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ダンジョンノート  作者: ふ~こ
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第八話 足をひっぱる魔族(ひと)たち

 アスモデウス。魔王でありながら優しい心を持つこの少女に、悪魔ムエッサイムは興味を惹かれていた。まっすぐに見つめてくる彼女の青く透き通った瞳を見ると、まるで魂が吸い込まれるような感覚を覚える。不思議な、心地よい引力。他人の視線が嫌いで、いつも厚い眼鏡の奥から斜めに構えて人の様子をこそこそと伺っていた彼のような男でさえ、まっすぐ彼女の目を見つめ返さずにはいられなくなってしまう。


「アスモデウス様…。やはりあなたこそダンジョンノートの力を得るにふさわしいお方なんだ…。 …さあ! ノートに手を置き、ご契約なさいませ」


 ムエッサイムは魔王の右手を取ると、すっとノートの上に誘導する。その手つきはどことなく優しい。が、魔王の手は抵抗するように動かない。それどころか逆にムエッサイムの手のほうが引っ張られてしまう。


「アスモデウス様? なぜに抵抗なさるのです!?」

「いや、違う、余のせいではないぞ!」

「そう! アルメダちゃんのせいなので~す!」


 魔王の後ろからすっとアルメダが現れる。彼女は魔王の左手をがっしりと握り、自分のほうにぐいぐいと引っ張っていた。


「ダメですよ魔王様! そんな変態の口車に乗っては! 見てください、あの目つき。こいつ絶対ロリコンですよ」

「え、そ、そうなのか? ムエッサイムよ…」


 怯えた目で見てくる魔王。その不安な表情が持つ一種独特の可憐さに、不覚にもドキッとしてしまうムエッサイム。


「ち、ちち、違います違います! 決してロリコンなどでは! それよりそっちのアルメダさんこそが真の変態! さっきから女同士なのにあなたにおっぱいを押し付けて興奮しまくってるではないですか!」

「なんだと! そうだったのか、アルメダ…?」


 驚きと不安を隠せない魔王。その顔にうっすらと現れる嫌悪感が絶妙なスパイスとなり、アルメダのピンク色の脳細胞をギンギン刺激してしまう。


「誰が淫乱メス豚レズ野郎ですってェーーー!?」

「いえ、そこまでは言ってませんぞ…」

「違いますゥー! 女同士とかどーでもいいの! 私はただ魔王様のことが好きで好きで、好きすぎるだけなんですゥーーー!」


 我慢できなくなったアルメダはぐいっと魔王を引っ張って、肩に腕を回して抱き込んだ。そしてから、ほっぺとほっぺたをぴっとりくっつけて、すりすり頬ずりし始めた。


「ひゃあ! や、やめろアルメダ、くすぐったいではないか!」

「魔王様、好き! 大スキ! スキスキスキスキス、キス? はっ…キス!? そう、キスだわ! キスしましょむっちゅうゥーーー!!!」

「ひぃ、やめ、アルメダ!? い、いやぁ、キスらめぇー!」

「おやめなさい! はしたないですぞ!?」


 嫌がる魔王に迫るアルメダの頭を押し返そうとするムエッサイム。むぎゅっと押されたアルメダの顔は魔界の国民的美少女とは思えない変顔になってしまっているが、あさましい彼女はそれを全く気にすることなく魔王に向けてキスにまい進しようとする。いつだって欲望全開フルスロットル、それが魔将軍アルメダのモットーであり、恐ろしいことにそのまま魔王軍のスローガンでもあったりする。それほど魔将軍の持つ権限は強いのだ。まあそれは置いといて、そんなこんなで三人はくんずほぐれつのもみ合いになり、やがていつのまにか魔王の手を掴んでの引っ張り合いになってしまった。


「こら、おまえら、やめんか! うわわっ!?」

 

 アルメダもムエッサイムも両者意地になって引っ張るもんだから、魔王の軽くて小さな体は宙にぶらりんと浮かび上がってしまった。両手が引きちぎれんばかりにぎしぎし悲鳴をあげる。ちなみに例えではなく本当に関節のあたりが「ぎしぎし」と鳴いていたりする。この音は最近のマカデミー(魔界アカデミーの略)の学説では関節に溜まった魔力が圧力を受けて音を立てているだけだと言われている。が、ギシギシうるさいと言うと少し沈黙した後にアンアンと音を変えて泣き始めたり、ひどいときはお前こそうるせえとか言い返したりするので、本当に学説のとおりかは非常にうさんくさい。ああ、魔族の体って不思議だなあ。そんな不思議な魔王の身体を隅々まで調べつくしたいアルメダは、いっそう力を込めて魔王に迫っていく。


「魔王様は、あ、た、し、の、なんだからァーーー!」

「いいえ! アスモデウス様はわたくしと、け、い、や、く、するんですぞォーーー!」

「いたたたたたいったぁああーーーい!! 手ぇひっぱっちゃらめぇ~!!!」


 両足をじたばたさせる魔王の叫びがこだまする。いくら頑丈な魔王でも、これはさすがに可哀想だろう。幼児にもてあそばれる哀れなゴム人形のように手がもげちゃうかもしれない。その悲痛な声に、両者は同時に手を放した。まっすぐ落っこちてずてんと尻もちをついた魔王は、あいたた言いながら涙目でぷんすか怒る。だけど怒った仕草もかわいいぞ、魔王!


「痛いじゃないか、もぉ! 手がもげるかと思ったぞ! 禁止だ! 手ぇ引っ張るの禁止! 禁止令だ!」


 魔王の勅命が下され、いまここに手ぇ引っ張るの禁止令が生まれた! 二人は悪いことをして叱られた小学生のように神妙な面持ちでしゅんとなった(どうでもいいが小学生とは魔界の児童が通う小手しらべ魔法学校の生徒のことである)。そして魔王の傍にひざまずくようにしゃがみ込み、謝ろうとした、かと思ったらなんと魔王の足を一本ずつ抱えてひっぱっり始めたではないか! 


「じゃあ足なら!」

「OKでしょうな!」

「ええっー!? ちょ、貴様ら!」


 手がダメなら足! ってまるで反省していない。こんなとこまで小学生レベルなのはどうかと思うけど、魔族はアホなので仕方ないのかもしれない。


「いきますぞ、よっこら、」

「せぇえーーーっく○!」


 謎の下品なチームワークを発揮して魔王の両足をひっぱり上げる二人。哀れな魔王は180度開脚した格好で、頭を下にしてまたもや宙ぶらりんにぶら下がってしまった。やばい、パンツ見えそう。


「わ、わわわ、わ!?」

「さあアルメダさん、もう一戦といきましょうぞ!」

「のぞむところよ! 魔王様は渡さないんだから!」


 さあ、地獄の魔王綱引き争奪戦の第二ラウンドのゴングが今鳴ったああァーーー! 荒ぶる掛け声! 燃え盛る闘志! そして魔王の太ももに滲む汗!! ここ絶望の小島デスペラタはかつてない熱気に包まれている!!! ポロリもあるよ(ウソ)


「オーエス! オーエス!」

「ふんぬぅおおおおォーーー!」

「やめろ! やめんか、こら!」


 必死に抗議する魔王だが、勝負に夢中になった二人はもはや聞く耳を持たない。こうなると魔王ははらりとはだけそうなローブを押さえて恥ずかしいところが見えないようにするので精いっぱいだった。心配したミミちゃんが頭のすぐ下でミィミィと鳴いているが、手足がないミミックなので魔王を助けることができない。文字通り手も足も出ないのだった。


(やばいこれ、わたし、ここで死んじゃうかも…)


 股が割けて内臓がぶちまけられるイメージが浮かび、ぞっとする魔王。魔族という種族は大雑把で荒っぽいところがある。よく危険な遊びで盛り上がってしまい、ノリでポロリと命を落とすことも少なからずあったりする。そう、ちょうど今みたいな感じに。

 そういえば、まだ魔王が幼いお姫様だったころの話だが、通っていたロイヤルデモン小学校の拷問の授業でクラスメイトの半数が破裂して死にかけてしまい、それを教師が微笑ましく見守るというグロい出来事があった。それを思い出した彼女は、思わず吐き気がこみ上げてきた。この魔王、魔族のくせにデリケートな性格をしている上に箱入り娘だったせいか、グロ耐性が低かったりする。だけどここで吐いたら顔面ゲロまみれになるうえに、すぐ下で心配してくれているミミちゃんにもかかってしまう。現在吐き気は鎖骨の付け根当たりまで進行中。のど奥にぐっと力を込め、それを瀬戸際で何とかせき止めている状態だ。でもそれも長くはもつまい。ゲロと痛みとパンチラと。想像を絶する我慢の三重苦に、魔王は軽く絶望しかけていた。がんばれ魔王! 負けないで魔王!!


(死ぬ、死んでしまう…。あれ? なんだろう、向こうのほう、なんだか明るくなってきた…。もしかしてお迎えがきたのかな…。明るいってことは、天使かなあ。そっか、地獄じゃなくて天国に連れてかれちゃうんだ…。やだな、私わるい子だったのかな…)


 うつろな眼前にぼうっと浮かぶ逆さまの世界。その光景を眺めながら、魔王は思わず一筋の涙と胃液を流した。ゆっくりと、注意しなければ気づくことができないようなスピードで、辺りを包んでいた瘴気が侵食され、光に蝕まれてゆく。薄れゆく意識は、おぼろげな死の恐怖の中へと沈み込んでいく。そのさなか。


 突然それは起こった。


 何かを感じ取ったのか、魔王がいきなり魔力を最大まで開放したのだ。それは無意識の条件反射的なものだったかもしれない。木々がざわめき、大気が渦を巻きあげる。突然のことに驚いたアルメダたちは、引っ張り合いを止めていったい何事かと魔王のほうを見た。魔王は普段からパッチリしているくりくりの目を更にまんまるにさせて、ひどく何かに怯えているかのようだった。さっきまで死の恐怖を感じていたはずなのに、それ以上恐ろしいものがあるとでもいうのだろうか? 閉じるのを忘れた小さな口からは、言葉にならないうめき声が聞こえてくる。


「あ、あっ…、あああっ…!?」

「ど、どーしたんですか、魔王様!?」


 心配するアルメダの声も全く聞こえてない様子の魔王は、ローブがはだけないよう手で押さえるのも忘れて、しきりに何かを指さしている。慌てて魔王のパンツをムエッサイムに見えないように隠してから、その指さす先を目で追うアルメダ。彼女たちのいる森のど真ん中の開けた空間。その片隅にうっそうとした木々を押しのけるようにして切り立った小高い崖のその上に。


「光る、人影…?」


 煌めく粒子を放ち、それは居た。その姿は、よくある量販店の皮の旅人服の上からだぼっとしたマントを羽織り。袈裟懸けのベルトにつないだ剣を背負い、右の上腕には小さな盾をくくりつけ。大きな四角い宝玉を埋め込んだヘアバンドをだらしなく横向きにずらし。クセのあるツンツンした銀髪をうっとおしそうにかきあげている。離れていてもわかる、その超然とした冷たい瞳に射抜かれて、一瞬時が止まったかのように凍り付くアルメダ。


「あ、あれは…そんな!? あれはまさか!?」


 息が、詰まる。背筋と脇に、冷たいものが滝のように流れる。その横で、いつの間にか正気を取り戻した魔王は、キッ、とその人影をにらみつけた。


「来たな…、勇者よ!」


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