第93話 会議場の惨事
会議場へと入り、俺を道案内してきた竜人族の男性に促されるままに長老たちが集まっていると言われる部屋へと足を踏み入れた第一印象はというと……。
「なんだこりゃ?」
エルフ族、竜人族、それと1mくらいの低身長のズングリムックリとした種族が木で作られたような豪華な椅子に座っていて、更に何故か室内にある水路から何処か魚に似た種族が水面から顔を出してクスクスと笑っていた。
その一人一人(匹?)の傍には同じ種族の人物が座っていて、甲斐甲斐しく酌やマッサージなどの世話をしているし、水面から顔を出す水棲族の傍らには12、3歳くらいの少女が2人控えているようだ。
ただ竜人族とズングリムックリな種族の手には木をくり貫いて作られたような椀が載っており、中には薄茶色の液体が入っている。
椀の中の液体を呑んだ後の表情から察するに、椀の中身は酒の類だと思われるが……会議場で酒盛りをしてる奴等っていうのはちょっと理解しがたい事だ。
中でも竜人族が手に持っている器は周りの物と比べてみると、一回りも二回りも大きい。
まぁ体躯の大きさから言うと、自然に納得できるんだが。
注意深く見ていると器に酒を注ぐように言っている竜人族の傍で同じく、竜人族の男か女か判別できない、深く帽子を被っている者が必死に呑むのを止めているようにも見える。
此れが何時もの日常だと言われると納得するしかないのかもしれないが、俺を此処まで案内してきた竜人族の男性が顔を引き攣らせているのを見る限りでは普通ではないようだな。
《竜人族の隣に座っているのはドワーフ族です。滅多な事では人前に姿を現す事がないので知らないのも無理はありませんが。それと水面から顔を覗かせているのは水棲族です。文字通り水の中で生活する種族ですが、地上では生きていけないのかというとそうではありません》
《前に横着しないで地面を歩いてきなさいって注意したはずなんですけどね。何時の間に部屋の中に水路を通したのでしょう? これは後で徹底的に問い詰める必要がありますね》
《ちょっと待って。水棲族の下半身って魚って訳じゃないの? 人間みたいな足を持ってるの?》
俺の見解では上半身が人間で下半身が魚という、いわゆる人魚を想像していたんだが水面から顔を出している水棲族を見てみると、顔の下辺りにエラのような物がパクパクと頻りに開閉を繰り返していた。
《正確に言うと、普通の足とは違って所々に尾ひれがついている物になりますね。因みに呼吸も水棲族特有の鰓の御蔭で水中でも地上でも問題なく呼吸することが出来ます》
その後も良く見てみると水面から顔を覗かせている水棲族の女性が、お婆ちゃんと言ってしまいそうなエルフの女性の耳元で俺の方を見ながら何かを話している姿が見受けられた。
「長老様方、盛り上がっているところを申し訳ないのですが、来訪者が到着為されました」
此処まで案内してきた竜人族が眉間に深い皺を寄せ、目の前の現状に呆れながら強い口調で言い放った。
結構な大声で言ったにも拘らず聞こえていないのか、竜人族とドワーフ族は此方を一瞥することなく酒盛りを続けている。
そう思っていたが、ドワーフ族の方は時折此方に視線を向けてくることから興味はあるようだった。
この間にも竜人族は浴びるほどに酒だと思われる物を口の中へと注ぎつつ、ラリッたような口調でドワーフ族との話に華を咲かしていく。
打って変わってドワーフ族の方を見てみると酒の入った器を手に持ってはいるが、一向に口へ運ぼうとはせずに竜人族に対してハッキリした口調で相槌をかましている。
「……初めて森に来訪した人間族よりも、酒の方が大事だという事でしょうか?」
《くっ、マスターの前にも拘らず愚かな事を!》
《サラ、気持ちは痛いほどよく分かりますがマスターの面前ですよ。控えなさい》
《お母様……分かりました。マスターお目汚しをしてしまいました。お許しください》
《いや、俺はエストが言うように怒ってはいないから大丈夫だよ。エストも気負わないようにね》
《はい、ありがとうございます。それにしても、あの竜人族の長老は私達の知ってる者とは違うようですね。何時の間に交代したんでしょう? サラは何か知ってますか》
《いえ私は何も聞いてません。後で森の精霊に何があったのかを聞いてみようと思います》
後から聞いた話によると各森+水域が長老となるべくして選ばれた候補者を選出し、それをフィー達精霊が許可を与えて初めて長老の座に就けるらしい。
ちなみに竜人族は火の精霊を、ドワーフ族は地の精霊を、エルフ族は風の精霊、水棲族は水の精霊を崇めているとのことだ。
「御二方! 此方の話を……「待ちなさい」」
案内の竜人族の言葉を遮ったのは、先ほど水棲族の女性に耳を傾けていたエルフのお婆ちゃんだった。
「この二人がこうなってしまっては余程の事が無い限り、話にはなりません」
「ならば何故この場に酒を持ち込んだのですか!?」
「それについては私達の落ち度ですね。彼等が酒類を此処に持ち込む事に気が付かなかったのですから」
水棲族の女性はそう言いながら頭を垂れて、俺と案内人に謝罪した。
その後、エルフ族の女性が酔っぱらいの二人に対して冷めた視線を向けて溜息をついたかと思うと、俺と案内人の竜人族、水面から上がってきた水棲族の女性と御付の少女2人、溜息をついたエルフの女性と御付のエルフ1人の計7人で会議場を出て、他の空き室で改めて話をすることとなった。
未だ酒盛りを続けているドワーフと竜人族の長老はほっといて良いのかと思ったが『居ても五月蠅いだけ』と結論付けられてしまった。
「さて遠路遥々この地に来てもらった上に情けない姿を見せてしまい、誠に申し訳ない」
そう言ってエルフの長老と水棲族の長老、案内してきた竜人族が床に座ったままではあるが、俺へと頭を垂れてきた。
「いえ、悪いのは酒盛りをしていた竜人族とドワーフの長老であって貴女方に何ら落ち度はありませんから。頭を上げてください」
「ありがとうございます。のっけから色々な事がありましたが、少なくとも私とエルフ族は貴方を歓迎します。それと聞きたいことがあるのですが、何故危険を冒してまでこの地に参られたのですか?」
水棲族の女性は自身が長老であるにも拘らず、一庶民でしかない俺に丁寧な口調で話しかけている。
《彼女は誰に対してもこのような口調なので、御気に為さらなくとも大丈夫ですよ》
《それどころか何か悪い事をした相手に対しても声を荒げようとはせず、何時もと同じ口調なので逆に怖がられてしまいますけどね》
「あの……言いづらい事なら、無理にとは言わないので」
精霊と心の中で会話していた俺に『拙い事を聞いてしまったのかも』と表情を曇らせた水棲族の女性ではあるが、俺がちょっと考え事をしていたと間を取り成すとホッとしたような表情になった。
其処でそう言えばクレイグさんから聖域に行くようであれば此れを長老に渡すようにと預かっていた、謎の緑のカードの存在を思い出した。
「此処に来ることになった切欠になるものがあるんですが、見て貰えますか?」
俺はそう言って腰に付けていた財布兼道具袋の中から件のカードを取り出すと、エルフの長老へと手渡した。
「これはまた懐かしい魔力を感じるのぉ……ハテ?」
「ドラグノアの城に居たクレイグという名のエルフからです」
「クレイグねぇ。何処かで聞いたような」
「おいおい、本当にボケたんじゃないだろうな。自分の息子の名前を忘れたようじゃ先は長くないな」
「なんじゃと!? このジジイ……って、なんでオヌシが此処に居る? 会議場で酔いつぶれていたのではなかったのか」
何時の間にかエルフの長老の横に立っていたのは竜人族の長老と共に酔いつぶれているはずのドワーフ族の長老だった。
「儂をあの阿呆と一緒にするんじゃねえよ。緊急で呼びだされた場所で酒を飲んで酔いつぶれるような醜態を晒すのはアイツだけで充分だ。儂は呑むふりをしながら適当に合わせてただけじゃ」
「そんな事よりも、それには何か記されてるんですか?」
「そうじゃ、さっさと読み解かんか。エルフの手による風のカードは同じエルフの者にしか読み解けぬからのぉ」
「んな事、言われんでもわかっとるわ。……ちょっと待っておれ」
エルフの長老は其れだけを言って緑色のカードを両掌で挟むように、まるで合掌しているようなスタイルで眼を瞑ると風の属性だと思われる緑色の魔力の光が合掌されている手を中心にして渦巻いたかと思うと、エルフの長老が合わせていた掌が勢いよく開かれると同時に、渦巻いていた魔力も掻き消えた。
「こ、これは……!」
長老はワナワナと震えながら手の中のカードと俺を交互に血走ったような目で、だが何処か嬉しそうな顔で涙を流して地面に膝立ちになっている。
「どうした!? 何が書かれてた」
「何があったんですか。貴方は何か知ってるの?」
今ここに居るのは地面に膝立ちになっている状態で涙を流しているエルフの長老と、何が何だか分からないといった表情でエルフの長老を左右から挟みこんで必死に話しかけている水棲族とドワーフの長老。
それを遠回しに見ている各長老の御付の人達。
そして不意にエルフの長老が口を開いて発した言葉で残り2人の長老の動きが固まった。
「……神子様、よくぞお越しになられました」