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第94話 精霊から長老への叱責

今俺の目の前に居るのは地面に両手両膝を付けて所謂、土下座という体勢で俺に対して跪いているエルフ族の長老と、その後ろでオロオロと慌てふためいている各々の長老の付き人、更にエルフ族に詰め寄っているドワーフ族と水棲族の長老二人だった。


「おい婆、長老ともあろうものが何してやがる!」


その内の一人であるドワーフ族長老は跪いたまま身動きをしないエルフ族長老の肩を揺さぶっている。


「ニンゲン、貴様何者だ?」

「控えろ、爺! この方の前では我等は塵も等しき存在でしかないのじゃぞ」


エルフ族は徐に立ち上がると俺に向かって軽く頭を下げて、ドワーフ族を無理矢理床に押し倒した。


「ちょ、ちょっと待ってくれませんか? そもそもこの方は一体誰なんです?」

「そうじゃ、儂もその事が聞きたかったんじゃ。其れを事もあろうに、有無を言わさずに床に引き倒しおって……」

「耳の穴ほじって良く聞け! この方は我等が崇め讃える精霊様と契約せし、神子様じゃ。我が息子クレイグが言霊をカードに乗せて態々伝えてきおったのだ。貴様とて、神子様という存在くらい聞いたことがあるじゃろうが!」

「確かに神子様の事は先代の長老から話だけは聞いたことがあるけどよ。あれって良く出来たお伽噺じゃなかったのかよ」

「そうですよ。それに御子息の言葉を疑う訳ではありませんが、証拠もなしに神子様だと言われて『はい、そうですか』とも言えませんしね」

「おのれらは、なんちゅう罰当たりな事を……」


まぁ行き成り『俺が神子だ。俺を崇めよ』と言っても世迷言だと言われて信じられないだろうな。


そんな態度を取る気は更々ないけど。


《エスト、どうすれば良いと思う? クレイグさんの時みたいに、目の前で精霊と同化すれば信じてもらえるかな》

《そうですね。ちょっと不謹慎かもしれませんが、エルフ族以外の二人の長老にちょっとした悪戯を敢行してみましょうか》

《おっ? 何やら面白そうだね。何をすればいい?》

《その前に……ティア、ラクス、あの二人に何か言いたい事はありますか? あっ、サラは別の所で活躍して貰うので今は我慢ですよ》

《私は言いたいことがありますね。横着して建物の中に水路を掘った事を追及しなければなりません》

《私も同じく。聖域の結界の一部に極小の綻びがあるようなので、恐らくはまた(・・)やったんでしょうね》

《あの、お母様? 私はどうしたら……》

《私、役目無し?》

《フィーは最後の〆で声を掛けて御上げなさい。森を離れていた間の苦労を労ってあげれば良いと思いますよ。サラもそんな顔しないの、貴女には竜人族に対する断罪という立派な役目があるんだから》


この場に竜人族の長老がいない事で仲間外れにされているような状態のサラではあったが、エストの一言で気分を持ち直したようだった。


《じゃあ、俺の役目は皆と同化するってだけで良いのかな?》

《マスターには御手数をお掛けいたしますが、同化した後で身体譲渡も行ってください。一番最初はドワーフ族から行こうと思いますので、まずはティアと同化して身体譲渡、その後同化を解除して次にラクスと同化して身体譲渡、最後にフィーと同化して身体譲渡という、少し慌ただしい事になってしまいます。加えてこの場に居ない竜人族長老を断罪する事になると思いますので、その時にもまたサラと同化して身体譲渡して頂けなければなりません。御苦労をお掛けいたします》

《いや、元はといえば俺の存在を皆に証明するための物なんだし。それに少し不謹慎かもしれないけど、この事で皆の反応も見てみたいという好奇心もある事だしね。それはそうと、この場に長老以外の人達も居るけど、秘密を知られても良いのか?》


俺が心配しているのはドワーフ、エルフ、水棲族の長老の傍についている各々の御付の人達の事だ。


いつのまにやら会議場で飲んでいた竜人族の長老の傍にいた帽子を深くかぶっていた男性か女性なのか見分けがつかない者が、案内人を務めていた竜人族とともに喋っていた。


《本来であれば秘密を知るものが少なければ少ないほど良いのですが、此処で何の理由もなく人払いをしてほしいと言ったところで余計怪しまれてしまうので此処は仕方がないと見るべきでしょう》

《まぁ確かにな。初めて此処を訪れた俺が『関係ない人は退出を』と言ったところで、結果は火を見るよりも明らかか》

《それに言い換えれば、長老が信用できない者を傍に置いたりはしませんから、或いは味方となってくれるかもしれませんね。先程と言っている事が矛盾してるという事は痛いほど感じてはおりますが》


俺と精霊がこんな話をしている間もエルフ族長老とドワーフ族長老の言い争いは尚も続いていた。


「じゃからアレが神子だという証拠は何処にあるのかと聞いておるんじゃ、この干からびてミイラと見分けがつかないほどの皺くちゃ糞婆が!」

「『神子様』じゃ! 様をつけんか様を……それとゆうに事欠いて神子様をアレ呼ばわりするとは何事じゃ、こんの偏屈糞爺の頭でっかちが」


段々と互いの悪口合戦になっているような気もするが……両方の御付も流石に付き合いきれなくなってきているのか少し離れた場所で水棲族の長老と御茶を楽しんでいるようだった。


《はぁ~~取り敢えず、ティア準備は良いか?》


俺は一刻も早く醜い争いを止めたいが為に半ば投げやり状態で精霊からの御説教を実行に移す事にした。


《何時でも宜しいです。おまかせください》

《よし。ならティア、同化して身体譲渡だ》


俺がそう言いきるや否や白銀色の髪の毛が徐々に黄色に染まりつつ、身体全体から此れでもかと言うほどの魔力の奔流が部屋いっぱいまで広がってゆく。


「じゃからオヌシは……!?」

「な、なんじゃ、この強大な魔力は!?」


やがて精霊と完全に同化して、ドラグノアの街に居た時の様に魔力を隠すことなく全力で放出した強大な魔力の量に、言い争いを続けていたエルフの長老も、御茶を楽しんでいた各々の御付の者達も、顔を青ざめて俺の方へと目を向けた。


唯一ドワーフ族だけは顔の位置が一面体毛で覆われていて顔色を窺うことが出来なかったが、此方を見て石化したかのように身体を固めていた事から、恐らくは他の者と同様な事になっていると思われる。


「さて……皆の者、楽な姿勢で私の言葉を聞きなさい」


今の俺は土精霊ティアと同化して更に身体譲渡までしているので、今口を動かしているのはティアという事になる。


俺自身も俺の身体でありながらティアの後ろから外を見ているという不思議な現象に陥っている。


「ドワーフ族長老ヴェルガ、私の事が分かりますか? 眼を瞑り魔力を感じ取りなさい。さすれば自ずと答えは見えて来るでしょう」


俺の姿をしたティアがそう発言した瞬間、ドワーフ族長老は言葉を挟むことなく素直に眼を瞑ったかと思うと、次第に大量に汗をかきながら身体が震えだした。


「……この波動はまさしく、土の精霊様。お久しゅうございます。されどその御姿は一体?」

「今の私は契約者であるマスターの御身体をお借りして貴方に言葉を紡いでいます。貴方ならこの意味、理解できますね」


其れだけの言葉が紡がれた直後、ドワーフ族は黙って首を縦に振ると土下座のような姿勢をとった。


良く見てみると後ろで御茶を片手に談話していた者達も雰囲気にのまれてしまったのか、皆一様に此方に頭を下げている。水棲族の長老に付いている子供2人も大人の見よう見まねで頭を下げているようだ。


「さてヴェルガに一つ尋ねたいことがあります。聖域を取り囲む、聖なる結界の一部に綻びが感じ取れますが貴方は何か知っていますか?」

「そ、それは坑道をあける際に湖側に穴を開けてしまいまして。もちろんすぐに塞ぎましたが」

「なるほど、ではその塞いだという手法は正しい手法でしたか?」


このやり取りをする前にティアから森の何処かの地中に穴が開いている。


しかも正規の方法で修正されてはいないという事を聞かされていた。

答えが分かってるのに相手を問い詰めるというのは先ほどの『神子否定』の意趣返しからだろうか?


その後、ティアから何の言葉も発せられずに、ただただドワーフ長老を見ているとついに耐えきれずに長老が重い口を開いた。


「…………申し訳ありませんでした!」

「貴方にとってはちょっとした手抜きかもしれませんが、聖域の皆にとっては生死を分けるほどの事なのですよ? 意味は言わずとも分かりますね」


ドワーフ長老ヴェルガは無言で首を縦に振ってその事を肯定した。


「私からは此れで以上です。では次に……」


そう言いつつ、瞬間的に黄色がかった髪の毛が根元から青色へと変化し、体の表面から噴き出している魔力の奔流も水系を現す青色へと変化していく。


「さて水棲族長老ミルメイユ、貴女も先ほど土の精霊がヴェルガに問いただした事に心当たりがあるでしょう? 私は前にも言いましたよね? 自身の種族が水棲族とはいえ、地上を歩く事に全く支障はないと。なのに会議場のなかや、森の彼方此方に続く水路はどう説明するつもりです? 大方歩くのが億劫になってヴェルガや他のドワーフにでも頼んで水路を作って貰ったんでしょ?」


水の精霊ラクスの有無を言わさない、マシンガン説教に水棲族長老ミルメイユは口を挟む隙すら与えられずにドンドンと身を縮ませてゆく。


漫画的に言うと、その姿を目視出来ないほどまでに小さくなっているのではなかろうか。


俺がこんな事を想っている間にも水棲族に対する説教が出るわ出るわ……先のヴェルガが可愛く思えるほどの連続攻撃だ。これには関係ない筈の水棲族の御付の子供たちも若干涙目と化している。


そしてラクスが説教を始めてから約10分後……。


「さてマスターの前ですし、此処までにしておきましょうか。言っておきますが、次に同じことをした場合、どうなるか言葉にせずとも分かっていますよね?」


最後の最後でミルメイユを一睨みしてマシンガン説教は幕を下ろした。


後に残るは身体中から汗をかきつつ、見るからに小さくなって震えているミルメイユと、その後ろで抱き合って震えながら涙を流している2人の子供の姿だけだった。


そして最後に髪が緑色へと変化した俺の姿で、風の精霊フィーがエルフ族長老に問いかける。 


「エルフ族長老メレスベルよ、貴方には私が森を離れている間に苦労をお掛けしましたね」

「勿体なき御言葉です。風の精霊様」


此方は最初からクレイグさんのカードを見て、俺の事を神子だと信じていた事もあり、説教すべき点も見受けられないとの事で優しい言葉が投げかけられた。


「ところで今の竜人族長老の姿はどういう事なんですか? 少なくとも私が森を離れる前までとは別の方が長老の座に就いているようですが……」

「今より5日ほど前になるのですが、聖域に住む者達の飢餓感を憂いていた当時の竜人族長老が私達が止めるのも聞かずに『聖域の皆が喰いきれないほどの獲物を採って来てやる』と言って長老自ら狩りに出かけられたのです。その後、竜人族長老が結界の外に出たまま何の音沙汰もなく丸二日が経過した事で流石に心配になった私達は次期長老候補者であった現在、会議場で酔いつぶれている者を頭にした捜索隊を結成して長老を探しに出かけたのですが、其処で竜人族長老は無残な姿に変わり果てておりました」

「聖域に住む種族の中で誰よりも強い竜人族の長老が、そう簡単に魔物などに後れを取るとは思えませんが」

「長老の身体に刻まれていた傷跡から察するに、巨大な魔物に首元を抉られての死だという風に結論付けられました。因みに一番最初に発見したのは現・竜人族長老であるあの者です」

「では私達精霊に黙って勝手に新しい長老の選抜を行ったのは何故です?」

「精霊様も知っての通り、竜人族が長老として束ねている区域には数多くの獣人族が暮らしています。其処に纏め役である長老が居ないとなると場の混乱は必至。そこで長老会議の元、精霊様には事後承諾になってしまいますが急遽新しい長老を起てて混乱が起きないように予め手を打ちました」

「そうでしたか。竜人族長老にも話を聞きたいのですが、先程の様子からして話にはならないでしょう」


この続きは明日以降、竜人族長老の眼が覚めてからという事になった。


あまり長く話したつもりもないのだが、会議場がある建物から外に出てみると既に空は夕焼けを通り越して暗闇になろうとしていた。


今日はエルフ族長老メレスベルの御好意で長老の家に泊めて貰えることになった。


家に足を踏み入れる際に先ほどまで水汲みをしていたセルフィと昔話に華が咲きそうになったが、セルフィの祖母でもある長老の『水汲みは終わったのか』という声でセルフィは退散し、森で採れた果物などのなけなしの食料で俺のささやかな歓迎会が開かれることになった。


今の俺の立ち位置は聖域に遊びに来た、ただの人間という扱いになっている。

明日の竜人族長老との会談の結果次第で聖域に住む全ての者に俺の事を紹介するらしい。ちなみに俺が神子だという事は長老と御付以外には秘匿するのだそうだ。


亜空間倉庫内に収納してある獲物を取り出せれば良かったのだが、4人目の長老である竜人族との顔合わせを終わらせてからにしてほしいという言葉を受けて明日以降に持ち越しとなってしまった。



そしてその日の夜、俺が疲労もあってあっと言う間に寝入ってしまった頃……。


《聖域に戻ってきた途端に頭が痛くなりそうな事ばかりでしたね》

《ラクスは少し言い過ぎじゃないか? あれじゃ明日、顔を出さないかもしれないぞ》

《それはそうと御母様、マスターにあの事を御教えしなくても良いのでしょうか?》

《分かってはいるのです。此れまでの契約者が極一部を除いて結果、同じ道を辿っている事象を口に出しても良い物か迷っているのです。口に出したが最後、マスターが消えてしまいそうで》

《お母様……ですが、何となく確証は持てませんが今回は大丈夫そうな気がするんです》

《責任を持てない事を軽々と口にすべきではありませんよ。でも、気持ちは有難く受け取っておきます》



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