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第十九話 今の俺の日常

 俺の家への帰り道。

 目の前で顔を真っ青にしたチンピラが大声で叫んだ。


「ひっ、肛虐の召喚士が来たぞーッ!!」


 だから、何なんだよその恥ずかしすぎる渾名は。

 俺の前から、雲の子を散らすように逃げていくスラムのチンピラ連中を見つつ短く嘆息した。


 サハスの村から逃げるようにこのフォールンの街に来て、早7年が経っていた。

 当初、生活の基盤も何も無く、このスラムで生活せざるを得ない状況だった頃は、絶望しかなかったが、今では住めば都で慣れてしまった。


 俺の住んでいる家がある周辺なんて特に最高だ。


 立地はスラム街の果ての果てで、そこに行く最中、何度も世紀末してるひゃっはーな連中に絡まれるって言う最高の立地。

 その辺に来る奴は、スラムの中でも断トツでみんな頭がおかしくなっていると言われるほどの治安。

 現に、今でも至る所から、うーとか、あーとか、聞こえてくる。


 ま、それも今じゃ慣れたけどね。


 それにしても、『肛虐の召喚士』とかいう酷い渾名付けたの誰だよ。


 スラムじゃ近づいたらその辺の奴らと目出度く穴兄弟にされるという酷い噂が立っているから、仕方が無いといえば仕方が無いのか?

 いや、それともスラムを取り仕切っているゴイルとかいうおっさんに対して、状態異常祭りという名の私刑を行ったのが拙かったか?


 群れて仲良さそうにしているから、絡まれた際にボッチの僻みとして、[オミクロン・チャームボルト]を召喚して、盛大に魅了チャームを掛けて上げているだけなのにな。

 あくまで結果として、俺の通る後には、ハゲのおっさんとモヒカンのおっさんが盛大に愛し合っている光景が残るというだけの話である。


 ゴイルのおっさんにしたって、俺のファミリーがー、俺のファミリーがーと、やたら家族を強調していたので、では、もっと仲良くなってみては如何だろうかと、アレコレやった結果である。

 ま、その結果、引きこもってしまったらしいが。


 いずれにしても、絡まれた故の結果である。

 俺だって喧嘩売られなけりゃ、そんなことはしない。

 そう、売られたら買わなきゃ、ここじゃ生きていけないから買うだけである。


≪……それにしては、何時も楽しそうですけどね≫


 気のせい。気のせい。

 レーストさんや、止めてくれませんかね? 人聞きの悪い。


≪私は客観的な評価を言ったまでですよ≫


 そうかい。そうかい。


 会話を切るように、着ているローブのフードを目深に被った。

 もしかしたら、村の奴らに会うかもしれないと、村を出た直後ぐらいから被っている、この全身を覆う灰色のローブだが、存外気に入っていた。


 保温性などの実用性が優れているのもあるが、この隠遁生活にマッチしていて中々に良い。

 何よりこれを被っていると、スラムのチンピラ連中が絡んでこないしね。


 ま、スラムを出てメイン通りを歩く時は、流石に怪しすぎでフードは外さざるを得ないけども。


「さてと、それじゃあ行きますか」


 買うものは買ったし、後は素直に帰るだけだ。

 今日も今日とて変わらない日常があるだけである。


 全てを捨て去るようにアルベルト・ローウェルという名を捨てた7年前。

 それでもどこか捨てきれず、新たに付けた名がアルベルトを省略してアルト。ファミリーネームも何も無い、ただのアルト。


 名前が変わったところで、何か変わったかといえば特に変わらず、日々は流れて行き今に至る。


 憧れから現実に置き換わった冒険者生活という些細な違いはあれど、基本的には事件らしい事件も起きない平坦な日常があるだけだ。


 起きて、飯食って、ギルドの仕事をちょっとだけして、夕方前にはスラムにある自分の家へと戻るという毎日。


 それが、今の俺の日常だった。




 ◇




 召喚士の朝は早い。

 夜明けと共に起き、おもむろに外に出て、明け方付近になると自然に増えてくるあーとかうーとか唸ってる奴らを、欠伸を堪えつつ家の周りから掃除を行い、徐々に強まりつつ朝日を浴びて完全に目を覚ますというのが日課だ。


 今日も今日とて、柔らかく照りつける朝日を浴びつつ伸びをした。


「さて、今日も元気に掃除するか!」


 言って、目を覚ますように両手で頬を二回ほど軽く叩く。

 相変わらず、家の周辺にはうーとかあーとか言ってるやつらが徘徊している。

 まぁ、徘徊するぐらいならいいんだが、放って置くと家にまで突撃してくるから排除せざるを得ない。


 と、これまでに見ないタイプの奴を見かけた。

 通りの壁にもたれるように(うずくま)っている男。

 そいつは小奇麗な格好をしていて、どう見てもここら辺にいるような人種じゃない。


 警戒しつつ近づいていくと男が顔を上げた。

 思わず目と目が合ってしまう。


 瞬間、警戒度をもう一段階、上に上げた。


 原因はその男の茶色がかった瞳。


 ……顔は憔悴しているものの目は死んでいない。

 寧ろ爛々と輝いているようにすら思える。


 間違いなく、この辺にいる人間を辞めてしまった連中と同じではない。


 どうしたものかと戸惑う俺を尻目に、男が俺に話しかけきた。


「……銀髪の少女を見なかったか?」


 想像していたよりもずっと若い声だったのにまず驚いた。

 そして、何より驚いたのが、口を開いた時から俺に向けられている尋常じゃない量の殺気だ。


 ……強いな。


 恐らく、上級の冒険者と同等かそれ以上に強い。

 何より恐ろしいのは、その辺の殺気とか気配とかには何か知らんがこの世界に来てから人一倍敏感になっている俺が、正直、殺気を向けられるまで気が付かなかった。


 コレほど強い殺意を込められる奴が、家の前に居たのに察知できなかった。もとい、居る事にすら気づかなかった。


 内心で焦りつつも男へと質問の解を返す。


「見たことないですね」


 こんだけ嘘言ったら殺すぞと暗黙的に脅されている中で、よく我ながら落ち着いた声が出せたもんだ。

 昔だったら涙目だった様な気もするが、異世界に来てからこういう所は、すごい成長したと思う。

 まぁ、そんな少女を本当に見たことが無いというのも大きいのかもしれないが。


「そうか……、それは失礼した」


 言って、俺から目線を切り何事もなかったかのように男は立ち上がった。

 俺に向けられていた殺気もいつの間にやらなくなっている。


「いえいえ」


 俺の返す言葉に反応せず、男は俺に背を向けた。

 もう既に俺には興味を失ったようだ。


 背を向けた男に対して、ひらひらと手を振りつつもう二度とくるなと念を込める

 振り向いたらどうしようかと思っていたが、結局、路地の奥に消えるまで男が振り返る事はなかった。


「……ま、スラムなんだし色々あるわな」


 そう呟きつつ、居なくなった男の影を視線で追うように、路地の奥を暫くボーっと眺めていたのだった。



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