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5 チンピラ剣士、新米冒険者の実力に驚愕す

「うーっす」

「おはようございます、クロトさん」

「クロトさん、遅すぎです」


 俺が冒険者協会に着いた時にはすでにシーノックは到着していた。

 いつもの受付嬢は、シーノックと談笑していたが、俺に気付いて口をへの字にして不満を言ってくる。


 いや、十分に早く来たつもりである。そもそもいつもならこの時間は冒険者協会が開いた直後くらいの時間だし。むしろこの二人が早すぎるのである。


「細かいこと言うなよ。シワが増えるぞ」

「シワなんてありません。ぴちぴちの一八歳です!」

「ぴちぴちとかいう言葉のセンスが、明らかに二〇過ぎじゃねぇか」


 むしろ三〇代だが、さすがにそこまで歳がいってるようには見えない。


「くっ、そこに気付くとはなかなかやりますね」

「いや、俺と同年には見えねぇし。

 つか、そんなことどうでもいいから依頼くれ」

「乙女の年齢をどうでもいいとか、クロトさんはそんなんだから目つきが悪いんですよ」

「目つきとそれは関係ねぇだろ」

「はいはい、そういうことにしておいてあげますよ」

「なんで上から目線なんだよ……」


 これ以上受付嬢のキャラを立てても仕方ないので、不承不承ながらも俺は依頼書を受け取る。


「って、なんだこれ?」

「倉庫整理の依頼ですね?」


 横から依頼書を覗き込んだシーノックも疑問交じりの声をあげる。


「何って、初心者用の依頼ですよ。

 クロトさんは戦場経験ってことで魔物退治の依頼を最初から受けていますけど、普通はこういう小さな依頼からこつこつやっていくものなんですよ」


 そりゃその辺の冒険者もどきな便利屋どもの話だ。


「わかったから他の依頼くれ」


 だいたい倉庫整理とかやっていられるか。あれは一日中拘束される割に依頼料はしょぼいのである。

 カウンターの脇に置いてある依頼書の束を取り、中身を物色する。


「野犬の捕獲、酒場の用心棒、皿洗いの手伝い、商隊の護衛、あんまりいいのないな」

「あ、そっちはダメです」


 伸びてきた受付嬢の手をひらりとかわす。


 商隊の護衛は依頼としてはいいのだが、拘束期間が長いのと街を離れないといけないため、今回受ける依頼としては条件が合わない。

 オーガー偵察の仕事いつ始まるかわからない以上、俺は長期間街を離れるわけにはいかないのだ。


「あ、そういやアイザックの奴が今日からしばらく街を離れるとか言ってたけど、あいつも偵察任務受けてるんじゃねぇの?」

「ああ、その仕事は神殿も全面的に協力してくれるという話になっているので、都合を合わせてアイザックさんが街に帰還した翌日に出発ということになっています。

 なんと神格者まで参加してくれるそうですよ」

「神格者?」


 疑問符を浮かべるシーノック。そりゃ田舎少年じゃ神格者なんて知らないか。


「アリシャな。一応会ったから知ってる。

 神格者ってのは英雄候補生みたいなもんだ。素質だけなら規格外の、な」


 神託の勇者としては期待外れだが、何の訓練も受けていないただの村娘がアイザックの筋力を上回っているってだけで普通に比べれば規格外だ。

 今回はあんまりアテにはできないけどな。


「それはそれとしてクロトさん。クロトさんにはつまらない仕事かもしれませんが……」

「いえ、できれば僕もクロトさんが勧める仕事を受けてみたいです」

「いやいやいや、クロトさんは熟練の戦士ですけど人と組むという点に関しては……」

「キース村の魔獣退治か。これでいいぞ」


 狩りの獲物はスタンプボア。その突進力はオーガーの一撃にすら比肩するという結構危険な獣ではある。とはいえ群れることはないし、獣なので知能も低いため危険度はそれほどでもない。


「クロトさん、言っておきますが教導する以上シーノック君の安全に責任があるんですからね」

「わかってるわかってる」


 ちょっと危険のある依頼だからこそ教導する意味があるというものだろう。倉庫整理とか教導の必要すらない。むしろ倉庫整理で何を教えろというのか。


「シーノックくん。危険そうだったらクロトさんなんて見捨てていいですからね。この人は魔物の巣に投げ込んでも平気で生還してくる人ですから」

「いや、魔物の種類によるけど」


 さすがにオーガーの巣に投げ込まれたら子供を人質に取るくらいしか生き残るための選択肢はないのではなかろうか。

 それが通じるかどうかは知らないが。


「聞きました? こういうセリフが平然と言えるくらい場数を踏んできているから盾にするつもりで大丈夫です」

「ええ、クロトさんにはいろいろと勉強させてもらいます」

「別に好きにすればいいけどな」


 スタンプボアの突進は脅威だが、逆に言えばそれだけだ。どれだけ足を引っ張られても俺が対応できないということはない。

 シーノックの安全については知らん。わざわざスケープゴートにするほど外道一直線ってわけでもないし、できる限りのフォローはしてやるが、他人に降りかかる不測の事態までは対応できない。


 まぁ人間はいつか死ぬものだ。やられたときは手くらい合わせてやろう。

 教導で払われる協会の補助金は魅力的だが、そこまで気張るつもりもない。シュツハーゲンが一緒ならシーノックのお守りは任せてよかったんだけどな。


「おし、依頼も決まったしさっさと行くぞ」




「そういや、お前村では何をやってたんだ?」

「僕が村でやっていたことですか?」

「ああ、戦力確認」


 依頼のあった村にだいぶ近い森の中でそれを思い出したのは俺にしては迂闊だが、そもそも戦力としてアテにするつもりもないので仕方ない。それでも確認するのは、要はどの程度フォローが必要か判断するためだ。


 実際は手合せでもした方が簡単にわかるのだが、力加減を間違えて自信喪失してもらっても困る。


 勘違いされがちだが、実力に見合わない自信っていうのも決して悪いものじゃない。自信があればこそ、恐怖を乗り越えて実力を十全に発揮できるのだ。


「基本は畑を耕していました。余裕のある時は山に入って狩りとかもしていましたけど」

「鍬振ってたってわけか。体力に問題はなさそうだな」


 なにせ金属鎧着用して平然と動き回っているのだ。全身鎧ほどでもないが身体の要所を守る金属の重量は相当なものだ。


「狩りはどんな感じでやってた?」

「どんなと言われても、普通に山の中で獣を追い回していました」


 追い回していたというのは矢を射って動きの鈍った奴を、ということだろう。人の足で獣に追い付けるわけがないからな。


「大体把握した。あとは実戦で見せてもらう、と言ってもまぁ見る機会は多分ないんだけどな」

「クロトさん一人でやるってことですか?」

「いや、スタンプボアって突進力はあるけど、魔物じゃなくて獣だからな。

 通り道を調べて罠でも仕掛けりゃそれでことは済む」

「そう、なんですか?」

「ああ、元々山奥の生き物で人里に下りてくること自体珍しいから、この辺じゃ対処法が知られてないんだろうな。俺の地元じゃただの獲物扱いだったよ」


 筋が多いから結構煮込む必要があるが、大人たちにとってはいい酒のつまみになるらしく、スタンプボアが罠にかかった日は酒盛りをすることが多かった。子供の俺は調理の手伝いの合間につまみ食いする程度しか食べていなかったが。


 ……どうせこの辺の連中は調理方法とか知らないだろうし、調理法教える代わりに肉の一部を報酬の足しに要求するのも悪くないな。


「クロトさんの地元ってどんなところだったんですか?」

「ん、ろくなところじゃねーよ。前線近くだからホブゴブリンやオークとかいった魔物連中がよく村の近くまで来てたし」

「ずいぶんと危険な場所だったんですね」

「と言っても村の連中も危険に慣れているから、ホブゴブリンの二、三体程度なら倍の数の男連中がいれば撃退できるくらい強かったぞ」


 具体的には、この辺のチンピラ冒険者なんぞよりよほど武器の扱いに慣れていた。それでも数が多かったりオーガーが来たときには、さすがに俺の親父が斬り捨てていたが。


「すごい場所で育ったんですね」

「そこの連中にとってはそれが当然だったからな。

 俺としては、前線を抜けてからの他の地域の平和っぷりに面食らったけどな。内地の方にはそもそも魔物なんてほとんど出没しないし」


 まぁ内地が平和だからこそ余剰物資を前線に回して戦線を維持できるわけだ。

 等しく苦労しろとは言わんが、あまりの差に苛立ちを覚えたのも事実だ。今は俺もその平和な地域でのほほんと生活しているわけだが。


「それでスタンプボアってのが、あれだ」

「あれですか」


 俺とシーノックの視線の先には、体長三メルを越える巨大な猪がいた。

 いや、実は地元の話を聞かれたあたりから姿は見えていたのである。罠を仕掛ければ一発とか言っていた手前、さすがにこの遭遇は気まずいものがある。おまけに通常のスタンプボアよりやたらでかいし。


 まだ距離があるせいか、スタンプボアはこちらを一切気にするそぶりも見せずに、若木を貪り食っている。が、村に行くにはスタンプボアに近づく必要があるし、どのみち退治しなければならない相手だ。


「一応あれ、雑食だからな。人でも遠慮なく襲ってくるぞ」

「でも、こっちを気にする様子はありませんね」

「今は肉を食う気分じゃないってだけだろ。それならそれで堂々と不意打ちさせてもらうけどな」


 不意打ちとか卑怯とかその手の言葉が大好きな俺である。

 隠し武器に飛び道具も揃えてはいるが、いかんせんあの巨体相手を相手に致命傷を与えられるような武器は剣くらいしかない。

 毒の類は扱いが面倒なうえに、俺の趣味ではない為準備していない。そもそも毒なんて使ったら食用に使えなくなるし。


「何か手伝えることはありますか?」

「正直あれを正面から相手するのは初心者には早い。木の陰から見物していろ。

 スタンプボアの突進は脅威だが、警戒するのはそれだけでいい。もしもお前の方に向かってきたら全力で横に逃げろ。

 もし避けられなかった時は、せめて牙が刺さらないようにしておけば万に一つくらいの確率で生存できるぞ」


 派手に騒いで囮になってもらうくらいはできるが、それだとまず間違いなくシーノックが突進の餌食になる。いかに俺でもさすがにそれをするのは気が引ける。


 幸い、スタンプボアはこちらに注意を向けてはいない。気配を殺して近づけばギリギリまで気付かれないで済むだろう。


「クロトさん、気を付けて」

「ああ」


 俺は気配と足音を殺し、ゆっくりとスタンプボアへと近づく。

 スタンプボアは正面から戦えばホブゴブリンなんぞよりよほど脅威である。強靭な生命力は心臓を貫いてもすぐには絶命へと至らないし、分厚い肉に囲まれた首を落とすのは一撃では難しい。とりあえず足の一本でも切り落として突進力を削いで……


 そんな風にどう不意打ちするか考えている俺の脇から、がさがさと茂みをかき分け小鹿が姿を現した。


 ……おい。


 さすがにスタンプボアも間近でした音を気にしてこちらへ視線を向ける。


 不意打ち、失敗。


 小鹿、スタンプボアに気付いて全力で逃走。スタンプボア、何故か俺に向かって突進。


「冗談じゃねーぞ、くそ」


 あわてて剣を抜き放ち、突進してくるスタンプボアの動きを注視する。

 シーノックには避けろと言ったが、スタンプボアの動きを見切るのは決して不可能ではない。勢いのある突進と凶悪な牙を見て冷静さを保てれば、の話だが。


「っしゃあっ!」


 突進のタイミングに合わせ、ギリギリで避けながら牙を一本斬り飛ばす。そのまま返す剣でスタンプボアの脇を切り裂く。

 我ながら満点に近い動きができた。脇の一撃は分厚い肉に遮られ大したダメージはないだろうが、とっさの一撃にしては上出来だ。


 が、スタンプボアは止まらない。どうやら俺ではなく、俺の後ろに逃げた小鹿を追っていたようで俺の攻撃を気にも留めずに小鹿めがけて突進する。


 逃げる小鹿と追うスタンプボアの間に一つの影が割り込む。おそらく父親なのだろう、子鹿を助けようと牡鹿が角を向けて立ち向かう。

 麗しい親子愛だが無謀が過ぎる。鹿の角程度ではスタンプボアは止まらない。


 と、それまで隠れていたシーノックがスタンプボアの横っ腹に向かって突進をかける。いや無理だから、人間の力であのサイズのスタンプボアの突進はどうにもならないから。


「無茶するな、あほ!」


 だが俺の静止の言葉は間に合わない。


 どのみち、俺に言われた程度で止まるならスタンプボアに突っ込むなって真似はしないだろう。


「だあっ!」


 激突し、あっさり弾き飛ばされた。……スタンプボアが。


 信じられないことに、シーノックの体当たりでスタンプボアが二、三メルほどぶっ飛んだのである。こころなしか、牡鹿さんもぼーぜんとしているように見える。


 突進の時突き立てた剣がいいところに刺さったか、それとも衝撃で脳を揺らされたか、スタンプボアはピクリとも動かない。


 突進した勢いのままスタンプボアのそばに転がったシーノックも同様だが、シーノックの安否に関しては心配の必要はないだろう。


「まぁあれだ。人間には不可能なことだし、神格者でもそうそうできることじゃないんだよな、スタンプボア級の巨体をぶっ飛ばすことって」


 つまりどういうことかというと。


「こいつが神託の勇者じゃねーか!」


 俺の叫びが、森の中にこだました。


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