番外編 アルキスの魔法使いⅢ
「…ぃ、お~い」
「うぅ~ん…」
…うるさいなぁ。
「そろそろ起きてくれないか、魔法使いのマホさん。物語の続きが始まったよ」
「うう~、もうちょっと、あと五分だけ、むにゃ~」
ぺちゃ。
…? なにかがほっぺたに触ったよ? 私は眠たい目をごしごしこすりながらまぶたを開けた。すると。
「ぎゃーーー!?」
目の前に毛むくじゃらの黒い顔。大きく裂けた口から覗く白い牙。その間からにょろりと赤い血の色の舌がのびて。なんと。私のほっぺたをぺろぺろしているじゃあないの!
「あにすんの変態!」
ボスッ
手ごたえあり。怒りを込めた渾身の左フックが憎らしい毛むくじゃらの大頭にクリーンヒット! ふふん、ざまあないわ。私は得意げに目の前のモンスター、地獄番犬長ヘルベロスが地べたに這いつくばるのを今か今かと待った。
「やあおはようマホさん。可愛らしいパンチだね。ちょっとドキッとしちゃったよ」
うそ、ノーダメージ。ダメージゼロ。無傷だよ。しまった。こんなことならちゃんと武器を装備しておけばよかった。魔法使いであるこの私の武器は空飛ぶ魔法のホウキ。え、杖じゃないのかって? あれはインテリのガリガリ学者系魔法使いが使うやつ。魔法のホウキは私みたいに運動が得意なエリートが使うもの。私の通うアルキス魔法学園では入学してから最初の試験の成績上位半分の生徒が杖を、残りはホウキをもらう。そうやって勉強しかできない頭でっかちを振るい落としているってわけなんだね。おかしいな、学校にいたときは持ってたんだけど…。
「ちょっとヘルベロス、私のホウキ知らない?」
「ああ、君の荷物ならたしかこの辺に…」
ごそごそ…
ヘルベロスは大きな荷車の隅に積まれている木箱の向こうに鼻を突っ込んで、またすぐ顔を上げた。するとその口に私のホウキを咥えていたの。
「あ、それそれ! 私の可愛いミスタンテ!」
「ミスタンテ?」
「この子の名前。どう、素敵でしょ」
「ああ、いい名だね。マホさんに似合ってるよ」
「でしょでしょ! さ、返してよ」
「はい、どうぞ」
「ありがと。ね、ちょっとあっち向いてて」
「え? いいけど…」
あら素直。ま、しょせんはたかがモンスター。どっちが格上か本能でわかるんだね。この隙に。私はミスタンテを装備した。え、もう既に手に持ってたじゃないかって? はあ~、これだから素人は。『装備』って、そうじゃないの。持つだけじゃホントの力は出せないから。むん。っと、こうやって魔力を流し込む。そうして初めてこの子は目覚めるの。破壊と殺戮の衝動にね☆
「むぅん!」
私は目いっぱいの力を込めて、魔力を貰って青白い光を元気に放ち始めたミスタンテをヘルベロスのお尻めがけてフルスイングした! だらしなく垂れ下がったぼさぼさの尻尾にクリーンヒット! 瞬間、前方に向けて発生した指向性魔力爆発の爆風が、乗っている荷馬車の前半分を吹っ飛ばした。立ち込める噴煙の合間に、からっとした青空が覗く。
「気持ちいい…」
ここ一週間、狭い馬車の中にいて溜まりに溜まったストレス。それが、もじゃりとうっとうしいヘルベロスと一緒に消えてなくなったのだ。ああ、スッキリ。
「さて、と。凶悪モンスターも退治したわけだし。なんで私がこんなところにいるのか調べなくっちゃ。この荷車、どこに向かってたのかしら」
「アスモデウスの迷宮さ」
「え?」
突然の声。だ、誰!? 次第に晴れていく噴煙の向こうに大きな影が見えてきた。それは、今さっき吹っ飛んだはずのヘルベロスだったの!
「キャー!? キミ、さっき死んだのに! オバケ? 幽霊? まさかゾンビ!?」
「ちゃんと生きてるさ」
「あ、もしかして家族の方ですか?」
「はは、面白い冗談だね。僕本人さ。あいにくだけどあんな涼風じゃ、僕の薄皮一枚燃やすことはできないよ。こう見えて僕は魔族の幹部だからね」
「そんな、ウソ!? でも私だってもう魔法使いレベル3もあるんだよ! すごいでしょ! 毎日隣のオバちゃんちのプチドラゴンひっぱたいて一生懸命経験値貯めたんだから!」
「それはひどいな。プチドラゴンは大人しい種族なのに」
「…キミは何も知らないからそう言えるんだよ」
私はそっと手を差し出し、手のひらをヘルベロスに見せた。
「これは…! 傷だらけじゃないか! こんなにかよわい手がいったいなぜ…?」
「みんなあのプチドラゴンのせい。あの子、生意気にウロコがけっこう固くって。でもね、素手で叩いたほうが難易度が上がって経験値が早く貯まるの…だから私は…!」
昂ぶる感情に思わず下唇を噛み、手をぎゅっと握る。
「これでわかったでしょ。人は、誰しも痛みを抱えているの…」
「…?」
「ね、慰めてくれてもいいんだよ?」
「え、何を?」
「…! 私、悲しいよ…。やっぱりモンスターって、心、持ってないんだね…」
ううん、モンスターだけじゃない。人間だっておんなじ。もっと私に優しくして褒めてくれたっていいのに。なのに、みんなきょとんとしたり首を傾げたりしてジト目で見てくるの。私がちょっとしゃべるだけでいつもそう。じゃあ人間も、心、持ってないの…?
「ううん、そんなことない! だって私の心はいつも熱く燃えているもの!」
「…なんだかよくわからないけど、君が元気そうでなによりだよ」
「そう、私は元気! いつだって諦めないでマイ勇気!」
「へえ、詩人だね。じゃあそろそろ行こうか」
「え、どこに? お昼ごはんかな」
「微妙に正解、かな。これから僕たちはアスモデウスの迷宮に向かう」
「そこでご飯にするのね」
「そうだよ。ちょっと遠いから夕方になるね。先に到着している王立調査団に合流したらそこで豪華な晩餐会が始まるんだ。君にもぜひ参加してほしいな、マホさん」
「バアさん会?」
ちょっと、私まだピチピチなんですけど?
「はは、晩餐会。豪華な晩ご飯を食べる会のことさ」
「え、ちょっと待って。豪華って、私そんなにお金ないよ? 五百ミスリルしかないよ?」
「大丈夫。もちろん無料さ。だって主役は君だもの」
「ステキ! ならバッチグーお腹すかせとかなくちゃ!」
「う~ん、お腹はパンパンにしといてほしいところだけど。まあ、手持ちの食料もないから仕方ないね。さて、荷馬車が壊れちゃったから僕の背中に乗って。そのまま連れて行ってあげるよ」
「は~い。じゃ、しゅっぱ~つ!」
こうして私はヘルベロスに乗って。アスモデウスの迷宮とやらに向かったんだ。楽しみだなあ~、ばんさん会!




