第6話 ギルドでの騒動
2012年度、最後の投稿となります。
来年もよろしくお願いいたします。
衛兵の待機所を勢いよく飛び出してから数分後、ギルドだと教えてもらった建物の扉の隙間から光が漏れていたのを見た俺は『何とか間に合ったか』と胸を撫で下ろしてギルドの扉を開けて中に入ろうとしたのだが、中から女性の怯えている声と、男が低い声で怒鳴り散らしている声が聞こえてきた。
何かあったのかと思いながら扉を少しだけ開けて中を覗き込むと、小学生くらいの少女が巨漢の男に言い寄られていた。
「あ、あの、先程から何回も言っているように、今日の業務は終了したんです。どうか御引取りください」
「アンタも分かんねえ姉ちゃんだな。此処に依頼の認印を押してくれれば、それで良いんだって言ってるだろ?」
「しかし、この依頼の期日は昨日の日暮れまでとなっています。そのため後日、依頼失敗の罰金を窓口で払って頂かないといけません」
「かぁ~~頭に来た! 此処まで言っても分からねえなら仕方がねえ。この場で頭かち割られて死にたくなかったら、俺の言うとおりにしやがれ!」
扉から内部を覗き込む光景から、巨漢の男が背中の斧に手を伸ばす姿が見受けられた。
武器や盾を所持していない俺では男を止める事など出来ないのだが、少女をこのまま見殺しにする事が出来なかったので扉を開いて中に踏み込もうとしたその時、ギルドの奥の扉から男勝りな女性が姿を現し、男に蹴りかかる。
「てめえこそ、ふざけてんじゃねえよ!」
「グホォ!?」
男は蹴られた拍子で身体が海老ぞり状態となり、そのままの勢いで壁に頭をぶつけて崩れ落ちた。
女性の身体を1とすると、蹴られた男の身体は1.5くらい。
この女性の何処に大の男を蹴り飛ばすほどの蹴力があるのやら……。
「このぐらいで伸びちまうとは…………最近の男はだらしがないねぇ」
「な、なんてことをするんですか! また掃除するところが増えたじゃないですか」
というか壁に頭をぶつけて気を失っている男の身体の心配よりも、掃除の事を心配するなんて蹴り飛ばす女性も女性なら、掃除する場所が増えたと愚痴をこぼす少女も少女か。
目の前に居るこの女性の何処に巨漢の男を蹴り飛ばすだけの力があるのかと疑問に思って見ていると、件の女性が話しかけてきた。
「それで、アンタは何のようだい? 見たところ、この娘を助けようとしてくれたみたいだけど」
「あ、えっと、中に明かりがついていたので、まだギルドが開いていると思って中に入ろうとしたときに、大男が少女を襲おうとしているところが目に入ったので助けようとしたんですが、どうやら必要なかったみたいですね」
「確かにね。でもまぁ、気持ちだけもらっておくよ。あと…………覗きはよくないと思うよ?」
最後の『覗き』の部分だけ、俺の耳元に口を近づけて小さな声でボソッと口にした。
「えっ!? 何故それを」
「気づかないとでも思っていたのかい? 下心は感じられなかったから、放っておいたんだけどね」
言われてみれば確かにそうだ。扉を少しだけ開けて中を覗き込むなんて変質者そのものじゃないか。
「何はともあれ、助けて頂いてありがとうございました♪」
「実際に助けたのは俺じゃないから。礼をいうなら此方の女性に……ってなんですか?」
男を蹴り飛ばした女性は俺と少女の間に立つと次の瞬間何を思ったのか、少女を脇に荷物でも持つかのように抱き上げると俺の襟首を持って、力任せに引きずりながらギルドの外へと歩き出した。
「ちょ、ちょっと、俺を何処に連れて行くつもりですか!?」
もう片方の脇で抱き上げられている少女に目線で助けを求めるも、まるで『ごめんなさい。諦めてください』と言わんばかりの顔で申し訳なさそうに俯いていた。壁際で未だに気を失っている大男をギルド内に残したまま。
その後、女性は少女を小脇に抱え、更に俺を引き摺ったままギルドの隣にある建物の扉を足で乱暴に蹴り開けると、入ってすぐのテーブルに俺たちを座らせた。
どうやら此処は町の酒場のようなのだが、俺たちが中に入った途端にそれまでの喧騒が嘘だったかのように静まり返ってしまった。まるで、この女性と関わり合いになりたくないと言わんばかりに…………。
「親仁! 酒だ酒。あと適当にツマミもよろしくな」
「金はあるんだろうな。いつものように散々飲み食いした挙句にツケにしろだなんて言ったら、ただじゃおかねえぞ!」
「ガウェインさん、いつも姉が御迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いや、アリアちゃんが謝る事ねえんだよ。って、こっちの坊主はここいらじゃ見ねえ顔だな。新入りか?」
「親仁、酒はまだかよ」
「うるせえ! どこぞのキチガイじゃあるめいし、少しは静かに待ってられねえのか。この馬鹿野郎が」
ガウェインとも親仁とも呼ばれている男性がカウンターから中くらいの樽を取り出すと、空のコップと一緒に俺たちを此処に連れてきた女性の前にドンっと置いた。
「おっ、待ってたぜ! 一日の終わりは、やっぱ此れだよな」
女性は目の前に置かれた樽に釘づけとなって、俺たちの事には見向きもせずに酒を煽りはじめた。
「ディアナを大人しくさせるには酒を与えるのが一番だ。アイツの事は放っておくとして少し話を聞かせてもらっても良いか?」
ガウェインと呼ばれた男はそう言うとテーブル席は満員にも拘らず、なぜか誰も座っていないカウンター席へと俺とアリアを誘った。
「さて、銀色の髪に黒い眼なんて珍しいな。一体何処から来たんだ?」
ガウェインさんはそう言いながら麦酒と、一寸したツマミ程度の食べ物を俺とアリアの目の前に置いて笑みを浮かべた。
「俺は酒場のマスターが仕事なんでな。カウンターで客の世話をしながら、外から来た人間の話を聞くのが何よりの楽しみなんだよ」
「ガウェインさんも相変わらずですね。でも私も大いに興味があります。まるで本の世界から抜け出してきたかのような神秘的な髪色を持つ貴方の姿に」
ギルドで暴漢に襲われていたアリアと呼ばれた少女も麦酒が入っていると思われる、木で出来たジョッキを口に当てて傾けながら俺の話を聞いている。
どう贔屓目で見ても成人していなさそうな少女が酒を飲んでいるのに、誰も止めようとも注意しようともしないのは可也不自然に思えるな。それとも此処ではこれが普通なのか?
「それにしても、いつまでも『アンタ』じゃ呼びづれえな。名前はなんていうんだ?」
「俺の名はクロウと言います。よろしくお願いします」
「俺はガウェインだ。で、こっちの嬢ちゃんは向こうで飲んだくれている奴の妹の「アリアです」」
その後はガウェインさんから『馬鹿にツケとくから、どんどん食べてくれ』とカチカチの黒パンや温かいスープといった食事を楽しみながら、これまでの事を事細かに話しだした。
此処から想像もできないほど遠く離れた地(異世界)より旅をしてきたこと。
この容姿の所為で子供のころに頻繁に虐めを受けてきたことを異世界風にアレンジして話したり、つい最近の『魔の森』の瘴気を浴びて、森の集落の民から治療を受けたことなどを包み隠さずに全て話した。
「若いのに苦労してんだなぁ」
その後は何時の間にか俺は眠ってしまい、気づいた時には酒場のテーブルの上で横になっていた。
頭を内側からガンガンと叩かれているような、凄まじい頭痛とともに…………。