第74話 前線部隊、出発
訓練8日目。
今日は城での訓練の前に前線へと向かう冒険者・衛士・騎士隊の混合部隊の見送りがあった。
昨夜のストーカー紛いの行動の所為か、少しばかり寝坊してしまったが宿の玄関から外に出た俺の目に飛び込んできたのは、昨日クレイグさんの執務室内で見た近衛騎士総隊長ライオリアさんだった。
脇に青い兜を持って竜馬に跨り、颯爽と街の門から出ていく。
その後に大きな荷物を括り付けた十数台の馬車と、その両脇について歩く沢山の騎士隊と衛士隊の姿。
良く眼を凝らして見てみると、騎士隊の中に左手で額を押さえているデュランドルさんと、件の見習い魔法騎士3人の精気のない顔が見受けられた。
デュランドルさんはまだ良いとして、魔法騎士見習い3人は戦闘の役に立つのだろうか?
戦闘以外でとなると、野営地の小間使い的なポジションになるのか。
其処から少し離れて冒険者達が各々の武器と防具を身に纏って歩いてゆく。
その中盤辺りにグリュードさんとイディアの姿があったが、沿道に居る俺の姿にまるで気づいていないのか、それとも周りを見る元気がないのか。真っ直ぐ正面を見て、集団について街の外に出て行った。
イディアの妹エリスも戦場に赴く姉の見送りに来ているとは思うのだが、見たところ姿は見えない。
混合部隊の最後尾の人物を見送ったところで、約2時間遅れで今日の訓練を開始すべく、城へと向かうのだった。
此処数日のように騎士に案内されて訓練場に行くと、其処には既にサミュエスさんとシュナイアさんが第五段階の訓練を始めていた。
そして訓練が開始されたのだが、何故か今日はシュナイアさんがちょくちょく用事があると言って訓練を離れている。
まぁ一冒険者の俺とは違い、騎士の仕事は忙しいと聞いているし仕方ないか。
俺も彼女に会ってから、僅か1、2日しか経過してないから一概に何時もと違うとは言えないし。
その後、訓練の合間に城の食堂にて昼食を食べている時、城の入口付近で騒動が起きた。
この時点で既に食事を終えていた俺は何が起きているのか気になって城の入口付近に足を運ぶと、其処には血塗れになった状態で竜馬に力なく跨った一人の騎士が、別の数人の騎士によって静かに竜馬から降ろされていた。
傍らには神妙な趣で様子を眺めているジェレミアさんの姿もある。
「俺は魔術師です! 直ぐに治療を……」
直ぐにでも傷を塞がないと出血多量で死んでしまうと考え、竜馬から降ろされている騎士に近づこうとするが、それをジェレミアさんが手で制した。
「クロウ、気持ちは分るが無理だ。既に息を引き取っている」
「くっ……」
周囲で小声で話されている言葉を聞くところに因ると、既に亡くなった騎士は各地の街や村で守備に就いている騎士や衛士、冒険者達に戦争に参加するよう伝言を届ける係だったようだ。
更に気になったのは衛士達が次に言った言葉であった。
「でもさ、変だよな」
「何がだ?」
「この伝令が何処まで行って来たのか知らないけど、此処から一番近い町まで普通の馬で飛ばしても2日掛からないだろ? だとすると、とっくに他の伝令が帰って来ていても可笑しくないと思ってさ」
「言われてみるとそうだよな……」
確かにその通り。ギルドで説明を受けていた時にジェレミアさんの口から既に各地に伝令が放たれたという事だ。
それがまったく帰って来てないというのは可笑しい。魔物にでも襲われたのか?
遺体には爪の様な物で背中を抉られた傷が見受けられたが、剣や斧などの人間が使うような武器の傷跡が無い事から城に戻ってくる途中で魔物に襲われたのだと結論づけられた。
その後、亡くなった騎士は死に化粧を施した後で家族に引き渡されるのだという。
難しい表情をして竜馬に厳しい視線を向けているジェレミアさんをその場に残して俺達は訓練をするべく、訓練場に向かう。
訓練場に足を踏み入れたところで、先に昼食を終えて戻って来ていたシュナイアさんから『何の騒ぎだった?』と聞かれた事で事の真相を話したところ、先のジェレミアさんのように眉間に皺を寄せて難しい表情に変わってしまったかと思えば気になる言葉を口にし始めた。
「変ね。普通の馬に乗っていて襲われたなら未だしも、竜馬が魔物に襲われるなんて」
「どういう意味ですか?」
「城で飼われている竜馬は世話しやすい様に訓練されたものとはいえ、Sに最も近いAランクの魔物に匹敵するほどの強さがあるの。それを鎧を身に纏っ騎士を乗せている状態とはいえ、並みの魔物に対して遅れを取る筈がないんだけど」
「並み以上の魔物がこの近辺に出現した? もしくは多対一で戦闘を行った?」
「それも考えられないわ。先に言ったようにAランクの魔物には例え複数居たとしても太刀打ちできないし、Sランクの魔物が出現したという噂は私の耳に入って来てないから……ってこうしちゃいられないわ! クロウ、サミュエスに言付けをお願い。個人的な用事があって、午後からの訓練に出られないと言っておいて」
「わ、わかりました」
シュナイアさんは其れだけを言うと、訓練場から城に繋がる扉を乱暴に開けて凄い勢いで走り出す。
その直ぐ後にサミュエスさんが困惑した表情を浮かべながら訓練場に姿を現した。
「さっき凄い勢いで走ってるシュナイアと擦れ違ったんだけど、何かあったの?」
そこで俺は昼食時に城の入口に竜馬に乗った血塗れの騎士が飛び込んできたこと、その話を聞いたシュナイアさんが血相を変えて飛び出して言った事、そしてシュナイアさんが個人的な用事があって昼からの訓練をサボる事を事細かく話した。
「なるほどね。シュナイアの今の立場からすると放ってはおけないか」
「えっと?」
「何でもないわ、こっちの事よ。さて残り時間も少ないし、訓練を始めるわよ。今日と明日で一刻も早く完成に近づかないとね」
そう言って午後の休憩時間を返上して頑張った結果、魔法弾の打ち出す数が5個から7個に。更に命中率も6割前後にまで上昇した。
昼からの訓練をサボる事を言付けたシュナイアさんは言葉通り、昼以降は一度も姿を現すことはなかった。
その後、訓練時間ぎりぎりまで魔法を放ち続けていた俺達は今日の訓練は此処までとして解散となった。
「あっクロウ。明日は城で訓練をする前に伝えたいことがあるので、ギルドの前で待っていてくれ」
「はい、分かりました」
伝えたい事って何だろうかと思いながら城の入口に足を進めると、上部階層である謁見の間へと続く階段の上から意気消沈した顔をしたジェレミアさんが降りてきた。
「ジェレミアさん? 何かあったんですか」
「あ、ああ、クロウか。ちょっと陛下に呼ばれて謁見していたんだ」
「それは2日後に控えた帝国との戦争に関係する事で?」
「まぁな。クロウも昼に血塗れの騎士の姿を見ただろ? 実はあの後、騎士の身体と竜馬を良く調べたところ、封蠟で厳重に封が施してある血の付いた便箋を見つけたんだが……」
と此処まで聞いたところで城門の警備に当たっている衛士から『一般人が城に居られる時間を過ぎましたので、即刻退城するように』と声を掛けられた。
そこでジェレミアさんとともに宿の食堂へと移動して詳しい話を聞いたところ、あの血塗れの騎士はデリアレイグに伝令に行って帰ってきたらしい。
封をされた便箋の内容は平たく言えば、援軍を出せないという事。
理由はAランク上位の魔物が遠巻きに街を取り囲んでいて、街から外に出た者を襲っているとの事。
「デリアレイグに住んでいる人たちは大丈夫なんですか?」
あの街には俺もお世話になったアリアや、アリアの姉のディアナさん、酒場のガウェインさん達が暮らしている。
何事もなければいいんだけど……。
「それが不思議な事に魔物は街から外に出た者に対しては容赦ないが、街自体や此れから街に入ろうとする者を襲うという事は無いらしい」
「それって誰かに操られているという事ですか?」
「わからん。魔物を思い通りに操る術など聞いたことが無い」
ジェレミアさんは散々唸り声を上げていたが、時間も時間だという事でギルドへと戻って行った。
俺はといえば女将さんから、腹が減っては何とやらで夕食をふるまわれていた。
その後、食事を終えて部屋へと戻ってきたところでエストから念話で呼びかけられる。
《先ほどマスターが仰られていた、魔物を操る術についてですが。一つだけ私に心当たりがあります》
《何か知っているのか?》
《古代魔法の一つに禁呪として記されている呪法があります》
《呪法? 魔法ではなく?》
《はい。禁呪によって使い手の魔力を楔に具現化し、操りたい者の体内に埋め込んで生きた操り人形にしてしまうという恐ろしい術です。ただし魔力が操りたい者の二回り以上はないと成功しないと言われている術なので、使い手は限られる事になるでしょう》
《者を操る魔法か……少し前に何処かで聞いたことがあるような? それでその術を解くには如何したら良いんだ? 【ディスペル】で解除できるのか?》
《体内にある楔を壊さないと解呪出来ないので、結果的に言うと操られている者を殺して動きを止めるか、操っている者を始末しない限り呪いが解ける方法はありません》
ドラグノアに駆け付けられない様に魔物を操っているのだから、当然術者は帝国の人間という事になるか。
しかも街から出るものだけを襲って街に被害を出さないという事は単なる時間稼ぎ……もしくは別の意図があって被害を最小限にしようとしている?
考えれば考えるほどに分からなくなってくる。今日はもう寝よう。