3、チンピラ剣士、神殿にて敗北す
「やあっ!」
「おお、今のはいい動きだぞ」
緋色の髪の少女の剣を捌くアイザックの足がわずかに地面に沈む。
ハルバードなんていう重量級の武器が受け流しに向いていないということもあるのだが、少女の一撃が見た目からでは信じられないほどの威力を秘めているのがその理由だ。
アリシャ=ラグハウト。
貴族ではないので、ラグハウトは家名ではなく彼女の出身の村を示す。言い方を変えるなら、ラグハウト村のアリシャ、ということになる。
今朝あっさりと見つかったらしい、神格者の少女だ。ほとんどの神格者がそうであるように顔立ちは整っていて、少々気の強そうな美少女である。
神格者とはいえ、元々は農民で畑仕事に精を出していたらしく、戦闘技術については素人同然ということだ。確かにスピードはあるが動きの無駄が多すぎて、せっかくの速さを全く活かしていない。
先ほどアイザックがいい動きと言ったのはやる気を失わせない為のリップサービスだ。
ちなみにこの街へは数人の村人と一緒に農作物を売りに来ただけのつもりだったが、神格者であることに気付いたイリスにスカウトされた、ということだ。
本人も自分の怪力に自覚はあったようで、すんなりと神殿に所属することを受け入れたらしい。
しかしいくら神格者でも、剣を握ったこともない人間をオーガーの偵察に行かせるわけにもいかないのでアイザックと訓練しているのだが、
「まぁ、神格者とはいえ技術がないとこんなもんなのかね?」
アイザックはパワータイプの戦士であるが技術を軽んじているわけではない。
だからこそ自分より力のあるアリシャの攻撃を捌くことができているのだが、神託の勇者の力であればアイザックの技術程度、力任せに押し潰せるかと思っていた。
「ホブゴブリンより少し上って程度だな、こりゃ」
オーガー相手の偵察隊に神格者が加われば安全性が跳ね上がる、という期待は俺にも少なからずあった。
しかしこれでは拍子抜けもいいところだ。戦力にはなるが、主力として当てにできるほどではない。
「神託の勇者ってもっと強いものだと思ってたけどな」
「そうなのですか?」
話しかけたつもりはなかったのだが、隣に立つイリスは俺のつぶやきを聞き逃さなかった。
ちなみに彼女は昨日、偶然から俺が助けてアイザックが口説こうと無駄な努力を続けている例の修道女だ。
「いや俺の知っている神託の勇者に比べればって話。まぁ神託の勇者でも能力が横並びってわけじゃないってことだろ」
普通の神格者同士でもそれなりに差があるのだ。神託の勇者に能力の差があったとしても不思議はない。
それにアリシャはこれまで剣を持ったことはないと言う。ならこれからの伸び代が大きいという可能性もあるのだ。
まぁ今後の伸び代がどれだけあろうとも、オーガー偵察に間に合わなければあんまり俺にとって意味はないのだが。
「そういやイリスはどうして従者なんてやる気になったんだ?」
女が見知らぬ地を旅する、というのは決して楽なものではない。まして神託の勇者の従者となれば勇者が間違った方向に進まぬよう教え、導かなければならない。
何が悲しくて若い身でそんな苦労を背負い込む気になったのか。
ふむ、ひょっとするとイリスは神殿の有力者のエロジジイに言い寄られていたいのかもしれない。
幾度となく愛人への誘いを断り続けてきたが、エロジジイは権力を利用してイリスを追いつめてゆく。イリスに恋人未満の信頼できる友人がいたのだが、そいつがエロジジイに左遷されてしまったとかどうだろう。んで相談する相手を失い、エロジジイのセクハラに耐え切れず、神格者の従者という逃げ道を選んだ、とか。
「何か失礼なこと考えていませんか?」
「気のせいだ」
俺はきっぱりと言い切った。世の中言い切ればなんとかなることの方が多いのだ。
「……まぁいいでしょう。
別に大した話ではありませんよ。昔、神格者に助けられたことがあります」
「なるほど」
俺はイリスの次の言葉を待つ。
眼前ではアイザックとアリシャの訓練が続いている。アイザックは元々重量級の武器を好むところがあり、剣の扱いに関しては知識が浅いのか指導はそれほど上手くないようでアリシャの動きは俺が見物を始めてからほとんど改善されていない。
足さばきが悪いとか、基本の動作がしっかりしていないとか突っ込みどころは多数あるのだが、それを口に出してしまえば俺が指導する羽目になってしまう。
それで神殿に指導料を請求してもいいのだが、わざわざアイザックの顔を潰すこともあるまい。
それにアリシャが主力として期待できない以上、付け焼刃の技術を教えて怪我された挙句に逆恨みされても面倒だし。
「………………」
「………………」
イリスは沈黙したまま俺と同じように二人の訓練を見守っている。
……あれ?
「もしかしてそれだけ?」
神格者に助けられたことがあるってだけで神格者の従者に?
「他に理由が必要ですか?」
「…………いや、いいけどさ」
神格者に助けられたから神格者の従者を目指す。いささか飛躍しているように感じるが、まぁ冒険者に助けられて憧れた奴が冒険者を目指すようなもんだ。神格者は生まれつき決まっているから、せめて神格者の従者になる、か。
……思い込みの激しい奴。
まぁそんな奴じゃないと神格者の従者なんて勤まらないのかもしれないけど。
「そういえばクロトさんは凄腕の剣士だと聞きましたが、よければ私たちの旅に同行しませんか?」
それを言われる可能性はすでに考えていた。未熟な神託の勇者には神殿から三、四人の従者がつくのが通例だ。
俺のように旅慣れた、そして超一流の剣士を仲間に引き入れたいのはある意味当然の帰結。予測していたので返答に迷いはなかった。
「それはやめといたほうがいいぞ、俺の家名フードゥーだし」
「っ!」
発言した瞬間、イリスが息をのんだ気配がした。まぁ神殿関係者には嫌われている名前だしな。
俺が、ではなく俺の親父が、である。
「……ではクロトさんはケヴィン=フードゥー様の?」
「様とかいらないだろ、あんなの
まぁご想像の通り、息子だよ」
ケヴィン=フードゥー。神殿によってランク付けされた神格者で神に最も近いとされている八人、護聖八天の第三位である。
神に近いとされているのは神格位の高さからで、素行を示すものではない。
いや親父も若いころは神託の勇者として各地で人助けをして回っていたらしいが、俺が生まれたときには近隣の村を暴力と恐怖で支配する英雄譚の悪の親玉でしかなかった。
俺が村にいた頃は何度か討伐のために正義感に燃える神格者がやってくることもあったが、その全てが返り討ちに遭っている。
護聖八天の第三位というランクは伊達ではない。神格位の高さはそのまま戦士としての実力の高さも示しているのだ。というか、一位は魔術師であり、二位は神殿の大神官。つまり戦士としては世界最強ということである。
神殿としても護聖八天の称号を授けた相手がこんなことをしてしまい、討伐して称号剥奪してしまいたいところなのだが、親父の縄張りは前線の村に限られている為、国の方が魔物の侵略を防衛する壁として利用し、神殿の動きをけん制している。
ちなみ余談だが建前上うちの親父はリーグス軍国で男爵位にある。いくつかの村を実質的に支配している親父にリーグス軍国が後付けに贈った爵位だ。
なぜかあんまり信じてもらえないが、俺も一応貴族だったりするのだ。
「でもクロトさんはどうして……」
「おーい、クロト。暇ならアリシャにちょっと見本みせてやってくれよ」
「やれやれ、仕方ないな」
このままここにいても質問攻めにされそうな気配だったので好都合とばかりに立ちあがる。本来俺に師事するなら銀貨の一、二枚請求するところだが、俺もめんどう事から逃げ出せたので今回それはナシにしておこう。
「んで、なにを見せろって?」
訓練の手を止めて、俺を待っているアイザックとイーシャに歩み寄る。アリシャは俺より少し年下で、背は頭一つ分よりも低い。そのくせに俺より膂力があるのだから神格者って理不尽だ。
「ほれ、俺の得意な武器ってハルバードだろ。でもそれじゃ動きの参考にならんからな。クロトの剣を見せてやってくれよ」
アイザックの言わんとすることはわかるが、いっそそれならハルバードの使い方を教えろよ、と思わなくもない。
いや無理か。ハルバードは扱いが難しいからそれなりに使えるようになるには時間がかかりすぎる。
「お願いします。クロトさんは凄腕の剣士だとアイザックさんから聞きました」
「べつにいいけどな」
見せるのはいいのだが、一応前線で三年以上戦い抜いて身に着けた自慢の動きなんだけどな。見ただけで簡単に真似できるようなものではない、と思う。でももしあっさり真似されたら、これまでの努力が否定されたみたいでヤだな。
もっとも凡人の努力を否定してくれるのが神格者という存在なのだが。
「参考になるかわからんが、そこに座って見てな。
アイザック、全力でもいいぞ」
「あほ、それじゃアリシャの参考にならないだろうが」
そういって軽くハルバードで切りかかってくるアイザック。
軽くといっても、それはあくまでアイザックの実力からすればという話で、少なくとも二流剣士の斬撃よりもよほど鋭い。
とはいえ手加減されたそれは、俺であれば余裕をもって避けられる。軽く後ろに跳んで剣を抜く。
「一戦しかやんねーからな。よく見てろよ」
アリシャにそう言って、アイザックに斬りかかる。アイザックは俺の上からの一撃をハルバードでガッチリと受け止め、金属がぶつかり合う耳障りな音が響く。
本来ならここで力比べになるのだろうが、俺とアイザックでは体格が違う。俺も力はある方だと思うが、身体的に恵まれた上で力に重点を置いて鍛えてきたアイザックには及ばない。
アイザックが力を込めて押してくるタイミングを見切って、絶妙のタイミングで身体を引いて、その勢いをすかしてやる。勢いを空回りさせられたアイザックは体勢を崩し、前につんのめる。
……これを見て真似しろとか無理だろ。
自分でやっといてなんだが、さすがに今のは難易度が高すぎたように思わなくもない。もうちょい簡単な動きにするか。
と、そんな余計なことを考えていたせいで絶好の隙を見逃し、アイザックが体勢を整える。いや、これでいいのだ。あっさり終わらせても意味がないし。
「相変わらず器用な動きしやがるなぁ、オイ」
言いながら、今度はアイザックの方から打ち掛かってくる。馬鹿正直に打ち合えば力負けするのは目に見えている。ならどうするか?
答えは単純、力の方向をそらしてやればいいのだ。もちろん、口で言うほど簡単ではない。相手の動きを予測する目と、動きの正確さ。
正直俺は自身の動きを他人に教えろと言われても完全には説明とかできない。こんなもん経験を積み重ねないとできるもんでもないだろ。
というか、そもそも力の有り余る神格者にこんな戦い方が参考になるのかどうか。
将来的にはともかく、短期的にはアイザックのように力重視の戦い方の方がいいと思うんだけどな。
「相変わらずひらひら避けやがって」
はた目には俺とアイザックが激しく打ち合っているように見えるのだろうが、その実アイザックが一方的に疲労しているだけである。もちろん俺も集中力を使うので全く疲労しないわけではないが、それでもアイザックに比べれば微々たるものだ。
前線での身を削られるような攻防に比べれば、手加減されたアイザックの攻撃など目をつぶっていても……さすがにそれは無理だな。
しかし気のせいか、アイザックの攻撃がだんだん早くなってきているような……?
「はっ、予想以上に強いじゃねぇかクロト。てめぇとはどっちが上か前々から気になってたんだ。ちょうどいいんでここで決めようじゃねぇか!」
この野郎、完全にアリシャに剣の戦い方を見せるという目的を忘れてやがる。
が、ここで馬鹿正直にそれを指摘してやるほど俺は真面目じゃない。というか、オーガーならともかくアイザックに挑まれて逃げるとかありえねぇ。
「カッ、猪野郎が俺に勝てると思ってんのかよ。力だけのボケナスに人間様の技ってもんを見せてやるよ」
互いに本気でぶつかり合う。
どうやら、俺はアイザックの実力を過小評価していたらしい。本気になったアイザックの攻撃を捌きながら舌を巻く。
先ほどまでの手を抜いた攻撃とは明確な差があり、予想以上に攻撃が重い。力だけの猪野郎であれば攻撃を受け流すのにこれほど苦労することはない。おそらくは冒険者としての経験が俺の捌きについてこれるだけの下地を生み出し、鍛え上げた力で俺の受け流しを潰しにかかっている。
「ちっ!」
このままでは俺が消耗する方が早い。舌打ちをしつつ、後方へ跳んで間合いを取る。
「意外とやるじゃねぇか、猪野郎」
「てめぇもな。貧弱な割に結構耐えてくれるな」
「…………あの、訓練ですよね?」
どちらに問いかけたのかわからぬアリシャのつぶやきは当然無視。
「いくぞ直進馬鹿」
「おお!」
俺とアイザックはほぼ同時に地面を蹴り、相手に向かって突進する。剣とハルバード、身体と身体がぶつかり合う。
当然、力で劣る俺の方が一方的に押し返されるが、俺が力を抜くと、初手で押しをすかされたのを思い出したかアイザックはあわてて身体を引く。そのタイミングを逃さず全力で押し返し、アイザックを弾き飛ばす。
「おいおいアイザック、猪が力で負けるとか救いようがないな」
「本っ気でお前は面倒な相手だよな、クロト」
しかしなんだな。予想通り力はアイザックが、技は俺に分があるっぽい。速さに関しては俺が上回っていると思うが、こちらはほとんど差がない。
それだけならそこまで苦労することはないのだが、ハルバードという武器が厄介だ。破壊力という点では剣を上回っていて、俺くらいの技術がなければアイザックの一撃を受ければ剣が曲がるのは避けられまい。
その上、石突きも柄も十分な武器になるため、先端の斧の部分にだけ注意をはらえばいいというものではない。
アイザックの攻撃を避けながら、さてどう倒すかと考える。
ふと、視界の隅に人の影が映った。イリスだ。ふむ。
打ち合いながら俺はアイザックに小声で話しかける。
「いいのかアイザック。イリスの前で仕事投げ出して」
「ぬぅっ!」
痛いところをつかれたか、アイザックの顔が歪み、動きがやや鈍る。
ふっ単純な奴め!
「銀貨三枚!」
む?
「俺に負ければくれてやるぞ」
「むぅ」
先日のホブゴブリン退治の報酬が銀貨一枚なのだと言えば、その本気度が伝わるだろうか。
こいつ馬鹿だ。女にいいとこ見せたいからってそこまでやるか、普通。
しかしここでアイザックに勝ったところで得られるのは満足感のみ。しかし、負ければ銀貨三枚。うん、実に美味しい。どちらが強いかというのは大事だが、お金はもっと大事なのだ。
「取引成立だ」
「よし」
俺とアイザックは互いに悪い笑みを浮かべる。はたから見れば強敵を相手に戦いを楽しむ笑みにしか見えないと信じたい。
「おらおららららららっ!」
速さこそあるものの力を抜いた俺の連撃と、
「おおおおおおおっ!」
アイザックの必殺の一撃がぶつかり合い、俺の剣が宙を舞う。
「どうやら、俺の勝ちのようだな」
互いに技を放ったままの姿勢で静止し、アイザックが太い笑みで勝ち誇る。
「銀貨三枚、忘れるなよ」
イーシャやシーナに聞こえぬ程度の小声で告げ、俺はその場に膝をついた。
いや、全く負傷とかはしてないんだけど雰囲気で。
勝者であるアイザックにアリシャが駆け寄る。
「アイザックさん、私もハルバード使ってみたいんですけど、だめですか?」
勝者の武器を使ってみたいと思うとか、アリシャは実に現金だった。いや、俺が言えた義理ではないが。
「いやハルバードは結構扱い難しいからやめた方がいい。剣の方が扱いは簡単だし、何よりクロトって優秀な教官がいるからな」
アイザックが俺を指し、アリシャがこちらに視線を向ける。
「…………ペッ」
俺を見て地面に唾を吐きやがった。おそらくはイリスの位置から見えないように計算したうえで。
掌の返しっぷりだけ見ればなかなか将来有望な女である。俺を軽く見るのはいただけないが、まぁ俺としてもこの女に剣を教えるつもりはないので良しとしよう。
「昨日の飯奢る約束も忘れるなよ」
立ち上がって服についたほこりを払い、地面に突き刺さった剣を鞘に納めてから俺は教会を後にした。
「というわけで仕事くれ」
「何がというわけなのかさっぱりわかりません」
冒険者協会の受付のねーちゃんは営業スマイルできっぱりいってのけた。相変わらず付き合いの悪い女である。
「というかクロトさんは協会長から待機しておくよう指示されてるはずですよね?」
「聞いてねーよ。偵察依頼は引き受けるけど、実際にいつ行くのか決まってないし。その間仕事してねーと腕が腐るだろ」
別に俺は仕事熱心とかそういうことはない。
しかしマリトの街は田舎にしては大きい方だが、ここを出ると徒歩で一月から二月程度は旅しないとここより大きな街へたどり着くことはない。
小さな町や村ではろくな仕事が見つからない可能性も高いので、後のことを考えるとここで出来るだけ稼いでおきたい。
別に路銀が足りないわけではないが、金ってのは多くあればあるほど持ち主に余裕が生まれるのだ。先日余計な出費があったばっかりだし。
「はぁ、でも危険だけど短期でできて報酬の高い依頼はクロトさんがあらかた片づけてしまっていますよ。
アイザックさんでも割が合わないって敬遠していたのに」
どうやら俺の敵は過去の俺らしい。
「いや、別に報酬の額は多少安くてもいいから短期でできる仕事とかないのか?」
「それならドブさらいの仕事が……」
「却下」
みなまで言わせず拒絶する。
なんだって俺くらいの冒険者がそんな食い詰めた冒険者がやるような仕事をやらねばならないのか。
「なんかこう、ないのか? お忍び旅行中に山賊に襲われた美少女王女を助ける依頼とか」
「そんな依頼が出ている時点でいろいろと手遅れな気がしますが、そもそもクロトさんの頭が手遅れですかね?」
「……ひょっとしなくても俺を馬鹿にしてないか?」
「馬鹿にしているつもりはないけどおちょくっているつもりはありますね」
「……あのな」
「無茶な依頼を要求するからですよ」
さすが冒険者相手に受付嬢をやっているだけのことはある、というべきか。なかなかに図太い性格をしている。
「まだ整理されてないですけど、今日届いた依頼もいくつかあるみたいですし、明日改めて来た方がいいと思いますよー。
というか、こんな時間にきても、割のいい依頼はあらかたほかの冒険者に取られちゃいますし」
「まーな」
いや、冒険者協会に朝一で顔は出してたんだよ。仕事を探してなかっただけで。アイザックをからかうことで頭がいっぱいだったからな、あの時は。
アイザックのナンパ失敗の顛末を酒の肴にするつもりが修道女と神格者少女という両手に花パーティーに入ったとか。
なんだあいつ、勝ち組か!
「そういえば今日、シーノック君って金髪美少年が冒険者登録に来たんですけどクロトさん知ってます?」
「ん、ああ。街で会ったぞ」
やっぱり冒険者になるのか。せっかく顔がいいんだからそれを活かせばいいのに。
「シーノック君って、クロトさんに憧れて冒険者になったらしいですよ」
「ん、それはおかしくないか? 今日俺が会ったときすでに冒険者っぽい格好してたぞ」
その時点でシーノックはすでに冒険者を志願していたはずだ。そうでないとあの格好の意味が分からない。
「確かに会ったのは今日が初めてらしいんですけど、そもそもシーノック君の村が出していた魔獣退治の依頼をクロトさんが引き受けたのがきっかけらしいですよ。
到着してすぐに魔獣を退治して、宴席を用意しようとする村長に『その分の食料は魔獣の被害を受けた奴に分けてやってくれ』と言って名も名乗らず颯爽と村を立ち去る冒険者。
いいとこあるじゃないですか」
「…………お、おう」
どこの村だか覚えてないが、たぶんいくつも依頼を受けていたから宴席の準備を待つより他の村に移動して依頼を済ませたかっただけじゃないかな。
この街に着いてすぐの頃は、他の連中に依頼を奪われまいと、七日間で一五個くらいの依頼をこなしたし。
この街に到着するまでろくな仕事が見つからなかったから路銀がギリギリで、到着当初はとにかく報酬の高い仕事を受けて懐を潤したかったのだ。
「その憧れの冒険者がクロトさんって聞いて納得していましたよ。不思議なことに」
「不思議っていうなよ。いや言いたいことはわかるけどな」
冒険者協会に到着早々、目つきが悪いと絡まれて大暴れしたのはいい思い出だ。アイザックが仲裁しなきゃ役人にとっ捕まっていたかもしれない。
「あんないたいけな美少年の夢を壊すような言動はできるだけつつしんでくださいね」
いたいけな少年の夢なら壊していいのだろうか?
しかし俺に憧れて、ねぇ。何か最近誤解されること多いな。
別それで困っているわけじゃないし、特に問題ない限りはそのまま放置していていいような気がするが。
「あ、シーノック君も明日から依頼受けるって言っていましたし、もし彼に着いて教導してくれるなら報酬高めの依頼、確保しておきますよ?」
教導ってのは文字通り教え導くこと。初心者冒険者が依頼を受ける際に、熟練の冒険者がフォロー役として一緒に依頼を受けるってシステムだ。
初心者冒険者でも受けられる依頼となると報酬は安いのだが、依頼料とは別に、教導する冒険者には冒険者協会から謝礼が支払われる。
まぁ初心者用の依頼は比較的安全なので悪くはない。
「でもそれ職権乱用じゃね?」
というか、気に入られすぎだろシーノック。顔か、やはり顔なのか!
「いらないなら別に私はどうでもいいですよ?」
「よろしく頼む」
一瞬のためらいもなく俺は悪に屈した。人は弱い生き物なのだ。
「んじゃ、そういうことならまた明日」
「はい、明日の朝、冒険者協会が開く頃に着てください」
冒険者協会から外に出てみれば、街は夕焼けに赤く染まりつつあった。
こりゃ仮にいい依頼があっても、明日以降に回すしかなかったか。