第84話 堂々と行動しよう
城での虐殺騒動があってから凡そ1時間後、俺は今街の大通りを何食わぬ顔で歩いていた。
街中や路地裏には腫れ物が落ちたかのように何処かスッキリとした表情の冒険者が居るが、それとは正反対に衛兵や騎士達が切羽詰まった様な顔をして誰かを探していた。
誰かとは当然の事ながら、虐殺事件の容疑者とされている俺本人の事なのだが、今の俺は逃げた先の路地裏で風の精霊フィーと同化しているので髪の色は緑色になっている。
前までなら精霊と同化した事で魔力の奔流が巻き起こっていたが、魔法騎士隊での訓練の御蔭で魔力調整を用いて普通の人間(?)という風になっている。
殺人犯のクロウは白銀色の髪をしていると騎士が発表したため、俺に疑惑の眼差しは向けられていない。
因みに同化した時にエストに髪色だけで誤魔化せるのかと聞いてみたところ、この世界には髪を染めるという文化は無いとのことだった。
《同化して誤魔化せたは良いけど、此れから如何するか……》
《前に此処で何かあった時には街を出て、聖域へ向かうという話をしてませんでしたか?》
《それはそうなんだけど、どうやって街から脱出しようかなと思って》
通常ならば、素知らぬふりをして堂々と街の門から外に出ればいいのだが、少しばかりマゴマゴとしていた所為で街の門を閉められてしまったのだ。
この状態でも通ることが出来るのだが、それには自身が何者であるかを門の警備に当たっている騎士に伝えなければならない。
当然、今の姿の俺に身分を証明するものなど存在していないので門を潜り抜ける事が出来ない。
ギルド証があれば何も問題ないのだが、帝国との諍いが終結するまではギルドを閉鎖するとの事なので其れも出来ない。
残るは精霊と同化した事で身に備わった【空中移動】なのだが、これも城壁の上で目を光らせている弓騎士が居る為、下手に飛ぼうものなら化け物として迎撃されてしまう。
ちなみに同化しての【空中移動】については訓練せずとも、頭で考えるだけで出来る様になっていた。
自分としては少し残念な気もするが……。
もう一つの問題は街での自分の居場所だった。
今の俺は冒険者でもなければ、魔術師でもない。唯の街から町へと旅をする旅人として、誰かに自分の事を聞かれた場合は偶々此処で足止めをくらっている設定としている。
虐殺時に履いていた靴には衛兵達の血がベットリと付いていたので、たまたま医療テントの近くに脱ぎ捨ててあった同サイズの靴を拝借している。
元々履いていた血塗れの方の靴はというと、街の一角に作られている焼却場へと捨ててある。
まだまだ使えそうな壊れた鎧などはいったん解いて新しく組み直して使用しているが、あまりにも汚れていたり壊れてしまったりしている物は其の場所で焼却処分されている。
まぁ此処まで捜査の手が及ぶことも考えられるが、運が良ければそのまま燃え尽きて灰になってくれれば証拠も残らないし、俺の足取りもつかめなくなるだろう。
それはそれとして街の門が解放されるまで何処で如何生活するかが問題となってくる。
時間稼ぎに宿屋に泊るにしても、今まで何処の宿屋に居たか聞かれると何も言えなくなる。
この街にある宿屋は前の『クロウ』だった時に泊まっていた場所を含めて大小10か所ほど。
更には魔物の襲撃が始まり今日に至るまで俺が知っている限り、新たに街を訪れた者は一人もいない。
「おい、そこの男」
そうこう考えていると後方から聞き覚えのある、誰かを呼ぶ声が聞こえてくる。
「聞こえないのか? そこの緑髪の男。お前だ、此処で何をしている」
今の姿の知り合いは一人もいないので呼ばれているのは絶対に俺じゃないと考えていたのだが、その声の主であり、俺のよく知っている人物であるジェレミアさんが目の前に立ち止まって厳しい眼を俺に向けてくる。
俺が今いる場所は冒険者の為の炊き出しを行っている食堂や、兵の訓練所、医療テントなどが立ち並ぶ一角で多くの冒険者が屯していて、俺のような一般市民(?)は混乱を避ける為に近づく事を避ける場所だ。
かといって立ち入りを禁止されている場所ではないので、何かあっても自己責任となっている。
「すいません。私の事だったんですか?」
本来の一人称は『俺』もしくは『自分』なのだが、正体を悟られない様に敢えて『私』を使用する。
「そうだ。先ほども言ったが、此処で何をしているんだ? 大した用事が無いのなら早くここから出た方が良い。其処の陰から数人の男達がお前に目を付けていたのでな。手遅れになる前にと声を掛けたんだが」
《マスター、それは本当の事です。其処のテントの陰から、今も4人の男が舌なめずりをしながら腰の辺り……正確にはズボンのポケットの辺りに視線を這わしているようです》
「すいません。ちょっとこれからの事に対して考え事をしていた物ですから。ところで貴方は何処の何方様なのでしょうか? 私は街から町へと旅をする、しがない旅人でしかありませんが」
「私はこの街にある、ギルドの長を務めているジェレミアという。とは言っても、街がこんな状況ではギルドを再開することなど出来ないだろうがな」
「なるほど、ギルドという手がありましたね。まぁ稼働していないと言うのであれば、別の手を考えなければなりませんが」
「ふむ……ギルドに関する事で悩んでいるとの事であれば、見過ごすことは出来んな。私の力を貸すことが出来るかもしれん。何を悩んでいたのか私に話してみてはくれないか?」
「ギルド長殿に話すような大げさな事ではありませんが、そろそろ旅を再開しようと思って街を出ようとした矢先に街の門を閉められてしまい、どうしようかと悩んでいたのですよ」
「門を閉めているとはいえ、自身の身分を証明できる物を提示すれば抜けることが出来るはずだが?」
「それもそうなんですが、数日前に御城の近くで躓いて転んでしまった際にどうやら身分証を崖に落してしまったようで途方に暮れてしまったんです。如何にか崖を下りる方法は無いかと考えていた矢先に、貴方に声を掛けられた次第で」
「あの崖の中に降りる方法など何処を探しても、誰に聞いても教えてはくれまい。あの崖は鉱山で罪を償わせることが出来ないほどの重い刑を犯した者に対する天然の刑の執行場所だ。あの場所に落されたが最後、二度と地上に這い上がる事はできない。仮に自分から崖に飛び込んだとしても、助かる見込みは略ないに等しい」
前々から気になっていた場所ではあったけど、まさかそのような場所だったとはな。
時折聞こえてくる呻き声のような物は地の底に落されて、もがき苦しんでいる罪人の物なのだろうか。
「そういえば先程ギルドという手があったかと言っていたな。もしかして、ギルド証を身分証明の代わりにと考えていたのか? ギルドを率いる立場から言うと、そんな事の為に登録して欲しくはないのだがな。ところで街から町へと旅をしていると言っていたが、見るからに武器や防具の類は見当たらないが? それも崖の中に落したのか?」
「いえ、私は少しばかりの魔法を扱う事が出来ますので、それで旅をしているのですよ。夜盗の類は魔法を見せるだけで及び腰になって近づいて来なくなるので可也重宝しています。魔物も見つかる前に此方から攻撃したり逃げたりしているので、此れまで運よく怪我を負ったりはしていません」
少しばかり無理矢理なこじ付けだが、魔法を行使できる者の強さを大抵の人間が身に染みて分かっている事から納得してくれるだろう。というか納得してもらわないと非常に困る。
剣や斧の代わりに魔法が使えるという風にしておけば、鎧を着ていない事にも説明がつく。
自分でいうのも何だが一般の騎士と比べて魔法騎士は重い鎧を着られない、ひ弱なイメージがあるので鎧を着ていない事に何ら不思議はないのだ。