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第一章4 『それが見たもの』

 そもそも意思とはなんなのか?

 俺は根本的なことから考え直すことにした。

 天使である俺が人間に恋をすること自体がありえない話なのだが、起きてしまったものはしょうがない。だからこそ誰にも俺の恋を邪魔などさせない。

 そんなわけで、俺は積極的に攻めようと思う。幸いなことに俺は彼女の情報を持っている。これから彼女が罪を犯すから天界より情報が送られてくるのだ。これからどのような罪を犯すのかは分からない。しかも俺が干渉してはいけない。だが、逆にいえば俺は(・・)ダメなのだ。周りの人間を気づかないうちに誘導して運命を回避すればいい。

 この世界は罪で溢れている。だからその罪が増えるよりは減る方がいいに決まっている。まさか違犯にはならないだろう。

 そんなわけで俺は今、彼女の通う中学校の前に来ている。

 きっかけは自分で作らなきゃいつまでもやってこない!

 俺の情報によれば彼女は学校に内緒でバイトをしているらしい。父親が亡くなってからは家計が辛いらしく、家のために働いているのだ。

 なんと健気な女の子なんだ!

 その彼女はバイトに行くためそろそろ学校から出てくるはずだ。

 ふと学校の方を見るとちょうど彼女が玄関から出てくるところだった。

 待ち伏せていたと思われたら非常にまずいので、偶然を装って話しかける。

「あれ? コニクロの店員さん?」

「え?」

 これはもしかして最悪のパターン――忘れられたやつかもしれない。

「昨日服選んでもらったんだけど……覚えてない?」

「ちょ、ちょっと来て!」

 彼女は辺りをせわしく見渡したかと思うと、俺の(そで)を掴んで学校から陰になるところへ連れていく。

「ふぅ、急にすみません。もちろん覚えてますよ」

「もしかして……学校には内緒?」

「いえ、まぁ……」

 モジモジしながらうつむく。

「ところでさ、その……手、いつまで(つな)ぐ?」

「え? あっ! すみません!」

 顔を真っ赤にしなからキャッ!と可愛らしい声をあげて袖から手を離す。

 俺としてはずっとこのままでも良かったが、そういうわけにはいかない。

「これからバイト?」

「えぇ、そうですけど」

「じゃあ一緒に行かないか? 俺も近くで用があるんだよね」

「別にいいですけど」

 もし俺がチャラそうな若者や中年のおっさんだったりしたら間違いなく不審者にしか見られないだろう。容姿が普通の高校生で良かった。

 一定の距離を置きながら歩く。正確には置かれているのだが。

 もともと気の利く話ができるような性格ではない。初回限定の必殺技――自己紹介を使うとしよう。

「渚美月ちゃんだったよね? バイトの名札に書いてあったからさ」

「覚えてたんですね」

「まあな、俺は加賀谷悠生。よろしく」

「高校生なんですか?」

「そんなところだ。今は三年生?」

「そうです。明日から修学旅行。終わったら受験で地獄の毎日。最悪です……」

「バイトといい受験勉強といい、本当に大変だね」

 どこか暗い表情をする渚だったが、問題は別なところにあるように思える。

「それじゃあバイトなので失礼します」

「おー、じゃあね」

コニクロへと向かっていく彼女の背中をいつまでも見送り続けた。

「第一印象は悪くはない……はず」

 もちろん断罪者としての役目は忘れてはいない。だが、それは今や第二目標へと変わりつつある。

そろそろ務めも果たさなければ天界から何を言われてもおかしくないだろう。

「あーあ、ほんと憂鬱(ゆううつ)だ……」

 頭の中にあふれ返る情報を整理しながらぼそりと呟く。

 見守るはずの立場である俺がこの日の夜、思いもよらぬ形で巻き込まれることになる。




 すっかり日が沈み、辺りは街灯の薄暗い光を残して真っ暗闇に包まれた。

 家がない俺は一人でこの時を過ごさなければならない。一日で最も苦痛を感じる時間帯だ。

「お金はあるのに使い道がまったくもって分からん」

 財布の中には万札がぎっしりと詰まっている。この紙は価値が高いことをなんとなく知った。見てくれも良さそうだし、言われてみれば……といった感じだ。偉そうなおっさんの顔も書いてあることだしな。

 問題はこれをどこで、どのような意図で、どう使うかだ。

 警察に聞くのは面倒だし、赤の他人に聞くわけにはいかないし……渚ちゃんで安定だな。

 自分に都合が良すぎる解釈(かいしゃく)なのは秘密だ。

 そろそろ夜十時を迎える。バイトが終わる時間のことだ、迎えにいこう。

 その時、俺の背中に寒気が走る。ムカデが背中を()っているみたいにじわじわと気分の悪くなる気持ち悪い感覚だ。

 俺は走り出した。渚が心配だ。彼女のバイト先はここからそう遠くはない。

 呼吸が荒い。肺の中に空気が入っていないのかもしれない。とても胸が苦しい。息をするたびに肺に激痛が走る。

 限界を越えた走りを見せた俺の目の前には、昨日と変わらぬコニクロがあった。

「なんも起きてねーし……待つか」

 どうやら気のせいだったようだ。

 額を流れる一筋の汗を(ぬぐ)い、渚が出てくるのを待つ。

 しかし、いくら待ってもコニクロからは誰一人として出てこない。

 不審に思った俺はコニクロを(のぞ)いてみる。

「なにやってんだ? あれ……」

 不可思議な光景に唖然(あぜん)とする。

いつの日か、公園で悩んでいたおっさんが片手に拳銃を、もう片方には灰色の小さなボールのようなものを持っていた。その奥には一ヶ所に集められた人の集まりが。その中には恐怖で怯えた渚の顔も見える。

十中八九強盗だろう。あのおっさんもお金が欲しいと言っていたしな。

「俺の渚が危ねえ! でもどうすればいいんだよ」

 すぐにでも助けにいきたいところだが、断罪者という立場である俺は行動にいろいろと制限がつく。それに人間の前で力を行使するということは多大なリスクを背負うこととなる。

 複雑な立場にいる俺だが、時に冷静でいるのも大切だ。

 頭を冷やせ、俺。今すべきこと、それは――

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