第十六話 きっと俺が出来る最期の足掻きだから
「に、兄さん!?」
即断即決だった。最早、何も考えてないと言ってもいいのかもしれない。
レーストから神の啓示とかいう脅し文句を聞いた後、直ぐに身を翻しセシリアを残してドラゴンへと向かう。
「セシリア! そこを動かずちゃんとそいつら治してるんだぞ!」
さっきとは、真逆のことを言い残して、ドラゴンへと急ぐ。
「望みどおり戦ってやるよ、レースト。ポイントアルファへ[イオタ・略式機関砲]!」
≪望んでなどいませんよ。後、[イオタ・略式機関砲]は先ほど壊れたので、今日はもう出せないです≫
「なっ!?」
壊れたら丸一日呼び出せないとか。初耳だぞ、それ。
クソっ、どうする? もう有効な武器が無い。
無いが、無いんだが。ここで引くのはもっと無い。
「ちっ、仕様が無い」
頭の中で先ほどのドラゴンの正面の位置を頭で描き、レーストへと指示を送る。
「ポイントアルファへ! [イオタ・装甲重機関銃]!」
≪ポイントアルファ了解。申請受理、代理承認完了。30秒後に[イオタ・装甲重機関銃]を召喚します≫
後は、どうするか。
鱗が貫けない以上、麻痺や眠らせる事は出来ないだろうしな。
いや、違うか。ここまで来たら物は試し。いっちょやってみっか!
あー、そうだ。こうなりゃ神様が面白いと思うぐらい、必死に足掻いて見せようじゃないか!
「レースト、ポイントベータへ[オミクロン・パラライズボルト]!」
≪ポイントベータ了解。申請受理、代理承認完了。50秒後に[オミクロン・パラライズボルト]を召喚します≫
たぶん、[イオタ・略式機関砲]が効かなかった以上、両方とも豆鉄砲程度にしか思わないはずだ。
麻痺ろうが眠らせようが致命的な傷は負わせきれない。
だとしたら、止めはどうすればいい? どうすれば奴を倒せる?
「あー、もう、わからん!」
とりあえず、時間を稼ぐ。
後は、野となれ山となれだ!
ドラゴンが見える位置で、建物の影から覗く。
丁度、位置的にはポイントベータの延長線上にいる形になる。
幸い、ドラゴンは何かを探しているのかキョロキョロと辺りを見渡して、元の場所から動かないで居た。
もし動いていたら、ポイントアルファとベータの指示をもう一回やらないといけない。
そうすりゃ、召喚し直しになっちまう。
後、5秒。4、3、2、1――来い!
≪――30秒経過、[イオタ・装甲重機関銃]、ポイントアルファへ召喚≫
よし、ぴったり。体内時計完璧!
[イオタ・装甲重機関銃]がすぐさまドラゴンを発見し、ドラゴンへと掃射を開始する。
「ギュオオオオ!!」
ドラゴンがうるさいのがまた復活したとでも言いたいかのように咆哮を上げた。
その咆哮に思わずビクンとなった俺を尻目に、[イオタ・装甲重機関銃]の攻撃音が連なる。
ドラゴンの咆哮を遮るかの様な速射、即撃。
魔法で出来た蒼い弾が、吸い込まれるように蒼い軌跡を描いて全てドラゴンへと入っていく。
「ギュオ!?」
すると、俺の視線の先で予想だにしないことが起こった。
「おお!!」
ドラゴンの頭部から、パッと蒼い弾を塗りつぶすかのごとく赤い水が噴出。
[イオタ・装甲重機関銃]の攻撃が、当初の予想に反してまったく効かないと思いきや効いた。
[イオタ・略式機関砲]では終ぞ出せなかったドラゴンの血が、空中に霧雨のように飛び散る。
よし、賢い! [イオタ・装甲重機関銃]さん、まさかの顔面狙いである。
上手く、右目に当たり、右目を潰すのに成功した。
タレットによって特性が違うのか、[イオタ・略式機関砲]はひたすら胴を狙っていたが、[イオタ・装甲重機関銃]は動物の弱点を狙いに言っているように思える。
イオタ・装甲重機関銃は威力も高いので普通のモンスターだと頭がパンッとなって終わる為、今まで気づかなかったが、どうやらこの状況を見る限りそうらしい。
≪――50秒経過、[オミクロン・パラライズボルト]、ポイントベータへ召喚≫
俺の目の前に、[オミクロン・パラライズボルト]が颯爽と現れた。
これで、十字砲火の横線部分の完成だ。
よし、布陣は整った!
顕現したばかりの[オミクロン・パラライズボルト]を視界に捉えつつ、その延長線上に居るドラゴンを睨む。
後は、こいつも弱点狙いを――
「――ギュオオオオ!!」
突然の大きな咆哮。
視線の先で、ドラゴンが口を大きく開けて上を向いた後、身体全体を大きく震わせた。
俺の周りの空気がドロッとしたような感じなり、辺り一面の温度が二、三度上がったような錯覚に陥る。
何? 何だコレ?
今までに体験したことの無い感覚に戸惑いつつも、頭の中に何かが思い浮かぶ。
その何かの意味を解析する間もなく、
「やばっ!?」
刹那、ドラゴンが[オミクロン・パラライズボルト]に向けてブレスを吐いた。
爆風を伴った閃光と共に俺へと火炎が走る。
「やべ、やべ、やべ、やべぇッ! ――ッ」
瞬間的に身体を捩る。
視界の片隅。見れば、灼熱の熱量を持った壁がすぐ側まで迫っていた。
◇
追う、灼熱。迫る業火。
どうやって、避けたのかは覚えていない。
[オミクロン・パラライズボルト]が一瞬で蒸発し、その延長線上に居た俺まで焼き尽くそうかという間際に、とっさに横に飛んだような気がする。
肉が焦げた良い臭いがしていた。
周りの至る所がパチパチと燃えている。
そして、体中のあちらこちらが痛い。
いや、ここまで来るともう痛いのかすら分からない。
動かない身体を横たえながら考える。
セシリアは無事だろうか?
あのブレスの射線上には居なかったはずなので、とりあえず大丈夫か。
……くそ、やっぱ無理だったか。
所詮、元村人の俺ではここまでだってことなのだろう。
そりゃそうだ。所詮は俺はメッキが付いただけの村人。物語の主人公みたいにはいかない、か。
分かってはいる。最初から分かってはいたんだよ。
……あー、クソがよ……! こんなところで終わりかよ……!
もうちょっとだけ、もうちょっとだけ――
≪――はぁ、仕様が無いですね。あなた今まで何を学んできたんですか?≫
……今更、何だよレースト。小言なら死んでからにしてくれ。
だいたい、学んできたって何をだよ?
こうやって理不尽にやられちまうことをか?
≪そう、理不尽ですね。往々にして生とは理不尽な物でしょう。では、理不尽に抗う為の手段は、理不尽を理不尽でひっくり返す為の手段はなんですか?≫
何が言いたいんだよ、おまえは。
理不尽を理不尽でひっくり返す手段? 何だそりゃ。
≪例えば、理不尽に絡んできた相手が、よくわからない理由で理不尽に死んだとしたら?≫
レーストが、駄目な生徒に言い聞かせるかのごとく俺にそう問う。
目の前の奴が突然死んでしまうとかそんな話だろうか。
そんなものは、そりゃ“運”しかないだろう。
「ッ――」
……ああ、分かっちまったよ。分かりたくもないのに、分かっちまったじゃないか。こんな時にまでおまえはよ。
確かにその通りだ。それしか道はない。
いーよ、やったろうじゃないか、最後の運試し。
「すぁ……」
口を動かそうとして、思うように動かないことに気づく。
どうやら、そんなことも出来ないほど、最早駄目なようだ。
さっきから視界も正確に像を結んでない。
ぼやけて滲んで、まるで目が異様に悪くなったみたいだ。
それでも。それでも、声を出そうと力を入れる。
これが最期だと、己の生命力全てを声帯に乗せる。
だって、これがきっと俺が出来る最期の足掻きだから。
「“ス、キル、オープン”」
掠れ声でかろうじて言葉が口から出た。
脳内にスキルの一覧が展開される。
選ぶのは唯一つ。
据え置き火器(ノーマル)。
俺の人生最後かもしれないポイントの、ありったけを全て突っ込む。
俺の生命力さえチップにして、全てをベットする。
さー、当たるも八卦、当たらぬも八卦。
脳内に浮かぶ据え置き火器(ノーマル)の文字列を注視し解除と願う。
と、頭の中に聞き覚えのあるファンファーレが鳴り響き、脳裏に展開していたスキル一覧が閉じた。
何でいつも通り閉じるかな。
もう、死にかけなんだから手間取らせないでくれよ。
「……“スキ、ル……オープ、ン”」
何で喋れてるのかも分からない。
最早、身体の感覚は完全になくなっている。
段々気持ちよくなっていくのを感じつつ、脳内のスキル一覧を眺めた。
……はは、マジかよ、ルースト様、最高に愛しているぜ。
レースト、ポイントベータに、――を召喚、だ。
≪ポイントベータ了解。申請受理、代理承認完了。
また、観察対象者の死亡を理由として緊急召喚をルースト様へ申請。
――緊急召喚の承認を確認≫
緊急召喚? 何だそりゃ。
それって神様的な何かじゃないのかよ。
おまえも何だかんだ言って甘いな。
≪――[オメガ・無反動レールガン]、ポイントベータへ緊急召喚≫
ドラゴンが咆哮したのが分かる。
篤と喰らえよ俺の運をさ。
理不尽に殺そうとしたんだ、理不尽に殺されるのだって承知済みだろ?
もう殆どあいてない瞼の向こう側で閃光が走る。
ほぼ開いてない目にも分かるほどの強烈な光が、暴風と共に全てを飲み込んでいった。
やべぇな、すごい気持ち良い。
しかも、むちゃくちゃ眠い。
思考もどんどん鈍くなっていく。
――どこかから人の声が聞こえた。
……これは勝どきの声、か。
へへ、どうやら勝ったか。
ざまぁみろ、ドラゴン……ッ!
あぁ、満足だ……これで、ようやく眠れる……