第二十二話 決戦! 新生魔王城
「ああ、なんということでしょう! 魔王アスモデウス様の卑劣な罠にかかったわたくし達は無限にループする底なしの落とし穴に落ちてしまい、追い打ちをかけるように上からは巨大な岩塊、そして下には世界の果てにあるという破壊不能の壁である無限の地平面が迫るという恐怖の挟み撃ち。このままではぺしゃんこにされてしまうというそのとき、ブチ切れた勇者さんが無限の地平面をぶち破ろうと突撃したもののはじき返されて、上空から迫る岩塊に向かってぶっとんでいって激突からの大・爆・発してしまうなんて!」
呆然と爆発を見守りながら、使い魔ムエッサイムはゆっくりと無限の地平面に着地した。まだ気絶している魔将軍アルメダを背中からおろして地面に横たわらせた彼は、勇者を失うという計算外の事態に頭を抱えた。
「参りましたな、大事な素材を失ってしまうとは。これではせっかくの計画が台無しになってしまいますぞ…。このままではアスモデウス様の好き勝手を許してしまうことになる。それだけは阻止せねばなるまい。今、この世界に必要なのは彼女ではない。必要なのは…」
言葉を止め、傷つき地に伏すアルメダを、どこか優し気で、しかし悲しそうな複雑な表情で見つめるムエッサイム。と、不意に彼は顔を上げた。爆発で生じた厚い煙幕の中から、ゆっくりと小さな島ほどもある巨大な岩塊が姿を現しはじめた。
「そんな…あの爆発で破壊できないとは…このままでは押しつぶされてしまいますぞ…逃げなければ…しかし…」
もう逃げ場はなかった。岩塊の直下の空間は魔王の使役するダンジョンノートの魔力でループさせられており、逃げ出そうとしても元の場所に舞い戻ってしまうのだ。こうなってしまっては、もう手立てはない。だが。
「仕方ありませんな…。わたくしも男。ならば、戦って死ぬしかあるまい」
覚悟を決めたムエッサイムは背広を脱いで、そっとアルメダの体にかけてやると、すっと眼鏡を外して投げ捨てると、両手に握り拳をつくって力を込めた。すると、
バサッ
と背中から大きなコウモリのような一対の羽が生えたではないか。そしてその羽を大きくしならせ、一気に地面に向けて振り下ろす! その反動で、ムエッサイムの体はハヤブサのように宙に舞い上がった。彼の鋭い眼光が見据えるは、いまも落下を続け、凶悪な岩肌で迫る大岩塊。対するムエッサイムは、高位の魔族たる自身の持つ膨大な魔力を体内の一点に集中させつつスピードを上げていく。その姿はさながら、強烈な破壊パワーを持った弾丸であった。あの勇者ですら破壊できなかったこの岩塊を粉砕するには、悲しいことに命そのものを爆弾にして特攻する可能性にかけるほかないのだ。
「この石ころめがァーーー!」
岩塊の間近に迫り、そう叫んだ彼の脳裏には、親愛なる魔王アスモデウス、そして彼女と仲睦まじく抱き合うアルメダの姿が思い浮かんでいた。眼前に広がる岩肌、そして。
ぴたっ。
と、突然に。
「止まった!?」
岩塊が止まった。空中で停止したのだ。慌てて魔力爆弾を解除し、羽を広げて急ブレーキをかける。それでも勢いをころしきれずに、しこたま頭を岩のでっぱりにぶつけてしまった。
「アウチ! 痛い! …いったい何が起こったのです!?」
頭にできたタンコブをさすりながら様子を伺う彼の背後から声がした。
「よう、ムエッサイム」
「ああ、あなたは…!?」
振り向けば、そこにはなんと。
「勇者さん! 勇者さんじゃないですか! まさか生きてたんですか!」
「まさかも何も、レベル99(カンスト)した超最強のこの俺がこんな石ころにぶつかって爆発したくらいで死ぬかよ」
「いや爆発したら普通死にますぞ…」
「まあ、確かに死ぬかと思ったけどな。ここんとこ何だか調子が悪くてな。本当ならこんなのワンパンでコナゴナなんだがなあ」
コンコンと頭上の岩肌を叩きつつうそぶく勇者。さすがにワンパンはハッタリだと思うムエッサイムだったが、勇者がもう一方の手をずっと岩肌に当てているのが気になった。
「勇者さん、その手はなんですか?」
「ああ、これか。この石ころを持ち上げてるんだ」
「え、まさか。ご冗談を」
「冗談じゃねえよ、ほら」
ひょいと勇者が手を放すと、いきなりがくんと岩肌が下がり、勇者より背が高いムエッサイムの頭を直撃した。
ゴン!
「アウッチ! 痛たいっ!」
「ほらな」
ほれ見たことかという面持ちで勇者がまた手をひょいと上げると、なんとそれに合わせて岩塊もひょひょいと上に持ち上がったではないか。二つ目のタンコブができてまるでネズミのようなシルエットの頭になったムエッサイムは両手でタンコブをさすりつつ、改めて勇者を見た。よく見ると足の下には光を固めて作った足場がある。彼はその上でこの巨大な岩塊を支えているというのか。
「これは…驚きましたな。これほどの力をお持ちだったとは」
「こんなの朝飯前だぜ。っと、そういやほんとにまだ朝飯食ってなかったな。ちょっくらこいつおろして飯にしようぜ」
カツン。
と、かかとで光の足場を小突く勇者。すると、足場がゆっくりと下降し始めた。
「ほう、便利なものですなあ」
「ああ、降りるも登るも自由自在だぜ」
「すばらしい…って、こんな足場が作れるならなんで落とし穴の中で使わなかったんですか?」
「そりゃお前やアルメダが怯える姿を見て楽しむためだ。落下に恐怖する顔なんてめったに見れないからな」
「うわひどい。あなたそんなドSな性格でよく勇者が務まりますなあ」
「敵をぶっ倒すにはちょうどいいだろ。そんなことより着いたぞ」
そんなこんなでだべっているうちに地面に到着した。勇者はそっと岩塊を下に置き、倒れていたアルメダのもとに向かう。そっと彼女を抱き抱えると、ムエッサイムと相談してひとまずこの場所を離れ、岩塊の上へと向かうことにした。アルメダをお姫様抱っこする勇者をこれまたお姫様抱っこして飛び上がるムエッサイム。お姫様抱っこのマトリョーシカといったところか。
「ひいふう」
「おい、そんなに揺らすな。アルメダが苦しそうだぞ」
「そんなこと言ったって、お、重いですぞ…この羽、本来は一人乗りですのに…」
「つべこべ言うな、だらしないぜ」
「さっきの光の足場で上に登ればいいじゃないですか、はあはあ…」
「腹減るからやだ」
「うう、しくしく…高位の魔族たるわたくしがなぜこんな目に…」
そんなこんなで分厚い岩塊の側面をやっとこさ登り切ったムエッサイム。彼は岩塊の上にあった平地にぽいっと勇者を放り投げると、その場でへたり込んでしまった。
「ひいふう、寄る年波には勝てませんなあ。いやはや、疲れ果てましたぞ…」
「うむ、ごくろう。さて、これからどうするか…とりあえず飯に…ん?」
「はあはあ。おや、勇者さん、どうかしましたか」
「おい、あれって…」
「へ? …ああっ!?」
彼らは目の前に現れたモノを見て愕然とした。左右に翼のように広がり並び立つ尖塔。そしてその中央にそびえる荘厳な白亜の巨大建築物。それは彼らにとってとても見覚えがあるものだった。
「あれは…まさか…」
「ああ、間違いない、魔王城だ!」
今まで彼らを押しつぶそうとしていた巨大な岩塊の正体。それはなんと、今まで彼らがいたはずの魔王城そのものだったのである!
『ふはははは、よくぞここまで来たな、諸君』
「その声は…」
「おまえ、魔王だな!」
『…そうだ。余は偉大なる魔王アスモデウス様である。貴様らが怯え惑う姿、実に滑稽であったぞ』
「いったいどういうつもりだ!? こんなわけのわからん世界を創りやがって」
『ふん…余の世界…貴様にはわからんことだ』
「そうか。まあどーでもいいぜ。魔王城にいるんだろ? 今すぐ乗り込んでボコボコにしてやるから待ってろ!」
『そう簡単にいくかな?』
「へっ、もう何百回も攻略済みの魔王城ダンジョンなんざ五分もありゃあ十分だぜ」
『くっくっく…!』
「てめえ、何がおかしい!?」
『愚かな。ちゃんちゃらおかしくてポンポコピーとヘソが茶を沸かすわ! これがただの魔王城だと思うか?』
「何言ってやがる、どう見たってただの…」
「ああっ、勇者さん、あれ…!」
驚くムエッサイムの指さす先。彼らの目の前で、白亜の魔王城が瞬く間に禍々しい闇色に染まっていく。そして辺りにおぞましい妖気が漂い始めた。空気がよどみ、瘴気が溢れかえる。
『ふはははは! ようこそ、新生魔王城へ!!』