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第十七話 ルースト様の刻印

「――お兄ちゃんッ!!」


 気が付くとセシリアが涙目で俺の手を握っていた。


「う? うぁ? あ、あれ、何で生きてる?」


「お兄ちゃんッ! お兄ちゃんッ! よかった、よかったぁ、えぐ、間に合ったぁ! 間に合ったよぉ!!」


 セシリアが俺に抱きつきながら、わんわんと泣く。

 仕様が無い奴だなぁ。4歳児初期くらいの時の口調に戻ってるぞ、まったく。

 久々に聞いたけど、悪くない。悪くは無いが。


「何がお兄ちゃんだ。にーさんと呼びなさいと教えただろうが」


 セシリアを抱きしめ返し、もう5年も昔の話をしてやる。

 もう終わったと思った日常がそこにあった。


「ぐす、はい、はいっ、兄さん、兄さんッ!」


 セシリアが抱きしめる力を強くする。

 それに対して、ポンポンと背中を叩いてあげた。



 どれくらいそうしていたであろうか、見ると俺たちの周りに人が集まりだしていた。


「……おーい、セシリア、そろそろいんじゃないかな?」


 セシリアは俺の腕の中でぶんぶんと首を振るだけで何も答えない。

 まったく、仕様が無いな。


 このままじゃここにずっと居る事になりそうなので、えい、と腕に力を込めてセシリアを俺から剥がした。


「――お、おい、あれ!」


 俺の周りに居た、彼女が居ない暦25年な野次馬Aことゲンゾさんが、何やら俺の胴体を指差して何か言っていた。


「ん?」


 それに釣られて、自分の胴体を見てみる。

 焦げた服の間から思いっきりルースト様の刻印が出ていた。


 て、おい、レーストッ!


≪ルースト様の加護が強まっているので隠せませんよ。緊急召喚、つまりは、この匣のルールを無視してルースト様の力を使ったんですから、これくらい我慢してください≫


 我慢っておまえ、これ見つかったら――


「――な、なんで! うそッ、うそです、うそですこんなのッ! ラティーナ様! 力をお貸しください!」


 セシリアが叫ぶように言った後、俺の胸にある刻印を擦るようにして何やら魔法を使った。

 これは、以前の回復魔法か? いや、光り方的にそれより若干強いのだろうか?

 いや、ま、そんなことしても、これは消えないと思うのだけど。消えないよね?


≪消えるわけ無いじゃないですか。仮に消せる力があったとしても、たかが匣の専属神ごときがルースト様の邪魔は出来ません≫


 たかがときたか。そこら辺の階級はよくわからんが、ルースト様ってばもしかして結構偉いのか?


≪偉くなかったら、他の神々が作成した匣を勝手に弄繰り回すなんて恥知ら――いえ、所業は出来ませんよ≫


 どこか怒ったようにレーストが言った。


「消えない、消えないよぉ! ラティーナ様、何故ですかッ!? 何故、兄さんがッ!」


 痛々しいセシリアの顔を見ると心がキュッとなる。


「えっとな、セシリア、落ち着いて聞くんだ。兄ちゃん「道を開けよ!」」


 突然の声に驚いて顔を上げると、そこにはこのサハス村の長老様、……そして、俺の育ての親であるフランクさんが居た。



「――これは、何とルースト様の刻印……!」


 長老様が俺の胴体に向かって親の敵でも見るような目で睨む。

 横を見ると、フランクさんは手を顔に当てて天を見上げていた。


 俺を糾弾する空気を感じ取ったのか、セシリアがスルッと俺の前から抜け出し長老と俺の間に割って入る。


「違う、違うんですッ! 長老様、こ、これは何かの間違いで、いえ、責任を持って私が刻印を解除しますからッ!」


 セシリアが両手を広げて、俺を庇うようにそう言った。


「どくんじゃ、セシリアよ! もう遅いのだ! こやつ、アルベルトのせいで村の者が犠牲になったのじゃぞッ!」


「違います! 違うんです! 兄さんは村の皆を守ろうと「どくんじゃ!」――きゃっ!」


 長老様が、持っていた杖でセシリアを強引に俺から引き離して言う。


「アルベルトよ。おまえの生まれ故郷もドラゴンによって滅んだのだったな?」


「そうみたいですね」


 事実なので淡々と答える。


 長老様が、罪人を断罪するように睨みつけた。

 殆どの者が同じような瞳を俺に向ける。


 セシリアだけは、長老様の杖の向こうから『違うんです! 違うんです!』と悲痛な声で叫んでいたが。

 いや、フランクさんと、いつの間にかフランクさんの側に寄っていたメリンさんも違うか。

 フランクさんは悔しげに地面を、メリンさんは悲しげな瞳を俺に向けている。


 ……覚悟はしていた。だって、コレを見られたらそうなるだろうっていう想定問答は、これまでに腐るほどやったから。

 だから、分かっている。ここで動かない事は罪じゃない。うん、正しい。それは正しいよ、フランクさん、メリンさん。

 セシリアが何も知らない子供なだけだ。


 周りの反応を煽るように長老様が見渡した後、俺に最後通告を投げる。


「……おまえの刻印はいつからあったのじゃ」


 ぶっちゃけ、嘘をついても良かった。

 レーストがずっと隠していたし、ドラゴンに襲われてからとでも言えば、もしかしたら助かる道もあるのかもしれない。

 でもさ、俺は以前からずっと言いたかったわけだ。

 おまえら何でもかんでもルースト様のせいかよ、と。

 やれ、不作ならルースト様のせい、やれ、誰かが事故で死んだからルースト様のせい、もう、空が青いのだってルースト様のせいにされる勢いだ。

 何だったら、セシリアが可愛いのだってルースト様のせいに違いない。


≪……それは存外、的を射ている可能性もありますけどね≫


 レーストが何やらボソッと呟いた。

 聞こえないぞ、何だって?


≪いえ、何でもないですよ≫


 なら言うなや。

 とにもかくにも、もういい加減ウンザリだ。

 どうせ、助かったとしても、もうこの村には恐らく居られまい。

 ならば、言ってやるさ。


「生まれたときからですよ、長老様」


 長老様、そして、その周りが息を呑むのが分かった。

 セシリアが嘘ですと叫んでいる。私が証明できると泣き叫んでいる。


 まぁ、一緒に風呂とか入っていたしね。


「お前の身体にそんな物はなかったはずだが?」


 赤ん坊だった頃に長老様も俺の裸を見ている。

 ま、確かにその時には見えなかったはずだ。


「隠せるんですよ、これ」


 ごめんな、セシリア、兄ちゃん嘘つきで。

 見るとセシリアは、涙やら鼻水やら色々垂れ流しだった。

 せっかくの美人さんが台無しだ。


「……穢れ人であったか。誰か座敷牢へ!」


 ――真っ先に動いたのはフランクさんだった。

 それをセシリアがこの世の終わりでも見たかのような目で見ている。


 俺を牽き立てる最中にフランクさんが『俺が何とかする』と、ボソッと呟いた。

 いつの間にか横に居たのか、メリンさんも力強い目で頷いている。


 思わずその温かさに縋ろうとして、


「ッ――」


 歯を食い縛り、強引に思考を切り替えた。

 何を考えているんだか、俺は。こうなった場合の対処は腐るほど考えたじゃないか。


 心に活を入れ、思考を定常へと戻す。

 大丈夫。俺は大丈夫、やれる。


 何で実の子でもない俺なんかの為にそこまでしちゃうかなぁ、フランクさん。

 フランクさんは育ての親だ。警戒されているだろう。そんな動きをすれば、どんだけ隠そうが一発でばれる。

 伊達に長老様は長く生きては居ない。

 今だってほら、長老様が睨んでいるのは俺じゃないフランクさん達だ。


 ……いや、違うか。この人達はそれを覚悟で俺に近づいたのか。


 であれば、俺のやるべきことは決まっている。



 攻めての罪滅ぼしに、呆然と地面にへたり込むセシリアに向けてごめんよとだけ呟いた。


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