押入れの秘密基地
諸兄は押入れと聞いて何を思い出すだろうか?
中には荷物が入っているだろう。そしてそれは布団などの寝具かもしれないし、衣類だったりするかもしれない。はたまた隠れ家的に改造して居心地のいい空間になっているかもしれない。
中には未来から来た青いロボットがいたりするのを夢想したりするかもしれない。
まあ世間一般では押入れの認識なんてそんなものだ。
だが、俺の家の押入れは違う。
何が違うのかって?
聞きたいのなら、今日はその話をしよう。
まず、押入れの外見だが、ここは何ら変哲もないただの押入れの襖があるだけだ。
左右にスライドする構造も同じ。
素材になにか違いがあるわけでもない。
次に行こう。
ふすまを開ける。
襖を開けるとこれも普通に上下二段に分かれている押入れがその全貌を表す。
中板の上には寝具を押し込めてある。
下段の左側には衣装ケースに衣類が詰め込まれていて、右側も同じようなキャスター付きの衣装ケースが配置されている。
ん? 普通の押入れじゃないかって?
まあ、ここまでは確かに誰が見ても本当に普通の押入れだ。
だが、右側の衣装ケースをどかしたそこに、俺の押入れの秘密が隠されているのだ。
荷物は普通の押入れと錯覚させるためのものなのだよ
押入れの秘密。それは押入れの下にある合板を持ち上げる姿を現す。
合板を持ち上げたその下、そこには地下へと続く入口が待っている。
見た目は床下収納の蓋と同じだ。というかそれを使った。
蓋は大人一人が通り抜けるくらいの広さしかないが、開けるとそこには下へと続く梯子が設置されている。
下へ下る通路は一応コンクリートで壁は固めてあるし、照明も等間隔で設置してあるので暗いということはない。
梯子を下る。
10メートル位か梯子を下ると2畳ほどのスペースにたどり着く。
そこには頑丈な鉄の扉がその頑強さをアピールするように佇んでいた。
鍵を開けて扉を開ける。
油をさしてあるので不快な音はしない。
扉の先、そこには俺だけの基地があった。
扉を開いて、まず気が付くのはその明るさだと思う。
地上から電源をひき、多数の証明を設置してある。
壁は壁紙を張ったりしているわけでもない、コンクリートの打ちっぱなしではあるが、それがお洒落感を醸し出している。
天井にはパイプが通っており、それぞれ電機やガス、それに水道や換気等に使用されている。
部屋はリビングに寝室、客間に書斎があり、風呂、トイレも完備だ。
玄関には大きな水槽が置いてあり、中には熱帯魚が泳いでいる。決して金魚ではない。
一時期アクアリウムにはまって美しい水槽を目指したのだが、あまり才能がなかったらしく、今はただ水草が多い茂る水槽となってしまっている。
掃除はさすがに定期的に行っているので、その中が汚れているとかってことはない。
廊下を進むと突き当りにリビングへと続くとびらがあり、手前には寝室と書斎へと続く扉がある。
中は俺の楽園だ。
大きなテレビとゲーム機とデスクトップパソコン。
棚には漫画や小説にDVD。そしてフィギュア。
小さな冷蔵庫の中には酒とつまみ。
部屋の隅にあるキッチンはちゃんと水はきてるし火も使える。
大きなソファーに寝転んで音楽を大音量で流すと嫌なことを忘れられるし、プロジェクターを使った大画面での映画鑑賞は格別だ。
勿論風呂とトイレだって完備しているぞ。
特に風呂なんてこだわりの逸品だ。
なんせヒノキの部材を一本一本運んで完成させたのは俺自身だからな!
ここには一か月いたって飽きがこない。
引きこもりだと言われようが構うものか。
今日も俺はそんな基地に引きこもる。
――だが、そんな日々は長く続かなかった。
あ、おい! なんだよ、お前。
妹の上司? 正義の味方? 悪の組織に対抗している?
知らんがな。
テレビにも出てる? 芸能人かよ。
なんでもいいがここは俺の基地だよ。勝手に入ってくるな。
あ? 妹が許可しただって? 俺は許可してねーよ!
なんだよ、やんのか? 自慢じゃねーが俺は弱いぞ!
正義の味方だとか言って、弱いものいじめかよ。
しかも弱い奴から奪うとか、最低だな!
な、なに泣いてるんだよ?
……いや、待て、なんで俺が悪役みたいになってんの?
おかしいだろ!? 俺がこつこつと作り上げた基地だぞ!?
そこがたまたまお前らの基地と繋がったって言われたって、……ええ、なにこれ?
…………わかったよ! 我慢するよ!
風呂とトイレ位使わせてやるよ! だけど俺の部屋には絶対入るなよ! 絶対だぞ!
……わかればいいよ。じゃあな。
なんなんだよ! お前ら!
幼馴染のあいつの上司?
あ? 悪の秘密結社だあ? 知らねーよ。
ていうかなんで入り込んでるんだよ! 入ってくるな!
風呂とトイレ貸せ、だ? 自分らで作れよ! お前ら金とか人手とかあんだろうが!
……こんな立派な風呂はなかなか作れない? まあ、結構頑張ったからな。檜の材木は運び入れるのに苦労したよ。
檜の風呂は素晴らしいだと? ……お前、わかってるな。
だが、使わせるわけにはいかんぞ。この間も押し切られたが、俺に泣き落としは通用しな……。
おい。
おい。泣くな。
泣くんじゃない。
俺が悪者みたいじゃないか。
……なんだよ? 風呂にもう半年も入ってない? なんでだ? それに今までどうしてたんだよ?
……公園の水道で水浴びしてた? お金がない、だと? 今は秋だぞ? これからどうするんだ、……って、俺を見るな、俺を。
……わかったよ。たまにならいいぞ。
誰か使ってたらあきらめろよ?
ああ、ああ。いいから、わかったから。
だけど絶対に俺の部屋には入るなよ? わかったな?
――以上が奴らに対して俺が放った言葉だ。
以降、しばらく奴らが度々俺の基地に来ては食って風呂入って寝ていくことが多くなった。
飯は作ってくれたりするからいいんだが、風呂を掃除するのはいつも俺。
まあ、変な洗剤使われでもしたら大変だから、別にいいけどよ。
ある日のことだ。
奴らが鉢合わせた。
狭い廊下に正義と悪が対峙している。
あえて言おう。非常に邪魔であると。
「貴様! 何故こんなところに!?」
「お前らこそ、ここで何をしているのだ!?」
「お兄ちゃん! どういうことなの!?」
「妹ちゃんはわかるけど、この女の人は誰なのよ!?」
もう、うるせーよ。
勝手にやっててくれよ。
俺は今度こそアクアリウムを極めるんだよ。
可愛くてきれいな魚に癒されてえんだよ。
早く買ってきた魚を水槽に入れてやりてーのに邪魔するんじゃねーよ!
俺の身柄――正しくは基地――いや、風呂とトイレを巡って空前絶後の戦いが繰り広げられることになるなど、このとき俺は思いもしなかった。
そのうちに彼は自らの基地のみならず、正義の基地、悪の基地を改造していくことになる……かもしれない。
そのうち連載物として書けたらいいなあとか思ってます。