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1 、チンピラ剣士、オーガーに出会いて逃亡す。

「ほい、これで最後だ」


 俺のブロードソードが土色の体色をした小柄で禿げ頭の魔物、ゴブリンの最後の一体を斬り伏せた。

 一応念のため、周囲に他にゴブリンがいないことを確認してから俺とイダルゴは一息つく。


「さすがにゴブリンくらいはちょろいな。このままゴブリンの住処も掃除しとくか?」


 ゴブリンは亜人系の魔物では最弱の部類に属する。俊敏さや狡猾さはあるものの力そのものは人間よりも弱い。繁殖力の高さから生まれる数の多さは厄介ではあるが、たとえ同時に五匹相手にしても冒険者としてそれなりの経験があり、そして戦場の経験もある俺の敵ではない。


 今回初めて組んだ為、実力に疑問のあったイダルゴの方は、三匹を相手に結構苦戦していたようだが、それでも二人で住処に突っ込んでも自分一人の身を守る程度のことは問題なくできそうだ。

 だというのに俺の提案にイダルゴは首を横に振る。


「ゴブリンを完全に掃除しちまったら次の群れが来るまで依頼がこなくなるだろ」


 まぁ、その通りではある。住み着いたゴブリンを完全に討伐してしまえば次の群れがこの森にやってくるまでゴブリン討伐を町や村から依頼されることはない。

 そうなればこの地方に拠点を構える冒険者としては飯のタネが減ることになる。優秀な狩人は獲物を狩りすぎないようにするらしいが、そういう意味では冒険者も似たようなものなのかもしれない。

 拠点を決めずにふらふら旅をしている俺からすればどうでもいい話だが。


 ちなみにこの手の依頼は『討伐』であって『殲滅』でないのがミソだ。『殲滅』であれば討ち漏らしは契約違反になるが、『討伐』なら一定数を倒せば、取りこぼしがあったとしても言い訳が効く。冒険者組合もそれを理解していて依頼は『討伐』と表記している。汚いと言われればそうだろう。俺もそう思う。


 止めないけどな。

 『殲滅』を主張してもイダルゴをはじめとする土着の冒険者に嫌われるだけ利益なんかないし。


「んー、でも依頼はホブゴブリンの討伐だろ。こいつらの死体持って帰っても報酬もらえなくないか?」

「まーな」


 イダルゴは頭を掻きながら木々の隙間から見える岩山に視線をやる。

 なんでもそこにゴブリンの巣穴があるとのことだ。狩人が近づくには獲物が少ないため村の住人は知らないが、マリトの街に拠点を構える冒険者にとっては周知の事実らしい。


「まぁホブゴブリンが増えても厄介だしな」


 ホブゴブリンは、ホブゴブリンの血を継いでなくても、ゴブリンの中からも稀に生まれてくることがある。そうしてホブゴブリンが生まれれば、あとはそのホブゴブリンの子としてホブゴブリンが増えてゆく。


 あくまで通説で、実際ゴブリンからホブゴブリンが生まれるなんて真偽は怪しいところなのだが。とはいえ通説とされているだけあって否定できるだけの根拠は、それなりに魔物との戦闘経験の多い俺にもない。


 そういうわけでイダルゴは仕方なさそうにゴブリンの巣穴を目指すことを受け入れた。

 ホブゴブリンはゴブリンの上位種で、ゴブリンより頭一つ背が高く、貧弱なゴブリンと比べがっしりとした体格をしていて、戦闘能力でいえばゴブリンとは比較にならない。

 駆け出しの冒険者程度では一対一では相手にならないし、俺でも一人で複数を相手にするのは正直面倒くさい。

 ホブゴブリンが二十匹もいればその周辺には人の盗賊が存在しない、といえば恐ろしさは伝わるだろうか?

 小さな村ならあっさりと地図から消せるだけの戦力があるってことだ。


 俺のような流れの冒険者なら手におえない事態になった村なんて見捨てればいいのだが、イダルゴのような土着の冒険者にとってはそう簡単に割り切れるような問題ではないらしい。

 だったらゴブリンくらい『殲滅』しろよって話だが。


「そういやクロトはこの依頼終わったらこの辺から出るって言っていたらしいが、どこか行くあてはあるのか?」

「あー、マリトの街にいる隊商のおっさんたちが王都のほうに向かうらしいからその護衛につく予定。マリトの街の女ってどうも好みじゃないんだよなぁ」


 美人がいないわけではないが、なんというか田舎娘が間違った方向へ背伸びをしている感じか。食指が動く前に、ため息をついて首を振りたくなる感じだ。


「あん、宿の娘口説いてなかったか?」

「ねーよ。あんなもん挨拶だろ」


 マリトの街で俺が宿泊している宿の娘は、まぁ美少女と言える。田舎娘にしては毛並みが良いのも好感度が高い。


 だがコボルトだ。


 コボルト、ゴブリンと並ぶ雑魚亜人である。そのくせにコボルトだけが人間社会に溶け込んでいる理由は、外見が二足歩行する犬みたいで可愛いからだろう。同じくらいの身長でもゴブリンなんて見た目からしてアレだしな。


 とはいえ、コボルトなんぞ恋愛の対象になるかと言いたい。確かに世間的には少数ではあるが人間とコボルトとの恋愛ってものも成立している。

 が、俺にそんな趣味はない。あれとエロいことをしようっていうのはメスゴブリンに興奮するってくらいにありえねーな。


「なんだ、賭けはユークンダの勝ちか」

「待てや、おい」


 聞き捨てならないセリフに俺は右手でイダルゴの後頭部をつかむ。


「お前は俺がそっちの趣味だとでも思っていたのかよ、こら」

「待て待て、落ち着けクロト」

「これが落ち着いていられるかよ、ボケ」


 ギリギリと力を込めていくとわずかずつイダルゴの頭蓋骨がきしみをあげていく。

 これだけ侮辱されて黙っていろというのが無理な相談だ。とりあえず泣かして財布の中身を半分奪う。


「いやいや、先にユークンダが恋愛じゃないほうに賭けたから俺が恋愛に賭けるはめになっただけで……」

「結局賭けているんじゃねぇか」

「いや、そうなんだけど……?」


 イダルゴの言い訳の途中で頭から手を離し、腰の剣を抜く。

 イダルゴを斬るためではない。森の中の空気が明らかに先ほどまでと違っている。

イダルゴも俺の様子を見て気付いたか、あわてて周囲の気配を探る。


「五、六匹かな」

「騒ぎすぎちまったな。さっきの話の続きは……」


 俺が言い終えるより早く、前方の茂みからホブゴブリン六匹が姿を現す。正確には、ただのホブゴブリン二匹とグレイウルフが四匹、それに騎乗したホブゴブリンライダーが四匹である。

 ホブゴブリンライダーだと?


「聞いてねぇぞ、おい」


 ゴブリンの生息地にホブゴブリンが沸いた、と言われれば普通は一匹、多くても三匹程度である。

 追加でゴブリンメイジくらいがいることはあるが、少なくともホブゴブリンライダーまで成長した個体がいるなんてことはあり得ない。

 ホブゴブリンがライダーまで成長するには少なくても二年以上の年月が必要なのだ。


 つまるところこの辺に住んでいるゴブリンから偶然ホブゴブリンが生まれたのではなく、ここに住んでいるゴブリンの群れにホブゴブリンの群れが合流した、と考えるのが正しいか。


 魔物領域との境界地ってわけじゃないから珍しいんだけどな、ホブゴブリンの群れが移動してくるって事態は。


「帰ったら報酬を増額請求しなきゃ割りにあわんぞ、これ」


 仕方なく剣を抜く俺と


「や、やるしかないか」


 おっかなびっくり剣を抜くイダルゴ。

 だめだ、こいつはあてにできない。

 ゴブリン相手の時に見ていて思ったが、こいつじゃ無理だ。ゴブリン相手なら問題ないだろうが、ホブゴブリンを相手にするには一対一でも厳しい。

というか、ほぼ間違いなく負ける。


 最悪の場合はイダルゴを見捨てて逃げることも考えとく必要がある。

とすると、最初に始末するのは機動力のあるホブゴブリンライダーの足、グレイウルフか。


 そんな風に判断していると、こちらが動くより早く、ホブゴブリンの一匹が前に出て錆びた鉄剣を突き付けてきた。


「ウマーラ、ディジャネロ」


 いや、ゴブリン語で言われてもわかんねーし。とりあえずこいつから……


「?」


 真後ろに気配を感じた。ハインディング? こんなに近づくまで気付かなかった? というか、この気配はヤバい!


「横に跳べ、イダルゴ!」

「へ?」


 俺がとっさに横に跳ぶのと、何かが振り下ろされるのはほぼ同時だった。

振り下ろされたのは特大サイズの棍棒。おそらくは何が起こったのかわからぬまま、イダルゴはそれに叩き潰された。


 後ろにいたのは身長四メルはあろうかというオーガー。それを確認して、俺はためらいなくオーガーへ向けて跳んだ。すれ違いざまに足に一撃。

 生命力と筋力にあふれたオーガーからすれば致命傷とは程遠いほどの浅い傷。

 だが、逃げることが目的である以上、足を削ればそれで十分に事足りる。重戦車のようなオーガーに全力で追撃されたら逃げ切れる自信はない。


 跳んだ勢いのそのままに俺は全力で森の中を駆ける。

 イダルゴ? オーガーの叩き潰しをまともにくらって生きているわけがない。仮に生きていたところで、オーガーに加えてあの数相手では助けようもない。だからといって哀れだと同情する余裕はない。俺自身、そうなりかねない状況にあるのだ。


 背負っていた荷物を捨て、できるだけ身を軽くして全力で走る。

 まさかあっさり逃げられると思っていなかったのか、オーガー達の追撃の出足が遅れている。獲物としてイダルゴ一人で満足してくれれば助かるが、まぁ好戦的なモンスターだし追ってくるよなぁ。


 しばらく走ったところで、四足の獣が駆ける音が聞こえてきた。

やっぱホブゴブリンライダーは追い付いてくるか。予想はしていたけどできれば外れてほしかった。

 後ろをちらりと確認すると、四匹ともしっかりと俺を追いかけてきていた。


 まぁ、予想していたということはある程度対応は考えてあるわけで。俺はベルトポーチからあるものを取り出した。


「さらば、銅貨三枚」


 ボーラと呼ばれる狩猟道具がある。ロープの両端に重りをつけた、捕獲用の狩猟道具である。基本的には対象の足などに投げつけて動きを止めることを目的としているが、例えば木々の密集した森の中で使うとどうなるか。


「ビンゴ!」


 片方が木の枝に巻きつき、もう一方の重りがライダーの顔面に命中してグレイウルフから叩き落とした。


 ……いやまぁ、足を狙ったつもりだったんだけどな。走りながらだと後ろにゆっくり狙いをつけるというわけにもいかないし、コントロールに自信があるなら確実な投げナイフとか使うし。

 外れてもこういう可能性があることを期待できるから木々が密集しているところを狙って走っていたわけだし。


 とはいえ、そんな幸運な偶然が連続して起こるはずもなく、続けて投げた二本目、三本目は木に絡まっただけの結果に終わった。一本銅貨三枚だからいいけどな。


「まぁ、ライダー三匹ならいけるか」


 どのみち、このままだと追い付かれるし。先行しているのは一匹。その後ろに二匹か。ボーラを警戒してか、狙い通り距離を取って走っている。


 少しだけ足を緩め、殴りかかってきたライダーをグレイウルフごと、足を止めて抜き打ちで、俺に噛みつこうとしたグレイウルフの口を狙ってぶった切る。当然、頭を上下に割られたウルフは絶命し、ライダーは何やら喚き散らしているが、足を失った以上戦力外と判断していいだろう。


 先行していた一匹があっさりとやられたことで警戒を強くしたか、二匹は俺から一定の距離を取って左右を駆け抜け、こちらに向き直る。そして、当然というかなんというか、ホブゴブリン達はグレイウルフから降りて錆びた剣を構える。


 まぁそうだよな。開けた場所で戦うならともかく、森の中ならウルフから降りた方が戦いやすいし、それにグレイウルフも単体で立派な戦力になる。ボーラの当たったホブゴブリンのウルフがこっちに来ていないのが唯一の救いか。


「ウガル、グジャマンテ」

「だからわかんねーって」


 こちらに向けられた憎しみに燃える目を見る限り、お前を殺す、とか、絶対に許さん、とかそんな感じだろう。

 だが、憎しみが臨界をむかえているっぽいにも関わらず、ホブゴブリン達は構えるだけで動こうとはしない。


 ……いかん、こいつら案外賢いかもしれん。


 俺の逃げ道を自分たちが塞いでいること、自分たちでは俺に敵わないこと、とはいえ密集して守りを固めていれば俺が攻めにくいこと、全部気付いてやがる。

 ここで時間をかければオーガーも追いかけてくるだろうし、どうしたものか。


 とか悩んでほかのゴブリンに追い付かれるような愚を犯すとでも思ったのかね?

 敵が寄ってこないなら寄ってくるよう仕向けるだけの話である。なんのためにわざわざ初手で足だけを切り落としたと思っているのか。


 俺は四匹から目を離さぬまま少しずつ移動し、足を切り落とされ、這うことしかできないホブゴブリンに近づく。そうして、這って逃げようとしたホブゴブリンの胴体を剣で突き刺した。


 肉を貫き、骨を砕く手応えとともに剣先が地面に刺さった感触があった。どうやら意識はまだあるようで、金切り声で苦痛のうめきを上げる。


「かかってこいよ、次はこいつの首を落とすぞ」


 残酷とか非道とか、そんなもん安全な場所に身を置いているやつの戯言である。命懸けの闘争の場において利用できるものはなんだって利用するべきだ。卑怯卑劣どんとこい。ただし俺以上に卑怯な奴は悪党呼ばわりしてやるが。


「グギャータ!」


 悲しみと怒りの混じった叫びを上げ、ホブゴブリン二匹、グレイウルフ二匹は俺めがけて突っ込んでくる。


「はっ、だから雑魚なんだよ、お前らは」


 俺から見て、右端にいたグレイウルフに狙いを定め、倒れているホブゴブリンから剣を引き抜き、その頭蓋を叩き割る。


「クガルッ!」


 その隣にいたホブゴブリンの一撃を左の籠手でさばいて、右の剣でのどを突く。


 が、そこでもう一匹のグレイウルフが俺の左足に噛みついた。


「ってえな、こら」

 

 ってかやべぇ。右手の剣はホブゴブリンの喉をついている。左足はグレイウルフに噛みつかれて動きを阻害されている。そこに、俺の後ろに回り込んだ最後のホブゴブリンが俺を一撃で仕留めるべく剣を腰だめに構え突きにきている。


「ああ、畜生どもが!」


 強引に右足をひねり、ついでに剣を抜きながら後ろへ向き直ると、突きに来たままとっさに俺の動きに対応できなかったホブゴブリンの首を切り落とす。


 足が超いてぇ。グレイウルフの牙が突き立てられたまま足をひねったせいで牙の刺さった場所から横にざっくりと裂けている。まぁ、グレイウルフの方もただでは済まず、自慢の牙が四本俺の足元に転がっているが。


 牙が折れた時点で逃走へ移っていたのか、グレイウルフの姿はすでに木々の隙間から背中が見える程度になっていた。

 さすがにそれを追う気にはなれず、グレイウルフの牙で引き裂かれたブーツを脱いで左足の状態を確認する。後悔した。


「うわ、泣きてー」


 逃走中、荷物を捨ててなければ水袋で傷口を洗うとかできたのだが、ないものは仕方ない。ベルトポーチから包帯を取り出し、傷口に巻きつけて止血する。

 それから再び狼の牙で裂けた高品質のレザーブーツを履く。

 こいつがなければ足の肉ごと喰いちぎられていた可能性もあるわけだが、買い替え費用を考えると嫌になる。足の治癒も神殿に頼む必要があるし、失われた荷物も買い直しだ。出費に頭が痛い。


 とはいえこんなところでゆっくりしていては他のゴブリンやオーガーに追い付かれてしまう。痛む左足を引きずりながら、俺は逃走を再開した。


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