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火色のグラディウス  作者: 玄弓くない
第零章 紅蓮の竜と転生せし者
5/5

5.リスタート






 冷え切った強風が頬撫で、未だに乾かない血を散らしていく。黒き暗雲が鬱蒼と立ち込め、各所から光が轟音と共に落ちる。


 嵐が訪れ、降り出した雨が荒れた戦場を洗い流していった。一時いっときの激戦にしては、静寂過ぎる最後だ。


 己と敵の返り血にまみれた錆色の剣を下げたまま、レンは燃え上がる闘志を緩やかに収めていく。雨に濡れ、血は流れ、致命傷を負っているものの、意識も覚醒していた。



「……ふんっ。ざまあみろ、って。ドラゴンだろうが何だろうが知るかっつーの」



 “飛び去った紅蓮竜ヴァルグレイナス”は震える空の彼方に消え、この地に癒えぬ傷跡を残していった。片目を失い、隻眼となった紅蓮竜の怒りを受け止めようと構えたが、かの邪竜は盛大な咆哮の後に、飛び立つ。


 結局、最後まで森の異常と魔物の襲来は謎のまま一件は終えた。


 中々やるではないか。このボロ剣。


 レンはあらゆる意味で溜め息をつき、首をカクリと下ろす。何はともかく、竜を単独で相手をして生き残ったのだ。奇跡中の超幸運に感謝し、改めて向き直る。


 倒れていたリュトに近づき、状態を簡略して確かめた。息もあり、命に別状は無いが打撲が酷く、一刻も早く医者に見せるべき。


 本来なら治療ではなく葬式、手術台ではなく棺桶の準備が必要なレンは、全く動かない左手を気にする様子もなく東方外套を脱ぎ、リュトを優しくくるむ。



「よっこらしょ、と…………」



 背にリュトを背負い、ボロ剣を片手にその場を後にした。


 吐血が、止まらない。







 嵐に荒れるクラースが見え、とても懐かしい気分になる。数時間前のことだというのに久しぶりな気がするのは、過去の記憶を一気に思い出した事も関係なくはない。


 魔力切れ、体力切れ、凄まじいまでの瀕死状態。雨だというのに優れる嗅覚で血の匂いを辿り、襲来する銀狼シルヴオルフ数匹をボロ剣で斬っては退散させる。魔物共よ、誰のお陰で威張れるのか考えて欲しい。


 数時間掛けてようやく到着したクラースの門では、着実と壁門バリケードの設営が嵐の中でも行われていた。調査任務の期間中では前線基地としても使用され、衛兵用の休憩所に隣接して小屋が建てられる。


 手伝いも兼ねて多くの人が訪れていた。当然、その理由は“仮”である。


 無垢なる正義を信条に掲げるギルド【アークライナス】の冒険者達は、何もできない自分に苛立ちを感じていた。まだまだ先のある少年少女が、危険領域の森へ消えてから長時間が経過している。


 救助に向かう、たったそれだけのことができない。優れた実力があろうと、命を無為に投げ出す行為は看過できないのだ。


 一人たりとも許可はしない。愚かな一つの蛮勇が伝播することで多くの命を散らす結果になれば、誰がその大きな責任を負える。


 Cランクの熟練者達は、特に歯痒い。なまじ銀狼王アルゲルプトゥフや銀狼の群れを相手に、隊で挑むことに慣れている経験から、少年少女が現状の魔物に遭遇して助かる見込みはない。助けに行きたくて仕方がない。


 一部の冒険者や傭兵は馬鹿な真似をしたルーキーを嘲笑い、調査のみを請け負い、現在のうのうと暖かい小屋にてコーヒーでも口にしている。調査に参加し適当な報酬が受け取れればそれでいいのか。


 雨に打たれながら、小柄で筋肉質な男ジローネも佇んでいた。頬を伝う水は、雨だけではなかった。


 ────結局のところ彼らの心配は、レン達が帰還したのだから杞憂に終わる。



「……れ、レン嬢?」


「お? ……おじさん。た、ただいま」



 スヤスヤ寝息を立てるリュトを背に乗せ、レンはニコリと笑みを浮かべた。冷えた身体に鞭打ったかいもあり、予定よりも大分早急な帰還である。


 レン達に気づいた冒険者の一人が周囲の全員に呼び掛ける。心配していた大勢が一斉に駆け寄る光景に、レンは目を白黒させた。


 ジローネもホッと張り詰めていた肩を撫で下ろし、息をつく。そして目を見開いた。レンが少々やつれている。ここまで汚れているのは何故。



「れ、レン嬢、お前……どうした」


「どうした、って──ぶごっ……!」



 ゴブ。レンの口から溢れ出る血。驚愕と戦慄が辺りにぶちまけられ、雨に冷えた身体が凍りついた。


 安心した為か力が抜け、カクリと膝を折る。崩れ落ちるレンを見て、ジローネが慌てて寄り支える。


 冷たい。雨に濡れている以前に、命からがらといった様相のレンは血の通っていないようだった。


 そこで、ジローネは今頃血にまみれた小さな身体と、命が流れる傷跡を発見する。死の臭い感じ、ジローネは一瞬だが呆然としてしまった。



「レン嬢ッ!! お前、どうしてこんな……!?」


「お、おじさん。息女、連れ帰ってきた……。は、ははっ……」


「ばっ、馬鹿野郎が!! お前が死にかけてんだろうが!!」


「ち、地球人はそんなにヤワじゃない……て、の…………」


「あ!? 何言ってんのか聞こえねえ! もう喋るな! 誰か、誰か治療できる奴は──」



 声高に周囲を仰ぐジローネを見上げ、レンは一息つく。視界はねじ曲がり霞んでいき、思考依然としては朦朧。意識がグングン遠ざかっていく。


 あ、これ、死ぬかも。



「おいレン嬢!! しっかりしろ! レン嬢、レン嬢!!」



 よく聞こえないがジローネが呼んでいる。背後でリュトが背から滑り落ちる。このままでは怒られる。左手が動かない。血が止まんない。


 あれ、何か硬くて冷たいのが顔に当てられている。タオルかなんかかな。お疲れ様です。



「れ、レン嬢!! おいっ!!」



 強風と大雨、雷光が煌めき鳴り響く嵐の中。リュトは地面に投げ出され、レンは完全に道へ崩れ落ちる。路面に転がったまま微動だにしない。


 ジローネは叫んだ。呼び掛けていないと、本当にあの世まで去っていく気がしてならない。生気を失い、当たり前のように死に近づいてく少年の命の散らしたくはなかった。



「レン嬢ッ! レンーーーーッッ!!」











   □◆□◆□◆











 知らない天井だった。木造建築の一室らしく、窓際のベッドを与えられている。差し込む日が床を照らし、暖かい陽気が部屋を包み込む。風に乗って入ってきた草が、頭の近くで落ち着いた。


 簡素だが清潔な白いベッドの上で、レンは目をパチクリとまばたく。何故このような場所で無防備に寝ているのだろうかと思案した。


 まず真っ先に覚えていることがある。ジローネの目の前でフラフラ状態を晒したのだ。────いや、それが全ての答えだろう。


 レンは苦笑する。なるほど、流石に倒れた自分はジローネに介抱されこの場所に運び込まれたらしい。少なくとも我が家でも鍛冶屋エネグロフの家でもないため、自ずと答えがわかってくる。


 医療院。クラースの中央区に建てられた館の一室であろう。レンはロビーと診察室以外に立ち寄ったことがなく、患者室を与えられるのは初めてのことだ。


 飾り気の皆無な薄手の衣服を着ていることから、患者の仲間入りを果たしていることに間違いはない。触感と視覚情報から、包帯にて胴体や足を隈無く巻かれているともわかる。


 そこまで重傷だったのかと、レンは再び苦笑する。ともかく身体を起こそうと左手に力を入れて────全く動かなかった。



「…………あれ? マジですか?」



 反射的に右手で布団を捲る。左手に巻かれいる包帯には魔術式が記され、未だに絶賛稼動中。現在進行形で治療している。


 また、手足の先や体内に響く痛みが残っており、立ち上がるのは断念した。せめて今はいつの何時かは知りたいのだが。


 そこで、



「……お? おおっ? れ、レン嬢!! 起きたか!!」


「…………おじさん。空いてるベッドもあるんだし、二度寝でもすれば?」


「ば、馬鹿野郎! 俺ゃ、寝てなんか……」


「涎拭いて」



 ベッドに並行するように、床で熟睡していたジローネが飛び起きる。何でも心配して見舞いに来てくれたのだが、最近寝て無く、我慢の限界に到達したとか。


 悟りでも開けそうたぜと、暢気に冗談を語るジローネ。レンは改めて戦場から帰還したことを実感して安心感を抱いた。







 紅蓮竜に遭遇した嵐の日から、四日もの時間が経過している。ジローネから聞かされた事実に、レンは驚愕で硬直。ぺこりと平謝りをした。


 翌日に過ぎた嵐の後に調査隊がバリケードと前線基地を完成させ、意気揚々とノードゥスの森へ乗り込んだ。


 昏睡中で物言わぬレン達に残された魔力の残滓から、異常は更なる異常へと変化していることが判明。生態系の他に、危険な魔物の調査も加え、慎重なものになっていた。


 発見された“複数の銀狼王アルゲルプトゥフ”はどれもが焼死体と化しており、また巨大な魔物が暴れ回った形跡も残されている。


 何より、銀狼王に匹敵するランクの魔物が横行する領域もあり、油断で刺激した一部の傭兵が被害を被ったらしい。冒険者達も一時いちじ撤退を進言したとか。


 今現在の調査段階では、生態系に対し大きな変化は見られないものの、別の地域から移動してきた魔物も住み着いている。調査隊のメンバーも、改めて編成し直す。それが決定した。


 深刻な表情で語るジローネに、レンは暢気にへー、ふーん、と適当に頷いておいた。森の状態など単身で突撃した自分がよくわかっている。


 銀狼王が複数存在していたこと。これは可能性が0ではなかった。数日前も、多くの冒険者がほぼ同時に各所で目撃していたのだ。


 問題はその銀狼王が高温の炎により死骸と化していること。十中八九、それは紅蓮竜の仕業でレンはその現場に遭遇したのだ。何故、環境すら異なる地域の魔物が現れ、殺されているのか。


 覇権。住処。それだけの話で終わらない違和感を、何となく察する。


 誰もがようやく理解した異常。


 真剣な顔つきで思案していたレン。先に目を覚ましていたリュトが見舞いに来るようなので、場が静かな内に存分と推測や分析をしておきたい。


 そんなレンの頭に、ポンと軽く手が乗せられる。ゴツゴツとした岩肌のように堅く、力強い暖かい父親の手だ。


 ジローネの不可解な行動に、つい文句が出そうになるレン。しかし、その強張って震える表情に押し黙ってしまう。


 男泣き。明朗なジローネには程遠く、だが熱血さからそうでもないなと納得する光景。普段は絶対に見られない珍妙な状況に、レンは目を白黒させる。



「…………リュト、無事で良かったねー。おじさん」


「ああ、そうだな。…………そうだな」



 ジローネの大切に育て上げた一人娘。あの場でその命を散らすのは感情的にも信条的にも大いに躊躇われる。だから、店の扉の修理代は勘弁してほしい。


 静かに頷いたジローネは、少し怒気を込めた目つきでレンを睨む。



「……だけどな、レン嬢。お前さんが代わりに死んだりしたらどうするんだボケ。アイツらの墓に土下座しろってか?」


「えーと、まあリュトが無事なんだし。結果オーライ、ではダメ? 怒ります?」


「……あのよう、俺ゃ言った筈だぜ」



 ニカッと白い歯が日光に輝く。断然男らしい、いつもの強い笑みがそこにある。昔からレンやリュトを叱りつけてきた父親の、威厳と自信に溢れた笑みが。



「俺ゃ、自分の子供達には甘ぇんだ」







 微風に揺れる碧き草花。小川に流れる澄んだ水。窓の外でそれらがさざ波と不協和音を奏でる。自然をその身で純粋に感じられるのは、田舎の良いところだ。


 地球の人間だった頃の自分は、確かこんな豊かな自然と暖かい人に囲まれて生きる夢を持っていた。実際どうだったか、詳しくは定かではない。だが、幸福を得ていたと思える。


 危険に満ち溢れているが、この世界エクナミアも捨てたものではない。何をくよくよ縮こまって冒険してきたのか。────地球人の代表として誇りを持つべきなのだ。


 レンは内心で自らを叱りつける。気合いと根性と熱気のある魂は、まだくすぶっている。────地球で得た心意気は、完全に蘇っていた。


 一度目を閉じ、安らかに深呼吸する。再び開いた緋色の瞳は、病人とは思えないほど強い生命力に満ちていた。



「おじさん。“頼み”があるんだけど」


「おう。なんだ」


「──アレ」



 レンが右手指した物は、向の机に置かれた道具類。運び込まれたレンが着用、携帯していた衣服などは回収されていた。そこに立て掛けられた、一振りの剣。


 装飾の無い鋼鉄の剣は、レンが倒れるまで放さなかったボロボロの大量生産品。欠け、錆び、切れ味は本来より各段に落ちている。鞘にまで罅が入り、各所部品も摩耗し過ぎていた。



「あの剣を素材に、新しい剣を造って」


「…………お安い御用だけどよ、ありゃあ修復するだけじゃあ無理だな。完全にバラして溶かして……それからになる」


「頼むね。お代は払──」


「いらん。お前はウチの子でもあんだよ。自分の子供に金払わすのは俺ゃの主義じゃねえ」


「…………え、えーと」


「………………」



 冒険者に成り立ての最初からそのつもりで話を振ってきたというのに最後まで気づかなかったレン嬢。結局、ジローネ自身に語らせてしまい気まずさと恥ずかしさ、その他諸々で呆然とした。


 無言で睨むジローネ。その威厳が漲る両眼に、何度も説教された記憶が甦り、恐怖からビクッと身体が一瞬震える。仕方がない。


 レンは若干恥ずかしそうに、布団で口元を覆う。恰好が付かない。



「……………お願い、します……」


「おうよ。任せろ」







 レン・フレイナスは傷を完治させて復帰するなり、細身な剣を片手にノードゥスの森へ堂々と入る。生態系に僅かな変化があったものの、それでも確かなことがある。


 ここは、レンが多用する狩場であり修行の場。まずは“強くなるため”、一から鍛え直す。


 身に纏うは、稲妻の如き赤い魔力。


 現段階、自爆覚悟の最大出力時には、紅蓮竜の小手先にすら通じるこの付与魔術。その正体を知ることが、第一歩となる。レンはかの一件で文字通り、生まれ変わったかのような気分だった。


 あの一件以来、紅蓮竜が森に出現する事態はなく、大規模な破壊行為は銀狼王の殺戮のみに終わっていた。だが、一つ気掛かりがあり、レンは未だに納得いかない。


 紅蓮竜局最後まで、自らの武器である炎を一度も使わなかった。


 片目すら潰したのに、標的として認定されていないとでもいうのか。見くびられたままとしか思えない。


 だから、紅蓮竜ヤツを目標にする。こちらから挑む。


 異世界だろうが魔物だろうが知ったことか。自分はどこだろうと、自分らしく生きる。それだけの話。


 難しいことではない。地球ではこれらは幻想に扱われ、書でしか残されていない。だが、この世界(エクナミア)は現実なのだ。


 全力で生きる。地球だろうとどこだろうと同じことだ。







「いくぞエクナミア────地球人の底力、見せてやる」







 



第零章、完


次回から本格的に物語が始まります

何卒よろしくお願いします


_(._.)_

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