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6 チンピラ剣士、神格者に嫉妬する

「あれ、今日は戻らないんじゃなかったっけ?」


 宿の裏庭にいた俺に、どこからかやってきたシュツハーゲンが声をかけてきた。


「そのつもりだったんだけどな。

 村に向かってる途中で依頼の害獣を見つけたんで、さくっと退治して終了したんだよ」

「そりゃラッキーだったね」

「まぁな」


 いつもこんな楽な依頼ばっかりならいいんだけどな。


「それで、そっちの素振りしてるのは誰くん?」


 シュツハーゲンが前足で指す方向には、汗を流しながら素振りを繰り返すシーノックの姿がある。


「シーノック。

 純朴な田舎村の少年で、スタンプボアを一撃で倒す素質の持ち主。マリトの街に現れた神託の勇者」

「へぇ、そりゃ大したもんだね。

 でも神託の勇者ってアリシャじゃなかったっけ?」

「比べてみれば一目瞭然ってやつだ。身体能力じゃ圧倒的に上だな」


 一応汗を流してはいるが、シーノックの素振りの回数はすでに五千を越えている。

 普通なら最初からそんな無理をさせれば身体の方が壊れるのだろうが、シーノックにすれば少し息が上がる程度の運動に過ぎないようだ。


 ……なんなんだこいつ。


「シーノック、こっちこい」

「はい」


 シーノックは素直に素振りをやめ、こちらへ歩いてくる。


「こいつはシュツハーゲン。

 子犬みたいなナリだがハイコボルトって種族でこれでも立派に成犬だ」

「ハイコボルト、ですか?」


 知らないか。まぁ滅亡寸前の種族だしな。


「コボルトの上位種だ。普段はこの姿だが、自分の意志でコボルトの姿に変身できる。身体能力はコボルトより上で、戦士としての実力は俺とほぼ同等だ」

「なんでそこで微妙に不満そうなのさ?」

「んなことはないぞ」


 子犬が俺と同等の実力って紹介するのが納得いかないだけで。

 同じじゃねーか、というツッコみはナシでお願いしたい。


「よろしく、シーノックくん。

 クロトの技術はともかく、戦い方は卑怯卑劣がモットーだから参考にしないようにね」

「卑怯、なんですか?」


 そこで純真な視線を向けられても困るんだが。

 別にシュツハーゲンの言うことを否定するつもりはないが、卑怯なことと縁のなさそうな奴に胸を張って自分は卑怯者、と言えるほど開き直ってもいない。


「まぁ人によっては卑怯と判断するかもな」

「きっとあれを卑怯と言わないのは人じゃないよ」

「その判断は他人に任せる」


 とりあえずこの話題は俺が追い詰められそうなので強引に終わらせる。


「まぁいいけどね。

 それでどうしてシーノックくんの訓練にクロトが付き合ってるの?」


 言外に、クロトはそういうことするタイプじゃないっしょ? と含みを持たせている。


「神託の勇者を探しに来た奴が人違いでこの街を留守にしてたんだよ。

 せっかくの神託の勇者を遊ばせるのももったいないからオーガー偵察までに俺が戦い方を教えてやってるってわけだ」


 言いながら、さりげなく人差し指で空中に一〇の文字を書く。シュツハーゲンならこれで、銀貨一〇枚でシーノックの教育を引き受けた、と理解するだろう。


 数日の教育で銀貨一〇枚というのは破格もいいところだが、これにはもちろん裏がある。

 今回のオーガー偵察において、俺はシーノックの仲間の一人という扱いになる。俺がどれだけ魔物を倒したとしても表向きはシーノック一党の手柄になり、俺個人の名前は一切表にでない。そういう契約だ。

 俺は懐が潤い、神殿側は神託の勇者に箔がつけられる、ということで互いに利益のある話なのだが、イリスあたりが聞けば怒るかもしれない。まぁそのあたりは神殿の方で説得するなりぼかして伝えるなりするだろう。


「なるほどね。それなら素振りばっかりじゃ退屈だろうし、僕が相手してあげるよ」


 言って、シーノックは自身を人獣型に変化させる。

 見た目はシーノックと同じくらいの背丈のコボルト。能力は段違いだが。


「ぜひお願いしたいんですけど、よろしいですか?」


 勝手に受けていいものかわからず、シーノックはこちらの判断を仰ぐために視線を向ける。


「まぁ、確かに素振りだけってのもあれだな。やってみろ。

 ただし、攻撃は寸止めで相手に当てるのはなしで」


 シュツハーゲンもシーノックの実力を確かめたいみたいだし。


 俺としてもシーノックに欠点があるなら早めに把握しておきたい。その後の訓練で重点的に改善すればオーガー偵察に間に合うかもしれないし。


 俺が自分で相手してもいいが、何かの間違いで負けたりしたらその後の訓練が気まずいからな。

 ……いや、勝つ自信はある。あるのだが、目の前でスタンプボアをぶっ飛ばすところを見せられたので確信がイマイチ持てないでいるのだ。こういう時は他人に任せるに限る。


 シュツハーゲン、不慮の事故で死なないことだけ祈ってやるよ。


「それでは、お願いします」

「ま、気楽にやろうよ」


 言って、シュツハーゲンの姿が消える。少なくともシーノックの目にはそう映っただろう。

 右に跳ぶと見せかけて左へ跳ぶ。フェイントとしては単純だが、シュツハーゲンのそれは一流の戦士であっても姿を見失うほど熟練している。


 あいつ、気楽にやろうとか言いつつ、最初っから全力じゃねーか。

 あるいはハイコボルトの本能が、全力でやらなければヤバい相手だと訴えているのかもしれない。


 とはいえシーノックも元は狩人。危険回避能力が低いわけではない。シュツハーゲンが殴りかかる直前に右からの接近に気づき、とっさにバックステップでその拳を回避する。


「あら?」


 攻撃が空を切って隙だらけのシュツハーゲンへ、


「いきます」


 シーノックが上段から剣を構えて斬りかかる。


「わお」


 シーノックのスピードに感嘆の声をもらしつつ、シュツハーゲンは余裕の表情でそれを避ける。


 そのままシーノックは連続で剣を振り続けるが、シュツハーゲンを捉えられない。

 強引な切り返しによる連続攻撃は脅威だし、単純なスピードではシーノックに分があるが、動きが正直すぎる。戦い慣れして、フェイントを多用するシュツハーゲンに当てるにはもう一工夫必要だ。


「ふー」


 呼吸が切れたか、わずかにシーノックの動きが遅れ、それを待っていたシュツハーゲンが反撃に転じる。切り返しの瞬間を狙って剣の柄尻に蹴りを叩きこむ。


 ただし、ここでシュツハーゲンの、そして俺の予想をも裏切ることが起きた。


 弾かれて腕が伸びきるか、剣を手放すしかなかったはずのシーノックだが、顔をゆがませつつもその一撃に耐えた。


「ウソっ!」


 シュツハーゲンの叫びに俺も全面的に同意したい。

 あれをこらえるのか。

 狙いは完璧、間違いなく誘いではなかった。それでもなお、シーノックは耐えてみせた。


「はあああっ!」


 シーノックはそのまま強引に剣を振る。


「うわわわわっ」


 かろうじて、シーノックの攻撃を回避し、大きく間合いを取る。


「素質って怖いね。これでも僕は結構強いつもりだったんだけど」

「退屈だろうし相手してあげるよ、とか上から目線で言ってたのに」

「うるさいなぁ」


 からかってはいるが、シュツハーゲンの気持ちもわからなくもない。俺もやっぱり自分でシーノックの相手をしなくてよかったと胸をなでおろしているわけだし。

 やりようがないわけではないが、容易に勝てる相手じゃねーな、こりゃ。現時点でホブゴブリンくらいなら問題ない。動きを改善すれば、オーガーすら倒せるだろう。さすがにオーガー偵察までには間に合わないだろうけど。


「しょーがない。クロトみたいなやり方で気が進まないんだけどなぁ」


 これまでシュツハーゲンは身体を小刻みに揺らし続けていたが、その動きを止める。


「……何をするつもりなんですか?」


 シュツハーゲンの雰囲気が変わったことに、シーノックの表情に警戒の色が浮かぶ。


「さて。かかってくればわかるんじゃないかな?」


 ふむ、普通に考えればカウンター狙いなのだが、シュツハーゲンよりシーノックの方が早い以上それはない。いったい何を狙っているのやら。


「そうさせてもらいます」


 シーノックは呼吸を整え、全身を弛緩させる。

 動きはまだまだなのだが、戦いというものを理解している。それは狩人としての経験からくるものなのか、あるいは戦士型の神格者としての本能なのか……


「ふっ!」


 呼気を吐き、地面が爆ぜたかと思うほどの勢いでシーノックが飛び出す。

 先ほどと同じ、上段からの斬りおろし。ただし、先ほどよりも明らかにスピードが上がっている。


 経験で負けているなら自分の最も自信のある技で対抗するというわけか。その判断は正しい。

 対するシュツハーゲンは微動だにしない。まるでシーノックの攻撃など見えていないかのように。


 シーノックの表情に焦燥が浮かぶ。どのような対抗策であれ、微動だにしないというのはシーノックの予想の範疇にはなかったのだろう。だからこその全力の一撃。

 剣を止めるのは間に合わない。


「っ!」


 とっさの判断は見事。シュツハーゲンに当たらぬように、剣の軌道が変化する。

 だが。


「甘いね」


 剣が地面に激突した直後、シュツハーゲンの爪を伸ばした右手がシーノックの眼前に静止する。


「勝負あり。

 だけどいくらなんでも大人げなさすぎだろ」


 俺は勝ったシュツハーゲンを軽くこづく。

 自分のことを格上だと思うならあの勝ち方はねーわ。


「いえ、ありがとうございました」


 それでも素直に礼を述べるシーノックは人間ができていると思う。


「今のはクロトが使う手だから、あんまり参考にならないけどね」

「いやいやいや、俺でもあんな勝ち方しねーよ」

「はぁ? 前線にいた頃、隊長相手にやってたじゃん」

「あれは負けたからノーカンだ」


 まさか何のためらいもなく当てにくるとは思わなかった。あの人はいろいろ別格って感じだよなぁ。未だに勝てる気がしない。


「その言い訳が卑怯だってなんで気づかないかなぁ」

「負け犬の遠吠えとかイチイチ気にしねーよ」

「勝ったんだけど……」


 シーノックのつぶやきは無視。

 細かいことなど気にするだけ無駄だ。


「それよりそろそろメシにしようぜ。先に注文しといてやるから、お前らは汗を流してからこいよ」

「すいません、僕はもうちょっと訓練したい……」

「飯食ってから付き合ってやるから水浴びしてこい」


 二人をやや強引に追い払ってから、俺はシーノックの一撃により割れた地面を見てため息をつく。

 いくら神託の勇者だからって規格外もいいとこだろ、これ。


「現状でオーガーにぶつけてもいい勝負するんじゃねーか、あいつ」


 その素質に嫉妬を覚えないのは、あくまでも凡人にすぎない俺には不可能だった。


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