第9話 ネリネ 〜また逢える日を楽しみに〜
あれから3日後。
僕はまだ学校に行けずにいた。
行き辛いというのもあるが何より、花子のいない学校に行きたくなかった。現実を見たくなかったのだ。
花子とまた会える日を楽しみにしてる反面、次いつ会えるのか分からないのが辛い。
僕は完全にジレンマに陥っていた。
その間、果たして僕は耐える事が出来るのか。
うさぎやハムスターの様に、寂しさで死んでしまうかもしれない。
僕は不意に、机に置いてある手紙に目をやった。
この手紙もそうだ。
これを見ると花子が行ってしまった事を思い出してしまう。
けどーーー
僕は躊躇しながらも、手紙に手を伸ばした。
それは可愛らしいチューリップの絵が描かれている便箋だった。
「花子らしいな……」
ふっと小さく笑みをこぼす。
紙を恐る恐る開くと、こう綴られていた。
『蓮へ。
これを読んでいる時には、私はいないと思います。
何か照れくさいけど書くね。
私、蓮と出会えて良かった。毎日が楽しくて、こんなのは初めてだったの。
本当は離れ離れになりたくない。サヨナラは言わないよ。
最後に言うね。隠せなくてごめん』
手紙は所々ふやけている。最後の文字を見て、その上からさらにふやけていく。
最後の言葉に目をやった。
『大好き』
その言葉は僕が言うはずだったのに。
「ずるいだろ……」
花子はこれを、どんな気持ちで書いたのだろうか。
僕と似た気持ちを抱いていたのだろうか。だとしたら、それは嬉しくて悲しい事だ。
僕は家を飛び出した。
涙を振り絞り、花屋へと走った。
花屋への道のりは、いつもより何倍も遠く感じた。
やはり、花屋は開いていた。
いつもなら、花子と一緒ではないと閉まってるはずなのに。意味がないはずなのに。
そこには懐かしさが残っていた。
今日もあの時と同じ様に、雪が降っている。
今でも昨日の事の様に思い出す。
ここで出逢い、楽しい日々を送り、そして恋をしたんだ。
僕はしばらくの間、過去に浸った。
すると花屋の店員が僕を手招きした。
何故、花子が花屋に寄れと言ったのか分かる気がした。
男は一輪の花を僕に手渡した。
受け取った花の名はネリネ。
姿形がヒガンバナに似ているネリネは、宝石の様に輝く事から通称「ダイヤモンドリリー」と親しまれている。
青や黄色などの色はなく、飾り気のない純粋な美しさ。
その純白は誰をも魅了する。
ーーー花言葉は
「また逢えるのを楽しみに」
そうだ。君が何処に行ったって僕は会いに行く。
希望の灯火は消える事なく、胸の中で燃え盛った。
なごり雪は降り続ける。
家に帰ると、母が観ているテレビには興味のないニュース番組が流れていた。
どうやら交通事故が起こった様だ。
「今入ったニュースです」
母はいつも夜遅くまで仕事で、家にいる事は珍しかった。
「ただいま」
「おかえり」
素っ気ない短い会話を終え、自分の部屋に入ろうとした。
その時、それは耳に入った。
「二人を乗せた自動車が、津波に飲み込まれました」
二人、自動車、まさか。
そのワードを頭の中で巡らせる。
「一人の男性は死亡を確認。もう一人の少女は姿が見当たらず、急いで捜索を進めております」
嫌な胸騒ぎを抑えて、恐る恐るテレビに目を向けた。
そこには、見覚えのある人の写真が掲載されており、それは僕の目に焼き付く。
その名はーーー
高嶺 花子。
それはあまりに唐突で、現実を叩きつけてきた。
ニュースキャスターの声が雑音へと変わり、何も耳に受け付けない。
タチの悪い夢だ。冗談じゃない。
嘘だろ。
嘘じゃない。
嘘だ。
約束はどうなるんだよ……!
これじゃあーーー
「嘘だと……言ってくれ……!」
僕はその場で崩れ落ちた。
その数日後、花子の遺体は見つからず、死亡と判断された。
ネリネの花は儚く散った。




