第88話 森からの脱出
あまり……というか全然前に進んでません。
リアルが結構忙しかったこともあってか、かなり難産でした。
焼いただけの獣肉と魔法で作り出した水という朝食から約2時間後、空間魔法【ディメンション】で作り上げた亜空間に、討伐した魔物59体と唯一の食料であり、朝食にもなった野生動物の肉(1個辺り、2~3kg)を18ブロックと、聖域に着いた時に通行証の役割になるというクレイグさんに貰った緑色のカード、それと全財産が詰まった皮袋が体育館ほどの広さがある空間に置かれている。
自分としては食料と死んだ魔物の死体を同じ場所に入れておくのは不満があるのだが、手に持ったままだと明らかに移動、戦闘の邪魔になってしまうので致し方ない事だった。
《さて腹ごなしも済んだ事だし、聖域とやらに向かって進むか。道案内と気配探知は頼むよ?》
そう言いながら魔物の血で汚れてしまった手を、【ウォータ】で作り上げた水でさっと洗い、頭上3mの辺りに幾らでも生えている、朴葉を思わせるような巨大な葉っぱを千切って濡れた手を拭こうとしたところで妙に慌てているエストからの念話が届いた。
《ま、マスター、その葉っぱに触らないでください》
《なんなんだ一体。葉っぱ一枚で大袈裟な》
《良いですから! この葉には金輪際絶対に触れないでください》
《わ、分かった。分かったから落ち着け》
俺は此処まで声を荒げるエストに不思議な疑惑を持ちながらも、手に持った大きな葉を足元に捨てて濡れた手を衣服で拭いながら今いる場所を見渡す。
俺が今いる場所は空がかすかに見えるほど鬱蒼と茂った深い森の中。
茂みを身体全体でかき分けながら進まなければならないので魔物が何処から襲ってくるかまるで見当がつかない。其処で身体の中に居る精霊に魔物の気配探知を頼んだのだった。
《はい。お任せください》
この会話の後、2時間ほどして俺より頭一つ分高い茂みを何とかかき分けながら大平原と言っても過言ではない、広々とした一面緑の場所へと行きついていた。
茂みをかき分けている時に刺さったのか、髪の毛の中にあった数本の木の枝を手さぐりにぬいて行き、頬や二の腕に木の枝でついたと思われる掠り傷を【ヒール】で治療する。
本当は掠り傷程度なら唾でもつけとけば治ると思ってそのままにしていたのだが、エスト曰く『深いか軽いかは兎も角、傷を甘く見てはいけません』と説教されてしまった所為だ。
俺も『たったこれぐらいの事でオーバーな』と笑いながら言ったところ、只管傷が元で腕を無くしたり足を無くしたり、酷い時には本人だけでなく近しい人までもが傷についた細菌で命を落とした事があると耳にタコが出来るほどにクドクドと怒鳴りつけられてしまったのだった。
《そう言えば少し前にも、大きな葉っぱで手を拭こうとしていた俺を怒鳴りつけていたな。この森には何があるんだ?》
《この森は一見すると何の変哲もない極普通の森なんですが、此処に生息している草花には掠り傷一つで人の手に負えない凶暴な魔物を数秒で死に至らしめる強力な毒素が含まれている物があります。中でもマスターが濡れた手で触れた大きな葉は人間の体温に反応して葉の表面から猛毒の棘を出します。あの時、マスターの手が濡れていた事もあってか、葉は体温を感じる事が出来なかったのでしょう。あのまま手を離さずに乾いてしまった掌で葉を持ち続けたら最悪の場合、持っていた手が腐り落ちてしまっていたかもしれません》
《それじゃ、もしかして俺がかき分けて進んできた茂みにも毒が?》
《はい。もっとも毒の種類から言えば、指先が微かに痺れる程度の微量の毒でしかないので命に別状はありませんが……》
そんな危険な場所を歩いてきたのか俺は?
それなら森を回避して別ルートを通ってきた方が良かったんじゃないか?
《恐らくではありますが、今のマスターは頭の中で森の中を通らずに別の道を通ってきた方が良かったんじゃないかと思われている事でしょう》
《……よく分かったな。エストの言うように毒草塗れの森の中を態々通らされることに違和感を感じている事は確かだ》
《その事に対しましては申し訳ありませんでした。しかしマスターに降りかかる危険度を考えた結果、敢えて森の中を通る事を推奨いたしました》
《なぜだ?》
《それは今目の前に広がる大平原に至る、森以外の全ての道が最凶最悪の魔物の生息区域であるからです。例として申し上げますと、そうですねぇ街を襲撃してきた闇の召喚獣レギオンを覚えていらっしゃいますか?》
《ああ、高魔力の【シャイニング】以外の魔法・物理攻撃を一切受け付けず、体内に其の数倍もの質量の魔物を封じ込めて運び、謎の錐状の物で城壁ごと冒険者や騎士達に攻撃してきた魔物だろ?》
《その通りです。しかしこの森の外に生息している魔物はレギオンに勝るとも劣らない強力な魔物なんです。中でも強力な物を挙げるとすれば『ロックウォーム』という魔物でしょうか》
ロックウォーム? 単純に言葉を置き換えれば、岩ミミズという意味になるんだけどエストの言葉からしてそんな単純な魔物という事はあり得ないか……。
《ロックウォームの脅威さは一言でいうと、身体の大きさと群れを為して行動している事でしょうか。マスターが少し前まで暮らしていた、ドラグノアという街の入口に聳え立っていた門がありますよね。それを縦に1個と半分、積み重ねた物がロックウォームの成体の大きさだと思ってくだされば結構です》
そんな巨大なモンに襲われたら、命が幾つあっても足りないだろうな。
というか、そんな危険な奴を国やギルドは何もしないで放置しているのか?
まぁ、そんな大きいのをそう易々と討伐出来るとは思えないけどな。
《驚異的なのは攻撃方法で、巨大な口で周りにある物ごと吸い込んでしまうので下手をすると他の戦っている者の巻き添えになる事もありますね。今から数十年前には住民が200人を超える町がロックウォームの群れに襲われて半日ほどで壊滅してしまったという話もあります》
《此れからの大平原にはロックウォームは出現しないのか?》
《絶対にいないとは言い切れませんが、広大な草原が暫く続くのであれだけ巨大な物がくれば直ぐに分るでしょう。それ以外にも凶暴な魔物はいますが、私達とマスターがいれば大丈夫でしょう》
って言っても実際に見たわけじゃないから何とも言えないんだけど……。
此れからの事で何となく不安になりながらも、大平原に一歩目を踏み出すのだった。