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火色のグラディウス  作者: 玄弓くない
第零章 紅蓮の竜と転生せし者
3/5

3.赫焉をもたらす者

眠たいですね~







 鬱蒼とした暗雲が群の成し、早朝は暖かく照りつけていた日輪もその姿を青空と共に消した。雨や雷、強風が予想され、外出を控える者が多々いると思われる。


 簡単な朝食を済ましたレンは、寝癖の酷い髪型を整え身支度を始めた。前髪の端に少ない赤毛のある奇妙な髪色をしたレンだが、ここは“前世の世界”とは法則性が違う。特に珍しくもない。


 装飾の無い緩やかな衣服を着て、赤い東方外套を纏う。冒険者御用達の道具袋を背負って、レンは自宅のリビングを見渡した。


 木造住宅ながら寒さにも暑さにも対策された住居は、レンが一人で住まうには僅かに広い。慣れなかった当初は、リュトが一人で来ては遊んだり衣食住を共にしたものだ。


 と、そこで忘れ物を思い出したレンはブーツを履き、外へと出た。ついでに施錠をし、家屋に隣接した小屋の戸を開ける。


 薄暗い戸の手前に、一振りの剣がある。埃まみれのその剣は、レンの父親がクラースの衛兵に勤めていた際に使用していた剣。フレイナス家に伝わっているだけの、大量生産品。



「……ぬう」



 整備も修復も碌にされていないそれを鞘から抜けば、錆び付いて刃こぼれが剣身全体に及んでいた。使用する気はないが、鍛冶屋に預けた剣を引き取るまでは念の為に帯剣しておく。


 ボロ剣を腰に差し、レンは自宅を後にした。


 この天気では冒険者も外出を控えるだろうが、昨日の銀狼王アルゲルプトゥフの事もある。【アークライナス】を中心に冒険者ギルドでは何らかの行動アクションを起こしているに違いない。


 遠回りになるが、先にギルドに立ち寄り情報を得てから鍛冶屋へ向かうとする。本日の動きはそれから考えるとした。







 やはり思っていた通り、冒険者ギルドではノードゥスの森に対し調査を行うことが決定していた。銀狼王の出現が森の生態系にどのような影響を与えるのか、または“既に事後”なのか。


 Cランク以上の冒険者達を筆頭に、下部の傭兵や実力のある下段の冒険者が招集されていた。近場では最も大きい【アークライナス】のギルドハウスに、三十人あまりの屈強な戦士や、熟練の魔術師達が集まる。


 出向は明日以降の天気が良好な日取り。本日は空が怪しい為、全体の会議だけで終わるらしい。余った人員では、森からの魔物と向かう人間を止めるべく壁門バリケードを建てるらしい。


 ムンチから情報を得たレンは、これは暫く休業かと溜め息を漏らした。ムンチは調査隊に参加を奨めるが、レンは出る幕はないと苦笑して返す。


 兎も角、今日は鍛冶屋に剣を受け取り、後は家で静かに本でも読もうと日程を考えた。偶には休暇も良いだろう。



「────何だって!?」



 ジローネの言葉に、その日程が粉微塵に砕かれた。驚愕の後に訪れた緊張感に、掌が急速に湿る。


 今、何て言いやがった。



「リュトが……何?」


「お前の剣を造るんだ、ってよ。まあこういう展開は読めたがな。諦めて剣を貰ってくれ。ついでにアイツを嫁にでも貰ってくれ」


「じょ──冗談じゃねえ!!」


「ばっ──馬鹿野郎! そんなに強く否定しなくてもいいだろうよ!!」


「そっちじゃねえ!!」



 リュトが剣を造る。有り難い話だ。預けていた今の鉄剣をお蔵入りにしてでも使うと思う。ナマクラでもない限り。


 問題は素材を取りに向かったことだ。今日、この天気の、バリケード封鎖が決定している、よりにもよってノードゥスの森へ。


 天気の良かった早朝に外出したリュトに、ジローネも天候が悪化すれば帰ってくるだろうぐらいにしか心配していない。だが、状況は緊急で大問題だ。


 何かあれば、死すらあり得る。



「今、ノードゥスの森に入っちゃ駄目だっての! 銀狼王だよ銀狼王! 銀狼王が来てギルドでも騒いでるんだよ!!」


「あ!? 銀狼王ってお前……、レン嬢! それはマジか!!」


「大マジだ!! あとこんな時でも女の子扱いすんな!!」



 レンはカウンターを砕く勢いで手を下ろし、置かれていた銀狼シルヴオルフ製の鉄剣を掴んだ。整備も済み、戦闘にいつでも対応できる。


 自分でも驚くべき速さで獲物を手にし、ジローネを強く睨む。怒ってなどいないが、レンの剣幕にジローネは萎んだように小さくなっていた。



「おじさんは急いでこの事をギルドに連絡! 後は心の底から無事祈って!」



 鍛冶屋の扉を蹴り破り、レンは街中に飛び出した。剣を持って武装した人間が店から勢い良く出れば、どう見ても強盗だなと暢気にも思う。


 よくよく考えてみれば、鉄剣整備の代金を支払っていない。正真正銘の強盗に等しいが今は時間が少しでも惜しい。


 壊れた扉をそのままにレンはノードゥスの森へ向かう。スタミナが空になりそうになりながら、ひたすらクラースの道を走り、近道とばかりに私有地に飛び込む。


 通行人や知り合いの住人に会う度に平謝りをしながら、レンは森へ最短距離で近づく。


 クラースとノードゥスの森を隔てる狭く小さい野原。百メートルもないその手前に、街の出口がある。幸い衛兵は一人、しかも立ったまま居眠りしていた。最近見掛ける金食い虫の新人だったか。


 ギルドのバリケードもまだ無く、封鎖されていない。近道のお陰で目撃者を減らすことにも成功した。


 冒険者の幼い子供を通したとして責任を負うであろう馬鹿な衛兵に心底感謝しつつ、レンは躊躇なく森へ入った。











 □◆□◆□◆











 普段に比べ各段に薄暗いノードゥスの森は、長年世話になりながら不気味な様相を醸していた。


 虫のざわめきも、動物の鳴き声も一切聞こえない。風に揺られる木々や花が、静かにかさつく程度。


 槍蜂スラスビーの巣も見当たらなく、偽艶花カヌバルワの前を通過したというのに無反応だった。魔物すら、レンに生態を無視した行動をしている。


 何故か。


 レンには、背景の一部と化して隠れているように見えていた。魔物の習性に、危険察知やその状態での特殊行動は見受けられる。


 まさしく、今の魔物達はそれだった。


 銀狼王の出現がそれ程のことなのかと思考し、ふと疑問にぶち当たった。そうだ、ここに辿り着くまで少し遅いではないか。







 銀狼王はどこだ。


 群れを成す銀狼も姿がない。







 あの強烈な存在感が皆無な現状に、今頃違和感を覚える。異常過ぎる事態だ。何か“どうしようもない上の出来事”の真っ只中にいる気がして、焦燥から頬が引きつる。


 銀狼王が群れを動かしたとは考え難い。体力を無駄に消耗させるような真似を、統率者が下すとは思えない。


 早くリュトを見つけよう。そう思った矢先に、木の陰に人影を見つけた。広い森の中で、警戒から声も出さずにいたというのに奇跡が起きたらしい。


 茶髪の頭に掛けた赤いグラスの両眼ゴーグル。袖を腰で縛った迷彩柄の作業着など、紛れもなくリュトの冒険者用の装備品だった。


 その顔が血に濡れてはいたが。


 根元に座り込んだまま身じろぎしないリュトに、最悪の想像が駆け、それを掻き消すように走り寄った。


 木に叩きつけられて気を失っただけのようだ。スヤスヤ寝息を立てていて、ついずっこけてしまう。


 側に落ちていた槍の残骸、そして木を抉ったひっかき傷などから、リュトが銀狼、下手すれば銀狼王と戦闘したと推測する。しかし、ならば当然のように疑問が浮上した。


 リュトは何故、生きている。銀狼ともあろう魔物が獲物を仕留め損なうとは思えない。何らかの事態が発生したと考えていた。







 答えはすぐそこにあった。


 リュトが倒れていた近場に、ノードゥスの森に点在する池がある。安全地帯ならば釣りもできるのだが、生憎ここは魔物の巣くう危険地帯。


 少しばかり広く、直径が二十メートル程はある円形をしている。青く染まったその側に、黒煙をくゆらせる大きな物体があった。


 煤どころか全身が黒こげの肉塊は、超高温の炎にて焼死したらしい。傷は見当たらなく、一瞬にて黒炭へと変えられたことがわかる。


 問題はその正体。辛うじて判別できた相貌に、レンの精神は戦慄で凍り付く。


 銀狼王。


 Cランクの冒険者が隊で挑み、時間を掛けて討伐される巨大な狼は、判別可能ぎりぎりまでの焼肉になっていた。とても食えない。いや、そうじゃない。


 混乱でレンの思考が蛇行しながらも、一つ結論に到達する。


 リュトは『火』の属性を持つ魔術が使えるも、銀狼を黒こげにせしめる力など持ってはいない。別の何かが、銀狼を殺戮して死体を放っている。







 池の中央付近に巨大な影が浮かんでいた。それが中ではなく上だと気づいたのは、風圧が巻き起こすさざ波のお陰だ。


 見上げて、遂に理解した。


 森の異常。生態系の破壊だとか、自然環境がどうだとか難しい話など関係ない。露骨に存在する恐怖が形を取り、そこにいる。


 銀狼王よりも、レンはその生物を“遥か昔から知っていた”。







 蜥蜴や蛇の爬虫類を彷彿させる、角錐状の頭部。逆鱗を立たせる太い首と、巨大な銅、それらを優に越える長さを持つ棘のある尾。


 岩石のような質感をしている真紅と漆黒の鱗に覆われた筋肉。それを搭載した四肢と、その先に生える大振りな爪。処刑器具さながらの鋭い牙をした顎から、熱気ある炎が息をするように漏れる。


 登頂に生えた角が、剣の如く鮮烈に視界へ焼きついた。紅のまなこが、視線だけで戦意を砕く。


 本名を知らずとも、それが何かレンは知っている。知識がそれは嘗ての世界で伝説の存在であったことを覚えていた。



「…………………………ドラゴン?」







 ────紅蓮竜ヴァルグレイナス







 赤々と燃え上がる火山に君臨する弱肉強食の王が、レンを静かに見下ろしていた。











   □◆□◆□◆











 池を囲うように円形状に並ぶ木々が柵を象り、さながら血湧き肉踊る自然界の闘技場を形成していた。但し、一方的な虐殺が行われ、観客は誰一人いない狂気の決闘。


 背に生えた豪快な翼が煽り、緩やかに、しかし大きく高い飛沫を上げてそれは着陸する。その桁違いの重量は大地を砕き、身じろぎが多大な風圧を巻き起こす。


 馬鹿みたいだった。


 たった一人の人間が遭遇する存在ではない。自然界では食物連鎖にすら直結しない、向こうから見れば餌ですらない有象無象なのだ。


 ドラゴン。蜥蜴の頭部に角を持ち、その身の翼で宙を舞い、破壊的な筋力は障害を塵芥にせしめる。絶対的な強者の顕現。


 紅蓮竜なるその魔物は、本来人間が太刀打ちする敵ではない。逸話や伝説にも登場し語られる、竜種最強の焔を司る邪竜。


 鱗は溶岩にすら涼しげに耐え、肺は灰燼に成す炎を生み、爪は鋼鉄を焼き切り、あぎとは岩石を噛み砕く。過去の英雄を墨と灰に変えてきた正真正銘の化け物。



「…………っ」



 ある意味奇跡だ。レンはまだ生きている。紅蓮竜はレンを何かの対象と見做してはいるが、即座に戦闘体勢に移行することはない。


 下手な行動を取らなければ、この場から離脱できる。リュトを担ぎ、ノードゥスの森から脱出。ギルドに緊急連絡を行い、この異常事態を徹底的に調査してもらう。そして、そして──。


 焦燥と緊張で体温が高まるも、反比例するようにレンの思考は冷えていく。沈着に、動揺を減少させ、現状の最善を尽くす。そうすれば死なない。



「──あ」



 水飛沫が眼前に広がり、至近距離に黒い鱗が視認できた。紅蓮竜がレンの前に突撃してきたという状況に、思考と行動が追いついた。


 攻撃されている。


 レンの精神が反応するよりもかなり早く、本能的な反射が回避行動を取らせていた。姿勢を横倒しにし、紅蓮竜の重量で割れていく地面に飛び込む。


 間一髪。自分でも躱せたことを遅れて理解しながら、レンは頭から転がった。


 至近の真横から見れば尚巨大な全体が視認できる。地上から頭部までの高さすら四メートルを優に越え、尾までの全長など目測で計る気は軽く失せた。


 大型の魔物で知られる銀狼王が前足で踏みつぶせそうだ。赤子のように捻るだろう。ならば、人間レンはどのくらいの比率で殺戮できるか。吐息を一つ、頭で小突く、その程度。


 片手を地面に着けてレンは飛び起きる。腰から鉄剣を抜き、威嚇だけの為に構える。刺激しない態度、攻撃を受け流す道具。


 ふう、と一息。身体の魔力が流れる経路に感覚を澄ませ、形を造る。神経のように張り巡らされている魔力回路に、全意識を集中。


 魔力は精神から。子供でも答えられる初歩にして奥義。心の芯だけは折れてはいけない。



「付与魔術…………【シュトルクアルム】ッ!」



 淡い光が仄かにレンに纏わる。自らの筋肉に作用し、身体の運動能力を飛躍させる支援魔術。支援魔術の中ではごく一般的で、教本にも術式が載るほどの基本。


 レンがレン自身にのみ使える、隊では使えない魔術。しかし、単独で竜に遭遇した馬鹿げだ状況では少し有効。


 そもそも先程の突進も、予期していても躱すことは大変難しく、大勢の鍛え上げられた戦士が初見で死ぬ。脚力のあまりに池が吹き飛んだのだ。


 紅蓮竜は目を細め、地面を響かせながら向き直る。振動する大地から両足が浮き上がる。規模が埒外だ。


 突進か。それとも火でも吐く気か。


 答えは、恐ろしい速度で放たれた前足。爪で裂くのでも叩き潰すのでもなく、単純な押し出し。だが、圧迫感と風圧で体勢を崩される。


 “前世の世界”で車と呼んでいた鉄の塊。ペダルを最大に踏み込んだ時の速度と破壊力は、とても似ていた。


 速い物体を情景と共に思い出していたこともあり、そんなレンだからこそ確実に見切って躱せる。身のこなしに関しては、エクナミアで散々鍛えてきたのだ。


 まだ死んでいない。


 倒せるとは思えないが、生還率は各段に上昇している。何とか隙を見つけ、確実に追われない方法で逃げるのだ。


 超臭玉ストゥールボールが脳裏をぎるが、あの物体は味方殺しの諸刃の剣。自分まで戦闘不能に陥る。それでも、紅蓮竜は短時間で復帰してくるだろう。


 思考に浸る暇があるならば戦闘に集中するべきと、レンはひたすら転げ回ろうとも回避に専念する。


 鞭のようにしなやかに、だが暴風を纏った尾が空間を切り裂く。近場の木々を薙ぎ払い、生える棘が銀狼王の亡骸を散乱させた。


 銀狼王は食糧ではない。半ば炭と化していたからではない。ならば何故殺す必要があったのか、自分が襲われる理由もわかるかもしれない。


 いや、やっぱり無理。


 周囲一帯の木々を丸ごと伐採され、元の地形が見る陰もない。レンは冷や汗を流し、呆然と立ち尽くす。


 次元というか破壊力というか、その他諸々のレベルが天と地ぐらい離れている気がしてならない。自然災害が意志を持っているような感覚が、論理的思考を悉く吹き飛ばしていく。


 紅蓮竜が攻撃してこないことに気づき訝しんだレンは、その視線の先をチラリと見やる。そして、目を見開いた。


 コロリと横たわる人間。木々と共に風圧に煽られたリュトの体が投げ出され、戦場の隅で剥き出し状態で放置されている。反応を示さないが、呼吸程度の微動は目に取れた。


 いや、待て。そいつは無防備なんだ。こっちみたいに躱せないし、一切の抵抗ができないんだ。だから、待てって。


 それは人間レンの都合であって魔物には興味も矜持も関係ない。ここでリュトが死んだところで、人間社会では毎朝連夜の犠牲者の一人であり、自然界では当然のこと。


 改めてそれを実感している暇はない。


 リュトが死ぬ。このままでは。


 立ち尽くしてはいられないレンは恐怖など容易くかなぐり捨て、強化された脚力で走り出した。そして、叫ぶ。



「ふざけんじゃねえぇぇぇええ!!」



 ごしゃ。


 重たい荷物を地に降ろしたような、果物が潰れた音にも似ている。どこから聞こえたのかと耳を澄ませば、三半規管やら色々壊れているらしく、感覚がグチャグチャになっていることに気づいた。


 あれ?


 訳もわからず、真紅に染まった視界が白く黒く明滅するのを黙って見ていた。







 



主人公死す。完

…………ではないのでご安心ください。

物語はまだ始まったばかりなのです。

(・д・)

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