飲み干した。
小さい体型を馬鹿にするとキレるが、子供を茶化す様な感じで楽しんでいるまっさーであった。
「俺らは何でも出来る仲や!」
なぁ? とまっさーは俺にふる。頼むから止めてくれ。
俺もこいつのせいで、馬鹿キャラになってしまいそうで怖い。
「あんた達、本当に仲良いよね~」
霞がジト目でニヤつきながら俺達を見つめる。何かを疑っている様な目だ。
「せやで~、俺らデキてんねん」
「な、なにっ……!」
頬を染めたまっさーは目をパチパチさせ、上目遣いで俺を見る。
せめて嘘っぽく言え。お前のその言い方だと本当に疑われる。
「じゃあキスしてよ! キス!」
「キ、キ、キ、キス……」
そう言った霞はキャッキャと喜んでいる。
菫は顔を真っ赤にして、何かを妄想している様だ。頭上には湯気が出ている。
すると、まっさーは唇を尖らせて、俺の両肩に手を置いて近付いてくる。
おいおい、まさか……。俺にそんな趣味は無いぞ!
どんどんとまっさーの顔が近付いてくる。
周りはキスコールで盛り上がる。これは悪夢か?
本当にやり始めるとは思ってなかったのか、霞は顔を赤くしている。菫は手で目を隠しているも、隙間が少し開いていてそこから覗いている。
「や、止めろ……!!」
「何でや蓮! 俺にあんな事しといて……それは無いで!?」
ギリギリでまっさーの顔を手で突き離す。それでも顔を近付けるのを止めない。
あんな事って何だ! つい最近の仲だろ。
俺のファーストキスがこんな奴だなんて、シャレにならない。
「馬鹿だ! ねえ、相沢さんもそう思わない?」
霞が一人で本を読んでいる相沢さんに話し掛けた。相沢さんが話しているところなど見た事が無かったので、俺は少し気になって会話を見る事にした。
まっさーを突き飛ばす。まっさーはそこらで倒れている。
「別に……興味、無い」
それだけ言うと、相沢さんは教室を出て行った。
先程まで盛り上がっていたクラスの雰囲気は静まる。
「何よ。親切に話し掛けてあげたのに!」
「まあまあ、姉さん。ご飯ですよ~」
プンスカ怒っている霞を一瞬で上機嫌にする菫。姉を完全に扱い慣れている。
俺は見た。
相沢さんの見せた悲しそうな顔。俺はこの表情をよく知っている。
『何で……そんな顔するんだよ……!』
それから俺は、相沢さんを気になる様になった。




