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第1話 シャクナゲ 〜高嶺の花〜

物語の始まりです。

 僕は恋を知らない。


 生まれた時から中学生の今に至るまで、一度も感じた事が無い。

 そんな僕、柊木ひいらぎ れんはこの先、誰かと恋をする事はあるのだろうか。


 少し心配になってきて、そのせいで今日は眠れなかった。

 デジタル時計を見ると、AM4時と記されている。

 心の靄を晴らす為、カーテンを開けて外の景色を見る。


 凍える風が吹く冬の最中、一目散に僕は外へ。

 支度もせずラフな部屋着姿のまま、勢い良く飛び出したのには理由があった。


 ここ東京都の世田谷区。

 雪が降るどころか、積もるなんて事は滅多に無く、偶然の賜物に喜びと興奮を抑えきれなかったからだ。


 朝日はまだ顔を出そうとしない。

 街は見事に、綺麗な一面の銀世界へと変貌している。

 それはまるで、テレビの中でしか見る事のない程の絶景。

 そんな景色を目の当たりにして、息を呑む。


 ひんやりと冷たい風を、直に浴びる。

 アドレナリン全開な僕にとっては、心地良いくらいだ。

 人の気配もせず静まり返った世界に、大きなくしゃみだけが木霊する。


 流石に寒かったので一度帰宅し、防寒着を羽織り、手袋を施す。

 気を取り直して歩道を進むと、それは僕の目に飛び移った。


 そこには見た事の無い、古色蒼然たる花屋がぽつんと建っている。

 花に興味など更々無いが、何となく立ち寄ってみようと思い立った。

 何故かその時は、吸い寄せられる様に無性に僕の中にはただ、花屋に立ち寄らなければならないという使命感が芽生えていた。


 間近で見ると、古びている店というよりも、味のある年季のかかった店と言える。

 店前には植木鉢がずらりと並んでおり、そこからは色とりどりの見た事の無い花が咲いていた。

 店内にも花という花が置いてあり、見た感じだと品揃えは相当なものだと思う。


 古びた見た目からして、新しく建った訳ではないだろうし、今まで何故気付かなかったのだろうか。

 疑問が生じたがこの時は、まあいいと片付けた。


 そうこうしていると、カツカツと足音が聞こえてくる。


(こんな時間に珍しいな……)


 その音は僕の隣で止まった。

 次の瞬間、僕はこの花屋に立ち寄って正解だったと思う事になる。


 そこには花の美しさに劣る事の無い、可憐な美少女が佇んでいた。

 長く透き通った黒髪からは、丁寧に手入れされている事が一目で分かる。

 その人形の様に整った顔立ちからは、一輪の花の様な凛々しさを感じさせる。


 ゆっくりと朝日が顔を出し、世界が彩りを取り戻していく。

 輝く彼女はまるで、楽園に舞い降りた天使そのもの。

 銀世界を背景に、これ以上似合う人は居ないと思える程、それはもう絵になっていた。

 そんな彼女を見ていると、僕の胸は急に苦しくなる。咄嗟に左胸をぎゅっと掴む。


 初めて経験した。

 この症状は一目惚れってやつなのだろう。

 心臓の鼓動が速くなり、いても立ってもいられなくなる。


 思春期真っ盛りの僕は、その衝動に身を任せて花屋に寄った。

 これで出逢えた事を、運命と呼ばず何という。

 勝手に一人で浮かれている僕は、ただ彼女とお近付きになりたい。その一心だった。


 しゃがみ込んで花を眺めている少女の側へと、僕は一寸程まで距離を縮め、その場で膝を折り曲げてしゃがみ込む。

 二人だけの空間を一人で満喫する。


 楽しむのはさて置き、此処からが問題だ。まず友達になるには話しかけなければならない。

 しかしながら、同じ位の年頃と言えど見知らぬ人に、その上美少女に話し掛ける勇気など、持ち合わせてはいない。


 無音の空間により冷たい風の音が、ひゅうひゅうと何時もより良く聴こえてくる。

 少女は花を眺める事に夢中で、まるで自分だけの世界に入っている様な凄い集中力を垣間見た。

 僕になど眼中に無いと思える程。


 花を眺める彼女を見つめる。

 彼女に話しかけようと思えば思う程、心臓が高鳴る。顔に血が上るのを感じ始める。


 そうなるのも無理は無い。

 彼女は話しかけ辛い程、かけ離れている存在に見える。本当に同じ人間だと思えない。それ程に可憐なんだ。

 言わばそう。高嶺の花。

 これ程の花は、この世に二輪も咲きはしないだろう。

 僕がどれだけ手を伸ばしても届きやしない、見ている事しか出来ない孤高の存在。

 彼女はまさにそれだった。


 顔、運動神経、学力。全てが普通。

 人より優れた所なんて何一つ無い。とはいえ劣ってもいない。

 つまらない人間だと、齢13歳で自負している。

 そんな僕が、彼女の側にいるというだけで不自然だった。


 いや、駄目だ。この運命的な出逢いをものにするんだ。

 頭を横に振り気を取り直して、決死の覚悟で彼女に話し掛ける決意を固めた。


「あ、あのっ……!」


 緊張により声が裏返る。

 あまりの恥ずかしさで、目を合わす事が出来ない。

 ゆっくりと彼女を上目で見ると、その大きな瞳を僕に向けていた。

 そのつぶらな瞳に飲み込まれていく。

 長い睫毛により一層輝きを増すその目は、合わせるだけで吸い込まれそうな幻覚に襲われる。


 見れば見る程、そう思う。

 本当にーーー


「綺麗だ」


 彼女は、目を点にして、唖然としている。

 僕はその瞬間、時間が止まる錯覚に陥った。思わず声が漏れてしまった事に気付くのは、十秒程後。


「は、花が……花が綺麗だ!」


 苦し紛れの言い訳で、先程の失態をうやむやにした。

 慌てて視線を咄嗟に花に向ける。

 こんな真っ赤な顔をしていては、彼女に顔を向ける事が出来やしない。

 何をやっているんだと頭を抱え、悶える。

 心臓は爆発寸前で、この場から逃げ出したくて堪らなかった。


 恐る恐る彼女を見ると、くすりと笑みを見せてくれた。それに魅せられる。

 僕が知らなかった、追い求めていたものはそれだと悟った。

 それは、僕にとっての最高だったんだ。


 その天使の様な笑顔は、僕の心を完全に鷲掴みするのには充分だった。

19時頃に更新します。

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