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第十三話 大切なのは筋肉だ!

「いいかアル? 大切なのは筋肉だ!」


 フランクさんが上半身裸で腕を組みつつ見下ろしながら言ってくる。

 上背が2メートル近くあるものだから迫力がやばい。


「……父さん、俺に筋肉はまだ早いよ」


 いや、いつまで経っても俺にその筋肉は早いに違いない。

 何なのその筋肉? ボディビルにでも行くの?

 だいたい、骨格からしてフランクさんのようにはなれそうにない俺である。

 ここは丁重にお断りするに限る。


「そんなこと言ってるとセシリアに嫌われるぞ?」


「嫌われてるのは父さんでしょ。あっ」


 思わず口が滑ってしまった。

 見ると、フランクさんが大きな身を屈めて体育座りで地面をホジホジとしていた。

 まったく面倒くさい。


「ごめん父さん。セシリアは別に父さんのこと嫌ってないよ」


「……本当か?」


 若干、いじけた様な顔でフランクさんがこちらを向く。


「うん、本当。ただ、苦手なだけだよ」


「同じだろーがーー!!」


 いや、大の大人が泣かないで下さいよ。

 というか、何で泣きながら腕立て伏せやってるのよ。


「父さん。その暑苦しさが、セシリアが苦手な部分なんだと思うよ」


 実際にセシリアを見ているとそんな感じだ。

 フランクさんはよく抱きついてくるのだけど、セシリアを抱きしめる際にいつまで経っても離さないと言うか徐々に抱きしめる力を強める物だから、初めはセシリアもニコニコとしているのだけど、段々と困ったような顔になっていき、最終的に俺に目で何かを訴えるというのが我がローウェル家の鉄板の流れとなる。

 というか、4歳児に気を使われている時点で改善しようよ。


「ふん、ふん、ふん、暑苦しさが何だって? メリンはその俺に惚れたんだぞ? なら、その血を引くセシリアだって筋肉が大好きなはずだ!」


 時折片手腕立てに変えて、己の上腕二頭筋を誇示するという器用なことをしながらフランクさんが熱くそう語る。

 うーむ、そう言われると弱い。何と言うか、美人を落とした男の言う言葉だけに無駄に説得力があった。

 メリンさん級の美人を将来口説き落とせるのかと言われたら、無理だと間髪告げずに言う程度にはメリンさんは高値の花である。


 そう考えると納得できる事もあるのかもしれない。

 例えばメリンさん争奪戦で100人居たとしよう。

 それぞれがイケメンやら金持ちな訳だ。

 そんな中から選んでもらうとしたならば、やはりその中でも目立つ為の何かを付けるほかあるまい。

 そう、この目の前の筋肉の要塞のように。


 俺の様な特に目だった所も無い村人Aでは、恐らく争奪戦に参加したことさえ覚えてもらえないに違いない。

 であるならば、俺も筋肉を付けるべきなのではないだろうか。


 ならばと、若干、フランクさんから目を逸らしつつ言う。


「……俺も筋肉を付けたらモテるの?」


 俺の言葉にフランクさんが腕立て伏せを止め、立ち上がる気配がした。


「アル、おまえ……。――ふっ、ああ、モテモテだ!」


 見ると、フランクさんが親指を立てて良い笑顔をしていた。


「母さん級の美人と結婚できる?」


「おうよ! 選り取り見取りだ!」


 フランクさんと見詰め合う。目で語り合う。

 そこにはきっと、一点の嘘も偽りもなかった。


 徐々に近づいていく俺とフランクさんとの距離。

 お互いの想いがこれ程までに無いほど交錯した時、いや、筋肉が共鳴を起こした時に、


「父さん!」


「アル!」


 俺たちは互いの想いの限り抱き合った。


「アル、俺の教えは厳しいぞ?」


 フランクさんが、その丸太の様に太い腕で俺をゴリラの抱擁もかくやと熱く抱きしめ語る。筋肉への道は険しいのだと。


「父さん、俺どんなに厳しくてもやるよ!」


 その道がどんだけ厳しかろうとやる意味があるのなら、渡りきる意義があるのなら、やるしかあるまい。

 それはきっと、新たなる道への旅立ちだった。


 そう、俺はついに上り始めたのだ。この果てしない筋肉への坂を。


「――にーーさーん!」


 声の方向を見ると、セシリアが小さな身体をめいいっぱい伸ばして、俺に手を振っていた。


「……アル、分かっているな?」


 ここでセシリアへと宣言し、不退転の気持ちで筋肉へと挑めと目が言っている。


「分かっているよ、父さん」


 そんな物は二つ返事だ。

 最早、覚悟は決まっている。

 この熱くて毛がモジャモジャな男というか漢の胸に抱かれて、俺は男の魅力という物に触れた。

 メリンさんをも落とした男の魅力という物に、俺は触れてしまったのだ。


「はぁ、はぁ、にーさん」


 セシリアが息を切らせて俺たちの側までやって来た。

 肩で息をしているセシリアには悪いが、早速宣言する。だって、もうこの想いは止められない。


「セシリア。兄ちゃん、筋肉をつけるよ!」


 フランクさんが俺の言葉に、うんうんと頷いているのが分かる。

 対して、セシリアは大きなハシバミ色の瞳を隠すかのように、パチパチッと瞬きを一回、二回。


 ……兄さんが何を言っているのか分からない。


 ヘーゼルの虹彩が俺にそう訴えかける。

 息を切らせたのも忘れたかのように、きょとんと俺を見つめるセシリア。

 たっぷりと間を持たせて数秒後、俺を見ながら小首を傾げつつセシリアが言う。


「……や、です」


「えっ」


 何でだよという俺の態度に、柳眉の角度が上がっていくセシリア。


「だから、やです。にーさんは、にーさんのままがいいです」


 セシリアが口をへの字に曲げて、不満を体現する。

 それを見て、慌ててフランクさんがフォローを行った。


「し、しかしだな、セシリア。ほら、アルは俺と一緒になるんだぞ?」


 フランクさんが腕に力を入れ、むんッと上腕二頭筋をアピール。

 筋肉はいいぞーと猛烈にセシリアへと訴えかける。


「おとーさんがにーさんにいったのですか?」


 セシリアが責めるような目でフランクさんを見る。

 すごい珍しい光景だ。セシリアがフランクさんに怒っている。

 というか、俺意外に怒りを露わにすること自体が殆ど無いセシリアである。

 見ろよ、フランクさんがすごい狼狽している。最早、涙目だ。


「ど、ど、ど、どーしてそんなこと聞くんだセシリア! アルだって、男として戦う時には筋肉が必要なんだぞ?」


 フランクさんのその言葉を聴いて、セシリアが何やら考え込んだように目を閉じた。

 そして、時間にして数秒も無い程度で目を開け、フランクさんに言う。


「えーと、わかりました。でも、そんなあぶないことをすよるときにつかうようなものは、にーさんにはひつようないとおもいます」


 あー、このセシリアの表情見たことあるわ。あれだ、メリンさんが怒った時そっくりだ。

 静かにゆっくり怒っている。

 フランクさんも思い出したのだろう、その大きな身体を小刻みに震わせている。


「あ、アル、ここは一旦やめにしよう」


 フランクさんがどこかと遠い目をしながらそう言った。


「えっ、あ、うん……」


 教官が居ないのではやりようがない。

 おい、俺の筋肉への道、閉ざされちゃったよ。

 もとい、俺のモテモテへの道が妹の怒りによって破壊されちゃったよ。


「にーさん? にーさんも、あぶないことしちゃ、め、ですよ? にーさんはセシリアといっしょにいてください」


 責める口調に混じった微妙な甘え。

 どうにも、こんな未自覚なあざとさに弱い気がする。

 だって、さっきまで抱いていた残念だって気持ちが吹っ飛んだ。


「そーだな」


 とりあえず、この怒れる小動物をあやしつつ少しは鍛えるかなどと思うのであった。


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