番外編 アルキスの魔法使いⅡ
番外編、もうちょっとだけ続くんじゃよ。
「…というわけでマホ君、魔王アスモデウスを倒してきてくれたまえ」
「ええ!? 魔王を!?」
いきなりだよ。無茶振りだよ。そんなの無理に決まってるよ!
「ちょっと待ってください、校長先生! そんなの無理だよ!」
「そうか、それじゃあ仕方がないな。君は退学だ。すぐに荷物をまとめて出ていくといい」
「はあ!?」
あんまりのことに私の目ん玉は二十センチほど飛び出した。
びよ~ん。
「うお!? マホ君!? 目が、目が!」
「せ~ん~せ~。校長先生がひどいこと言うからですよ。こんなんなっちゃいました、どーしてくれるの! 責任とってよ!」
「し、しかし私には妻と子が…それに仮にも君は生徒で私は教師だぞ?」
「そーゆー意味じゃないですから! お金払ってよ」
「…また金か。慰謝料ということかね?」
「うん。百万ミスリルね」
「ひゃ、百万!? …仕方ないな、はい百万ミスリル」
ぽん。
校長先生は財布からお金を取り出すと私の手のひらの上に置いた。たったの百ミスリル硬貨一枚ぽっち。
「ちょっと、ふざけてるんですか!? 駄菓子屋のおばちゃんじゃないんだから。真面目にやってよね!」
「ふざけてるのは君の方じゃないかね、マホ君」
そう言うが早いか校長先生は私の目玉をむんずと掴んだ。
「やん、もー、どこ触ってるんですか!」
と思ったら、先生、息もつかずに引っこ抜いた!
ブチチィ…!
「うぎゃあああああ!? 目が、目が…!」
「あまり大人をからかうもんじゃないぞ、マホ君」
「ひどい、ひどすぎるよ! もう百万じゃ足りないよ、二百、ううん、一千万ミスリルものだよ!?」
「ほう、そんなにするのかい、この玩具は」
「オモチャじゃないよ! 私が魔法で作った魔体なんだから!」
魔体。魔力を物質化したもの。目の前にその姿をイメージして魔力を集中すると、それが形になって現れるのだ。とっても不思議な魔法の一つ。錬金術と似ているけど、作り出せるのはあくまで物の形だけ。さっき飛び出た目玉も魔体で作ったニセモノなのだ。ちなみに私のお父さんは魔体の名人。魔体を使って建物を作り上げてしまう建築家なんだ。すごいでしょ。
「ふむ、なかなか良くできているじゃないか。君にも取柄はあるのだな」
「えへへ、お父さんに教えてもらったの。もっと褒めてもいいよ」
「ああ、いくらでも褒めてやるとも。魔王を倒してくればね」
「ええ!? 魔王を!?」
「二度も驚かんでよろしい」
「無理だよ、だって…」
魔王アスモデウス。かつて世界を闇に沈めたという大悪魔で、その手から放たれる暗黒の炎で大地を焼き尽くしたという。幾度にもわたる激しい戦いの末、勇者によって倒され、いずこかへ封印されたと伝えられている。そんな大昔の話。というか、おとぎ話なのだ。昔、お母さんに絵本で読んでもらった記憶がある。
「アスモデウスは童話の登場人物ですよ? そんなの倒せっこないじゃないの」
「ああ、私もそう思っていた。ついこないだまではね…だが」
「だが?」
「見つかったのだ、アスモデウスが存在する証拠が」
「ええ!? マジですか!?」
「ああ。これを見たまえ」
先生は机の後ろのでっかい本棚から、一冊の本を取り出した。机に置かれたそれは古ぼけたノートのように見えた。
「これは…タイトルが書いてますね。ええと、トーノン、ヨ、ジンダ…? 古代語だわ…! トーノンという人物が記したジンダ王朝の歴史書…!」
「そんなものはない。勝手に王朝を作らないでくれ。昔の文は逆から読むんだ。中(等魔法)学校で習ったろう?」
「え、知らないよ」
「う~ぬ…まあいい。いや、よくはないけど。ともかくもう一度、逆からちゃんと読んでみたまえ」
「ええと、ダンジ、ヨ、ンノート…? やはり古代語…! ダンジさんが究明したンノート系魔術の秘伝書…!?」
「そんなものもない。普通に読みたまえ。ダンジョンノート。どうやらダンジョンに関する記録書らしい」
先生がノートをめくると、そこには几帳面な字がびっしりと書き込まれていた。私はそっと目を閉じた。
「聞いてくれ、マホ君。このアルキス魔法学園の地下書庫の奥から偶然見つかったこのノート。どうも千年以上昔の代物らしい。このノート自体の学術的な価値だけでも相当なものだが、それ以上に凄いのは書かれている内容だよ。例えばこのページ。ある有名なダンジョンの見取り図が描かれているのだが、現在作られている内部マップとほぼ一致する緻密さだ。しかもまだ判明していない隠し部屋がこのノートのおかげで既にいくつも見つかっている。おまけにこの紙面からはこれまで知られているものとは全く異なる未知の魔力が検出されている。その意味が分かるかね、マホ君?」
「すぴ~」
く~。すぴ~…………………。ん……。ふご…。んが…………。………………………んごっ! ………すや…すや…。
「おや、いびき…。眠ってしまったのか。マホ君にはちと難しすぎたかな。それにしてもかしましい娘だよ。こうして寝てる分には可愛らしいんだがなあ」
コンコン
「おや、また誰か来たな? …入り給え」
ガチャッ
「失礼します、ガラッホ校長」
「おお、ルースデン君か。ケガはもういいのかね?」
「はい、しっかし、そこのバカタレがホウキで窓から突っ込んできたときは死ぬか思いました。にしても…こんなとこでよく眠りこけよる。何も知らんとのんきなことですわ」
「用件は?」
「は、失礼こきました。ええとですねえ、来ましたわ、王立の調査団です」
「…そうか。ただちに引き渡せと?」
「はい。すぐに供物をよこせと。ま、これでうちの学校も安泰ですわなあ。厄介払いもできて一石二鳥。わはっは」
「…。供物、か…」
* * *
ガタン、ゴトン
「…うわっ!?」
じ、地震!? びっくらこいてぴょ~んと飛び上がった私は頭を天井にぶつけてしまった!
ベリベリ!
天井が破れた。そして見える太陽の光。青い空、白い雲。ゆっくりと遠ざかっていく木々のずっと向こうに、見慣れた二階建ての木造の建物が見えた。
「あれは…」
学校だ。あれが私の通っているアルキス魔法学園だよ。でもなんで? さっきまであそこにいたんだけどなあ。私は天井から頭を突き出したままくるりと百八十度後ろを向いた。すると目の前の白いほろのすぐ先に、二つの犬頭を持つ四本足の巨大なモンスターの背中があった。どうやら私がいるここは荷車の上で、それをあのモンスターが引いているみたいだ。
「え、何この状況? 意味わかんないよ…」
あまりのことにボケっとモンスターのでかい後ろ頭を眺めていると、これまた大きな犬耳が時折ぴくぴく動いてちょっとだけかわいい。私、犬って好き。でも毛だらけになるからって家はペット禁止なんだ。口うるさいんだよね、お母さん。
「あーむかつく!」
ついつい思わず叫んじゃった。と、その声に、モンスターの首の一つがぐりんと向きを変え、こっちを見た。黒い体毛の下で真っ赤に燃える瞳。その周りを飾る威圧的な白い隈取。
「あ、この顔…」
学校で流行っているモンスタートレカで見たことがある。ケルベロスの亜種で、見つけた獲物は必ず殺すランクAの超攻撃的レアモンスター。その名も『地獄番犬長ヘルベロス』…なんてのんきに解説してる場合じゃないよ!? このままじゃ私、ぶっ殺されちゃう!
「おや、お目覚めのようだね、おいしそうなお嬢さん」
「ぎゃー、しゃべった!? た、助けてーーーー!」