第五話 エロいムエッサイム(十万十八禁)
「それにしてもアルメダよ、ちょうどよいところにやってきたものだ」
え、魔王様、私のことを待っててくださったんですか!? そんなに私のことが好きだったんですかァー!?
「そんなことは言っておらん! 魔界666禁忌が一つ、ダンジョンノートを探すのを手伝うのだ。それと…」
それと、なになに? なんです? もしかして愛の告白ですかァー!?
「だから違うと言っておろうが! その地の文のナレーションはうるさいからもっと普通にやるのだ! お前が以前のナレーション担当を始末してしまったのだから、責任を取ってちゃんとやれい!」
ええ~!? これでも我慢してるんですよぉ。
「…言い方を変えよう。お前に魔界の地の文担当大臣を任せる。本来なら魔界放送の人気キャスターしかなれない重要なポストだ。普通に地の文をやっていく大変な仕事だが、お前ならやれると信じておる。いや、お前だからこそ頼むのだ。やってくれるな? アルメダよ」
な、なんという光栄…! そこまで私のことを買っていてくださったなんて…! わかりました! 不肖このアルメダ、謹んでその任、うけたまわります! ではここから普通に地の文をやりますね。そう言ってアルメダは口を閉じ、腹話術で地の文を朗読し始めた。
「こんな感じですか、魔王様?」
「そうそう、そんな感じだ。やればできるじゃないか。にしても器用であるな。腹話術で地の文をやりながら普通に会話もできるとは」
「そりゃあ、私、こう見えてもアナウンサー志望だったんですよ!」
「ふうん、すごいんだのぅ、アナウンサーって」
感心する魔王は、にっこりとうなずくアルメダを見て、どきっとした。アナウンサーを志望するからには、当然容姿も重要になってくる。その点、アルメダは一万年に一度開催される小悪魔的美少女コンテストで準優勝したほどの美貌の持ち主であり、申し分なかった。それでいて、才色兼備。魔王軍の将軍として、『魔界の勇者』とも称されるほどの武勲をあげてきた。魔王はそんなアルメダに見つめられると、なぜこんなに胸が苦しくなるのかわからなかった。同じ女性同士なのに、この胸の高鳴りはいったい何? 思わず視線を落とすが、熱に浮かされた今の魔王には、アルメダの引き締まった肉体、そのラインをそのまま形にしたかのようなぴったりフィットした呪いの鎧に施された呪術文様が、まるで何かいやらしいモノのように見えてくる。かあっとなり再び見上げると、アルメダの神秘的なエメラルドグリーンのしなやかにカールしたポニーテールが、瘴気をはらんだ風に吹かれてしゃららんと揺れる。思わず目が釘付けになる。そしてそんな魔王をアルメダは優しく見つめ返し…
「ってこら、アルメダ! ウソを言うな、ウソを!」
「え? だって私、ホントにコンテストで準優勝しましたよ?」
「そこじゃない! お前を見てドキッとするなんてないから。むしろイラッとするから!」
「ムラッとするですってェー!?」
「…あいたたた、頭いたくなってきたわ…。もういい、お前、もう帰っていいから」
「ああっ!? そんな、魔王様! もうしませんから! ちゃんとやります!」
「…その言葉、信じよう。だがアルメダよ、二度目はないぞ…心してかかれい」
「は、ははーーー!」
「あとやっぱりいちいち声に出されると気が散るから、地の文は心の中で読むのだ。わかったな」
「ははーーー!」
アルメダはやりすぎたと反省し、深くこうべを垂れ、魔王の前にかしずいた。そしてこれから、魔王のために心の中で地の文をナレーションすることを決意した。あと魔王様かわいい、かわいい、だっこしたい。こんなことを言っても、魔王はまったく気づかず、怒ることもない。やっぱり地の文は心の中に限る。そう思ってにやにやするアルメダを、魔王は怪訝そうに見ながら口を開いた。
「さて、落ち着いたところでやっと本題にもどるぞ。我が追い求めるダンジョンノートのありか。それがついにわかるときが来たのだ。…さあ、ミミちゃん、私に教えて」
「ミィ~」
アルメダに対するのとはうって変わって素の態度で、抱きかかえていたミミックのミミちゃんに尋ねる魔王。その顔はどことなく優しい。それを見て、いつもは無理して偉そうにしてるんだなあ、とアルメダは思う。無理もない、まだ幼いというのに突然魔王の地位という重責を押し付けられたのだ。自分がこの御方を守らねば。改めてそう感じる。
「ミィ~」
「あ、こら、また勝手に! どこいくの!」
突然、ミミちゃんが魔王の胸元から飛び降りた。そして一直線に、ほっこりとした顔で魔王を見つめていたアルメダのほうにぴょんこら飛び跳ねて行くと、彼女の鎧の隙間から見え隠れするアンダーウェアに噛みつき、ぐいぐいと引っ張るではないか。
「うわ!? おいこらアホミミック、やめ、こら! あ、ああん、そこはダメよォー!」
「ミミィ~!」
「ダメだよ、ミミちゃん! そんなのくわえたらばっちいよ。バイキンついちゃうよ!」
「魔王様ひどい! ちゃんとあなたのために毎日シャワー浴びてるんですよ!? ああ、ダメ、それ以上ひっぱったら…」
バサッ
本だ。一冊の本が、アルメダの鎧の下から出て、地面に落っこちた。
「なんだそれは?」
頭にはてなマークを浮かべながら魔王はその本を拾い上げた。かなり古く、ボロボロになっている。そして、破れた表紙の下に文字が見える。
「…ええっと、古代魔界文字かな? 中(級魔法)学校でちょっと前に習ったっけ…。なになに、えろい…む…、えっさいむ?」
「ああああ、ダメです魔王様、その本を読んじゃ! それはエロ本です! エロい本です! 『エロいムエッサイム』です! 十万十八禁の本なんですゥー!」
そう叫びまくって魔王から本をひったくったアルメダは、あたふたと鎧の中に戻そうとした。が、魔王はそれを許さない。アルメダの手をつかみ、制止する。
「なんだムエッサイムって、意味わからんぞ。なんかおかしいだろが。その本をよこすのだ、アルメダよ」
「なんですってェー!? ダメです! いくら魔王様でもダメ! これはあたしのです! あたしが! さっき! そこで拾ったエロ本なんですゥー!!」
「いいからよこさぬか!」
珍しく強引な魔王。普段とは攻めと受けの立場が逆転して混乱するアルメダは、思わず手を放して魔王に本を取られてしまった。
「どれどれ、ふむ、これは…」
「ああっ!? ダメ! 読んじゃダメェ! 魔王様が目覚めてしまう! エロスな第二形態に覚醒してしまうのおおおお!」
見ていられないよというふうに目を覆い、指の隙間から魔王の頬が朱に染まる瞬間を見逃すまいと待ち構えるアルメダ。だが。
「これはエロ本ではないぞ」
「へ? だってエロって書いてるじゃないですか」
ぽかんとするアルメダ。魔王はやれやれ、あきれた、信じられないといったふうに首を横に振る。
「エロではない。エロイム・エッサイムだ。異世界から伝わる悪魔召喚の呪文だ。初等魔法Ⅰの授業で習うではないか! 小さな子供だって知ってるぞ」
「えー、そんなぁ。エロなしなんて。じゃあそんな本、なんの価値もないじゃないですか」
「いや、そうでもない…、そうでもないどころか、もしかして…」
魔王は足元のミミちゃんをちらりと見る。ミミちゃんはしきりに何かを伝えようとミィミィないている。その様子に予感が確信に変わる。おもむろに胸元からローブに手を差し込み、一枚の紙切れを取り出す。ダンジョンノートの破れた表紙である。そしてそれを手にした本にあてがう。
「おお…。ぴったりだ、ぴったりフィットするぞ…! これがダンジョンノート…! 探し求めていた禁忌の力!」
「おお! やりましたね、魔王様! おめでとうございます!」
「うむ。これもすべてミミちゃんのおかげ。ありがとね、ミミちゃん!」
「ミィ~!」
魔王はぴょんこらとはしゃぐミミちゃんを空中でキャッチし、抱きしめてほおずりした。ミミちゃんもとても嬉しそうだ。
「ちょっと、ノートを見つけたのは私なんですよォー! ちょっとくらい褒めてくれたって…はぅ!?」
ぷんすか怒っていたアルメダが突然言葉を止めた。
「ん? どうしたのだ、アルメダよ。きょとんとした顔をして」
その顔は青いような赤いようなよくわからない困惑の表情だ。いつの間にか額にはたらたらと汗が流れ始めた。
「ま、魔王様…魔王様!」
そして魔王もその異変に気付いた。
「あ、アルメダ、それはいったい…」
「な、何かが、何者かが…わ、私のおっぱいを、揉んで、もみもみ、揉みしだいていますぞォーーー!!?」
そう。アルメダの背後から伸びた謎の手が、彼女のわきの下を通って、装備している呪いの鎧の狭い胸パッドのなかに差し込まれ、むにむにとうごめいているではないか!
「だ、大丈夫か、アルメダ! おのれ曲者め! 何者だ!?」
すると魔王の問いに答えるように、アルメダの後ろから、七三分けのサラリーマンのようなオッサンがひょっこり顔をのぞかせた。
「どーも。わたくし、ムエッサイムです」