7、チンピラ剣士、報酬に目がくらむ
唐突だが、偵察という行為を知っているだろうか?
俺が前線にいた頃、所属していた部隊が偵察行動を命じられることも珍しくなかった。敵の砦の偵察、部隊移動に伴う安全確認のための偵察、向かってくる敵部隊の位置を正確に確認するための偵察。いろいろやったが、敵がいると想定されている場合は、隠密性を高くして存在するかもしれない敵に気付かれずに敵を見つけるってことが目的になる。そう、偵察ってのは隠密性が大事なのだ。
だというのに、偵察隊として冒険者協会の一室に集まった冒険者どもは俺とシュツハーゲンを除いた一五、六人全員が全員金属鎧を身に着けていた。法衣を着ているイリスですら、包囲の下に鎖帷子をジャラジャラやっている。この辺の冒険者では一番の熟練者であるはずのアイザックも板金鎧で身を包んでいる。そもそも魔物相手の偵察とかしたことないんだろうなぁ。
「ダメだこいつら、アホばっかりだ」
森の中をこそこそ移動しなきゃならんのに、ガチャガチャとやかましい金属鎧を着て何をしようというのか、それに金属鎧なんか着てたらオーガーから逃げ切れないだろうに。
「ご愁傷様ってとこかな」
俺の肩でシュツハーゲンが苦笑する。
「ま、いいんじゃない? あの人らが逃げ遅れて犠牲になる分クロトは逃げやすくなるわけだし」
「まぁなぁ」
俺やシュツハーゲンはだれかを見捨てることにイチイチ罪の意識を覚えたりはしない。
別に俺たちが直接手をかけるわけでもなし。余裕があるならともかく、共倒れになりそうならあっさり見捨てる。それができなければ前線では生き残れない。
だがここは前線ではないし、そういうことができないやつもいる。
俺はちらりと少し離れた位置に座るシーノックに目をやる。こいつも金属鎧なのだが、要所のみを守るポイントアーマーに鎧を変えている。
ま、それはともかく、神格者であるこいつなら逃げるだけなら金属鎧を着ていても俺より速く動ける。
でもこいつは他人を見捨てるとかできないだろうなぁ。
まだ会って数日だが、その間に判断したこいつの人となりを一言でいえば、良くも悪くも英雄志願。考え方は甘っちょろいし、深く考えているわけでもない。おそらくは英雄に憧れているだけなのだろう。
だがそんな性格だから他者を見捨てることなんてできない。そしてさらに困ったことに、実は俺はそういったやつが嫌いじゃなかったりするのだ。我ながら酔狂な、とは思うが。
ちなみにイリスはダメだ。あれは年上なので除外する。
「……あくまで目的は偵察だしなぁ」
そこまでしてやる義理はないのだが、冒険者協会の協会長に金属鎧装備のデメリットを説明して金属鎧禁止にしてもらうか。
出発が延びるかもしれないが、まぁそれはしかたあるまい。まさかその程度の知識も持っていないと思わなかった俺も悪いのだ。
ため息をつきつつ協会長に忠告すべく扉に向かおうした直後、扉が開いて協会長が冒険者協会の受付嬢を伴って部屋に入ってきた。
「すまない、少々またせたな。
ではリディ君、説明を頼む」
「あー……」
完全にタイミングを逃した。このタイミングで俺が協会長に金属鎧のデメリットを説明すれば、どうして今までそれを黙っていたのかと周囲の冒険者に突っ込まれるだろう。これから偵察行くのに無駄に反感買っても面倒だ。
「どしたの?」
肩に乗ったシュツハーゲンが問いかけてくる。
「いやほんとどうしたもんか」
反感買ってでも先の厄介事を一つ解消するか。反感を気にして厄介事への結論は後回しにするか。
どちらにしろ面倒なことになるのは間違いないんだよな。金属鎧でガチャガチャやってりゃ間違いなくオーガーに見つかるだろうし。
悩む俺の耳には受付嬢の言葉など右から左へ、である。いやそうだったのだが、聞き逃せない言葉があった。
「……それでもしもですが、オーガーを倒した場合には倒した方に報酬として金貨一五枚が領主様より支払われます。ですが偵察だけでも十分な報酬が約束されていますので無茶だけは決してしないようにお願いします」
「……金貨一五枚?」
「言ったね」
俺とシュツハーゲンはギギッと首を動かして顔を見合わせる。
前線でオーガー退治の際に出される特別報酬は金貨一枚。それも部隊に支払われる報酬だった。その一五倍とか、太っ腹すぎる。
だって俺がマリトの街で稼いだ額の総額でも金貨二枚に届かないんだぜ。
ここの領主が相場を知らない、というのもあるだろうがそれだけマリトの街にとってはやばい事態ということなのか。
そりゃそうか。考えてみればこの辺ではオーガーと戦闘経験のあるような奴はいまい。魔物相手ってのは人間相手と全然違うしなぁ。
こうなるとむしろ積極的に金属鎧をガチャガチャやってオーガーに見つかってもらった方がいいのではないか。俺だけちょっと離れていれば奇襲されても安心だし。
「さっきまで難しい顔してたのが急にやる気になっているな」
苦笑しながらアイザックがこちらにやってくる。
「まぁ、あの額聞けば当然だろ」
室内にいる他の冒険者も色めき立ってる。お前らがどれだけ頑張ってもオーガーは俺が独り占めするけどな。
「ども、初めまして。
クロトとは前線にいた頃からの付き合いのハイコボルトのシュツハーゲンです」
なぜかわざわざ俺の頭に登ってからぺこりと頭を下げるシュツハーゲン。
「おお、お前さんがシュツハーゲンか。強さはクロトから聞いてるし頼りにさせてもらうぞ。
……まぁそれはいいとして」
声をひそめてアイザックは続ける。
「あれがシーノックか?」
「ああ、そういやまだ紹介してなかったな」
アイザック達が戻ってすぐに冒険者協会に召集された為、アイザックにシーノックを紹介する暇がなかったのだ。
イリスとアリシャはアイザックと違い、特に準備の必要がなかったのかシーノックと話をしていたが。
神殿から使いを出してシーノックの存在を知らせていたらしく、三人に特にショックを受けた様子はなかった。
もっとも、アリシャだけはシーノックに対抗意識を燃やしているようだが。
本人は隠しているつもりだろうが、はたから見れば丸わかりである。あれで気が付かないのはシーノックくらいなものだろう。
気持ちはわからんでもないが、変に暴走しなけりゃいいんだが。
「要約すると偵察は最大でも五日間。オーガーの存在を確認した場合はできる限り情報収集を行って帰還してほしい、とのことです」
野営の準備を終えて、イリスは多少呆れながらも偵察任務の内容を説明してくれた。余計なこと考えて全然説明聞いていなかったからな。
「それにしてもまさか二人も神格者がいるとは思いませんでした」
「すごい偶然もあったもんだな」
「偶然、なのかねぇ。俺の親父の仲間にも神格者はいたって話だし」
「あん、クロトの親父も神託の勇者っやつだったのか?」
「まぁなぁ」
アイザックが知らないってことは、イリスの奴、律儀に他の二人には話していなかったらしい。
「その割には性格がひねてるよなぁ」
「神託の勇者って言っても親として優れてるわけじゃないってことだろ」
「クロトさんは、アリシャさんがシーノックさんの従者となる運命にあると判断しているのですか?」
「知らん。神の意志の解釈は神殿の人間の仕事だろ」
単純な予想としては、凡人だけではいずれシーノックについていけなくなる。だから神格者の仲間が用意された、とか。
だとすれば運命ってやつはアイザックやシーナをその程度だと見限ったことになる。さすがに二人の目の前でそれを口にするほど残酷ではない。そもそもそれが真実かどうかもわからないし。
「私はまだまだ修行中の身ですから」
神殿関係者の立場からか、イリスはコメントを控えた。
「それで、お前の見立てじゃどんなもんなんだ。シーノックは」
アイザックの視線の先にいるシーノックはアリシャに質問攻めにされている。
「力も速さもアリシャより上なのは間違いないぞ。つか、素質だけでスタンプボア倒しやがった」
「あれは驚いたねぇ」
俺の頭の上でうんうんうなずくシュツハーゲン。
さもその場にいたように言ってるけどお前その場面いなかったからな。
「疑うわけじゃないが、簡単には信じられない話だな」
そりゃそうだろ。俺だって人から聞いたら信じないね。
「なんなら確かめてみるか、アイザック?
俺が基本を仕込んだからな、そこらの冒険者なんぞよりよっぽど強いぞ」
「確かめるって……ああ、そういうことか」
くくく、確かめようとして驚愕するアイザックの姿が目に浮かぶぜ。
シーノックの実力は俺にこそ及ばないが、すでにアイザックを上回っている。というか、相性的に最初からアイザックでは勝てなかった気がする。
力自慢では、自分より力のある相手には相性が悪い。いかに経験豊富でも、アイザックではシーノックの攻撃を捌けまい。
「いや、お前が保証するなら充分だろ」
あれ?
シーノックにぼろ負けしてアイザックハーレム崩壊の展開は? ほわーい?
「ぷぷっ。クロトは相変わらず小物だねぇ」
「やかましいシュツハーゲン」
いいんだよ。どうせシーノックの実力が発揮されればアイザックハーレムは崩壊するんだから。
「……クロトさんは神格者が嫌いだったのでは?」
さすがに、声をひそめてイリスが問いかけてくる。
「あん、そうなのか?」
「確かに神格者は嫌いなんだけどな」
ぶっちゃけると嫉妬だ。俺があれだけの素質を持っていれば、と思ったことは二度や三度のことではない。化け物ともいえる素質を持ちながらそれを活かしきれない連中には腹が立つ。
「ただそれってあくまで一般的な神格者が嫌いって話でシーノックやアリシャ個人にどうこうってことはねぇよ」
その素質に嫉妬を覚えたのは事実だが、自分を慕っている奴をむげに扱うほど冷血漢ではない。
一緒に旅をするとかそういう展開になれば嫉妬の方が強くなるかもしれないが、少なくとも今はそういうことはない。
そして一緒に旅をするにはシーノックは無垢すぎる。今は問題ないが、長期間一緒にいればその辺の問題が大きくなるだろう。
それに神殿側は俺の存在を、親父を打倒すべきだとする口実に利用したがっているフシがある。もし俺と旅すればシーノックにはケヴィン=フードゥーを倒してほしいという無責任な期待を受けてしまう恐れがある。
シーノックの素質は認めるが、将来的にはともかく数年やそこらはであれに勝てるようになるとは思わない。無責任な期待に乗せられて挑んでいいような相手ではない。
「あん、二人して難しい顔してどうしたんだ?」
「二人?」
見ればイリスもハッとして顔を上げたところだった。
「ままならないものですね」
「全くだ」
口ぶりからすると、どうやら似たようなことを考えていたらしい。
イリスには親父の話はしてあるし、こいつはこいつで神殿関係者として、そして神託の勇者の従者として思うところがあるのだろう。
あるいは、俺が親父に挑んだ話も知っているのかもしれない。調子に乗っていたころの恥ずかしい過去だから確認したくないけど。
「なにがままならないんだ?」
「さあな」
神殿関係者だからイリスには喋ったものの、ケヴィン=フードゥーに関する話は好んで他人に話すようなことじゃない。
「何か通じ合ってんな、お前ら」
「ごごごごご」
いや、そこで嫉妬とかするなよ。シュツハーゲンも効果音演出して煽るな。
「いらん心配してんじゃねぇよ。つか客が来てるぞ」
「客?」
「アイザックさん、ちょっといいですか?」
アイザックを呼びに来たのはモブ冒険者、もとい偵察隊のメンバーの一人だ。
「ちょっと見張りのシフトで揉めてて、仲裁お願いします」
「ったく、仕方ねぇな」
アイザックは偵察隊の隊長に任命されたため、面倒事を一手に引き受ける羽目になった。
偵察隊のメンバーには部隊としての行動経験があるやつが少なかったし、このメンバーをまとめられるのはアイザックしかしないので断れなかったのだ。その分報酬は他より高めだけどな。
俺がまとめ役に不向きなのは、今更説明するまでもないだろう。
意外なことにイリスも数回従軍しての部隊行動の経験があるらしいが、俺と同じく他の冒険者をまとめられるほどのカリスマはない。
「クロトさんは、どうして冒険者をやっているんですか?」
「お金のため」
即答するシュツハーゲン。
「何でお前が答える。いや、間違っちゃいないんだが」
「お金、ですか」
こころなしか、イリスが落胆したように見える。
「金って言っても手段だけどな。金貯めてどっかの安全な土地で裕福に暮らすってのが俺の目的だから。可愛い嫁をもらって、猫でも飼いながらゆっくり生活するのが理想だな」
その状況を絵にでも描いてもらって、故郷に送り付けてやるのも復讐としては悪くない。
「言っとくけど、けしかけられても俺に親父を倒そうなんて気概はないぞ。
一度負けて、心も折られているからな」
挑もうとして、戦うことすらできなかった。まぁ、もし当時の俺が戦ったとしても一撃で切り捨てられてたんだろうけど。
仮に今の俺が挑むとしても、全く勝てるイメージがない。というか、やっぱり一撃で切り捨てられる気がする。
「そのようなつもりは……いえ、そうですね。確かにそのようなことをどこかで期待していました」
素直な奴。
そこは嘘でもそんなつもりはなかったとか言い切っておけばいいのに。
「シーノックやアリシャをあれに挑ませるなよ。討伐に来た神格者を返り討ちにしたのは二度や三度じゃないからな」
「覚えておきます」
今考えれば、よくもまぁホブゴブリン一匹になんとか勝てる程度の技量で親父に挑もうと思ったものだ。可能なら当時の俺に小一時間は説教してやりたい。
そんなもんに耳を貸すタイプでもないけど。
「さて、そろそろ俺たちは鳴子を仕掛けに行くか」
「それじゃまたあとで」
そういった知識があるのが俺とシュツハーゲンしかいないってのが悲しいところである。
が、なぜかそこにアリシャがついてきた。
と言っても、作業を手伝うわけでもなく、ただじーっと俺とシュツハーゲンが鳴子を仕掛けているのを見物しているだけなのだが。
「何か用があって来たんじゃねーのか?」
仕方ないのでこっちから聞いてやる。
だまってじっと見られても気が散るし。
「……シーノックって、私より強いよね?」
「そりゃ当然だろ。シーノックは神託の勇者でお前は普通の神格者。素質が違う」
まぁ、これまで神格者として持て囃されていただろうからその気持ちは分からなくもない。
田舎の私塾で神童とか言われてた奴が王都の学校に進学して、自分以上の成績の連中に出くわしたようなもんだ。
「まぁシーノックは別格だよ。アリシャも十分強くなれると思うよ」
「…………それじゃあ意味がない」
シュツハーゲンのフォローにも不満な様子。
ったく、神格者に生まれてるってだけで十分恵まれているというのに。
「あんたは、クロトは何でシーノックより強いのよ?」
「経験が違う」
アリシャの問いに即答する。
「経験だけならアイザックさんでもシーノックに勝てるってこと?」
「その質問が出る時点で、自分でわかってんだろ。
アイザックじゃシーノックには勝てねぇよ」
神格者同士であれば、お互いの実力をなんとなく感じ取れると聞いたことがある。
アイシャはある程度シーノックの実力を理解しているのだろう。
「なんでよ、クロトよりアイザックさんの方が冒険者経験長いんでしょ?
それに神殿でもクロトが負けてたじゃない」
「クロト、負けたの?」
シュツハーゲンが半眼でこちらを見る。
いや、あれはわざと負けたんだが、銀貨三枚の口止め料はすでに受け取っている。
とはいえそうすると説明が面倒だな。
「あれは俺がワザと負けたからな」
とりあえず真相を公開してみた。
「どういうこと?」
「あそこで俺が勝った場合、アイザックのメンツってもんが潰れかねないだろ?
そうならないよう、気遣いのできる俺はばれない程度に手加減して負けてやったって話」
銀貨三枚の話は黙っておこう。
そっちまで言えば、アイザックは返金請求してくるだろう。しかし、そっちを黙っておけば話の持っていきかた次第で返金しないで済む。
アイザックには、自分から買収の話したって弱みがあるからな。
「なら、アイザックさんよりクロトの方が経験豊富なの?」
「アイザックは体格に恵まれてるからな。自分より筋力のあるやつなんてほとんど相手にしたことないんだろ。
だから、自分より力のある相手との戦い方が身についてねーんだよ」
「だったら、私もその戦い方を身につければシーノックより強くなれる?」
「理屈の上では、な」
表情を輝かせているところ悪いが、普通に考えれば無理だ。
シーノックは俺が指導しているし、何より元狩人ということで筋がいい。現時点でアリシャよりシーノックが強い以上、素質が上であるシーノックに追い付き、追い越すには最低でもシーノックの倍以上の努力が必要だ。
「ま、いいわ。
実戦は人を急成長させるって言うし、とりあえず今回のオーガー退治でシーノックに追い付いてやる」
……まぁ、やる気になってるのはいいことだよな。
一応、アイザックにはアリシャから目を離さないよう忠告しといたほうがいいような気もするが。
「悪い子じゃないんだけどねぇ」
意気揚々と去っていくアリシャを見ながらシュツハーゲンがつぶやく。
「アリシャは、元は農家の娘なんだしさ。やっぱいきなり神格者に祭り上げられて、彼女もいろいろ悩んでいるんだと思うよ」
「おまけに、神託の勇者と思われててそれが人違いだったわけだしなぁ」
その辺に関してはイリスら神殿側がしっかりフォローするべきなんだろうが、そもそも神託の勇者が人違いだったって状況がイレギュラーすぎて神殿側としても対応に困ってるのかもしれない。
「まぁ、他人事だけどな」
「そだね」
アリシャのことはイリスとアイザックが考えることである。
俺とシュツハーゲンの思考の大半は、今回いかに他の連中を出し抜いてオーガーを撃破するか、なのであった。