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9、チンピラ剣士、神格者と激突す

「いやいやいや、二対一とかねーよ」


 踏み込みすぎて回避が遅れたため態勢が崩れた。続けざまの攻撃を回避できたのは運が良かったとしか言いようがない。結果として地面に転がることになったが。

 そこに二匹目のオーガーが棍棒構えて待ち構えていた次第である。


 さすがに地面に寝ころんだままでは回避するとか無理である。というか、人間より圧倒的に体格のいいオーガーが人間相手に二対一とかズルもいいとこだ。

 神格者じゃないんだぞ、俺は。


 無慈悲に振り下ろされる棍棒に、さすがの俺も覚悟を決める。

 とにかく耐える。耐えたところで次の一撃で終わるのだろうが、生きてさえいれば活路が開けることもある。


 覚悟を決めた俺に、しかし棍棒が直撃することはなかった。

 振り下ろされた棍棒が俺に直撃する直前、割り込んできたシーノックが両手で棍棒を受け止めた。


「ったぁ!

 これはきついですね」

 

 背筋に寒気が走る。

 

 ……冗談だろ? いくら神格者が強いとか言っても、オーガーの棍棒を正面から受け止めるとか聞いたことねーよ。


 確かに神託の勇者はオーガー並みの筋力がある。

 だが人間同士でも棍棒で殴り掛かられた時、正面から棍棒を受け止めることのできる奴はそうそういない。同程度の筋力でそれを受け止めることなど不可能だからだ。

 つまりシーノックの筋力は目の前のオーガーすら上回っているということになる。

 強いとは思っていた。しかしここまで規格外なのかよ、こいつ。神格者という括りすら超えているのではなかろうか。


 正直、助かった喜びよりも驚愕の方が大きい。とはいえここは戦場。悠長に驚いている余裕はない。頭を切り替えて身を起こす。


「すまん、助かった」


 起き上りながらシーノックに礼を言う。


「いえ、クロトさんにはかないませんよ」


 俺が何をしたというのか。どう考えても俺よりシーノックのほうが全員の助けになってると思うのだが。


「こちらは任せてください。クロトさんはもう一匹をお願いします」


 さすがにこの状況で「オーガーは二匹とも俺の獲物だ。金貨三十枚じゃー!」などと言うつもりはない。俺とて自分の実力はわきまえている。

 さっきは本気で死ぬかと思ったし。


「わかった、任せる」


 シーノックに心配の必要はないだろう。オーガー相手に力負けしない、どころか明らかにオーガー以上の膂力を持っている。

 こいつは正面から素手で殴りあってもオーガーを圧倒できる。


「いろいろ納得いかない気分だ」


 口の中だけでボヤき、シーノックを警戒したのかこちらに向かってこようとしないオーガーに突っ込む。

 俺を迎え撃とうとして振るわれた横薙ぎの一撃をギリギリの位置を見切ってバックステップで避け、目の前を棍棒が通過した直後にオーガーに再度突進する。斬り返しからの叩き潰しで俺を狙うが、こいつの間合いはすでに見切っている。

 オーガーの腕をまっすぐに伸ばした距離より半歩ほど内側。それがこのオーガーの攻撃が苦手なエリアだ。俺がそこにいる時の反応がわずかに鈍い。

 振り下ろしの一撃を避けながら。棍棒を持った手首を浅く切りつける。軽く早く。一撃で倒せないなら積み重ねればいいだけの話。


 ……なのだが、向こうでオーガーを力で圧倒しているシーノックを見るとむなしくなるのは何故だろう? 

 正面からオーガーの棍棒と打ち合いながら、間合いを詰めていっている。誰が見てもわかる。シーノックが間合いを詰め切った時、それがオーガーの最後だ。


 いや、俺の戦い方は間違ってない。うん、間違ってないはずだ。

 オーガーの攻撃を避けながら一撃、また一撃と斬撃を加えてゆく。オーガーがいかに化け物じみた耐久力を誇るといっても、斬撃は着実にオーガーの身体を切り裂いて体力とスピードを削ってゆく。


「……クガ」


 俺の斬撃が二十を数えた頃からオーガーの動きが鈍くなり、三十を超えたあたりでようやくオーガーの急所を捉えた。俺の方も飛び散る枝や石までは避けきれなかったので完全に無傷とはいかなかったが。


 金貨十五枚、ゲットだぜ!


「さすがクロトさん、お見事です」

「……いやいやいや、お前俺より早く倒してただろ」


 性格的にそうでないのはわかっているが、こいつが言っているんじゃなかったら皮肉としか聞こえないセリフだ。

 なんだあの戦い方。オーガーの親類か。


「シーノックは神格者だからわからんでもないが、そうでないお前がオーガーを倒す時点でおかしいからな」


 見ればゴブリンやホブゴブリンの返り血にまみれたアイザックの姿がそこにあった。他の冒険者連中はシーナの回復魔術を受けていたり、その場に座り込んでいたりするが、死ぬほどの重傷を負ったものは最初の弓を受けた数人だけのようだ。そいつらも、シーナの魔法ですでに治癒は済んでいる。


 実力的にはどいつもホブゴブリンと一対一で戦えるが、奇襲を受けて混乱していた上に数でも負けていた。そんな不利な状況で死人が出なかったのはアイザックの指揮能力の高さを示すと言えるだろう。


「戦い方の相性の問題だよ。俺の剣技はそもそも自分より力の強い連中をぶっ倒すことを前提としたものだからな。オーガーとはいえ技術がないならそれなりに戦える」


 魔物との戦場に初めて出たのが十三の頃。人間は種族的にそれほど力があるほうではないし、まして成長しきっていない子供の時分であればなおさらだ。結果として俺は自分より力のある敵を相手にすることがほとんどで、そういったことに対処する技を身に着けてきた次第である。


「はい、クロトさんの動きは見ているだけで勉強になります」

「あんまり強くなるなよ、俺の立場がなくなる」

「いや、いくらクロトでも神格者相手に張り合っても勝てねぇだろ」

「いえ、まだまだ僕なんかじゃクロトさんには遊ばれますよ」


 今日のシーノックの怪力、これまで訓練ではある程度力を抜いていたのだろう。あるいは、無意識に力をセーブしていたか。

 オーガー相手の戦いを見る限り……まだ試合なら勝てるな。死合いならもつれるだろうが。


 正直シーノックのように力の有り余っているタイプは今の戦い方を極めていけば十分強くなると思う。だいたい神格者のような力の有り余っている連中は技術なんて身に着けるべきじゃない。俺の勝ち目がなくなる。


「あ、シュツハーゲンの奴は?」

「終わったよ、こっちも」


 声のした方を見れば、茂みを突っ切ってちょうどシュツハーゲンが戻ってきたところだった。右手で引きずってきているのはホブゴブリンメイジか。スピード型戦士のシュツハーゲンは魔術師相手には相性がいい。それでも時間がかかったのはよほど逃げ回られたってことか。


「お前らがいて助かったぜ。俺らだけじゃ全滅していたかもしれん」


 終わったと判断したのかアイザックが殊勝なことを言う。


「シーノックがいれば一人でも十分だろ」

「いえ、僕なんてそんな……」

「謙遜も度を過ぎれば嫌みだぞ。素直に調子に乗っとけ」

「クロトは調子に乗りすぎるけどね」

「やかましい、シュツハーゲン」


 とりあえずこれで終わったと判断していいだろう。前線でもあるまいし、これからサイクロプスやダークエルフの一団がでてくるとかは考えにくい。念のために周囲を見回して……


「……あ?」


 いったいいつからそこにいたのか、獣道の伸びる先からソレはきた。


「まさか策まで授けてやったというのに、たかが人間相手に全滅とは、な」


 背丈は二メル程度。一瞬ダークエルフかと思ったが、頭に生えた二本の角がそれを否定している。それにダークエルフは総じて細身であるのに対し、そいつはアイザックと同じくらい体格ががっしりしている。だが何より恐るべきはそいつの纏う禍々しい気配。戦場で磨いた俺の勘が警鐘を鳴らしている。全力で逃げろ、と。


「ダークエルフってやつか?」


 アイザックはつぶやくが、冗談じゃない。ダークエルフってのはもっとまともな魔物だ。


「ああああああああっ!」


 神格者としての直感か、シーノックが全速でソレに襲いかかる。


「ほう、判断は早いな」


 黒いオーガーは背負っていた黒い大剣を抜き放ち、シーノックを正面から迎え撃つ構えだ。

 だがどれほど自信があるのかしらないが、あの体格でシーノックの一撃を受け止めるのは不可能だ。


 間違いなく先ほどオーガーと打ち合っていた時よりも力の込められた一撃がそいつに襲いかかる。オーガーですらその一撃を受ければ砕けるしかあるまい。


 黒いそいつは大きく剣を振りかぶり、正面からシーノックとぶつかった。


 雷が間近におちればこのような衝撃を受けるのかもしれない。二人の激突は離れていた俺達にそれだけの衝撃を放ち、シーノックが十数メル弾き飛ばされるという結果で終わった。


「…………は?」


 あり得ない。

 筋力というのは体格に比例する。俺とアイザックが単純な力比べをすればアイザックが勝つ。シーノックは神格者だから例外ではあるが、その筋力はオーガーを上回る。だったらオーガー以下の体格でシーノックに力で勝ったあれはなんだというのか。


「シーノック様!」


 動かないシーノックにイリスが駆けより、息を呑む。

 ここからでは鎧が砕け、血を流してる程度しかわからないが、かなりの重傷ということか。ただの一合でシーノックにそこまでの傷が与えたか。だとすれば、あり得ない可能性だが、それ以外に考えようがない。


 神格者。


 なんだって前線でも見たことのないようなシロモノがこんなところに現れるのか。魔物の神格者とか噂でも聞いたことないぞ。


「おい、クロトしっかりしろ」


 ハルバードを構えながら俺に怒鳴るアイザック。

 何をやっているのか、こいつは。今の結果を見ていなかったのだろうか?

 神格者でもないただの人間が勝てる相手ではない。


「一応名乗っておこうか。我が名はレクスフォード。お前たちを殺す者だ」


 言って、動く。俺たちにではなく、イリスに向かって。回復役を先に潰す気か、それともさっきの一合でシーノックが脅威になると判断したか。


「お前ら、止めろ!」


 アイザックが叫び、何人かの冒険者が指示に従いイリスへの道を塞ぐが、ただの剣の一振りで蹴散らされる。

 イリスもとっさにメイスを構えるが、間近で感じたレクスフォードの圧倒的な圧力に一瞬で抗戦の意志が砕ける。


 レクスフォードの剣がイリスの頭上から振り下ろされる。

 その直前、脇からアリシャがイリスの身体をかっさらい、レクスフォードの一撃は空しく大地を割る。


 レクスフォードからある程度間合いを取ったところでアリシャの足が止まる。


「ごめん、これ以上無理」


 アリシャ全身の震えがレクスフォードへの恐れを示している。間近であの脅威を味わったのだ。

 もうレクスフォードに立ち向かうことなどできないだろう。むしろ恐怖を抑えつけ、イリスを助けたことだけでも賞賛に値する。


「ふむ」


 レクスフォードはやや意外そうにアリシャを見ていたものの、シーノックへと向き直り、大剣を振り上げる。シーノックの意識はないのか、ピクリとも反応しない。


「やめろ!」


 アイザックが叫ぶが距離がありすぎる。とっさに投げナイフを投げようとした俺の視界の隅で動く奴がいた。


 レクスフォードは何の躊躇もなく剣を振り下ろし、今度はシュツハーゲンがシーノックをかっさらう。

 だがシュツハーゲンの位置からでは致命的に距離がありすぎた。

 シュツハーゲンの動きの速さは神格者であるアリシャと比較しても劣るところはないが、一部が砕けたとはいえ金属鎧装備のシーノックを抱えてはシュツハーゲン本来のスピードは出ない。


「シュツ!」


 シュツハーゲンはレクスフォードの一撃を避けたが、避けきれなかった。

背中を斬りつけられ、シーノックを抱えたまま地面を倒れ、二転三転したあと動かなくなる。


「全く、この程度の連中に全滅とは、あきれたものだ」


 冗談ではない。規格外にもほどがある。


「くそがっ!」

「やめとけ」


 破れかぶれに突撃しようとするアイザックを、とっさに足を引っ掛けて転倒させる。

 お前が突撃しても勝てないからな。あれは正面からぶつかって勝てる相手じゃねーから。


「下がってろ。あいつの体力が九割切らない限りお前じゃ瞬殺される」


 アイザックにだけ聞こえるよう小声で告げて、俺が前に出る。


「はぁ」


 半ばは本心だが、わざと聞こえるよう大きくため息をつく。


 ガキの頃、親父に挑もうとした俺を捕えたのは親父の支配で苦しめられているはずの村人と、俺の憧れていた女性だった。

 その時に決めたことが二つほどある。

 親父を一発ぶん殴るってのと、どれだけ苦境にあろうと、年少者を見捨てて自らの身の安全を図るようなこいつらと同じ真似はしないってことだ。

 俺の手が届かない場所ならともかく、シーノックとシュツハーゲンが自力で逃げられないなら、俺がそれを見捨てて逃げるって選択肢だけは絶対にありえない。

 できればこんな化け物の相手は勘弁して欲しかったが。


「たかがゴブリンの親玉ごときが人の言葉を喋れるようになったからって調子にのりすぎじゃねーかよ」


 顔に不遜な表情を貼り付け、一歩ずつ、歩幅を制限して、ゆっくりとレクスフォードに近づく。

 賭けだ。

 俺を相手の力量も見抜けない愚か者と誤認させ、油断を引き出す。失敗すれば死ぬが、どのみち賭けにでなければ勝機はない。


「おまけに不意打ちで雑魚を仕留めていい気になるとか、頭の程度はしょせんゴブリンレベルってことか」


 レクスフォードはすごい目で俺を睨んでくる。

 やべぇ、超逃げ出してぇ。


「実力の違いすら気づけないか、哀れな人間が」

「ゴブリンごときが人間様の言葉を喋ってんじゃねーよ。ゴブゴブ言って逃げ惑っていろ、雑魚助が」


 ゴブリンもゴブゴブとは喋らないけどな。


「死ね」


 レクスフォードが動き、俺に向かって剣を振り下ろす。

 だがそれを待っていたのだ。

 実力の違いも判らぬ馬鹿に徴発されて怒っていたとはいえ、俺に脅威らしい脅威を感じてなかったレクスフォードの一撃は、あまりにも無警戒過ぎた。

 どれほどの実力差があろうとも、相手の攻撃の軌道が予測できていれば、一撃程度なら避けられる。


 俺は前傾で踏み込み、その一撃を避けながらレクスフォードの首めがけて突きを放つ。タイミングは完璧。


「何だと!」

「死ね!」


 挑発に目がくらみ、俺をただの馬鹿と舐めきっていたレクスフォードには完全に不意打ちになった。

 レクスフォードの首から鮮血が舞う。俺の剣はレクスフォードの首を切り裂いた。

 周囲からは歓声が上がる。


 が、


「しくじった!」


 ギリギリでとっさに避けられた。

 俺の剣はレクスフォードの喉の中心を貫くはずだった。だが実際に切り裂いたのは右側の皮一枚といったところだ。

 切り裂いた直後こそ血が噴き出したものの、レクスィードが左手で首を押さえると、明らかに出血量は減った。


「今のは驚いたぞ、人間!」


 レクスフォードは左手で首を押さえたまま、右腕一本で剣をふるう。

 とっさに避けきれず、受け流そうとしてその重さに戦慄する。

 オーガーどころではない。右腕一本、それも首をかばいながらの一撃ですら全身全霊の力を込めなければ受け流すことができない。一瞬でも気を抜けばその瞬間押し切られてしまうだろう。

 片腕ですら、シーノックを上回っているんじゃないのか、こいつ。


「らああああああっ!」


 折れそうになる心を叱咤し、受け流して再び飛び込み、レクスフォードに切りかかる。

 が、さすがに今度は警戒していたようで、俺の一撃は空を切る。

 追撃をかけるより早く、レクフォードの横薙ぎの一撃が放たれ、それを避けるため一旦間合いの外に出る。

 レクスフォードも首をかばいながらのため、さらなる追撃はなかった。


「どうだ、勝てそうか?」


 俺に寄って来たアイザックが不安半分期待半分といった感じで声をかけてくるが、逆立ちしても無理だ。首をかばいながらの状態ですら俺より強い。

 まして、神格者であり魔物であるレクスィードの回復力なら、しばらくすれば首をかばう必要もなくなるだろう。


 不意打ちの一撃で仕留められなかった時点で俺に勝ち目はなくなった。いや、そもそもあの不意打ちが避けられるあたり、最初から勝ち目はなかったのかもしれない。


 アイザックと共闘したところで、意味はない。技術特化型の俺だから凌げたが、パワー型のアイザックでは、自分よりはるかに力の勝るレクスフォード相手では一合と持たないだろう。

 遠距離からの援護は、互いの呼吸がわかっていなければ、むしろ俺の邪魔になる可能性の方が高い。

 投石とか、こいつ相手じゃ大したダメージにならないだろうし。


「時間は稼いでやるから無事な連中はさっさと逃げろ。

 魔物の神格者とか、護聖八天でも連れてこいってレベルだろ。ありゃ」


 全員に聞こえるよう、大きな声で返答した。

 受け流しの得意な俺なら、もうしばらく相手をすることができる。できればシュツハーゲンやシーノックを連れて逃げてほしいところだが、それを言えばシーノックが狙われる恐れがある。

 誰かが気をきかせて連れて逃げてくれることに期待したいが、まぁこの状況じゃ望み薄だろう。


「ほう、仲間のために命を張るか。セコいわりにはいっぱしの戦士であるようだな」

「お褒めにあずかり光栄至極。てめぇはオーガーの神格者ってとこか」

「正確にはオーガーロードの神格者だ」


 ……おい。オーガーの神格者ってだけで規格外なのに、それより上位種のオーガーロードだったのかよ。そりゃ見たことないわけだ。

 オーガーロード自体、前線でも噂でしか聞いたことがないレベルの化け物だ。オーガー並みの筋力に、高い知性を持つとかなんとか。


 無事な連中が逃げ切ったら部下になるから見逃してくれとか言ってみようかな。

 ……あれだけ挑発したんだし無理か。

 それにその場合シーノックやシュツハーゲンが助からないし。


「クロト、お前……」

「意外そうに言うなよアイザック。俺だって意地ってもんがあるんだよ」


 それにしてもシュツハーゲンやシーノックこそ助けてやりたいのに、その二人が逃げられないってどういうことだ。アイザックやイリスだけなら見捨てて逃げてたんだけどな。

 ガキのころから変わらない。ままならないものだ。世界は理不尽だ。

 大きく息を吐いて呼吸を整える。


「こいよ、レクスフォード。刻んでやるよ」

「いい覚悟だ、人間」


 レクスィードの暴風のような連撃を、避け、あるいは受け流しつつ反撃の糸口を探る。口で言えば簡単だが、一撃受け流すたびに体力が削られる。これで実力の半分も発揮されていないのだろうから、全力が発揮できる状態であれば俺程度では瞬殺されていたことだろう。

 全く、反撃の糸口を見つけるより先に、俺の体力か集中力がなくなりそうだ。


「どうした、我を刻むのではなかったのか」

「それはもうちょい先の楽しみにしとけよ」


 減らず口にも精彩がないのは、俺の余裕のなさを表している。下手に反撃しようものならそこから一気に崩される。かろうじてレクスフォードの攻撃をしのいでいるのは防御に徹しているからだ。

 だが、それも限界があった。


 二十合を越えたところで俺の身体に限界がきた。受け流したものの姿勢が崩れる。そこを逃さずレクスフォードの横薙ぎの一撃が放たる。

 かろうじて剣で受けたものの、勢いを正面から受け止めた俺の身体は十メル以上はじき飛ばされ、背を木に叩きつけられて止まった。


 倒れたまま首を動かし、飛ばされたとき視界の隅に移った人影を確認する。アイザック、アリシャ、イリス。

 なんだ、まだ逃げていなかったのか。


「大口を叩くからには切り札でもあるかと思ったが、それまでのようだな」


 そのセリフが、諦めかけていた俺の闘争心を再び燃え上がらせた。

 体力は尽き、全身を痛みが支配する。だが、たとえ死ぬとしても抵抗をやめることだけはできない。意味がなくても結構。意味がないなら無意味をこじ開けて意味を作るまでのことだ。


「っざけんな、これから、だろうがよ」


 全身に活を入れてふらつきながらも剣を杖にしてなんとか立ち上がる。


「その闘志は見事。人間ごときに生まれていなければ、部下に欲しいところだ」

「カッ、笑わせんな。その人間ごときもいまだに仕留めきれねぇてめぇはなんなんだよ」


 口撃の応酬をしながら、身体の調子を確かめる。

 足、ほぼ動かず。それどころか立っていることすら苦痛を感じるレベルだ。腕は、身体を支えるために剣を杖にするので精一杯。全身が小刻みに震えていて、一撃をかわす間もなく切り裂かれるだろう。

 ぶっ飛ばされたことで中断していた呼吸法を再開し、せめて体力の回復を試みる。だが動けるまでには圧倒的に時間が足りない。


 それに、レクスィードの首からの出血はほぼ止まっている。治ったわけではないだろうが、両手が自由になり大剣の両手持ちが可能になったということだ。

 状況は絶望的。打開策はなし。

 それでも歯を食いしばって立ち上がるしかないのが現実のつらいところだ。


 頭を垂れて慈悲を請えば助かるならそうするが、こいつはそんなものを許容するような戦士ではない。頭を垂れたまま両断されるのみ、だ。


「目はまだ死んでいないか。いい戦士だ。殺す前に名を聞いておこうか」

「クロト=フードゥー。お前を殺す男だ」


 精一杯の殺意を込めて睨みつける。一撃でいい。もう一度首に一撃入れればそれでことは足りるのだ。首をかばうことをやめた今なら狙える。せめて身体さえまともに動けば……


「覚えておいてやろう、クロト。人間にしておくのが惜しい戦士だったぞ」


 レクスフォードは大剣を振り上げ……


「うわあああああああああ!」


 白い光を纏ったシーノックが立ち上がる。


「なんだ、あれは?」


 レクスフォードも、さすがにそれを無視できずに剣を振り上げたままそちらに視線を向ける。


「あれは……まさか『限界突破』?」


 魂を燃焼させ、本来の倍以上の力を引き出すという、神格者の秘奥。

 自由に操れるようなものではなく、英雄譚で伝わるほどの勇者が限界まで追いつめられて発現するかどうかというシロモノだ。


 だがシーノックは重傷を負っていたはずだ。いくら『限界突破』しても、立ち上がれるはずはない。

 シーノックの傍らに倒れているシュツハーゲンがこちらにグッと親指を立てる。

 なるほど、シュツハーゲンの治癒能力でシーノックの傷を治していたのか。

 しかしこのタイミングで発動するとか、あいつ何者なんだよ。


「ほう、まだ楽しませてくれるか」


 この状況でなお、レクスフォードは楽しげな笑みを浮かべてシーノックへと向き直る。


「いくぞっ!」


 地面が爆発したかと錯覚するほどの勢いでシーノックが動く。レクスフォードもシーノックへ走りだし、二人は再度、正面からぶつかる。


 ぶつかり合う形こそ同じだが、結果は違った。

 シーノックはレクスフォードの剣に押し勝った。体勢が崩れたレクスィードにさらに追撃をかけるが、経験の差かレクスィードが体勢を立て直す方が早い。そして、再び受けた剣を弾き、レクスィードの体勢を崩す。

 その一撃はレクスィードの身体に直撃こそしていないが、強すぎる衝撃に再びレクスィードの首の傷がわずかに開く。もしレクスィードが首をかばって打ち合う力をわずかでも緩めれば一気にシーノックに押し切られるだろう。


「ああああああっ!」

「人間がっ!」


 もはやレクスフォードに余裕はない。シーノックのがむしゃらな連撃は、『限界突破』の力に後押しされて一合ごとにレクスフォードを追いつめてゆく。技術など欠片もない。ただ圧倒的な力と速さがレクスフォードの防御を上回っているのだ。


 だがシーノックもまた余裕があるわけではない。シーノックから噴き出す白い光が少しずつ弱くなってきている。

 当然だ。『限界突破』状態では体力を消耗し続けると聞く。

 神格者としてまだまだ未熟なシーノックでは発動時間は短い。このままではレクスィードの首の傷が開ききるより、シーノックの『限界突破』が終わる方が早い。


「シーノック、一撃に全部乗せろ!」

「はいっ!」


 シーノックは体勢を崩したレクスフォードに追撃をやめ、後方へ大きく跳躍し間合いを取る。そして、着地と同時にレクスィードに突撃する。

 最後の輝きとばかりに、シーノックから噴き出す光がひときわ輝きを増す。


「これで終わりだっ!」

「ぬううううううっ」


 三度目の激突は、一度目と真逆の結果になった。

 シーノックは剣を振りぬいた勢いのままその場に倒れたものの、レクスィードを十メル以上弾き飛ばした。


「勝った、のか?」


 アイザックが呆然とつぶやく。目の前で起きたことがいまだに信じられないのか。いや、それは俺も同じだけどな。


 シーノック、神格者としての才能があるとは思っていたが、土壇場で起死回生の一手を打てる運まで持っていやがる。

 地面に倒れたまま動かないが、『限界突破』で体力を使い果たしただけだ。命に別状はあるまい。

 シーノックはこのまま成長すれば間違いなく護聖八天に名を連ねるだけの器をもっている。

 まったく、とんでもない奴と知り合ったもんだ。


「勝ったと思われるのは心外だな」


 首の出血をかばいながら、レクスィードが身を起こす。

 ……こいつもこいつでとんでもないな。


 シーノックはすでに力を使い果たし気を失って起きる気配はない。なら、俺がなんとかするしかないか。


「まぁ、痛み分けで引き分けってとこだな」


 杖代わりにしていた剣を構えながら、俺が現状を告げる。


「シーノックはもう戦えないだろうが、俺とアイザック、シュツハーゲン、それにアリシャとイリスもいる。これだけいれば今のお前を倒すことは不可能じゃないぜ。

 大人しく今日は引いとけよ」

「全く、僕は大怪我しているんだけどね」


 背中の傷は浅いものではないだろうが、それでも真っ先に立ち上がって構えるシュツハーゲンは、さすがに俺との付き合いが長いだけはある。それを見てアイザックとイリスもそれぞれの武器を構える。やや遅れてアリシャも。


「舐めるな。

 例え今の状況でも貴様らごときに我が倒せると思うか?」

「倒せるさ。

 まぁこっちも犠牲は出るだろうが、俺が必ずその首切り落としてやるよ」


 レクスィードもシーノックとの打ち合い、おまけに首の出血で体力は大幅に奪われている。

 そして首をかばいながらでは、実力は二割も発揮できない。それなら、この面子で挑めば勝機はある。

 ……ただし全員が万全の状態なら。


 要はハッタリである。

 とはいえ、いまのレクスフォードではその判断はつくまい。仕切り直しか、ここで決着をつけるか。あとはレクスフォードの気持ちの問題だ。

 レクスフォードは俺たちを見まわし、全員の表情を確かめる。俺は殺意を込めた笑みを、シュツハーゲンは余裕の笑みを、アイザックとイリスは決意を決めた表情を、アリシャは怯えているが、それでも戦う意思を見せている。


 ここで決着をつけるのが惜しい、そう思ってくれれば儲けものだ。

 挑んでくるなら、宣言通りレクスフォードの首を叩き落とすだけだ。

 まず無理なのだろうが、それが抵抗しない理由にはならない。


「………………」

「………………」

「…………クロトとシーノックとか言ったな。その名、忘れぬぞ」


 そう言って、レクスフォードは身をひるがえし、森の奥へと去ってゆく。


「退いた、の?」

「ああ、勝ったんだ」


 目の前の状況が信じられないのか、アリシャがぽつりとつぶやき、アイザックが力強くうなずいた。


 レクスフォードの気配は完全に消えた。

 ようやく、終わったのだ。

 緊張の糸が切れた俺はあっさりと意識を手放した。誰かが俺の名を呼んだ気がしたが、それに応える余力はすでになかった。

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