第90話 長き旅路の果てに
大平原でベヘモス3体を始末して休憩を取っていた頃から4日が経過した。
移動距離は速度と時間から計算してゆうに5000km以上にもなる。
あれからホーンウルフの群れに襲われたり、ギガントゲルに襲われたり、武器を持ったリザードマンに襲われたりと苦難の連続だったが、俺は今目の前が一面海の場所に立っている。
ちなみに此れまでの成果(土産物)はというと、ベヘモス3頭、ウルフ42頭、ホーンウルフ37頭、オーク10体、リザードマン16体にリザードマンが身に着けていた剣、斧、槍の合計20本、鎧、兜、盾、膝・肘あてなどの金属・非金属を合わせて防具類が合計42個。
魔物とは言っても死体から防具を剥がすのはあまり気持ちが良い行為ではなかったが、聖域に於いて自分の印象を良くするための道具が必要と言われてしまったが為に我慢して剥ぎ取りを行っていた。
ちなみにギガントゲルの核は流石に食料としても道具としても、何の役にも立たないという事で、復活できない様に粉々になるまで足で踏みつけて捨ててきた。
これら全てを亜空間倉庫に無理矢理詰め込んだ事で、これ以上は絶対に入らない状態になってしまったので、その後に出てきた魔物を極力無視して来た。
《ここから先はどうやって進めば良いんだ?》
俺が居る場所は冒頭でも言った通り、見渡す限り景色全てが水で覆われていて何処にも陸地が見当たらなかった。
此処に来るまでに何とかして食料を補給したかったのだが、運悪く(?)村や町もなければ果物のなる木も見つける事が出来なかった。
まぁ、あれだけの凶暴な高ランクの魔物が居る場所で村や町を作って住めと言う方が無理という物だが。
《聖域はこの湖を越えた先にあります。今から出発したのでは本日中に到着することが出来ないので、少し早いですが今日は此処で一泊しましょう》
《此れって湖なのか? にしても超えるのに丸一日かかるって、どれだけの広さがあるんだよ》
そう言いながら残り少ない獣肉を【ファイア】で起こした火で炙っていたところ、エストから驚くべきことを告げられた。
《今から約1000年前までは此処に湖なんてものはなく、聖域がある森まで陸地が繋がっていました。事が起こったのは800余年前……以前、お話し致しました私達精霊と契約した者が使用した精霊魔法によって大地は抉られ、緑豊かな森は一面荒野になり、世界の全人口の2割が跡形も残らずに死滅してしまいました。その抉られた大地がマスターの目の前に広がる湖、緑豊かな森だった場所が今まで通ってきた大平原です。湖とは言っても一部、大地を抉った場所が海と繋がってしまったために目の前にある水は全て海水で、更に海の魔物が生息していますが》
《精霊と契約していたとはいえ、其れだけの大惨事を引き起こしたのがたった一人の人間だというのは驚きだな》
《湖の大きさをマスターの言う『km』という言葉で表しますと、此処から聖域がある向こう岸まで最も長い場所で約800kmといったところでしょうか》
800kmだと、だいたい北海道の北から南までを縦断する距離だったか……。
此れまでの移動方法なら、時速100kmで8時間飛べば辿り着けるだろうけど今から8時間となると到着は深夜という事になるか。
それ以前に真っ暗な海を移動するというのは、船であっても空中であっても流石に怖い。
灯りが全くないというのは此れまでと同じだけど、今度の場合は何かがあった時に地面に足を下ろすことは愚か、身を隠す場所すらない。
いやアクアと同化して水の中に姿を隠す、もしくは水の中を移動するという方法も取れるが、水中の魔物に襲われるという危険性が考えられる。
それに水の中では水の抵抗が強く、動作が鈍ってしまうし。
やっぱりエストの言うとおり、此処で一泊してから明朝早くに出発するほうが無難と言えるか。
そんな事よりも気になっているのが、遠くから此方を恨めしそうな眼で睨み付けている魔物たちの姿だ。
此れ以上、亜空間倉庫に獲物を入れられない事から出会った魔物を無視して距離を稼いできていたのだが、俺が佇んでいる水辺から凡そ200m程の所にまるで壁があるかのように一頭たりとも魔物が近づいて来ない。中には空間倉庫の中に収められているベヘモスとは比べ物にならないほどの山のように巨大な体躯を持ったベヘモスもいるが、視線で人を殺せそうな眼で此方を睨んでくるものの一歩たりとも其処から動こうとはしていない。
もしかして今俺が居る場所がベヘモスをも恐れる何者かの領域なのかもしれないと思い、精霊たちに周囲数kmの気配を読んで貰ってはいるが、誰からも強大な魔物の気配がするという報告は挙がって来ていない。
唯一、水の精霊ラクスから『目の前の水の中にシーサーペントと呼ばれている魔物がいるので、他の魔物は其れを恐れているのでは?』という答えが返ってきただけだった。
その後夕暮れとなり、焼けた肉を食いながら魔物の動きを見ていると我慢が出来なくなったのか、10体ほどのオークの群れが境界線(?)を越えて俺が居る方に近寄ってきたが、瞬く間に余計な真似はするなと言わんばかりに、他の魔物の攻撃やベヘモスの足で踏みつぶされて侵攻はなかったこととされた。
この事で確定したのは此方に踏み込むのが個々であったとしても、何かあった時には此処に居る魔物全体で責任を取らされてしまうという事。
そうでなかったらオーク数体如き、愚かな真似をしたと笑ってられる筈なのだから。
結局いつものように精霊と同化し、身体を一時的に委譲して眠りについた俺だったが、翌朝目覚めてみると境界線だった場所には一頭たりとも魔物の姿はなく、俺が居たまわりにも魔物の死体らしき物、更に争ったような形跡すら存在してはいなかった。
そして朝靄が湖から発生している心なしか肌寒い時間に俺は目を醒ました。
《あ、マスターおはようございます。良く眠れましたか?》
《おはよう。結局、あの魔物たちは襲って来なかったんだな》
《此処にベヘモスが恐れるような魔物が居る事なんて、私は聞いたことが無いんですが》
《ま、それはそれとして朝食を摂ったらすぐに出発しようか。昨日言っていたシーサーペントという魔物は可也驚異的存在なのか?》
《大きさから言えば昨日此方を睨めつけていたベヘモスとほぼ同格といったところですが、水面に近づきすぎない限り其れほど驚異的というほどではありません。水面に何らかの影が映ると其れを狙って飛び上がってきますが高さは大したことがないので、丁度この地面の高さを飛行していけば何の問題もないと思います》
目の前の湖を俺が今立っている場所から見下ろすと、大体水面までは7~10mと言ったところか。
地上の魔物はあれから一切襲ってこないが、上空を見てみると相も変わらず何頭かのワイバーンが獲物を狙っているかのように飛行している。
高度を上げ過ぎればワイバーンの餌食に、逆に低すぎればシーサーペントの餌食にという訳か。
その後、朝食を終えた俺は気を付けを其のまま横にした状態で、水面から10mの高さを約時速100kmほどで飛んでいくのだった。
途中、事前にラクスに聞いていたシーサーペントが顔を水面から覗かせて俺の方を見ていたが、届かないと思ったのかそのまま溜息みたいな物を吐きながら水の中に戻って行った。
そして出発してから休みを取らず(というか陸地が無いために休もうとしても休めなかった)9時間近く飛び続けた結果、目の前に何処までも続いていそうな深い森と、微かに見えるながらも言葉で言い表せないほどの巨大な樹木が聳え立っていた。
フィーに聞いたところでは、あの微かに見えている巨木が聖域の中心であり、世界樹だという。
ちなみに世界樹と聞いて、その葉をすり潰した物を死者に与えたら死者が生き返るという事があるのかと半分笑いながら聞いてみると『そのような効力は聞いたことがありませんが、何処からの情報ですか?』と偉く真面目な言葉が返ってきた。
とある有名な某ゲームの情報だとは言えるはずもなく、たまたま見た古文書でという事にしておいた。