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火色のグラディウス  作者: 玄弓くない
第零章 紅蓮の竜と転生せし者
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4.紅蓮竜VS転生者





 ここはどこなのだろう。見上げる空は真紅に描かれ、日を覆う暗雲は嵐の前ぶりとばかりに各所が明滅していた。風は頬を凪ぐも、“強烈で緩やか”。


 世界は、粘液をぶちまけたようにドロドロで、流れが遅緩していた。


 ────あら? 何だっけここ。えーと、確か……。■■じゃなかったんだっけ。


 レンは暢気に思考する。身体に纏わりつく柔らかい浮遊感。そして恐らく頭部顔面その他から溢れ出る鮮血。それらを前に、特に気にした様子もない。


 痛くない。触覚は生きている。ということはまだ、死んでない。


 それよりも気になることがある。


 クラースでは、代々守り神の説話が受け継がれてきている。それを奉る祠がどこかにあると囁かれるノードゥスの森。


 端とはいえ幼少期から度々訪れているこの場所の名前を忘れるところだった。衝撃やら何やらで記憶の中枢に傷が生じたかもしれない。


 ところで、頭の中を駆け巡る知らない光景、知らない知識、知らない思い出。これも記憶なのだろうか。


 今忘れてしまったものか。──否、思い出したものか。


 レンは嘗て■■の大地に生まれ、育まれ、学び、知り、考え、思い、そして死んだ。


 生と死を経験した者が、■■とは法則性の異なる世にて再び生を受けたのだ。



(…………あ、そうか。忘れてたんだっけ。“あそこ”の名前)



 自らの内にて脈動する血流。力が漲る四肢。命を汲み出す心臓。そして、どんな時でも真っ直ぐに折れない意志タマシイ


 そうだ。レンは確かにエクナミアの少年で、駆け出しから上がった程度のEランク冒険者。この世界はまだ知らないことが多すぎる。


 でも“俺”には■■で生きてきた記憶あかしが確かにあって、それを実感していた。何も科学や学問に対する知識だけじゃない。────嘗て親から、家族から、たくさんの人から教えられたタマシイが、レンの中で息づいている。


 確かに命は一度死んだ。しかし、タマシイを取り戻すことができた。


 そう。


 あそこは。あの世界は──。











   □◆□◆□◆











 それは、一瞬。散乱する血の一滴が地に落ちて、颶風と駆ける衝撃が身に炸裂した刹那。


 暗転しかけた意識は爆発したように覚醒し、レンは激痛と心臓の鼓動をその身に感じる。身体中を巡る生と死の混沌に、沸騰した魂から絶叫した。



「──っぐ、う、お、ぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおぉおおおおあああああああああーーーーッッ!!!」



 バガンッ!


 森の大地を割り砕く程の踏み込みで、倒れかけていた身を立て直す。噴き上がる真紅の血液が、雨のように降り注いだ。


 木々を容易く蹴散らす凶悪な攻撃に、“レンは耐えてみせた”。衝撃で切り傷が生じ、レンの脇腹や背面、内臓までもが深刻なダメージを負った。


 何故生きているのか甚だ疑問の状態に、紅蓮竜も思うところがあるのか訝しげに吐息を漏らす。獲物が一撃で倒れなかったことが、それほどまでに不思議か。


 ごふ。息をするように血が吐き出される。血の流れが生の証であり、命の時間制限を刻一刻と削っていく。


 だがまだだ。まだ、レン・フレイナスは死んじゃいない。生きている。


 この世界エクナミアに、生きている。



「ゴブフッ! ぐ、か、ぁぁ……」



 東方外套やTシャツはある程度の損傷を残し健在。どういうわけか、付与魔術シュトルクアルムの効果が衣服にも適用されている?


 防具が堅く──否、溢れた血に内在する魔力が衣服に染まり、付与効果をもたらした。


 代わりに、敵の何らかの攻撃が直接当たった鉄剣は粉々になり、修復不可になるまで破片を散乱させている。得物は折れた、如何にするか。


 違うな。


 武器なら、“ここにあるじゃないか”。



「ふぐっ……ぐ、……くくっ。くく……っ。ふはははっ…………」



 ぶらぶら投げ出されていた手に力を込め、腰元を探る。ふわふわと麻痺している触覚でそれらしき物を掴むと、一気に引き抜いた。


 刀槍剣戟あらゆる武器との戦闘に明け暮れたフレイナスの血に伝わるボロ剣。刃こぼれと錆びにまみれた使い捨ての大量生産品。


 そこに、きらびかな物語、神話や伝説欠片もない。全戦連勝の英雄が悪魔を討つ、幼子に語られる逸話に足り得ない。


 邪竜を前に少年は満身創痍で、手にする得物は聖剣でもなければ特別な何かでもない。世界エクナミアでは小市民すら保持できる価値しかなく、状態はナマクラそのもの。


 しかし、間違っていない。この話ではこれぐらいが丁度いいのかもしれない。



「くくく、ふぐっ──ぐ、ふふふ……。ふふ、ブフォッ──む、ぐ、ふふふ……ははは」



 そこにいたのは英雄でも何でもない。一人の人間だ。


 但し。


 凶悪なくらい愉悦を浮かべた笑顔をしていた。



「ふふっ、ふははは! ふはははははははっ!! はーっははははははははははっ!!!!」



 ありきたりな記憶の中から剣術を検索。咄嗟に思い当たった情報から、ボロ剣を正眼に構える。


 押し潰さんとする圧倒的な恐怖を前に、血と共に溢れるのは歓喜だった。そこには爽快な嬉しさが満ち、冷めぬ興奮が身体をぐつぐつと煮詰める。


 わかるか。お前にわかるか。この気持ち。


 ギラン。レンは自らの緋色の瞳を、威嚇どころか殺意全開で紅蓮竜に向ける。


 紅蓮竜はその瞳に何を見たか。微かに押し黙り、硬直した。目をレンと交わすまま、静かに時を流す。


 だが止まらない笑い声。煩わしいとさえ思える矮小な人の叫び。遂に、遂に、紅蓮竜は堪えかねたのか怒りの咆哮を上げる。天と地と森が、怯えるかのように震動した。


 人など簡単に吹き飛ぶ咆哮。しかし、レンは笑い声を決して止めず、寧ろより声を張り上げる。ゴシゴシも目元を袖で拭うも、血の滝が視界を汚す。もう、これでいい。


 尚も唸る紅蓮竜。その目にボロ剣の切っ先を突き付け、レンは大いに告げる。








「ありがとよクソドラゴンッ! てめえのお陰で色々思い出したぞ。礼にプレゼントしてやるよ」



 レンは魔力を自然に感じる。思いのまま、魔力回路など全身そのものだとでもいうように、血管を切りながら魔力を盛大に放出した。


 雷に似た赤き光が、付与魔術の要領でレンの全身に纏う。バチバチと弾け奏でる魔力が、レンの激流の如き闘志を体現していた。


 さあ、ドラゴンよ。



「────地獄への片道切符をくれてやる!!」







 その魂は折れず、曲がらず、砕けず、溶けず、錆びつかず。不撓不屈の心を胸に、立ち上がる。


 指の先から心の臓まで力を込めろ。瞳を強く、心意気は真っ直ぐに。


 ここまで馬鹿げた、それでいて無垢で阿呆らしい考えはエクナミアでは聞いたこともない。だが、レンは知っている。これこそが、レンがレンである証だと。


 心を取り戻した今、レンの闘志に完全に火がついた。


 紅蓮竜の突進。大地を抉り、命を刈り取る殺戮行為。だが、今のレンは恐怖はしないし怯みもない。精々「車より速いかな」程度のこと。


 その姿を赤く変貌させた付与魔術を頼りに、軽やかに──激しく回避する。バンッと捲り割れる地面を背後に、レンは紅蓮竜の真横を疾走した。


 交差の瞬間。紅蓮竜が驚愕で目を見開くのを確かに視認。筋力が平均的な真人がとか、何故この速さで動けるかとか、そんなところか──まあ、どうでもいい。


 紅蓮竜の思考回路など無視して、レンは滑りながらダッシュの勢いを消す。その過程で体勢を調整することで、倒れ伏すリュトの前まで躍り出た。


 戦闘の障害になる上に、この場はとっくのとうに危険領域である。まずはやはりリュトの安全を確保したい。


 作戦を練るところで、レンに接近する轟音と暴風を察知する。しまった──振り返るレンの視界範囲の隅で、巨大な影が上方から圧迫してきた。


 それは腕。建物や馬車に匹敵する紅蓮竜の手が、レンを殺傷せんと振り下ろされてきている。既に間合いだが、それでもレンは躱せると自負していた。


 だが、それは仮想の話。


 今レンが攻撃を避けたところでリュトが腕に圧搾され、原形も判別できない死骸と化すだけである。これは、何が何でも阻止する。


 ならば、レンがこの瞬間に取るべき手段は一つ。



「【シュトルクアルム】────フルドライブッ!!」



 魂の奥底から魔力を絞り出し、絶叫と共に爆発させる。左手に魔力を操作限界まで収束し、強化に強化を重ねていく。


 砲弾。爆速で放たれる突き上げは、紅蓮竜の前足の掌、その中心を捉えた。


 ──────────!!


 鋼鉄すら破壊する鱗と素手が激突し、耳が機能しない程の怪音が衝撃波に混じって広がる。左手の触覚は、その存在を消したように全く感じない。


 両足が地面に陥没し、乾いた土の破片が反動で浮き上がる。


 ばき。びき。ぶち。


 衝撃による内圧で筋肉が千切れ上がった。ひびが入ったかのように根にも似た形の裂傷が走り、血が飛び散る。拳の先から腕の付け根までが、尋常じゃない損傷を被った。


 だが、紅蓮竜の攻撃を止めた。たった一人の人間が、己の左手一つで。


 拳を捻り、腕と一緒に攻撃を外側に受け流す。レンの身体スレスレの距離を破砕する紅蓮竜の一撃。


 レンは余韻に浸る間もなく、その岩の高度を持つ鱗に腕に飛び乗り、そこから更に跳躍する。


 身体強化。だが、これは異常だった。重量の計り知れない紅蓮竜の腕を止め、飛び上がれば──その頭部の正面まで辿り着く。


 ……………………っ!


 ………………………。


 至近距離にて交差する互いの視線。巨大なまなこを眼前に、右手に収束する魔力。レンはボロ剣を振るう。


 紅蓮竜は最初からこの瞬間まで油断していたのだ。レンを発見した際に、如何なる理由や思考、本能があれど炎で塵にしてしまえばそれで終わったのだ。


 だが、紅蓮竜がレンを弄び、それこそがレンに記憶を取り戻すキッカケを作り、自身を苦しめるとは皮肉なこと。


 つまり、どういうことか。







「────転生者チキュウジン、なめんじゃねえぇぇぇえええええ!!」







 レンの握る、赤錆色の剣。


 その脆い刃は、紅蓮竜の眼を確かに突き刺していた。







 



異世界だろうとどこだろうと

地球を見くびってはいかんのです

(-ω-;)

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