第79話 戦後……
魔物が撤退してから約1時間。
街を取り囲む魔物避けの結界の御蔭で街には被害は殆どなかったのだが、人的被害は想像を絶するものになってしまっていた。
魔物に襲撃される前の兵力を仮に10として、襲撃後と比べてみると……。
かすり傷や打ち身、打撲などで、あまり戦いに支障が出ない者が全体の2割。
骨折や腕、足などが切断された、いわゆる重傷者が3割。
魔物に殺されたり、治療の甲斐もなく死亡したのが同じく3割。
敵から離れたところで遠隔攻撃していた無傷の弓騎士、魔法騎士が1割。
此方の場合は怪我らしい怪我はないが、魔力切れや放つ矢が無いという事から戦力としては心もとない。
更に交代の魔法騎士隊は怪我人の治療にもあたっている為、此方も戦力としては数えられない。
そして極め付きは魔物を前にして、持っている武器を放り投げて敵前逃亡をしてしまったのが残りの1割ほどだ。
冒険者や騎士、貴族の位は関係なく、彼等には戦争終結後に厳しい判決が待っているとの事だ。
俺は他の魔法騎士とともに治療の為に建てられたテントの中で、重傷者を魔法で癒していた。
ゲームのように瀕死であっても、回復魔法を使えば一瞬で全快に! っという訳にもいかず、怪我の具合によっては1時間近く【ヒール】を行使し続けなければ傷は塞がらない。
「いてぇ……いてぇよ~~~」
「俺の腕は何処だ。一体何処にいったんだ?」
「真っ暗じゃないか。誰か灯りを持ってきてくれないか?」
痛みを堪えきれずに暴れまわる男を数人がかりで無理矢理押さえつけたり、左肘から先がまるで獣に食い千切られたかのように無くなってしまった者、10個のランプで充分灯りが取れているテント内で尚も灯りが欲しいと言っている騎士など……さながら野戦病院と化しているテントだった。
此処で治療に当たっている人員は、戦闘には参加していなかった魔法騎士5人と、戦いが終わってもまだ魔力に余力があった俺を含めてたった6人だけだ。
魔法騎士副隊長であるサミュエスさんは他の騎士隊長、副隊長、ギルドマスターであるジェレミアさんも含めて、ギルドの建物内で緊急会議を繰り広げていた。
シュナイアさんは副隊長でも隊長でもない筈なんだけど、誰かの代理として会議に出席している。
……というか当の本人は『なんでボクが!』と言って会議に出たくなかったらしいのだが、サミュエスさんが後ろ襟をつかんで無理矢理引っ張って行ったというのが事の真相だった。
魔法騎士は他にも大勢いる事はいるものの、ほぼ全てが魔力切れになっている。
「クロウさん、次は其方の患者さんの治療をお願いします」
「少しは休ませてくださいよ。戦闘が終わってから息を整える暇もなく、此処に連れてこられたんですから……自分も魔力が余っているとはいえ、疲れてるんですよ?」
「しかし此処で治療の手を止めてしまえば、犠牲者はもっと多くなってしまいます。もう少しの辛抱ですから頑張りましょう」
このやり取りから更に約5時間近くが経過したころ、漸く最後の重傷者の治療を終えることが出来た。
怪我は治っても未だ目を醒まさない騎士達や冒険者達に加えて、魔力切れを起こして床に倒れ伏している魔法騎士達。此処で両の足で立っている者はといえば、俺一人だけという現状だった。
「ク、クロウさん、元気ですね……」
「私達が言える事ではないですが、御疲れさまでした。ゆっくり休んでください」
床に倒れている魔法騎士とテント内に置いてある椅子に深く座り込んで今にも眠ってしまうんじゃないかと思われる2人が顔を此方に向けた状態で言葉を紡ぐ。
「御言葉に甘えて休ませて頂きます。ただ休んでいる間に急患が来ないとも限らないので、此方で休ませて頂きます」
俺は近くに置いてある椅子を一脚手に取ると、それを持ってテントの端まで行くと丁度テントの角に当たる部分に椅子を置いてテントの布に背中を預けるような形で休憩を取り始めた。
椅子に腰かけて数分後……胸の前で腕を組んで、うつらうつらと船を漕いでいたところでテントの外から数人の男達の声を荒げて言い争いをしているかのような声が聞こえてきたことで目を醒ました。
「ほら、一番最後に出現した黒い化け物がいただろ?」
「俺の近くに居た騎士が『レギオンが出た! 逃げろ』って言ってたな。結局串刺しにされて死んじまったけど」
「俺も騎士から聞いた。それが如何したんだ?」
「それがな? ついさっき便所を借りようとギルド内に入った時に気になる声が聞こえたんだ。今、あそこで騎士の隊長達が会議してるって言ってたから、その声が聞こえてきたんだろうよ」
その会議の内容は機密事項になるからという事で上級騎士、一般騎士、冒険者のギルドへの立ち入りは禁止されていると聞いている。
俺がこの医療テントに引っ張り込まれる時にギルドに目を向けた時には、ギルド受付窓口のエティエンヌとディアスが誰も中にいれない様に見張りをしていたはずなんだけど。
「気になる事ってなんだよ。俺の見張りの交代時間が差し迫ってるんだ、さっさと教えてくれよ」
「それがな、あの『レギオン』とかいうのを一発で倒すことが出来る魔術師がこの戦いに参加してたらしいぜ」
「でも、そうしたらなんで魔法を使わなかったんだ? あの場でさっさと倒しておけば、俺の兄貴は死なずに済んだかもしれないのによ!」
「俺に怒鳴られても知らねえよ。何か倒せないわけがあったのかもしれねえし、或いはクインビーに刺されてさっさと死んじまったかだな」
確かに俺があの時、さっさとレギオンを始末しておけばこんな惨事にならなかったかもしれない。
《マスター、それは違います。レギオンは前にも言った通り、体内に多くの魔物を入れて移動することが出来ます。ただでさえ乱戦状態になっている時にレギオンを倒してしまえば、多くの魔物が放たれて結果、誰も生き残る事が出来なかったかもしれません》
《でも魔物は居なかったかもしれないだろ? 最後に他の魔物を吸収して消えた事から、ただ単に魔物を迎えに来て、序に俺達を襲っただけかも……》
《それは結果論に過ぎません! 酷い言い方になりますが、マスターがレギオンを倒したとしても倒さなかったとしても、甚大な被害が出る事には何ら変わりはないという事です》
《な、なんだと!? 幾らなんでも言って良い事と悪いことがあるぞ!》
《もし仮に国境に行かれている前線部隊の方でレギオンが出現していたとしたら、一体如何なさる御つもりですか? その場に御自分がいなかったことを後悔なさいますか?》
《でも前線部隊の方には、俺が前もって【シャイニング】を魔法玉に込めた物がある》
《レギオンに対して、魔法玉を試したわけではないでしょう? もしかしたら、ただ光るだけで何も効果が得られないかもしれない。反対にマスターが前線部隊とともに国境を護っていた時に、この街をレギオンが襲っていたとしたら? 他の街を襲っていたとしたら? 其の場に自分がいたら何とかなると? 思いあがるのも大概にしなさい!》
《…………すまなかった》
《いえ、私の方こそマスターに対して有るまじき発言の数々、どうかお許し願います》
俺とエストとの会話は此れで一応の決着はついたが、テントの外では未だに言い争いが続いていた。
「だからよ。そんないい加減な奴を当てにする騎士が悪いんだよ。俺なら力づくで聞き出すけどな」
「でも聞き出したところで、その魔術師にしか使えない術だとしたら如何するつもりなんだ?」
「それを如何にかするのが上の仕事だろうよ」
テントの外での話し合い(?)が始まって30分近くが経過していると思うが、見張りの交代時間が差し迫っていると言っていた筈なんだけど……男が動いたような気配が感じられないが見張りの交代は良いのだろうか?
と、そんな事を言ってる彼らの元にカチャカチャと甲冑を鳴らせながら一人の騎士が近づいて行く。
「とうに交代時間が過ぎているというのに、一向に姿を見せないかと思えば……その腐った根性、叩き直してくれるわ!」
「ちょ、ちょっと待て。俺の交代時間はまだ先だ! 俺はそんなの関係ねえ」
その後、固い何かで人を殴りつける音と、ズルズルと何かを引き摺る音がテントから離れていく。
サボっていた連中に根性を入れ直すのは分るけど、俺達医療班の手を煩わせる事態に陥らせることは止めてくれよ…………。
だがその願いも虚しく、それから一時間が経過したところでズタボロになっている男二人が老騎士に担がれて医療テントに運ばれてきたのだった。