第77話 前線の異常
日が落ちて辺りが真っ暗闇になってしまった事で、直接攻撃する騎士や冒険者達が不利になるかと思われていたのだが、その点はきちんと考えられていたようで約30分ごとに目を眩ませない程度の威力の【シャイニング】が各々の魔法騎士隊から打ち出され、直接攻撃部隊の支援となっていた。
俺やサミュエスさん、シュナイアさんも色付きのギガントゲルに同属性の魔法を打ち込んでしまわない様に気を付けながら、一体一体確実に仕留めてゆく。
「お前達、2人で奴の足を狙え! バランスを失ったところで俺が止めを刺す」
「そこ! 何やってんだ。ギガントゲルは魔法騎士隊に任せろ、取り込まれるぞ」
最初はSクラスの魔物が襲って来たことで意気消沈していた彼等だったが、戦った経験のあるAランク以上の冒険者や上級騎士に従って、弱点を突きながら此方も一
体一体確実に屠ってゆく。
時折、打ち損じた魔物や水の中を移動してきた魔物が街の門へと突っ込んでいくが、見えない壁のような物に弾かれたところで気付いた冒険者達によって始末されてゆく。
そして日が微かに昇り始めて空が明るくなってくる頃には魔法騎士が攻撃を担当するギガントゲルは片手で数えられる量にまで減っていた。
ギガントゲルは確かに同属性に対しては強いものの、反対属性に対しては物凄く弱かった。
ちなみにギガントゲルを倒した後に残る、他の一般スライムに比べて格段に大きい核は、それに気が付いた近くに居る者の手によって復活できない様に粉々に砕かれている。
たまに核が倒した他の魔物の血を吸いこんで、ギガント・ブラッドゲルという面倒臭い物になってしまうこともあるが、此方は魔法属性を持たないので呆気なく核を突いた普通の攻撃で倒されていった。
そして完全にギガントゲルを全滅させたというところで【ゴォーン、ゴォーン】という低音の鐘の音が聞こえてきた。
最初は街が時刻を知らせる為に鳴らす鐘だと思っていたのだが、何度も何度も繰り返し鳴らされていくうちに両耳を両手で押さえて蹲っていく者達が数多く見られた。
「な、なんだ!? なにが起こっているんだ」
「おい! しっかりしろ。たかが音ぐらいで…………グァァッ!?」
鐘の音を聞いて蹲っていく者は冒険者や騎士といった者ばかりで魔法で攻撃している自分達には『耳障りな音』というぐらいにしか感じられなかった。
《マスター、この鐘の音には微かにですが魔力が込められているようです。魔力に対して耐性がある方々には、単なる音としか聞こえませんが他の方には耳鳴りなどの異常が見受けられているようです》
その後、鐘の音は1分少々で収まったのだが、耳から手を放して立ち上がった者達が見たものは驚くべきものだった。
襲撃が始まってから今の今まで倒してきた魔物が全てアンデッドとして蘇ってきたのだ。
更に魔物だけでは収まらず、戦闘で倒された冒険者や騎士達もゾンビとして蘇り、街の中に運び込まれて治療の甲斐なく亡くなった者達も街の中で蘇り、非戦闘員を襲いだしたのだった。
ただしギガントゲルだけは既に核を潰されて復活できなくなっているので此方はゾンビにならなかった。
その上、追い打ちをかけるかのように、街から遠い丘の上に陣取っていた大量の魔物も一斉に行動を開始したのだが、その魔物たちはどれも俺が見た図鑑には載ってないものだった。
ウルフの胴体にオークの上半身が融合している物や、3つ首のウルフ、2つ首のオークに、背中合わせに胴体がくっついている合計8本腕のオーガなど、部分的に見れば何となく見覚えがあるが……。
鐘の音からの体調異常から復活した騎士達も新たに出現した変異種の魔物に立ち向かってゆくが。これまでの戦闘で疲労しているのか一人、また一人と倒されて地面に横たわってゆく。
中には怪我をしているわけでもないのに現状を見て、手に持っている武器をその辺に放りだして街の中へと逃げてしまう騎士の姿もチラホラと見受けられる。
こんな中で俺が気になったのは、魔物同士が連携しあって戦っていることだった。
人間とは違い、知能の低い魔物には協力し合うという概念はないに等しいのにも拘らず、力の強いオーガが騎士を4本の腕で抑え込み、身動きが取れなくなったところで他の魔物がトドメをさすという、此れまでに考えられない現象が目の前で起こっていた。
中には何故か騎士が流す血に反応して、攻撃する事を躊躇するかのように伸ばした腕を引っ込める魔物の姿も見受けられる。
そしてその異変は街から遠く離れた、帝国との国境付近でも発生していた。
「帝国領に動きあり! 多数の民間人が帝国兵に追われて此方に近づいてきています」
帝国から何時襲撃を受けても対処できるように戦闘準備をしていた近衛騎士隊、ライオリア隊長の元に国境へと民間人が近づいてきている事の報告が為された。
「民間人が此方側に来るまで、その場で待機だ」
「しかし隊長、あのままでは民間人が危険です。帝国領内への立ち入り許可を!」
「ならん! こちらから帝国へと足を踏み込むことは戦闘の意志有りと見做される。我等はまだしも、街が危険に晒されるのだぞ! それを分かって発言しているのであろうな」
「し、しかし…………クッ!」
国境の見張り台で帝国の動向を見ていた上級騎士が隣に控える近衛騎士隊長に上申するも、却下される。
そんな最中、あと100mほどで民間人がドラグノア領土内へと辿り着くというところで、最後尾を走っていた子供に漆黒の全身鎧を着こんだ帝国兵が手を伸ばしかけたところで、一人の弓騎士が矢を放ってしまった。
しかもその矢はあろう事か剣を振ろうとしていた黒騎士の兜の唯一開けられていた隙間に深々と突き刺さり、後頭部まで貫通してしまうのだった。
矢を放ってしまった弓騎士に対し、近衛騎士隊長は鉄拳制裁をするが帝国騎士に先に攻撃してしまった事実は変わらないため、戦闘を開始する事になった
「こ、この馬鹿者が! こうなっては仕方がない。全員剣を抜いて突撃しろ、民間人を護るのだ」
近衛騎士隊長は攻撃部隊に参加するべく見張り台を下りようとした間際、民間人を護るためとはいえ矢を放って帝国兵を殺してしまった弓騎士の肩にそっと手を乗せ、他の誰にも聞こえないような小声で『よくやった』と言うと武器を構えながら帝国兵へと向かって走ってゆく。
その間、帝国兵から逃げ惑っている民は他の騎士や衛兵に救助されているが、勢い余って助けてくれている騎士に対して爪でひっかき傷を負わせてしまう。
「いてっ! それにしても骨と皮みたいな身体じゃないか。帝国で一体どんな暮らしをしていたんだか」
騎士によって助け出された少女は声を出す元気すらないのか、俯いた状態で頻りに頭を下げて傷を負わせてしまった事を謝罪している。
「別にこのくらい、唾をつけとけば治るから気にしなくても良いさ」
騎士はそう言いながら少女の頭を撫でると、救護隊に少女を渡して敵に向かって走って行く。
「さ、貴方はあちらで治療しましょうね。その伸びきって尖ってしまった爪も切らないといけませんしね」
その後、約4時間余りで帝国民を追っていた帝国騎士100人はあまり抵抗を見せずに始末され、帝国からの難民として老若男女合わせて53人が救助されて救護テントで手当を受けていた。
そしてその日の夜、異変は起きた。
前線部隊のテント周辺の見回りをしていた衛兵が救護テントの傍で苦悶の表情を浮かべながら目、鼻、口、耳から夥しいほどの血を流して俯せ状態の救護兵の姿を見つけるのだった。
「お、おい、しっかりしろ! 何があった、おい」
見回りの兵が救護兵の身体を調べると、左胸の辺りがナイフのような物でズタズタに切り裂かれていて、更に喉元には傷をつけたであろうナイフが深々と刺さっていたのだった。
変死体は此れだけには留まらず、難民の治療に当たっていた救護兵が20人、難民を保護しながら帝国兵と戦っていた騎士、冒険者を合わせて31人の合計51人が顔中の穴という穴から血を流して死んでいたのだった。
その中には難民の少女によって、手を引っかかれた騎士も混じっていた。
更に可笑しな事は続き、帝国兵の魔の手から救い出された総勢53人にも及ぶ難民が跡形もなく消え失せていた。
前線部隊のテントに配置されている見回りの兵も、誰かが医療テントを訪れたり、誰かがテントから出て行った姿も見てはいないという。
更に可笑しな事は続き、帝国領内で難民たちを追い回していた帝国兵を前線部隊が全滅させたまでは良いのだが、数分後に改めてその場に行くと帝国兵が身に着けていた鎧兜などは地面に散乱していたが、人の姿は何処にもなかったという。
医療テントでの不審死という知らせは現場の総指揮を執っていた近衛騎士隊長の耳にも当然入ってきたのだが、難民の行方は依然として掴むことは出来なかった。
その後の調べで変死体の死因は毒に因るものだという事が分かったのだが、何処からも毒を見つける事が出来なかった。