第92話 長老たちとの会見間近
今回から会話文は「」に統一します。
精霊との会話は此れまで通り《》で表記します。
聖域へと足を踏み入れて、途中の森で狩りの帰りだと思われる数人のエルフと獣人に出会った俺は其処で外から来た人間や亜人種は例外なく、長老達に会わないといけない事を教えられた。
そして長老との謁見場所になる会議場があるという、聖域の中心部にある巨樹・世界樹の元へと来た俺は其処で懐かしい人物に会う事となるのだった。
「ク、クロウ? なんで?」
その人物とは嘗てとある理由で共にドラグノアに行くこととなった、エルフの女性セルフィだった。
彼女は弟エルヴェを探してドラグノアを訪れたそうだが、其処で弟の現状を見て故郷に連れて帰る事を断念。家族には見つからなかったと報告すると言ってたが、その後どうなったのか……。
「なんでクロウが此処に居るの!?」
「ちょっと街に居づらくなってね。逃げてきちゃった」
「逃げてきたって……」
「ドラグノアの城で案内役だったクレイグさんを憶えてる? 彼の助けもあって何かあったら此処に来るようにって言われててね」
「彼の事は確かに憶えてるけど、でも「ちょっと良い?」……」
と何かを言おうとしていたセルフィの発言を遮って、俺を此処まで案内してきたトリスと呼ばれていた女性が口を挟んできた。
「古い友人に久々に会って思い出話をしたいって言う気持ちも分かるんだけど長老を待たせてるから、そのぐらいにしておいてくれない? それにセルフィも今日の分が終わらないうちから喋ったりしていると、サボっていると見做されて罰を増やされるかもしれないよ」
「そ、それは困るわ。それじゃクロウ、また後でね」
セルフィは其れだけを言うと、木桶に溢れんばかりに水を汲んで池の右側にある建物へと入って行く。
「彼女も悪い娘って訳じゃないんだけど、ちょっと抜けてると言うか。それに桶にあんな量の水を淹れて早足で運んだりなんてしたら……」
「キャアァァーー!」
「何やってんの!? 気を付けなさいって散々言ったじゃないのよ!」
そう言うや否や、建物の中からセルフィの悲鳴と何か液体をぶちまけたような音、更には別の誰かに叱られてるような声が聞こえてきた。
「あ、やっぱり」
「えっと?」
「外からは見えないけど、あの建物の中には所々に段差があって物を運ぶときは慎重にならないといけないの。水を運ぶときは特に気を付けないといけないんだけど……」
一緒に行動した時間は短かったけど、凛々しく見えて結構ドジな所があったんだな。
「って長老たちが待っているって言ってたのに、なんでゆっくり談話しちゃってんだろ。じゃ、行きましょう…………願わくば、まだ長老たちが会議場に揃ってない事を祈るばかりだわ」
どうやら、このトリスと呼ばれた女性もセルフィと同じ穴の貉だったようだ。
まぁ本人に聞かれたら『失礼な!』という言葉が返ってきそうではあるが……。
そんなこんなで色々と寄り道はあったものの、無事(?)に会議場に到着することが出来た。
「はぁ……緊張してきた」
「って、それはどう考えても俺の台詞だよね。貴女が緊張してどうすんの」
「『貴女』なんて堅苦しい呼び方しなくても良いよ。トリスって呼んで」
「じゃ、トリスさんで」
「呼び捨てで良いって。それに敬語もいらない。エルフと人間の齢は兎も角、見た目はそんなに変わらないみたいだし。だからといってトリス御婆ちゃんなんて言ったら許さないから」
「それじゃ此れからよろしく、トリス」
「キミはタロウだっけ?」
「クロウです!」
「と言ったところで緊張も解れた事だし、そろそろ行くよ。あんまり待たせるのも失礼だしね」
もしかして最初から此れが狙いだったのだろうか?
俺からしたら気楽な気持ちだった筈だが、トリスから見ると緊張していると思われてたのか。
その後、トリスは池の水で軽く靴の汚れを落としつつセルフィの失敗談という、本人が聞いたら激怒しそうな小話をして俺が緊張しないような心配りを見せながら、聖域の長老たちが集まっているという会議場前へと俺を連れてきた。
「さてと……狩人部隊第三位エルフ族トリスです。外からの来訪者を連れてまいりました!」
此れまでに見せた態度とは打って変わって、真面目な言葉で背筋をピンっと伸ばして発言したトリスは会議場の扉に対して一礼すると即座に扉が内側から開けられ、中からお伽噺で出てくるような龍に似た上半身に、何処かリザードマンを思わせるような下半身という容姿の身長が2m近くありそうな男性(?)が姿を現した。
「御苦労。翼人族ゼイラからの緊急の知らせを受けて、先ほどから長老様方が待っておいでだ」
「お待たせして申し訳ありませんでした。此方がこの度聖域を訪れた、人間族クロウです」
そう言ってトリスは隣に並び立つ俺に視線を向けて、扉を開けて姿を見せた男性に俺を紹介する。
「は、は、はじ、はじめまして……ク、クロウと申します」
此処に来る途中にした笑い話で緊張は解けていたのだが、目の前に現れた龍の姿をした人物を前にして、下手をしたら頭からバリバリと喰われるんじゃないかという恐怖心が頭を過ぎり言葉がどもってしまった。
「ふははは! そう固くならずとも良い。私は単なる案内役でしかないのだからな」
「しょうがないですよ。初めて竜人族を見て恐れるなという方が無理じゃないですか」
「こいつめ。人の顔を化け物のように言いおってからに」
何と言うか、それまでの厳かな雰囲気が音を立てて崩れるように話をしている二人が其処に居た。
「ところで長老様達は大分前から待っているんですか?」
「いや、つい先程ドワーフ族の長老が来られたところだ」
「そ、良かった。じゃ私は此れで失礼するね。クロウ、後はこの怖い人が案内するから」
「あ、うん」
トリスは其れだけを言うと『また後でね、じゃあね』と言いながら来た道を走って行った。
「あいつめ。一言も二言も余計な事を言いおってからに。してクロウだったか?」
「は、はい」
「長旅で疲れているところを悪いとは思うが、長老たちに会ってほしい。何せこの地に人間が来ること自体、あまり類を見ないものでな」
「分りました。案内をよろしくお願いします」
「まだ表情が硬いな。まぁ慣れれば大丈夫だとは思うが……にしても人間であるにも拘らず、我等の言葉を話す事が出来ようとは驚かされる」
驚かされると言いながら、少しも驚いているような表情が見えないんだけど。
社会人になった頃から『人と話をするときは相手の眼を見て』と口を酸っぱくして言われ続けてきたが、今だけは勘弁してほしい。というか、眼を見ただけで足が震えて来て話にならないという方が正しい。
《マスターそんなに気負わないでください。姿・形にとらわれないで》
《そうですよ。それに私達精霊と同化したマスターの方が彼等より、何倍も強いんですから》
《そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、なんか逆に心配になってくるというか何と言うか》
「どうした、急に黙って。長老に会う事を緊張しているのか? 心配しなくても良い、あんなもの長い時を生きただけの爺婆でしかないんだからな」
目の前の竜人族は強面を緩ませながら笑うが、其処に奥の部屋から重鎮な声が掛けられる。
「聞こえておるぞ! 若造が」
「無駄話をしてないでさっさと連れてこんか。まったく最近の若いもんは……」
「他の皆は兎も角として、私まで爺婆呼ばわりされる事に納得がいかないのですが」
「まずいな。聞かれていたとは……にしても齢のわりに耳が良いみたいだ。こりゃ下手な事は言えんな」
余計な言葉で奥に入り辛い雰囲気を醸し出しつつ、俺を長老たちが居るという奥の部屋へと誘う竜人族の男性に早くも逃げ出しい気持ちで一杯になっている俺だった。
エストやフィー達も頭の中で俺を必死に励ましているようだったが、俺自身余裕がない状態だった。
「此処が老害共の集まってる部屋だ。来訪者を連れてきた。入るぞ」
失言した事を悔やむどころか更に酷い言葉を言いながら俺の背を押すようにして共に部屋へと入って行く。
俺的には此れから入る場所が裁判所かのように思われてきたのだが、意に反して最初に目に飛び込んできた場面はというと何とも驚くべき風景だった。