第85話 街脱出
精霊と同化して髪の色を変化させて追っ手を振り切った俺だったが、今はまた別の理由で数人の騎士と衛兵に追いかけられていた。
話は今から1時間程、遡る……。
あのあと、大声で『城から命令書が!』と呼びに来たエティエンヌとともにジェレミアさんがギルドの方へ歩いて行ったのを確認した俺は駄目元で街の門で警備に当たっている騎士に、崖下に身分証明証を落してしまって身分を証明する物がないけど街を出たいと言ったところ……。
「身分証明証の紛失なら通常は城で簡単な審査を受ければ発行してくれるんだが、今はゴタゴタでそれどころではないだろうし。かと言ってギルドも閉鎖されてるしな」
「それに街の外には、まだ危険な魔物がうろついている可能性がある。そんな軽装で外に行くのは死ににいくような物だ。悪い事は言わない、止めておいた方が良い」
門を警備している2人の騎士に止められて、此れ以上駄々を捏ねたら怪しまれると判断した俺は別の方法を探すために門を離れようとしたのだが、其処で新たに現れた交代だと思われる2人組の騎士に声を掛けられた。
「ちょっとまってくれ! 街に入ってから身分証明証を失くしたと言うのであれば、街に入る時に門番に証明証を見せたんだよな? 覚えている範囲で良いんだが、何日前に門を通ったのかと名前を教えてくれないか?」
「どういうことだ? 何故そのような事を聞く必要がある」
門を潜った日付を聞いてくる騎士に対して、元々門を警備していた騎士が腕組みをしながら睨むようにして後から現れた騎士に問いかける。
「ゲイザム卿からの命で街の中に居る冒険者、街の人間に対する身辺調査を言いつけられたんだよ」
「話に因れば魔物の襲撃の際に負傷者に混じって、街に侵入している帝国兵が居るかもしれないという事と、混乱に乗じて街から外に出ようとする奴に目を光らせていろとの仰せだ」
「こうも言っていたな。身分証明証を落したか、紛失したと言ってくる奴を重点的に調べろとな!」
一人の騎士がそう言った瞬間、残りの三人の騎士の視線が門から離れようとしている俺へと向けられた。
こうして髪を緑色にして他人に成りすませた俺も、騎士との追いかけっこが始まってしまったのだ。
此処で時間は戻り、多くの騎士達に追いかけられる場に戻る。
その途中で路地を見てみると先ほどまでは何もしていなかったにも拘らず、数人の騎士と共にエティエンヌやディアス達が羊皮紙と羽根ペンを手に、冒険者一人一人から話を聞いている姿が見受けられた。
《こうなってしまうと幾ら髪色を変えても無駄だな。一刻も早く、なんとしてでも街から脱出しないと》
《それにしても、騎士達に身辺調査を命じたゲイザムという者は一体何者でしょうか。一、二度、マスターの目を通して見た時は其処まで頭がキレる者には見えなかったのですが》
《俺も同じ考えだ。あの醜く媚び諂うような、金魚の糞ごときに此処までの思考が持てるはずはないと思うんだが……誰かが裏で糸を引いていると考えて良いんじゃなかろうか?》
俺一人の為に街中から暇な騎士達が徐々に距離を詰めつつ逃げ道を塞いでゆく。
某番組に似たような物があったな。番組では100人を最初3人で追いかける物だった筈だけど、俺の場合は1人を20人で追いつめていくというものだしな。
更に今回の場合は街を取り囲む城壁の上からも弓騎士によって見張られている為、隠れる場所が可也遮られてしまっている。
「いたぞ! こっちだ」
そうこう考えているうちに運悪く一人の騎士に見つかってしまった俺は、崩れかけた家屋が乱立している所謂『スラム街』と呼ばれている場所に逃げ込むべく、早足で歩を進めていたのだが此処で更に悲惨な出来事が起こってしまった。
とは言っても悲惨な目に合うのは俺自身ではないのだが……。
騎士に見つかった地点から凡そ200mほど進んだところで、目の前に風で飛んだと思われる数枚の羊皮紙が目に入る。
「まってぇ~~~」
「そんなに走ると危ないよ。ただでさえ歩きにくそうな服を着てるんだし」
「ガッ……あっ!?」
直ぐ近くで聞こえてくる、何処かで聞き覚えのある男性と女性の声と更に何かに躓いたかのような音も。
そして次の瞬間、まさにその場所に足を踏み出そうとしていたところに見覚えのある、ふくよかな体型の女性がまるでヘッドスライディングでもしているかのように倒れ込んできた。
「んな。エ、エティ?」
「……ぶぎゅる!?」
俺も咄嗟の事で反応できなかったのだが、気が付いた時には倒れ込んだエティエンヌの臀部を思いっきり踏みつけてしまっていた。
「わぁ! エティ、大丈夫かい」
「むぎゅう……」
「す、すまない、態とじゃないんだ。本当だったら手を付いて謝りたいところだけど、急いでるから失礼するよ」
俺は後ろ向きで走りながら2人に手を合わせて謝罪すると、近くまで迫りつつある追走している騎士を巻くために速度を速めた。
しかし俺の逃げた先は街の入口とは真逆にある北の街、当然此方は山側なので人が行き来する事が無いために門は作られていない。
すなわち逃げれば逃げるほどに逃げ道を塞がれていくという訳で、実際俺の目の前には高い城壁が聳え立っていて、これ以上は足を進める事が出来なかった。
追いつめられながらも此れから如何するか考えていたところに、姿は見えないが俺を追いかけている騎士達の声が四方八方から聞こえてくる。
「この先は行き止まりだ。なんとしてでも捕まえるぞ」
「ゲイザム卿から不審者に対する攻撃の許可は既に頂いている。死ななければ何をしても良いらしい」
「だが身分証明証を失くしたと言うだけで帝国からの密偵と位置づけるのは幾らなんでも時期尚早ではないか? 此処は手荒な事をすべきではないと思うんだが」
騎士によって考えは様々だな。俺としては誰にも捕まりたくないというのが願いだけど。
《マスター、此処は一つ空から街を脱出することをお勧めいたします。人間が空を飛ぶことで化け物と思われたくないというマスターの気持ちは痛いほどよく分かりますが、このまま捕まればどのような事をされるか火を見るより明らかです》
《エスト母様の言うとおりです。それに一気に上空まで飛べば、人の眼は気にせずに済みますし》
《だけど幾らフィーと同化して空を飛べるようになったとはいえ、空を飛ぶことに不慣れな俺が其処まで行けるかどうか……》
《そこでもう一つ御提案があるのですが、一時的にマスターの御身体の使用権を私に譲渡して頂けませんか?》
《じょ、譲渡って如何いう意味でだ!?》
《マスターの御身体にいる私の立ち位置を簡単に説明すると、私はマスターの背におぶさっている形となります。その為、御身体の譲渡とは一時的に私がマスターをおぶさるという形になるわけです》
《う~ん、説明して貰って悪いけど言ってる意味がよく分からない》
《つまりは前面にでているマスターの意識に代わって、私が前に出てマスターの御身体を使わせて頂くという訳です》
《今度は何となく理解できた。でも危険性はないのか? 身体を譲渡したままで戻って来られないとかいうのは?》
《それはありません。私達がマスターの御身体を使わせて頂くのにマスターの許可が要りますが、逆にマスターは好きな時に御身体を元に戻すことが出来ます。元の御身体はマスター自身の物なのですから》
と悠長にフィー達の説明を聞いていたところに切羽詰まった声でエストが急ぎ言葉を伝えてきた。
《マスターを追っている騎士達がもう目と鼻の先まで迫って来ています。マスター急ぎ御決断を!》
《わ、分かった。俺の身体を一時的に風の精霊フィーに譲渡する。俺を追っている騎士達に被害を出すことなく、俺を此処から逃がしてくれ》
《了解いたしました。では失礼します》
そうフィーの念話が届いた次の瞬間、後ろに引っ張られるような感覚があったかと思えば、俺の身体は遥か上空にパラシュートも何もつけてない状態で浮かんでいた。
目に見える地面からの距離から察するに地上15~20mといったところか。
が、不思議と恐怖感はなかった。それどころか何処か安堵しているような不思議な気分だ。
目下では数人の騎士達が右往左往して街を探し回っているが、誰一人として上空を見上げる者はいなかった。
「ふふふっ、マスターの御身体に害を及ぼそうとする愚か者たちが無様な姿を晒しておるわ」
俺が何も喋っていないのに俺の口から俺の声で言葉が発せられる。
《な、なんだ、どういうことだ。一体何がどうなっているんだ!?》
《マスター、お気づきになられましたか。御身体を譲渡された瞬間、マスターの意識を感じられずに心配しておりましたが良かったです》
慣れない事で一瞬ながら気絶してしまったというのが俺の見解だけど、なんとなく情けない気分だ。
《マスターの指示通りに騎士どもに何の被害も齎すことなく街を脱出いたしましたが、これから如何なさいますか?》
《騎士どもって……取り敢えずに街の北にあるという聖域を目指そうか。クレイグさんの話だと結構遠いらしいから、出来ればこのまま飛んでいけたら楽なんだけど》
《聖域に行くことに関しては賛成ですが、上空を飛んでいくことには危険が伴うため推奨することは出来ません。此処から先の上空にはワイバーンやドラゴンが多く飛んでいますので、出来うる限り地上を歩く事をお勧めします》
《分かった。此処でこうしていても始まらないし、取り敢えず街から歩いて1日くらいの所まで飛んで其処から歩いて聖域を目指そうか》
《了解いたしました。では行きます。何か不都合な点が御座いましたら遠慮なく仰ってください》
そうして俺は空に浮かんだままで北を目指して移動していく。
某アニメの戦闘民族かのように、緑色の魔力を身体に纏いながら。
城の塔に罰として軟禁されている、一人の赤い髪の女性が俺の後方から驚愕の表情で見ていた事に何ら気づくことなく。