第八話 まほーつかえるんです
はしゃぐセシリアを横目に、水鉄砲をスタイリッシュに両手持ちしつつ、トリガーを引く。
狙いは1メートル程離れた目の前の木。
無駄に格好をつけて、無駄に動作を大きく、ガン=カタとはこうやるのだと、次々と目の前の木に向けて水鉄砲を発射していく。
その度にピューっと、若干情けない音を立ててつつ透明の軌跡を描いて木の幹に当たっていった。
似非ガン=カタをやり続けておよそ3分後。
水鉄砲に入っていた最後の水を、ピューっと木の幹に当てて最後のポーズをとる。
つまりは、決まったと終幕なんだと示す、俺が思う最高にカッコいいポーズを取った。
「どうだセシリア?」
「すごいですっ! すごいですっ!」
興奮気味に胸の前で手を合わせてパチパチと打ち鳴らしつつ、ただ凄いとだけ繰り返すセシリア。
ふむ、これだけで水鉄砲を覚えた甲斐があったというもの。
では、もう一回と、水を再装填しようとして――突然の眩暈。
「ッ――」
クラッときて、慌てて体勢を立て直す。
見ると、手元から水鉄砲も無くなってしまっていた。
≪調子に乗りすぎですね~。魔力切れです≫
うるさい。仕方ないだろう妹が見ているんだから。
レーストと心の中で会話をしつつ思い出す。
そうだった、水鉄砲もその中に入っている水も魔力を使っているんだっけか。
そもそも、自分にどれだけの魔力があるか見えないってのがすべての元凶だろう。
≪それ用のスキルを持っていないので仕様がないでしょう。あ、ちなみに私は見えますけどね≫
知ってるよ。知ってて教えないことも知ってるよ。
基本的に俺の観測がレーストの仕事であって、手助けはただの個人的サービスに過ぎないって言ういつものレーストの談。
なら、個人的サービスを増やしてくれと思うが、サービス残業は悪ですよと言われてしまっては何も反論できない。
「にーさん? だいじょうぶですか?」
「おう、大丈夫、大丈夫。ちょいとお腹が空いただけだよ」
直ぐに表情を取り繕って、セシリアの頭を撫でる。
「んっ……ほんとーですか?」
なおも心配そうに俺を見つめてくるセシリア。
いつもは将来大丈夫かと思う程、結構簡単に騙されてくれるくせに、こういう時は無駄に鋭い。
メリンさんの血か。それとも俺の演技がしょっぱいだけか。
「本当だよ」
「んっ、えっと、えっと、にーさん、あのね、セシリアもまほーつかえるんです」
セシリアが下を向きつつ、もじもじとしながらそんなことを言い出した。
「えっ? 魔法?」
「はい、まほーです」
ニコッと魔法が使える宣言をするセシリアを見て急に不安になる。
だって、セシリアってば天才だ。既に物の読み書きもマスターしているレベルである。
そのセシリアが、兄を差し置いて魔法が使えると言っているのだから本当に使いかねない。
「そ、そうか、どんな魔法なの?」
「にーさんを元気にするまほーです」
俺を元気にしちゃう魔法?
普通に考えりゃ、栄養ドリンク的な力を持つ魔法か。
いや、大穴の大穴で、男の子を元気にする魔法という深読み希望な下ネタというのはどうだろうか?
……ないな。いや、流石にないっすわ。
そんなんセシリアが突然言い出したら、俺人間不信になって旅に出るわ。
しかし、思わず下ネタに走りそうになるのは、俺が汚れているせいなのだろうか?
≪汚れていると言うか、単純にアホなのだろうと私は思いますが≫
やかましいわ。これでも日々ちゃんと生きてるんですよ?
それにこの村では俺ってば神童扱いだからな? なんせ我慢できなくなって1歳から普通に喋っているからね。
セシリアもよく『兄さんはすごいですっ!』と、言ってくれるじゃないか。
≪単純に今までの人生で得た貯金を切り崩しているだけでしょうに。後5年も経てばただの人ですよ、あなたは。それに比べてこの妹さんは素晴らしいですね≫
ただの人で悪かったな。
そりゃセシリアは素晴らしいさ。
どこに出しても恥ずかしくない妹だよ。
≪そんな表向きな話じゃありませんよ。この娘の資質です。既に職業が聖女と言うのも素晴らしいですが、3柱の女神から祝福を受けているというのがなお素晴らしい!≫
……何それ? 初耳なのだけど。
≪ま、言いませんでしたしね。それに、本格的に覚醒したのは最近のようですから。妹さんのうなじ辺りを見るといいです。神の刻印がありますから≫
「にーさん? どうかしましたか? ひゃんっ」
セシリアのブロンドの髪をかきあげて首筋の後ろ部分を見る。
……そこには、確かに俺の胸にあるような刻印が刻まれていた。
しかし、最近? 後天的に神様に何かされったってことか?
≪いえ、違います。1柱ならともかく3柱も祝福を受けたものですから、身体が一定の成長を遂げるまで封印状態だったのでしょう≫
これって俺のみたいな見られたら拙いたぐいの奴じゃないよな?
≪いえ、むしろ逆でしょう。この3女神に関して言うと、それぞれがニンゲンから大変好まれている神ですから≫
そりゃ安心って、おい!
どうすんだこれ。妹が聖女になっちゃったぞ!
しかも、なんか女神の祝福を三つも持っているらしいぞ。
おまけに、その聖女になった人間に対して、初級魔法をドヤ顔で使っちゃったよ!
「に、にーさん? にーさん? だいじょうぶですか? あう、きいてない……そ、そうだ! ラティーナさま、セシリアに、チカラをください!」
瞬間、俺の身体が辺りを白く染め上がるほど強く光だした。
身体のいたるところがポカポカとして、何だかすごい気持ちいい。
気が付くと身体が異常に軽くなって佇んでいる俺が居た。
≪ほう、詠唱なしで最上級回復魔法を使いましたか≫
……最上級回復魔法?
≪はい、人が使える限界の領域にまで達した魔法です。魂さえ身体に残っているのならば、身体がどんな状態でも生き返らすことが可能でしょうね≫
それを今この子は使ったの?
≪はい、使いましたね。まぁ、神の力を具現化したといったほうがいいのでしょうね、今のは≫
神の力の具現? なるほど、神の力そのものね。そうですか。
こっちはガチャで当てた初級魔法で動く水鉄砲。
あっちは女神の祝福で最上級の回復魔法。
何でも、条件さえ合えば死者すら蘇らすらしいよ?
「にーさん元気に――あ、あれ? に、にーさん? にーさん?――」
二日連続で甲子園でさよならホームランを打たれた投手のように地面に手をつく。
それは俺が妹に負けたと悟った瞬間だった。