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祓人稀有道中筆録  作者: 天城 晴巳
狛犬編
2/33

式鬼

 慎はまた電車に乗ってあのドームへ向かっている。しかし、今度は前の時とは違う理由で。

 あれから自分の家に帰った慎は忙しかった。引っ越し業者に頼んで荷物を運んでもらったり、家を売ったり(これは親戚にしてもらった)など。

 そして帰ってから改めて考えた。自分に憑りついている狛犬。神獣だから祓えないと言っていた。しかし人に憑く時点で邪神ではないのか、不思議でならなかった。結局祓わずとも縄を解く方法もどんなものか聞いていない。

 修行って、滝にあたったりするのだろうか。慎は窓から結界を見ながら考えた。

 幸久に荷物を送ったことを連絡すると、既に準備は済んでいるから早く来いと連絡がきた。


 無人駅について電車を降りる。その小さな駅のホームに何か浮かぶものが見えた。

 天狗である。赤い顔に長い鼻。山伏の格好に真っ黒な翼。その天狗が空中で胡坐をかいて首をこっくんこっくんと動かしながら居眠りをしている。

 慎は天狗を見るのが初めてだったために最初は驚いて口をあんぐり開けていたが、関わるのも面倒だったためそのまま無視して通り過ぎようとした。

 すると天狗がパッと目を覚まし、慎を牽制した。

「貴様が慎か?」

 見下すような口調で天狗が言った。なんとも低く渋い声だ。

「……あ、はい」

 慎は少し怖気づきながら言った。

「主の幸久に案内を頼まれ、迎えに来た。行くぞ」

「は、はい」

 慎は天狗のあまりの威厳に満ちた態度に敬語を使ってしまった。しかしこの天狗が迎えにきたのは好都合だった。慎は未だに道を覚えていなかったから。


 天狗のあとをついて行くと弐衛門の家が見えた。

「お邪魔しまーす」

 戸を開けてそう言う。

「これからは『ただいま』だけどな」

 家の外から声がして振り向くとビニール袋を手に持った幸久がいた。部屋着のまま外に出たかのような格好をしているが、男前だからなのか何故か外行きの服装に見える。

「ご苦労だった、弁柄。戻れ」

 幸久がそう言うと、弁柄と呼ばれた天狗が鼻を鳴らして幸久の体に吸い込まれるようにして消えた。

「な、なあ……今のって?」

 天狗が消えたのを合図に慎が訊いた。

「見ての通り天狗だ。お前とも初対面ではないぞ、翼だけは」

 そう言われて慎が思い出したのは、この家に来るとき。幸久が見せた黒い翼。大きさも形も色も、先程の天狗と殆ど一致している――と思う。

「天狗を従えてるのか?」

 慎は驚いて訊いた。幸久は慎が開けた戸玄関に歩み寄りながら言った。

「ああ。お前があいつから教わるのも、俺が弁柄を従えさせたのと同じ方法だ」

 そう言って、幸久は慎に上がるように促した。


「荷物はもうお前の部屋に置いといた。今日はとりあえず、お前に憑りついている狛犬を、従順な犬にする方法を説明する」

 幸久はそう言いながら、居間の座卓にビニール袋を置いた。

「ニエの奴は今出かけてるな。あ、袋の中にアイスあるから好きなの食ってくつろいでていいぞ」

 幸久はそう言い残すとどこかへ行ってしまった。袋の中には、バニラ、チョコレート、ストロベリー、抹茶のアイスが入っていた。慎は迷わずチョコレートを選んだ。

 開け放たれた障子の向こうには縁側があり、そのまた向こうには芝生の生えた広い庭が見える。その庭には植えて十数年しか経っていないような小さな桜の木と、錦鯉が数匹いる池がある。桜の花びらはもう殆ど落ちかけている。慎は縁側まで行って、アイスを食べながら桜と春の空を見た。

 ウグイスの鳴く声が聞こえる。と、思ったら、桜の木にウグイスが止まっていた。


 慎はアイスを食べ終わり、縁側に寝そべって春の陽気に浸っていると玄関から「ただいまー」と声がした。

「うおっ。かなりくつろいでるな」

 居間に入ってきた弐衛門が縁側に寝転がっている慎に驚いて言った。その後ろを幸久が歩いてきた。

「おっ、アイス!――って、なんでチョコがないんだよ! 俺のチョコ!」

 弐衛門が机の上にあるアイスを見て幸久を睨んだ。抹茶のアイスを手に取った幸久も困ったように睨み返した。

「ちゃんと買ってきたよ。それに、別にあのアイスはお前のじゃないだろ」

「じゃあ俺のアイスはどこに……慎、お前か!」

「え。あ、あぁ」

 いきなり矛先が自分に変わり慎は驚いて体を起こした。矛先が変わるのも当たり前だ。その証拠に慎の寝そべっていたあたりの横に空のアイスの箱があった。

「なんで食ったんだよぉ……」

 弐衛門が嘆いた。

「だって名前書いてなかったし」

「書けるわけないだろ!」


「改めて、この家の感想はどうだ」

 ストロベリーとバニラの二つのアイスを食べても尚、不機嫌なままの弐衛門が慎に向き直って言った。

「妙ちくりんな家だ」

 慎はためらわずに言った。

「三番目の弟子にもこんなこと言われるなんて! いいか!? この家はだな――」

「おい。もしかして一番目が俺だとか言うんじゃないだろうな?」

 弐衛門が家の説明を始めようとすると、それを遮って台所にいた幸久が顔を出した。

「そうだけど?」

「ふざけんな。俺は享史さんの弟子になったんだ。お前の弟子になんて誰がなるか」

 幸久の言う『享史』が誰かわからず、慎は一人首を傾げた。しかし敬称をつけているということは、敬うべき存在の人なのだろう。

「言っとくが、俺が言ってるのは俺か親父かの話ではなく、佐竹家としての話だ。お前は佐竹家に弟子入りした。ならば当主が誰になろうが佐竹家の弟子に変わりはない。で、その佐竹家の現当主は俺なんだからお前が俺の弟子であるということは必然だろ?」

 弐衛門は体を仰け反らして、後ろから顔を出している幸久を見た。

 弐衛門の言葉で、慎はその享史という人が弐衛門の父親であることが把握できた。

「なーに理屈っぽいこと言ってんだ。俺はそんなの認めないぞ」

 幸久はそう言うと弐衛門を見下しながら台所に引っ込んで行った。それと同時に弐衛門は体勢を直して、舌打ちをしながら「守銭奴」と小さな声で言った。すると台所から黄色い物体がまるで弾丸のような速さで飛んできた。弐衛門はそれを自分の顔に当たるぎりぎりのところで掴んだ。

「おっ、黄色のプチトマト! 気ィ利くね~」

「守銭奴じゃなくて、倹約家と言え。倹約家と」

「どっちも同じじゃねえか」

 弐衛門はそう言うと、手の中にある黄色のプチトマトのへたを取って実を口の中に投げ入れた。

「二番目の弟子って?」

「ん? あぁ、今はいないよ。母親の実家に帰省中だ」

「へぇ……それで、修行の件は?」

「おう――そういや言ってなかったな!」

 食べていたプチトマトを飲み込んで弐衛門がにこやかに言った。

「式鬼ってのは聞いたことあるか?」

「式神のこと? それならなんとなくわかる」

 慎がそう言うと弐衛門は少し驚いたようだが、すぐ感心したように大きく頷いた。

「そうか、なら話は早い。お前に教えるのは、妖怪を自分の式鬼にする方法だ。で、その方法としては三つある。一つ目は自分の霊力だけで式鬼を作り出す。この方法を使ってるやつは少ない。疲れるからな。二つ目は依代を用意し、それに霊力を吹き込み妖を作り出す。これは殆どのやつが使ってるし、俺の式鬼もこの方法で生まれた奴らばっかだ。三つ目は野生の妖を式鬼にする。これもなかなかに面倒なんだ。俺も四体くらいしか持ってない。で、お前には三つ目の方法を伝授する」

 弐衛門は一つ一つの方法を教える度に、指で番号を示しながら言った。いちいち手を慎の顔の目の前まで突き付けてくるので慎は顔をしかめた。

「一応わかったけど、その式鬼にするにはどうすりゃいいんだ?」

「まず折伏させること」

 弐衛門はニヤニヤしながら着物の裾をひらひらさせた。

「しゃくぶく?」

「折伏っていうのは、意味合いとしては人に教えを説いて改心させるってことだ。俺達の世界では、妖の荒れた妖力を鎮めるって意味で使ってる」

 慎がいまいちわからない様子でいると、弐衛門がまだ裾をひらひらさせながら説明する。

「自分が強いことを妖にわからせることが重要だ。でなきゃなめられるだけ」

「簡単なのか?」

「俺や幸久にとっては簡単だ。こちとらベテランなんでな。ただお前はなぁ。力の使い方もわかってないようだし、おそらく難しいだろうな」

 弐衛門が吟味するように慎をじろじろ見た。

「さっき見ただろうが、あの天狗は幸久の式鬼だ」

「ああ、さっき聞いたよ。」

「実はあいつ、もう一体式鬼を持ってるんだよ。それは代々あいつの家に受け継がれてる妖なんだ。本当はあいつの兄貴が受け継がれる筈なんだが、その兄には才能がなかったから幸久のほうにいったんだ。それに、あいつは半妖だから霊力も妖力も両方備わっているから強いんだ。だから弁柄にも勝てたんだろう」

「へー、幸久って兄がいたのか……。ん?」

「ん?」

 弐衛門が慎の反応に首を傾げたあと、しまったと言わんばかりに顔をひきつらせた。

「半妖? 半妖ってつまり、半分妖怪ってことだよな?」

「そうだ」

 弐衛門が目を背けて答えをつまらせていると、三毛猫を抱えた幸久が現れて言った。

「うわ!」

 あまりに突如として現れたため、弐衛門も慎も驚いた。

「まぁ正確に言えば、俺が半妖なんじゃなくて俺の先祖が半妖なんだ。最近はその妖の血が薄れてきたが、どういうわけか俺の血は濃い。先祖返りってやつだな」

「へ、へえ~……驚きだな」

 幸久が胡坐をかいて説明していると猫が慎にすり寄ってきたため慎は言葉を詰まらせた。

「猫嫌いなのか?」

 弐衛門が嘲るように言った。

「べ、別に嫌いというわけじゃ……苦手ってだけだ」

 慎はそう言いながら恐る恐る猫に手を伸ばした。すると猫のほうから慎の手にすり寄った。

「意外だな。お前には狛犬が憑いてるからこいつはお前に近寄らないと思ったが」

「ん、ああ」

 幸久の言葉と猫の反応に嬉しくなり慎は少し俯きながら言った。

「あ、そうだ。さっき思ったんだけど、妖怪と妖とか、妖力と霊力の違いってなんなんだ?」

「妖は妖怪と物の怪の両方を云う。妖怪は妖の怪物のこと。物の怪は人の念が作り出すものだ。そして妖力は妖が持っている力で、霊力は人間が持っている力だ」

「……なるほど」

 

 慎は未だに猫の喉元を撫でていた。

「ほら、新人のとこなんかいないでプロの弐衛門様のところにおいで。シュレーディンガー」

 弐衛門の呼びかけに答えたのは猫だった。猫はゆっくりと弐衛門の膝の上に行った。

「シュレーディンガー? 随分と立派な名前だな。誰がつけたんだ?」

「ダリアがつけた」

「誰?」

「二番目の弟子」

 慎、幸久、慎、弐衛門の順に言葉を交わす。

「名前からして……外国人!?」

「そうだよ。フランス人とイギリス人のハーフなんだそうだ。」

 幸久の言葉に慎が驚きで目を丸くしていると、弐衛門がシュレーディンガーとじゃれつきながら説明しだした。

「ダリアは悪魔に憑りつかれていてな、そこに偶然フランスに行っていた俺の親父が現れて助けてもらったんだそうだ。しかし俺達はエクソシストではない。故に悪魔は祓うことはできんから、使い魔にしてもらったんだと。で、両親が離婚して母方についてきてこの日本に来た。そしたら居ついた場所に偶然親父の息子である俺がいたってわけよ。まさに、スモールワールドだな!」

「ふーん……にしても、シュレーディンガーってあの『シュレーディンガーの猫』で有名なやつだよな?」

「そこらへんはわからんけど、由来はそこから来てるらしいな。なんせシュレは、一度死んでまた生き返った猫だからな」

「は? どういうこと?」

「さあな。俺もボケボケの爺さんから聞いた話だからよくは知らん」

 弐衛門が快活に笑いながら言う。慎は呆れて言葉もでなかった。


「さて、ダリアのことを話したわけだし、俺達もお互いの身の上話といこうか。ここでは信頼関係が大事だからな。相手のことはよく知っておかなきゃならん」

「なんで?」

「相手のことをよくも知らないせいで仲間割れをしてしまったら、妖共にとっては恰好の餌だ。付け入られる。それに、お前に憑りついてる式鬼との絆も深めるためにな」

「なるほど……あー、でもあんまり話したくないな」

「そんなにややこしい話なら、別に今しなくてもいい」

 幸久が随分と真剣な眼差しで言ってきたため慎は観念した。

「わかったよ――俺の本当の両親は、俺が小五のときに山道の土砂崩れに巻き込まれて死んだらしい。その場には俺もいて、目が覚めたら病院のベッドだった。目の前には俺の両親を名乗る人がいたけど、すぐに違うってわかったよ。それからは、その人達が俺の親になってくれた。で、病院にいて気付いたことは、事故に遭う前の記憶がきれいさっぱりなくなってるってことだった。本当の両親のことも、今になっても思い出せない」

 弐衛門も幸久も真剣な表情で顔色一つ変えずに聞いてくれていることに慎は安心した。

「それでここの高校の合格発表の日に、今まで俺の親をやってくれていた人達が死んだんだ。合格したことを連絡しようとしたら病院から電話がかかってきてさ。交通事故だったんだ。葬儀とかもあって、部屋探しが遅れてしまったころにお前らに会ったんだ。その人達が死んで、しばらくはその人達と一緒に暮らしてた家で一人住んでました、と。さ、次はお前らの番だぞ」

 慎が昔話を読み終えたように軽快に言うと幸久も弐衛門も拍子抜いた顔をしたが、すぐに持ち直したようで顔を見合わせて笑った。

「俺のとこは両親は俺を産んですぐ離婚した。で、俺が小学校に入る前に母親が死んで、俺の親父の知り合いで母さんの葬式にきてた享史さんが俺らを引き取って、俺と兄貴はこの家に居候することになった。その兄はもう成人済みで、今は東京にいる」

「こいつはガキの頃から嫌な性格でさ~、俺のいうこと一つも聞いてくんないんだぜ。俺の方が年上なのに!」

 弐衛門が幸久に肩を組んで意地悪く笑った。

「年上!? お前が!?」

 慎は驚いた拍子にそんな言葉がついて出た。弐衛門は明らかに自分や幸久と同じくらいに見えるし、何しろ言動が年上とは思えない。

「失礼な! これでも今年で二十二だ!」

「うるせえ、耳元で叫ぶな引きこもり。次はお前の番だぞ」

 幸久が弐衛門の腕をどけながら言った。その言葉に弐衛門は顔をひきつらせながら「全く若い奴らはどいつもこいつも……」と小さな声で悪態をついたが、気にも留めない風を装った。

「俺は佐竹家58代目当主、八花団竹組の組長をやっている」

「八花団?」

 慎が不思議そうに訊き返したが、弐衛門はそれを無視し話を続ける。慎もあとで説明してくれるだろうと、今は諦めた。

「親父の名は佐竹享史。親父は四年前に妖に呪い殺されたらしい。詳しいことまではわからないけど」

 この言葉に弐衛門も幸久も顔を曇らせた。

「母さんはどこ行ったか知らない。親父に聞いたら、別居って言ってたけど、たぶんもう死んでる」

 弐衛門はそう言うと、少し悲し気な顔をした。幸久は弐衛門をあまり見ないようにしていた。慎は聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、少しバツが悪そうにする。

「これくらいかな?」

 しかし弐衛門は今までの雰囲気をぶち壊すかのような明るい声で、評価を求めるように幸久を見た。しかし幸久は弐衛門を無視した。

「ところで、慎に質問!」

 弐衛門が挙手をする。

「お前さ、髪の毛赤いじゃん。染めてんの? あと目もよく見ると青っぽいというか、紫っぽい? カラコン? もしかしてハーフ?」

 この手の質問には、慎は慣れていたため、大して動揺はしなかった。

「両親はどっちも純日本人だよ。これは生まれつき。調べたら、アルビノの一歩手前みたいなものらしいんだ」

「アルビノって、肌と髪が真っ白で、目が赤いやつか」

 幸久が身を乗り出しながら言う。

「うん。日本人のアルビノの場合は、目は赤くならず、青色っぽくなるらしい。でも俺の目はそれよりももっと特殊で、メラニン色素がどうのこうので紫色に見えるらしい」

 慎がそう言うと、弐衛門も幸久も感嘆の声を上げる。二人とも、じろじろと慎の顔を凝視している。慎も困り果てて、二人に何と言えばいいか分からなくなった。


 シュレーディンガーが一声鳴いた。その声を合図に幸久が立ち上がった。

「さあ、そろそろ話すのも終わりにするか。お前の部屋の荷物片づけるぞ。ついて来い」

 幸久が居間から出て行こうと襖を開けた。慎もそれについて行こうと腰を浮かせた。

「いってらっしゃ~い」

 弐衛門はそう言うと畳の上に寝ころんだ。その声を聞いて幸久の動きが止まり素早い動きで弐衛門のところまで行き耳を引っ張った。

「お前も手伝うんだよ」

「いででで。なんで俺まで」

「この家に住むよう言ったのはお前だ」

 幸久の言葉に顔を不機嫌そうにふくらませながらも弐衛門は立ち上がった。

 玄関の目の前にある階段を三人で上るときに、シュレーディンガーが横をすり抜けて先を行ってしまった。そしてシュレーディンガーはある部屋の前に止まった。二階の一番隅にある部屋だ。

「ここだ」

 三人が部屋の前に来て、幸久が言った。

「俺開けていい? 俺開けていい?」

 何故か興奮している弐衛門。まるで兄弟の誕生日ケーキの蝋燭の火を、誕生日じゃないのに消したがる子供のようだ。

「はいはい、どうぞどうぞ」

 慎が子供を宥めるように、それでも鬱陶しそうに言った。


 ガラリと大きな音を立てて襖が開け放たれた。

 その向こうには――まるで要塞のように敷き詰められてぐしゃぐしゃになっている段ボール箱に、酒の空き瓶や酒の肴の入れ物が散乱していた。

 部屋の中を見た途端、弐衛門は「あっ」と言い、幸久からは怒りの気が放出された。

 そして次の瞬間、弐衛門は全速力で逃げ出し、その後を追い幸久が駆けだした。

「あの部屋に入るなと言っただろうが! 昨日の夜妙にこそこそしてると思ったら妖共と呑んでいやがったな!」

「だってダンボール箱あったし面白そうだったから!」

「問答無用! 待ちやがれこの野郎!」

 下の階やら今いる階やらをドタドタと騒がしく走りながら幸久と弐衛門が言い合いをしている。

 慎はというと、ぐしゃぐしゃになった自分の荷物を見てショックを受け口が塞がらないでいた。そのうちに怒りが吹き出して、ついには噴火した。

「よくもやってくれたな、このまっくろくろすけ!」

「まっくろくろすけ!?」

 追いかけっこに慎も加わり、鬼が二人に逃げるが一人。


 慎は正直言ってわくわくしていた。何故だかわからない高揚感に慎の心は躍っていた。



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