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ダンジョンノート  作者: ふ~こ
12/32

第一二話 アスモデウスの迷宮Ⅰ

 チュン、チュン、チチチ…


 「うぅ~ん…」


 小鳥のさえずりが聞こえる。………。暑い。気が付くと、俺は布団の中にいた。いつの間にか眠っていたのだろうか。ぼんやりとした目に、天井を飾る唐草模様が入ってくる。ここは、どこだったっけ? 右、左には薄いレースのカーテン。身体の上にはもこもこにすぎる分厚い羽毛布団がかかっている。華美な金の刺繍が施されているが、あまりいい趣味とはいえない。布団を押しのけて身体を起こす。頭がぼーっとする。とてもおかしな夢を見た気がするが、思い出せない。何だか喉が渇いた。ついさっきまで夢の中で激しく戦っていたような気がする。水がほしい。汗をぬぐいながらレースのカーテンを開くと、そこは豪華な調度品に彩られた広い一室だった。


 そうだ、ここは俺の部屋だったっけ。


 大きく伸びをして布団から抜け出し、あくびしながら床に置いてあった毛皮のスリッパを履く。そのまま天蓋付きのベッドを後にして、近くにあった大理石製の丸テーブルから銀の水差しを取り、そのまま口をつけてくいっと飲む。うまい。喉が渇いたときは、ただの水が一番うまい気がする。すぅっと喉に染みわたる。一息ついてふっと目を落とすと、床に見慣れない一冊のノートが落ちていた。


「ん? なんだこれ、ダンジョン、ノート…?」


 なんとなく拾ってページをめくろうとするが、まるで張り付いたかのようにまったく開かない。俺は急に興味を失って、それを水差しの横にポンと放った。気を取り直して何気なく横を見やると、日の光が射し込んで、エキゾチックな柄の絨毯を照らしている。宙を舞う埃でキラキラ輝くその光の筋を追っていくと、壁にはめ込まれた小ぶりな窓がある。なんとなく外の景色が見たくなった俺は、ほどけていたガウンの紐を腰の前で適当に結びながら窓の傍へ行き、ガラス越しに向こうを見やった。そこには。光に満ちた白亜の王宮が、驚くほどに荘厳な姿でそびえ立っていた。翼のように並び立ついくつもの連塔を従えて、まるでそれ自身が光を放つかのようにまぶしく、巨大に輝いて見える。それは見慣れているはずの景色だったが、今はなぜか、物凄く圧倒的に感じる。寝起きだからだろうか? 感受性が敏感になっているのかな。と、不意に。


 コンコン…


と、部屋のドアを叩く音がした。


「構わん、入りな」


 許可を得て、きぃっと小さくドアが開かれる。………。誰も入ってこない。


「なんだ?」


 まだ頭がはっきり起きれていない俺は、深く考えずにドアに向かうと、不用心にもばっと開け放った。


「おい、誰だ?」


 誰もいない。右を見て、左を見る。どこまでも長い廊下が続いているだけだ。その先は霞んでいて突き当りが見えない。この城は無駄に広いからなあ。と、頭の上のほうに何か見えたような…。はっ、まさか上か!? っと、違う、天井からぶら下がっているただのシャンデリアだ。…忍者じゃあるまいし、上にいるわけがない。俺はなんでそんな場所を警戒したんだろう、バトルマンガの読みすぎかな。やっぱり気のせいだったのだろうか? 俺は戻ってもうひと眠りしようかと思ったそのとき、いきなり右斜め下からタックルをくらった。


「うぉっ!?」


 それはすでに、俺の懐に接近していたのだ! 灯台下暗し。思わずドアにもたれかかりながらそちらを見る。と、そこには高級な料理によくかぶせてある例のドーム状の金属フタが、すっくと立っていた。フタがすっくと立つはずないと思うかもしれない。でも、そのフタの下にはなぜか身体が生えていたんだ。というか、より正確に言うと、それは、頭にフタをかぶった小柄な女の子だった。白地に水色の装飾のドレスを着て、実に可愛らしい雰囲気だ。フタかぶってるけど。


「ユウ王子、朝食をお持ちしました」


 王子…? ああ、そうだ、俺、王子だったっけ。いかん、自分が誰だか忘れるなんて、ひどく寝ぼけているようだ。それにしても。これ朝食? ずいぶんと変わった朝食だな。俺がリアクションに困っていると、フタの子は急にピンポンパンポーン! と奇声をあげた。


「さてここでクイズ! 今日の料理はいったい何でしょーか?」


 あー…、しゃべる上にクイズとは。この料理を作ったコックはまったくいい趣味をしていやがる。


「…えーと、飛竜のスクランブルエッグ?」

「ブ~!」

「魔界草のサラダ?」

「ブッブ~!」

「血まみれケチャップのポトフ?」

「ブリブリブ~!」


 なんかハズレ音が汚ねえ。


「正解は~…」

「正解は?」

「正解は~…」

「だから正解は?」


 早く言えよ。てか、なんかしきりに手で頭にかぶったフタを指さしている。


「俺に取れっての?」


 コクコクと頷く。セルフサービスかよ。俺は一瞬ためらったが、らちが明かなそうだったので、しかたなくフタをつまんでひょいと持ち上げた。そこにいたのは。


「じゃーん! 正解は、アスモデウスちゃんでした~!」


 ぱっと満開、満面の笑顔! ふわり肩まで伸びた綺麗なピンク色の髪の毛、そしてその下から覗くウズウズとしたイタズラな瞳。それは背景までキラめいて見えるような紛れもない美少女だった。頭の上に朝食めいたタマゴ、サラダ、ケチャップがべちゃっとかかっていること以外は。アスモデウスと名乗ったこの少女は魔界の姫であり、そして。


 そう、俺の妹だった。


「さあユウ兄様、たーんとお食べ!」

「…」

「たーんとお食べ?」


 バタンッ


 俺は何も見なかったことにしてドアを閉め、また眠ることにした。と、ドア越しにバンバン叩く音と戯言が聞こえる。


「ちょ、ちょっと~!? お料理さめちゃうよ~?」

「ちょうどいい、そこで頭冷やしてろ」

「ひどい! そんな冷たいことゆーとムカッときちゃうよ? KOOLからHOTになっちゃうよ!?」


 KOOLじゃねえCOOLだろが。あー、朝からくだらないものを見てしまった。ガキんちょはなんでああいう意味不明な遊びをするのだろうか。なんだかイライラしてきた。俺、短気。だけどイライラしていると。くー。お腹の虫が鳴る。おバカの相手をしたせいか、腹が減ってきてしまった。っていうか、本物の朝食はまだ来ないのだろうか。壁掛けの魔力時計の光はもう朝の八時を灯している。いつもならとっくに来てる頃なんだが。そういえば、さっきはまだ寝ぼけてて気に留めなかったが、いやあえてスルーしたのかもしれないが、アスモデウスの頭にタマゴとかサラダとかケチャップがべちょっとかかっていたような…。まさかあれ、もとは俺の朝食だったんじゃないだろうな。嫌な予感がする。問いたださねば。


 ガチャッ


 扉を開ける。が、また誰もいない。もう行ってしまったのか? 右を見て、左を見る。そして上、ではなくて下だ! 右斜め下からのタックルをガードすべく、俺は右膝を立てて防御態勢をとった。が、攻撃が来ない。


「バカめ、上だぁ!」

「なにィ!?」


 頭上のシャンデリアから飛び降りる白い影。ふわりとした感触が俺の頭に覆いかぶさってきた。まさかこれは…スカートか!?


「もが!?」

「はっはっはー、どうだ! ひとを無視する悪い兄様なんか、こうだ!」

「むぐ、苦し、やめ…!」


 両の頬をもちもちした肉がぎゅっと挟み込む。これは恐らく、太ももだろう。なぜ断言しないかって? HAHAHA, それは目の前が謎の白い布で覆われて真っ黒だからさ。それにしても苦しい、息ができない。力が入らずに、膝立ちになってしまった。このままでは窒息する恐れがある。息だ、息をせねば。


「ふんす、すんすん、もが!」

「きゃははは!? 息、くすぐったいよ!」


 太ももの力が緩んだ。そう、今こそが抜け出すチャンス! 俺はアスモデウスの太ももを掴み、拘束を解こうとゆっさゆっさと揺さぶった。


「わ、わわ!?」


 驚いたこやつは思わずバランスをくずし。くずしちゃったもんだから、そのまますとんと下に落ちて。着地したはいいけどその結果、なんと俺の頭はドレスの上のほうにずっぽりとはまり込み、その上なんとなんと! アスモデウスの胸の所にぴっちりと挟まってしまったではないか!!


「むぷっ!」

「キャー!? 何してんのよ!?」

「何って、俺もわかんねーよ!? だがなアスモ、一つだけ忠告しといてやる」

「な、なによ…?」

「そろそろブラしたほうがよくね?」

「うっさい、死ね変態!」


ポカ!


 頭部にヒットした強烈な一撃。だがそれは、俺の顔をその意外とふくよかな谷間にうずめるトリガーでしかなかった。俺はそのぬくもりの中で、奇妙なデジャヴを感じていた。あれ? なんかこんなこと、つい最近どこかであったような…。そのときはもっとボインだった気もするが…。う~ん、ダメだ、思い出せない。思い出せないけど、まあ、いっか。なんか気持ちいいし、ここ。そうして俺はそのまま眠るようにして。


 すうっと微睡みの中に意識を失ってしまった。

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