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火色のグラディウス  作者: 玄弓くない
第零章 紅蓮の竜と転生せし者
2/5

2.支援ができない付与魔術

まだ序章の序盤。気を抜かず突っ走ります。






 自覚したのは、七年程前。レン・フレイナスが七歳になって少し時が経ち、物静かな秋が訪れた頃だ。


 まだ健在だった両親や周囲の人、そして自分までもが“自らの言動に違和感を抱いていた”。ふとした拍子、日常生活でも当然の行動の度に、それは顕著になっていく。


 レン・フレイナスは学校に登校してはいない。田舎町クラースを含んだ領地、ウィグド王国には絶対的な学生制度が規定されておらず、日常生活で必須な学問や、職業的な専門知識はその都度覚えるだけに留まる。


 無垢なる自由と正義を重んじるウィグド王国は、その辺りは割と“自由過ぎる”。しかしながら国の経済も悪化しないのは、善良に育てられた人民のお陰であろう。


 良王に良民が集うということだ。


 そんなレンが、教えてもいない計算式や難しい文法を用いれば家庭教育者の両親も驚愕を通り越して思考が停止することも屡々あった。特に読書をするわけでも、勉強熱心なわけでもない。


 一種の天才でも誕生したかとある意味愕然としたが、“本人は更に苦悩していた”。


 買い物をしている時、習いもしていない計算式が脳裏に浮かんでは適当な数を買い求め、店主と難なく会話する“非学生の子供”。


 自らでも変だと思ったし、“変だと思える冷静沈着な思考こそ変だと思った”。







 違和感の正体は、そこから二年後に理解する。


 エクナミア全土を襲い、全ての国家、民族、人民を恐怖させた流行病。それにより対抗する治癒魔術の完成が間に合わず、レンの両親を含めた大勢の人々が衰弱し、病死した。


 そして天涯孤独の身となったレンだが、少し遅れて越してきた鍛冶屋の家族が後見人を名乗る。両親の旧い友人だというその夫婦とは、意気消沈でどん底だったレンを良く助けてくれる。


 何よりその夫婦の一人娘は妙に姉貴分だと自称しては、レンに物語をよく話してくれた。


 ────魔力も使わず、電気を操る技術。


 ────触れるだけで光る器具。


 ────鉄の塊が人を乗せて、凄い速さで動くらしい。


 ────……あ、そうか。そういうことか。


 レンの脳裏に閃いた言葉や概念が象られ、記憶となって浮上する。朧気ながら存在していた謎の知識は、“過去”という事実になりレンの心を昇華させた。


 つまり。


 イセカイ。……異世界。


 ぜんせ。……前世。


 復活。違う。……生まれ変わり。


 抜け落ちた空白が大部分を占め、思い出なるものは奈落に沈んだまま。しかし、数多の予兆と長い時に漸く思い出したのだ。


 レン・フレイナスのたましいは嘗て、どこか別の世界にて確かに生きていたのだと。











   □◆□◆□◆











 冒険者ギルド【アークライナス】のクラース支所を立ち去ったレンは、一切の寄り道をせずに街の東部へ向かう。街路樹が並ぶレンガ作りの家屋が次第に増え、料亭や宿が増えてくる。


 レンはその内の一軒家に入る。軒先には東方風の墨字にて『鍛冶屋ジローネ』と店名。序でに小さく『日常品から武器防具まで、オーダーメイド可能です(ハート)』とある。


 豪快だが、いつ見てもアンバランスな上、色々ずれて空回りしている店だ。だが愛嬌も多分に含み、冒険者や町民にも親しまれる隠れの名店でもあるのだ。



「おう、レン嬢! 今日も相変わらず細いな! 本当に鍛えてんのか!?」


「もう反論に疲れたけど言うよ? 俺、男。男用の風呂と便所にしか入れないから」



 店内に並べられた金属類。苦くて鉛臭い鑑賞陳列に適した武器防具が押し込まれるように設置され、静かに光沢を放つ。


 それらが視界に入るよりも圧倒的に早く、店の陳列棚の更に奥、受付のカウンターから野太い声が響いた。鈍重な金属にも存在感が見劣りしない、岩に似た硬い雰囲気。


 膨れ上がった重厚な筋肉を内包するのは小柄な体格。身長は百六十五センチだが、この血脈ではかなり背が高く、同族からは畏怖の眼差しを心地良く受けている。


 浅黒い肌はすすを纏い、腕に刻まれて傷は修練に励んだ末の勲章だ。黒い顎髭に、豪胆な笑みを浮かべる表情は、生涯現役を宣言したおとこの貫禄を持っていた。


 ジローネ・エネグロフ。ドワーフと真人の混血種にして、看板を背負う店主。張り裂けそうな汚れて黒ずんだ白いTシャツに作業着を身にした姿。飛行船や蒸気船などの整備士にも見受けられる。



「ふあっはっはっは!! 男だと言うならパワーを身に付けるのだな。見よ、この筋肉! 脈動する血の流れ。そして力の鼓動を!! 細い内はお嬢ちゃんだなッ!!」


「……いや、“動くタイプ”の冒険者が身体重たくしてどうすんのさ」



 若干ムッとし、レンは事実を淡々と述べる。重厚な筋肉が行動を阻害しては危険性が高まる。かと言って筋力が無ければ行動そのものが出来ないため、強くは言えない。


 母親譲りの顔立ちと細身の体格は、レンがレンである証明でもある。結構鍛えた筈なのに背もあまりに伸び悩む。父よ、あなたは遺伝子までもが母に頭が上がらないのか。


 当初の目的を為す為に、レンは腰から鞘に納めた鉄剣を抜き、ジローネの前に静かに置く。整備の発注であることは、家族同然の間柄故に語らずとも伝わった。



「…………なあ、レン嬢。そろそろ新しい剣でも作んねえか? 三年間ずっと使ってんぞ。剣の寿命も後一年は無い。素材は将来を見越して貸しても良いんだぜ?」


「おじさん。俺のランクで出来る依頼だって結構危ないんだよ? 強い武器が欲しくて難関な依頼受けたって死んだらおしまい、残念無念であの世いき。本末転倒でしょ」



 何より金がない。レンは掌を上にしてヤレヤレと振る。


 武器防具の類は日常品とは比べるまでもなく価値が高い。初心者の冒険者になると、マトモな装備を一式揃えるのに一ヶ月分に相当する金が飛ぶ。しかも、その借金を抱えたまま命を落とすことが多々ある。


 当然だが、無得手の人間よりも強いのが魔物であり、武器も魔術も無しでは末端のFランクの魔物にすら到底叶わない。Bランクの一流冒険者が、魔力切れでFランクに殺されることも少なからずある。


 命が欲しければ、二つに一つ。


 簡易な依頼で着実に生計を建てるか。


 財源の為に強力な武器防具を手に入れるか。


 武器防具を強化、生産の為にはより優良な素材が必要になり、危険度は増すばかり。冒険者の数が一日の間に激しい増減を繰り返すのが世の常なのだ。



「……まあ、この街に常駐している限り安全ではあると思うけど。まだ武器はコイツが良いよ。折角の最初の相棒だから」


「あのな。ソイツは冒険者になったって言うから洒落で作った記念品だ。脆弱な初期装備を酷使する馬鹿はレン嬢だけだぞ」


「お金が貯まったらねー」



 取り敢えず当分は銀狼シルヴオルフ製の鉄剣を使用したい。最近、大金をはたいたばかりなのは内緒だ。


 レンが着ている東方外套は赤蜥蜴サレドラの貴重な鱗で作られた列記とした防具である。素材の入手は、偶然助けた商人から“安値”で買い取った代物で、耐火性にかなり優れていた。


 その時手持ちにあった依頼の報酬金に加え、貯金が軽く飛んだのだから、元々の値段である四倍はさぞ目を見開くものだろう。



「おばさんは?」


「近所のママ友と安全経路でゆっくり旅行だと。無事に土産持って帰ってくりゃあ文句はねえ」



 拗ねてる。マイワイフに会えなくて寂しいのだろう。口を尖らせて小さく喋る様は、オヤジの癖に子供っぽい。


 よし、それでは帰るとしよう。



「じゃあ、明日の朝にでも剣を取りにくるから」


「ん? リュトの奴には会わねえか?」


「うん。色々疲れたし、帰って休むわ」



 ジローネに背を向けるレン。だが、ある種の予感が閃き、レンは咄嗟に伏せる。その頭上を鈍い鋼鉄が唸りを上げて通過した。──何ぃ!?


 店に陳列されていた全身鎧フルプレートアーマーがギシギシと軋みながら駆動し、レンに対してファイティングポーズを構える。いや、問答無用で戦闘が始まるのは魔物だけで結構だ。



「おいリュト、商品なんだ。傷つけんなよ」


「それ違う! 止めろ、この馬鹿を今すぐ止めろ! ──って、剣なんか抜くな!」


「馬鹿はどっちよレン。到着する十分も前から隠れてたのに気づかないなんて。……その警戒力じゃ、Dランクもまだまだね」


「普通、店の中で商品に隠れる奴はいねえ! いたら盗賊か常識知らずの馬鹿だけだ!」


「ここはウチの家。ウチの好きにして何が悪いの?」


「リュト、それは違うな。ここは俺の店だ」


「おじさん、それも違う。叱る部分がな」



 店に来る前から隠れていたとのことで、先程の会話も全て聞かれていた。子供っぽくわざわざ鎧に潜伏して待ち構えるところは、昔から精神的成長が無い。


 手慣れた動きで鎧を外し、無造作に床へ落としていく。商品云々の話は耳を突き抜けていたのか。


 プリントTシャツに作業服な父親と似た服飾に加え、鍛冶作業の際に着脱していたゴーグルを頭に掛けていた。ほんのり朱の差した顔立ちは、栗鼠にも似た小動物的な雰囲気をしている。


 ドワーフと真人の混血種。未だに十歳近い体型は、どうもコンプレックスらしい。馬鹿にすると体格からは信じられない腕力に薙ぎ倒される。全身鎧フルプレートアーマーを装着しての軽快な動きが、彼女には児戯に等しい。文字通り(?)。


 リュト・エネグロフは、拗ねている。五年間も会えば何となくだがそれは察した。理由は依然として不明だが。



「…………新しい剣が欲しいの? 何でウチに相談しないの? ねえ?」


「いや、いらな──」


「ウチに何でも相談してくれたレンはどこ? ベッドもお風呂だって一緒の仲でしょ? ねえ?」


「あれ? 会話が通じない程の仲でした? ねえ?」



 しかも何年前の話を持ち出すのだろうか。姉貴ぶるのは構わないが、たまにこうして心配性なところを見せるのが女々しいし、雰囲気も幼い。先程の颶風の如き拳は見る影もない。


 リュトがブツブツと独り言を述べながら自分の世界に浸ったしまい、困り果てたレンはジローネの顔に振り向いた。どうすればいい、と。



「レン嬢、お前が悪い」


「何故!?」


「悪いな、親ってのは子には甘いんだ」


「それでもこれは──ぐあぁぁああ!!」



 腕に抱き付いたリュトが万力の処刑器具の如く締め付け、レンの口から絶叫が吐き出される。銀狼よりも圧倒的に敵に回したくない存在は、涙目で少し上のレンに視線を合わす。


 俺、そこまでのことしましたか。リュトの涙と処刑執行に疑問符が浮き沈みする。ともかく全力で振り払うも、次は手を握られた。暖かいどころか熱気のある握手。



「うおっ!? ボキっていっ──があぁぁああ!!」


「ちょっと付いて来て!! 父さん行って来る!!」


「逝く!? 骨が!?」


「おー、楽しくなー……」



 ほのぼのとしたジローネの細くした目に見送られ、レンは鍛冶屋を後にした。向かうべきは医療院だが、リュトに半ば地面に擦られながら引かれ、抵抗する筋力が落ちていく。


 ジローネの言うとおり、少し筋肉も必要かもしれない。











   □◆□◆□◆











 リュトはレンと“同郷”の、生まれ変わりらしい。口裏を合わさずに前の世界はどのような環境だったか、どのような物体があったかなどスラスラ交わすこともできる。


 五年前、突如「おねーさんになる」とか意味不明なことを口走ったリュトは絵本も無しで物語を聞かせた。童話のようでいて、幼い子供には到底わからないであろう文法だった。


 子供に聞かせるものだが姉貴分としての大人ぶった威厳が欲しかったらしく、難解な推理小説風のテイストだった。しかし、本人も知らずに前世の記憶を引き出していたレンは、納得したように話を想像していく。


 遠くの人とも話せる道具の話で「……電話のこと?」と自分でもわからない内に口を挟んだ瞬間、“頭の中で、知識が爆発したかの如く溢れかった”。


 それが、レンとリュトがより親密になるキッカケでもある。


 実を言うと、思い出した記憶も断片的で自分がどんな人間だったかは覚えていない。“世界というか星の名前も知識にはなかった”。


 さり気なく聞き出そうとしても、「知ってるクセに」と聞く耳持たない。







 リュトはあれから全く離すことなく、終いにはクラース東部の隠れた名所、桜の木が生えた丘まで連れてこられる。レンガ造りの東部一面と、ノードゥスの森の一端を観賞できる長閑な風景。


 芝生の上に構える桜を見つけた時は、リュトと共に静かに立ち尽くしたものだ。二度と見れないと思っていたみやびな美が、燦然と存在したのだから。


 ────最も、和風文化から成り立つ東方国ソラニスを知り、二人は後に愕然とした。二人の各々の母親がソラニス出身であったり、桜はそう珍しいものでもないらしい。


 ────そんなに好きなら種でも買って来ようか。そう述べたジローネの顔面に二人で拳を叩き込んだ感触は覚えている。


 そんな思い出の場所であるこの丘に、リュトは果たして何の用があるのか。


「……来たけど、何しに来たんだろ?」


 何の用もなかったらしい。


 いつの間にか夜空になり、星々の光がクラースを仄かに明るく照らしている。街灯が点き始めた街とノードゥスの森が、涼しげな雰囲気を浮かべていた。


 双子の神、リナスタとカニュアのこの世の姿として神話で語られる二つの月が、レン達の頭上で儚げに輝いている。


 腹減った。帰りたい。


 レンは腹の虫が死に絶えたのではと危惧していた。昼はノードゥスの森で銀狼を狩っていた為に、昼食は摂っていない。冒険者として致命的なミスだ。



「レンは、やっぱり魔術使えないの?」


「……まあ、それなりに覚えてきた」



 リュトの直球な問いに、レンはふてくされた気分になる。知っているが、敢えて訊いてきたのだ。


 このエクナミアは魔力に満ち溢れ、全ての生命体は各自の体質に適合した属性や才能を潜在させている。


 銀狼シルヴオルフの魔力には『獣』に少しばかりの『氷』の属性。魔術の概念は神格化した神々や神話からなぞらえている為に、属性は多岐に渡る。


 中でも人間は特殊で、人種や性別に統一されてなく、人間それぞれが得手した属性や才能を持ち合わせる。血脈や地域環境で似ることもあるが、完全な同一は皆無に等しい。


 そして、レンに与えられた属性や才能は中でも特殊で、異端な故に“使えない”。


 冒険者や傭兵など、戦闘を主に行う人間達は特に攻撃に適した魔術を鍛錬し、または創造する。その過程で、属性やその相性などを心得ていくものだ。


 レンは、付与魔術と類する才能を持ち合わせながら“自分以外に付与できない”。付与とは則ち、物体に属性や強化を与える魔術。


 才能としては完全な失敗作と判断される。何せ、味方や数々の武具を強化する力が、自分にしか使えない。


 隊列パーティーからは確実に孤立する。


 他の属性の相性は『火』に適するが、精々自分の手を燃やす程度。近場にしか使えず、投擲や遠方での発動は不得手。


 魔物に対抗する手段である魔術が使えないのは、巨大なハンデだ。


 故に、レンは慣れたノードゥスの森に多く立ち寄り、出歩く場所も隣の街やその周辺の狩場程度。安全性は抜群と言えよう。


 この町の住民やギルドの組員、街によく顔を出す冒険者は、成り立てには珍しい実力を弁えた良いことだと語る。


 基本的にFランクからEランクまでの昇級は三ヶ月程で成るが、レンはそれより二ヶ月遅かった。ノードゥスの森の銀狼は殆どレンが駆逐している。


 別に、レン自身も知り合いの冒険者も、それでいいとは思う。死に急ぐ馬鹿は早々に見限られるべきだ。



「……レンが危ないっていうなら、ウチが何とかする」


「は?」



 リュトも【アークライナス】Eランク冒険者の一人だが、もっぱら鍛冶師専門のギルド【ナールハンマー】に出入りすることが多く、鍛冶師ランクはCにまで成っている。道場ならば免許皆伝の腕前だ。


 そのリュトが何をする気なのか。レンにはよくわからなかった。



「…………ま、おねーさんに任せなさい」


「…………自分より小さすぎるお姉ちゃんは──いだだだだだっ!!」







 



付与はRPGでも定番ですよね。私はじっくり強化に強化を重ねた後に、最大火力をぶちかますのが大好きです。

(≧∇≦)b

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