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第一章5 『生死の境は紙一重』

「え? この状況……何?」

 とぼけたふりしてコニクロへと潜入した。正面から堂々と。

 誰もがポカーンと口を開けて俺を見つめている。

 それもそのはず。俺が今通ってきた入り口には鍵がかけてあったのだから。

「あれ? 鍵かけ忘れたのかな?」

 おっさんは自分のミスだと思ったようだ。それならそれで都合がいい。なぜなら天使だけが持つ力――人間界でいうなら『超能力』を行使して鍵を開けたのだから。

「おっさん……その拳銃でどうするつもりなんだ」

「君には分かるんじゃないか? まあいい、君もそっちで座っててくれないかな」

「とんだはずれくじ引いたみたいだぜ」

 両手を挙げながら渚へと近付いて座る。

「なんで来たのよ。鍵掛かってたはずでしょ?」

「用事が済んだから渚ちゃんに挨拶でもしてこうかなーって思って来てみたらこれだったんだ。でも鍵なんてかかってたのか?普通に入れたけど」

「君、すごい根性してるよね。女の子にちゃん付け……恥ずかしくないの?」

「渚ちゃんにしかしないよ」

「冗談のつもり?」

「いやいや、おおマジだよ」

 俺はともかく、この状況で普通に話せる渚の精神力はすごいと思う。

 面白そうにふふふと笑う。まんざら嫌でもなさそうだ。手ごたえありってところか。

「少年、こっちにきてくれないか」

 おっさんが手招きする。

「なに? 俺殺されんの?」

「まさか! 僕は誰一人殺さない。殺したくない。そこに座ってくれ」

 人質となったコニクロ店員たちとは少し離れた場所に俺は呼ばれた。

 丸いすを勧められる。

「少し知恵を貸してくれないか?」

「俺が? 強盗犯に? やだよ」

「君はどこか今の若者と違う気がする。そろそろ警察もくるだろう。話を聞くだけでもいい。頼む」

「話してみなよ」

 なんだか面白そうだ。俺と渚さえ無事ならどうでもいい。

 警察のサイレンが聞こえてくる。それもかなりの数だ。近所の誰かが通報したのだろう。

「僕はお金が欲しいんじゃない。必要なんだ。話したよね? 少女の話を。もう時間がないんだ。私は焦って闇金に相談したところ、暴力団事務所を紹介された。そこでこの銃と手榴弾を渡された。派手(・・)にやって時間を稼げと言われた。でも僕は耐えきれない。罪を感じてしまうんだ。目的を果たしたら僕はこれらで自殺するつもりだ。だから……」

 おっさんは拳銃と手榴弾を交互に見つめる。

 その青ざめた顔を見れば分かる。彼もこんなことはやりたくないのだ。

「いいぜ。ただし共犯にはしないでくれよ? まだ死にたくないしな」

「ありがとう……」

 か細い声を震わせながら礼を口にする。

 外からはサイレンの音が。警察も無茶な突入ばかりするからな。やるべきことは急がないと。

「病院と少女の名前は?」

小早川(こばやかわ)病院、睦月七海(むつきななみ)

「おっさんはまず紙にこう書け。『これから三つの条件を順番に伝える。すべてが無事に叶えられた場合、人質を無傷で解放しよう。一つ、小早川病院に入院してる睦月七海の手術をすぐに行うこと。それを生放送し、こちらが手術開始を確認したあとに次の条件を伝える』ってな」

条件が三つというところが重要だ。俺が警察の立場なら条件次第ではと考える。それに条件を伝えにいく人は人質の誰かに行ってもらう。そうすればこちらの状況が向こうに伝わるだろう。誰一人として怪我をしていないことがな。そうなれば警察も無理に突入することなく交渉しようとするはずだ。誰だって争いごとは平和的に解決したいだろう。

「分かった、君に従おう」

 おっさんの手紙を妊婦に持たせる。

 ここは渚に渡したいところだが、病人や妊婦が優先度が高い。渚は次でいいだろう。

「この手紙を警察に届けてもらえませんか? ここには戻ってこなくてもいいです。でも一つだけ条件を。ここの状況を聞かれるはずです。その時にしっかりと伝えてください。人質は無事だと」

 妊婦は驚いた顔でおっさんを見つめる。にっこりと微笑んだおっさんは強盗犯ではなく、天使のように見えたからだ。

 それはとても優しい笑顔だった。

「私は解放されるんですか?」

「驚かしてすみませんでした。警察の方によろしくお願いします」

 妊婦は気味悪く思いつつも嬉しそうに出ていった。

 しばらくしてテレビで手術が始まったことを確認する。

 ポタッ、ポタッと滴が床に垂れる音。

 おっさんが肩を震わせながら顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 そう何回も呟いた。

 彼は自分の犯した罪の代償を払うために、また新たな罪を犯した。それでも後悔してはないのだろう。

 命を奪うことは簡単だ。しかし、救うことは奪うことの数十倍難しいこと。

 いまはそっとしておいてあげよう。彼の人らしい心を優先して。



「落ち着いた。ありがとう」

「俺はなんもしてないけどな」

「ところで次の条件はなんだい? 僕の願いは叶った。もうなにも望むことはないよ」

「んー……『人質を解放する。全員しっかりと保護せよ』なんてどう?」

「それはいい。警察も驚くだろうね」

 すっかり落ち着いたおっさんと冗談を言って笑いあう。

「そのあとは?」

「それはもう決まってる。『抵抗はしない。私を逮捕してくれ』だ」

「それは……やめないか。前科持ちが社会に溶け込むのは難しい世の中なんだ。生きていても意味がない。唯一心残りだったこともさっき果たしたしね」

 おっさんは窓から外の様子をうかがう。

 警察は次の条件を今か今かと待ちわびているだろう。

「そんなんでいいのかよ……。俺はあんたが心置きなく死ねるようにと思って手伝ったわけじゃない。またゼロから再出発してほしいんだ。あんたみたいな善意の塊みたいな人間はみたことがない。刑務所暮らしはもちろん、出たあとの再就職も大変だ。でもあんたならできる。人間に無理なことなんてないんだよ! ……絶対に諦めるな。現実から逃げないで戦おうぜ」

 俺が言いたいことはすべて伝えた。俺はなにもしてない。これでおっさんの運命が変わったというならば自らの意思によるものだ。

 彼の目には再び涙が宿っていた。下唇を噛み、俺に背を向ける。

「……ありがとう。私みたい(くず)が生きていてもしょうがない。そう思ってた。でも……もう一回だけ頑張ってみるよ。元気になった睦月さんに謝罪もしたいしね」

 振り向いたおっさんの表情は晴れやかなものだった。

 心に溜まった不安と悩みが解消され、曇りひとつない純粋な笑顔。

 人間にもいいやつがいるな。そう思った。

「おっさんもいい表情できるじゃん」

「君にはいくら礼を言っても足りないな。でももう一回言わせてくれないか? ありが……」

 おっさんの言葉は途切れた。

 彼は大きく目を見開いて虚空を見つめる。そして、一歩、二歩と下がり、膝から崩れ落ちた。

 その時、俺は二つの事実に気付いた。

 一つは、窓には小石を投げ込まれたかのような穴。外から狙撃されたのだ。

 二つ目は、おっさんが片時も手放さずに握っていた手榴弾のピンが抜かれていたことだ。

「みんな! 伏せろぉぉぉおおおお」

 俺は喉が張り裂けんばかりに叫んで走り出す。

 きょとんとする人もいれば慌てて伏せる人もいる。伏せれば助かる可能性もあるかもしれない。だがとっさに反応できる人もわずかであり、渚は反応ができない部類だった。

「掴まれ!」

「な、なに?」

 驚きを隠せないでいる渚を両手でしっかりと抱え込み、カウンターの裏へと飛び込む。

 背中に床の感触を感じたその時、世界が変わった。

 激しい熱気と凄まじい風圧が俺たちを襲う。

 肌がじりじりと焼ける。体の肉が一つ一つの欠片となって剥がれ落ちていくようだ。

 渚だけは守るんだ……。

 朦朧(もうろう)とした意識の中でも彼女だけを想った。

 床に押し潰すように(おお)い被さる。熱気から守るためだ。

「ごめんな……重たいけど少し我慢してくれ。全部君を守るためな……ん……だ……」

 ゆっくりと、でも確実に俺の意識は闇に包まれていった。そしてなにも見えなくなった。

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