番外編 アルキスの魔法使いⅣ
アルキス地方西部に広がる平原を抜け、荒れ地に流れる川を跳び越えて、この私、魔法使いマホちゃんとお供のモンスター、ヘルベロスはアスモデウスの迷宮があるという迷いの森にさしかかった。
「マホさん、そろそろだよ」
「うん」
「この森を抜ければアスモデウスの迷宮に到着さ」
「うん」
「ここは鬱蒼としていてちょっと危険だから気を付けて」
「うん」
うん。うん。うん。…とりあえず生返事。私を背に乗せたヘルベロスは何か言ってるみたいだけど、今、それどころじゃないから! 私今、世界を救ってるから! あとちょっとで超絶級ドSランク魔王撃破でレアアイテムゲット祭り! ギルドランキング一ケタ台だって夢じゃない。きた! 魔力ゲージ溜まった! 必殺! コンボ! 連打連打!
「ぅあたたたたたたたたーッ!!!!」
「うわ、ちょっとマホさん? 揺らさないで、危ないよ」
「うるさい!」
思わず叫んだ私は、手元の携帯型多目的魔力端末、通称マジホをひたすらに連打した。何をしてるのかって? 決まってるよ、長旅があんまり暇だったもんだから、ゲームで時間をつぶしているの。何のゲームかって? そりゃあもちろん人気のマジホゲームアプリ、『クエスト&ドラゴンズ』、通称クエドラでしょ。仲間にしたドラゴンを使ってひたすら魔王をぶん殴ってコンボを競うゲーム。その単純さが受けて近所の小学校(小手しらべ魔法学校)で大人気。私もボコられる魔王を見るのが楽しくってすっかりハマっちゃったのである。
「オラオラオラァーーー!」
「痛い、ちょっと、首の後ろに当たってるって! あ!? 危ない! 枝が!」
「黙ってよ、いいとこなんだから! 打打打打ァーーー! ぅあたッ!?」
ゴンッ
私は横に突き出ていた木の枝に頭をぶつけた。落っこちそうになった。道なき道のすぐ隣は崖だった。落ちたら死ぬ。が、空飛ぶホウキに乗って鍛えた太ももの筋肉がスゴイ私はがっちりとヘルベロスを背中から締め付け、なんとか落ちないで大丈夫だった。でも勘違いしないでよね。別に太ももがムキムキなわけじゃないんだからね!
「すごい音がしたね。さっきの枝にぶつかったんだね、大丈夫かい?」
「うん、別に平気…ううん、大丈夫じゃないよ! 平気なわけないでしょ! めっちゃ痛かったし。もっといたわってよね!」
「え…ああ、うん、ごめんよ。僕が無神経だった。君を危ない目にあわせてしまったね。もっと注意していればよかったんだ」
そう言ってヘルベロスは二つある首の一つを後ろに向けて、私のおでこの赤く腫れた部分をペロペロと舐めた。
「ぎゃあ! 何すんのよ!?」
「安心して。治療さ。僕の唾液は治癒の魔力が含まれていてね。傷をすぐに治せるんだ。特に下等生物になるほどすぐになお…」
「ほんとだ、あっという間に治ったよ!?」
「…すごい回復スピードだ…スライム、いや、下等な虫並みだ…。マホさん、君の親御さんはダンゴムシか何かじゃないだろうね?」
「親が虫? あ、そういえば。こないだお父さんがお姉ちゃんにこのゴミ虫、とか言われて蹴とばされてたっけ」
「いや、うん、それはお気の毒に…」
「…はっ!?」
「どうしたんだい?」
無い。
「無いよ!」
「何が?」
「私のマジフォン!」
「そういえばさっき崖の方に何か落っこちていったけど」
「なんですとー!?」
びよん。
次の瞬間、私はヘルベロスの背中を蹴って発作的に崖の方に飛び出した。
「うおおお、命より大事な私のマジフォン! …って、うわあー、しまったー!?」
「バカな、なんてことを!?」
慌てて私を捕まえようと首を伸ばすヘルベロス。だけど紙一重で届かない。深い谷の下へと真っ逆さま。ああ、いつもこう。考えるより先に体が動いちゃうの。私って、ほんとバカ。このまま死んじゃうのかな。まだばんさん会のご馳走も食べてないし、イケメンで勇者な彼氏とかも欲しかったし、お金もいっぱい貯めたかった。…それに、お父さん、お母さん、お姉ちゃん。もう会えなくなるなんて、嫌だよ…。私は全てをあきらめて目を閉じた。
ドクンッ
「!?」
そのときだったの。私の心の中に黒い炎が灯ったのは。身体が、熱い。驚いた私は目を見開いた。目の前に大きな青白い星形の光が見えた。何だろう? 思わず目をキョロキョロと動かしてしまう。するとその光は目の動きに合わせてついてくるじゃないの。まるで目に焼き付いたみたいに。と、頭の中に言葉が流れ込んできた。『五芒星魔眼』と。私は無意識に、今、自分の瞳に五芒星の形をした強大な魔力の証が浮かび上がっていることを理解できた。底の知れない、とてつもない魔力。覚醒したその力は私に、どうすればいいのかを教えてくれた。
「おいで、ミスタンテ!」
私の言葉と同時に。まるで光の矢のようなスピードで、愛用の魔法のホウキ、ミスタンテが飛んできた。私を助けるために。分かる。不思議だけど、あの子がどこに飛んでくるか、その正確な位置までがはっきりと頭の中にイメージできた。あとはそこに向かってすっと手を伸ばし、掴むだけだ。
スカッ
「え?」
ちょ、早すぎて掴めなかったんだけど!? 気が付くと、ミスタンテは私の手を通り越して、向こうにも切り立っている崖に突き刺さっていた。どうやら深く刺さってしまいもう身動きが取れないようだ。なんてバカな子、誰に似たのかしら。まてよ、と、いうことは。
「お、落ちる、死ぬ~! いやああああああ!?」
そうしてあわれ私は深い谷の底に、真っ逆さまに落ちて行った。




