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第一話 白い世界

 覚えてる最期の記憶は撃たれたというもの。


 最初、モデルガンだと思っていた物から、想像していたよりずっと軽い音がしたと思ったら頭部に激痛が走った。

 ただそれだけ。それが最期の記憶。


 平均的な日本人である俺が体験した、人生で最初で最後の映画の様な末路。

 誰かを守ろうとしたのではない。

 そして、自分を守ろうとも考えてはいなかった。

 だって、そんなことを考える間もなく死んでしまったから。


 その日、俺は街中で銃を手にした男によって射殺された。

 何が目的だったのかは知らない。


 死人が知るはずもない。





 白い世界。

 それしか言えないぐらい見渡す限り白、白、白。

 何も無い。そんな世界を唯ひたすら漂う。


「おや、この界隈にバグとは珍しい。ふむふむ、ほぅ……元はニンゲンときましたか」


 声がする。でも、近くて遠い。

 不思議な感覚だ。距離的には触れ合えるほどの距離なのに、まるで巨大な壁の向こうに居る様にすごい遠くに感じる。


「しかも、思考能力まで残ってるとは! これは、僥倖、僥倖」


 声の主が軽やかに笑った。


「いやはや、久々に面白い! こうなると消してしまうのも些か勿体無い」


 声の主の姿は見えない。世界は相変わらず白一色だ。

 だけど、声の主が俺を覗き込んでいるのが分かる。

 俺を見て、面白がっている様子が何故か分かってしまう。


「さて、どうしてしまおうか。元の匣に押し込むのも消すのも容易いが……。そうですね、あなたはどうしたい?」


 俺に聞いているのだろうか。

 いやまぁ、この白い世界には俺しか居ないのだから俺なのだろう。

 あれ、俺だけ? じゃあ、こいつはどこから話しかけている。

 そもそもここはどこだ? 俺は――


「――そこまでッ! 危ない、危ない。せっかくまだ壊れていないのだから気をつけてくれないと。あなたは私の質問に答えるだけでいい。それ以外は何も考えなくていい」


 何も考えなくていい? 質問に答えるだけでいい?

 なるほど、そりゃ楽ちんでいい。

 ちょうど、考えるのも段々と億劫になってきたところだった。

 是非、そうさせてもらおう。


「そう、それでいい。さて、もう一度問う。どうしたい?」


 どうしたい? 俺はどうしたいのだろうか。

 思い起こすのは最期の記憶。

 そうだなぁ。出来るのであればあの時、あの場所に戻ってもう一度やり直したい……、かな。


「あの時? ふむ、そうですか。しかし、それは無理ですね。あなたの終わりは匣の中で既に記録されてしまっている。あの匣に戻るのであれば、違う存在にならなければならない」


 終わり? 記録? ……いまいち、よくわからん。

 俺の最期についてということだろうか。どうにも、そこら辺を考えようとすると上手く考えが纏まらない。

 しかし、違う存在になるね。よくわからないが、まぁ、戻れるのならばしかたがないのか。


「納得したようですね。では、元の匣へ戻りたいととなると、今だとアメーバ辺りになりますがよろしいですね?」


 アメーバ? というと、あのアメーバ? 微生物の?

 いやいやいや、ないない。そりゃないでしょ流石に。

 知的生命体にしてくれせめて。というか、人間にしてくれよ。


「ニンゲンは無理ですね。一度、匣から外れてしまっているので。もう一度戻るとなると元の世界に影響が少ない席に座るほか無い。となると、アメーバ辺りが妥当です」


 マジか。マジなのか。

 いや、無理だって。一度、知的生命体になったのに今更アメーバってどうなのよ。

 強制的にそれなら考える余地も無いのだから諦めはつくのだろうが、自分でそれを選べというのは苦しい。

 何とかならんのだろうか。元の世界への影響と言われるとよくわからんので苦しいのだけど。

 ん? 元の世界?

 ……元の世界ではなかったら、人間でいられるってことだろうか。


「その考え方は間違っていない。新しく生まれた匣に組み込む分にはニンゲンでも問題は無いでしょう」


 新しく生まれた匣?

 出来たばかりの世界ってことだろうか。

 ということは、人間になれたとしても原始人あたりになってしまうのか。


「違う。今ある匣は既に完成されたものから派生した。まぁ、そうなりたいのが望みならそれでもいいですが」


 その場合は、久々に私が匣を作りましょうと、若干からかい混じりに声の主が続けた。


 だから何だ匣って。世界という認識であっているのだろうか。

 とりあえず、意味はわからないが原始人よりは今に近いほうが良い。


「ふむ、そういう意味では要望通りではないのかもしれない。今の匣はあなたの元居た匣に近くは無い。まぁそこまで遠くも無いんですが」


 なんだそりゃ。じゃあ、近い匣を誰か、例えばあんたが用意するとか駄目なんだろうか。


「駄目とは言いません。唯、止めた方がいいと思いますけどね。私が作った匣が成長しきったことはないので」


 声の主が微苦笑混じりにそう告げた。

 ともすれば、結論は決まっているじゃないか。

 その今ある匣とやらしかない。


「そうですか、では押し込んであげましょう。後そうですね、ここで遇ったのも何かの縁。何か元の匣から持ち込みたい物があればどうにかしましょう」


 何でもいいと声の主は言う。

 家族の写真でもあるいは好きだった食べ物でもいいとのこと。

 元の世界のものなら何でもいいらしい。


 結構、悩んだと思う。

 というのも、元の世界の記憶は残すとのことだったからだ。

 理由はその方が面白いというよくわからない物だったが、こちらとしては記憶が残るのであればむしろ望むところ。

 だからこそ、家族の写真だとか、そういうもう二度と手には入らないであろう物に心惹かれなくも無かった。


 ただ、迷った挙句、最終的に出た結論はとても簡単(シンプル)なものだったのだけど。


 新しい世界、しかも、この声の主が言うにはそれなりに物騒な世界で生きていくのであれば、必要なのは思い出やら好きな食べ物ではなく武器だという単純な結論。

 一発の凶弾であの世へと送る。俺はそんな経験値を踏まえた武器を望んだ。


 そして、その答えを聞いた声の主は大いに笑ったのだった。


「結構、結構。……ふむ、だがそれだとこの匣には概念が無いか。となると、私が改変せざるを得ないが。……まぁ、ニンゲン一人程度なら匣の自浄作用でどうとでもなりましょう」


 声の主がブツブツと何やら呟き、呟くたびに目の前がピカピカと光りフラッシュする。

 

「ん、こんなものでしょう」


 光の明滅が収まり、目の前に四角い何かが見えた。


「では、今より匣へ押し込みます」


 そういや聞いてなかったけど、名前は何と呼べば?


「名前なんて物に意味はありませんが、ただ、そうですね。私が改変した以上その匣にも影響はでるでしょう。であるならば知っておいても良いのかも知れません。ルースト、それが私の名です」


 段々と意識がぼやけて行くのがわかる。

 色々と曖昧になっていく。

 今ある景色が白いのか黒いのかもわからない。


 混濁する意識の中、最後にルーストへありがとうとだけ呟いて、俺は完全に意識を手放した。

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