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第11話 サネカズラ 〜再会〜

 もうすっかり日が沈み、空は暗く染まっている。

 眺めていると一つ、見事な満月が顔を覗かせていた。

 それは俺だけを照らしている様に思えた。


 美しさに気を取られていると、頬に何か冷たい物が落ちてきた。

 手を前に差し出してみる。

 久し振りの雪がしんしんと降り始めた。


 俺は今日も花屋に向かう。

 二年前だ。

 花子が消えた日から、この花屋はずっと閉まっている。

 シャッターを下ろして人の気配も無く、開く様子は一切しない。

 今となっては、唯の老い耄れた建物へと成り果ててしまっていた。


 やはり二人揃わないと、花屋は開かない。

 花子がいないと駄目なんだ。


 しかし、二年も経った今でも毎日欠かさず、俺は此処に来る。

 此処だけが唯一の憩いの場であり、何より花子との約束の場所だからだ。


 忘れられやしないんだ。いくら辛くても、悲しくても。

 忘れたら駄目なんだ。あの時に貰った花がそう言っている。


 もしかしたら、花屋に花子がいるかもしれない。

 また前みたいに、笑顔で待っているかもしれない。

 俺はそんな、あり得ない事を期待しているんだ。

 これからどう生きていけば良いのか、今の俺には分かりそうになかった。


 そして、開く事のない花屋に辿り着いた。

 そこにはいつも通りの老い耄れた花屋ーーー

 などではなかった。

 俺の目の前には、花子と行っていたあの頃の花屋が確かにあった。


 おかしい。

 花子はいないのに。

 何故このタイミングで花屋が開いているんだ。

 今まで開かなかったのに何故……。


 すると、歩いて来る音が聞こえてきた。

 その音は俺の横で止まる。

 その方を見て、俺は思わず呆然とした。


 そこには花の美しさに劣る事のない、可憐な美少女がいた。

 長い黒髪と整った顔立ちは、一輪の花の様な凛々しさを感じさせる。

 その美少女は、俺と丁度同じくらいの歳頃であった。


 嘘だと自分の目を疑う。

 二年の時が過ぎたが、彼女には面影が残っている。

 それに彼女のからは、何処か懐かしい感じがする。


(生きていた? 生きていたんだ!)


 俺は唇を震わせながら、一つの言葉を振り絞った。


「花……子……?」


 彼女はいきなり、知らない人に話し掛けられた様に驚いている。


「いや、忘れてくれ……」


 そんな訳ないだろ。

 俺はただ、花子が恋しくて勝手に、似ている見ず知らずの彼女を、都合良く重ね合わせていただけだ。

 みっともない、どうしようもない馬鹿だ。

 花子も無事だったら、彼女の様になっていたのだろうか。


 こんなにも寒いというのに、全ての花は力強く、一生懸命に咲き誇っている。

 それを見て、自分が情けなくなった。

 俺はもう枯れてしまっていて、こんなに強く咲き誇れやしない。


「花、好きか?」


 見知らぬ彼女に話し掛けた。


「好きです」


 優しくも綺麗な声。

 聞き覚えがあると感じたが、気のせいだろう。


「貴方は?」

「ああ、好きだったよ」


 彼女と話していると胸が苦しくなる。この感じ、昔にもあった様な気がする。


「この花が好きなんですよ。知ってます?」


 彼女の手にある花は、俺の良く知っている花だった。


「サネカズラ……」


 俺が好きな花だ。彼女はどこまでも花子と似ている。

 花言葉ーーー


『再会』


 また会いたいよ。

 お前がいないと、俺はもう……。


「凄い。詳しいんですね」

「まあね……」


 今となっては、こんなにも花に詳しくたって意味が無い。話したい相手がいないのだから。

 すると彼女は、思い詰めた様な表情を見せた。

 人の事を心配出来る様な立場ではないのだが、放ってはおけない。


「どうした?」


 返ってきた彼女の言葉に、俺は酷く驚愕した。


「実は私、記憶が無いんです」


 彼女はそのまま話を進める。


「前にこうやって誰かと、二人で話していた。そんな気がするんです」


 そう語る時の彼女はどこか寂しそうで、悲しそうで、懐かしそうな、そんな難しい表情をしていた。


「す、すみません! 私、初めて会った人に何言ってるんだろう……」


 雪の様に白い肌は、段々と赤く染まっていく。


「でも、貴方に初めて会った気がしない……」


 すると彼女はゆらゆらと揺れ始めた。


「大丈夫か!?」


 次の瞬間、彼女は転倒し、そのまま倒れ込んで動かない。


「おい、しっかりしろ! おい!」


 これはまずい。

 俺はすぐさま、携帯電話をポケットから取り出した。


 連絡した救急車が来て、迅速に対応してくれた。

 そのお陰で、彼女の命に別状は無かった。

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